帰りの飛行機でも教訓を1つ得た。飛行機に乗り込んですぐにのどの強烈な乾きを感じてしまた。LCCなので飲み物のサービスはなく、これじゃ機内でパッタイを食べるどころか乾き死んでしまうと思ったので、ペットボトルのお水を1本注文したら、400円もしてしまった。
これがいくら空港と言えど、陸で買っていたらいくらだっただろう?って思ったよなー。。今度から手荷物検査後には免税店でお水を買っておくことを心得た。
帰りは朝焼けを飛行機の中から見ることを楽しみにしていたのだけど、しっかり寝てしまい、目が覚めたらすっかり日が昇っていた。天気が良くて、沖縄が地図の形通りに見えた時は、他の人に見せたい気持ちでいっぱいになったけど、うまく写真に納まらなかった。
この日の朝食には、昨晩から楽しみにしていた、カオサンの屋台で購入したカボチャをくり抜いた中にココナッツプリンを詰めたお菓子(1/4カット)を食べた。ココナッツプリンの甘すぎる味付けと、カボチャの素朴な甘味が、口の中で一緒になってちょうどいい塩梅だった。そしてなによりも、かぼちゃの味とココナッツの味が口の中で一緒になるとこんなに美味しいものになるんだ!と、感動した。
帰りの飛行機が明朝2時という妙な時間なので、ゲストハウスのロビーに今晩まで荷物を預けることにして、チェックアウトした。
昨晩、この日はミャンマー側の郊外都市まで、電車の旅をすることに決めたので、まずは川の向こうの電車の駅を目指して、ゲストハウスから歩いて5分ほどのボート乗り場に向かった。
昨晩、この日はミャンマー側の郊外都市まで、電車の旅をすることに決めたので、まずは川の向こうの電車の駅を目指して、ゲストハウスから歩いて5分ほどのボート乗り場に向かった。

「チャオプラヤ川」といえば、社会の時間に出てきた浮き稲の栽培をしている川なのだけど、実際に見たチャオプラヤ川は、バンコクの大都会を流れており、そこを行き来するボートは通勤客を乗せた路線バスのような雰囲気だった。実際にその様な役割を果たしているんだろう。
それから対岸に渡り、ボートを降りた。ボート降り場近辺には大きくてきれいな病院があり、そこに通勤する人の流れがすごくて、通勤客向けの朝食用のお弁当の屋台もまたたくさんあった。なんとなく何かを買いたくなって、電車の中で食べようと思い、カオマンガイのお弁当を購入した。
ボート降り場から歩いてすぐのはずの電車の駅がなかなか見えず、暫くうろうろしていたんだけど、結局地球の歩き方で調べておいた発車時刻をとっくに過ぎてしまったので、長距離バスで目的の「カンチャナブリ」に向かうことにした。
今回は初日の北バスターミナルではなく、南バスターミナルをまず目指したのだけど、どちらのバスターミナルにしても、長距離バスターミナルは郊外にあり、そこまでの足がタクシーしか見当たらないのが不便だった。(ちゃんと調べたら路線バスがあるのかもしれないけど)
無事に乗り込んだバスには、乗客が3人しかいなかった。
バスの中でお弁当を食べようとしたら、お箸がなくて、随分困った。随分とお箸の代わりになるものを探してみたけどなかったので、最終的にお箸なしで食べる覚悟を決めてお弁当を開けたところ、お弁当の中に透明で持ち手がごく小さな使い捨てのレンゲがご飯に半分埋もれる形で入っていた。無駄な徒労だった。そしてカオマンガイは辛かった。
2時間ほどバスに乗り、カンチャナブリのバスターミナルに到着した。
降りた景色は、テレビで見るような「ずばりタイ、ずばり東南アジア」で、日本人が東南アジアに抱くステレオタイプなイメージそのもの、といった場所だった。
無事に乗り込んだバスには、乗客が3人しかいなかった。
バスの中でお弁当を食べようとしたら、お箸がなくて、随分困った。随分とお箸の代わりになるものを探してみたけどなかったので、最終的にお箸なしで食べる覚悟を決めてお弁当を開けたところ、お弁当の中に透明で持ち手がごく小さな使い捨てのレンゲがご飯に半分埋もれる形で入っていた。無駄な徒労だった。そしてカオマンガイは辛かった。
2時間ほどバスに乗り、カンチャナブリのバスターミナルに到着した。
降りた景色は、テレビで見るような「ずばりタイ、ずばり東南アジア」で、日本人が東南アジアに抱くステレオタイプなイメージそのもの、といった場所だった。
バスセンターから川沿い方面に古い町並みがあるそうなので、そちらに行ってみようとしたものの、最初間違えて逆方面に行ってしまった。ちょっと行ったところですぐに気が付いて戻ったけど、そのお陰で、ちょっとだけタイの地方都市の街並みを拝見できた。床屋さんとかしまむら的な衣料量販店とかフードコート的な建物とか謎の人形屋さんとか。
お腹は空いてなかったんだけど、この焼きバナナの移動販売が気になって、焼きバナナを買うついでに道を尋ねたことで、道を間違えたことが発覚したんだった。
焼きバナナを食べながら言われた通りに歩いていたら、古い家並みが立ち並ぶ通りに出て、ちゃんと川にも辿り着けた。
あんまり古いって感じじゃないけど。
川には団体客向けっぽいレストランとか観光客向けのおしゃれカフェなんかがたくさん浮かんでいた。
あんまり古いって感じじゃないけど。
川には団体客向けっぽいレストランとか観光客向けのおしゃれカフェなんかがたくさん浮かんでいた。
再び地図に古い町並みと書いてあった通りに戻り、電車の駅の方向に向かって歩いた。通りに面しているので商店なんかが多いわけだけど、売り場の奥を覗くとベットがあるお店が多くて、昼寝をしている人も1人ではなく見かけた。
タイと同じ亜熱帯気候である奄美出身の人が、奄美では午前中に働いて、昼は暑いから昼寝してたって言ってたことを思い出した。冷え性もないだろうし、野菜やフルーツをたくさん食べるし、毎日朝から働いて昼寝をして、健康的な生活が送れるんじゃないかな?と思った。
こちらは建物の前に案内看板が設置してあり、築90年程の古い建物だと書いてあった。1階にはその辺の商店とはちょっと違いすぎる、中華風のとてつもなくセンスのいい喫茶店があって、超気になりつつ通り過ぎた。
けど、結局Uターンして入店した。店内はとっても清潔で、隅々まで妥協点がないかんじだった。とにかく素敵なお店!
130円くらいでWifi使い放題でおしゃれでなカフェでおしゃれな飲み物をたっぷりサイズで頂けた上に、お店のお姉さんからごまつきのフライドバナナや、お姉さんが「一番おいしい」というバンコクで買ったクロワッサンやらを御馳走になって、常連さんとお話できて、お店に入ったのは大正解だった!

お店で知り合った常連客のチュクさんが、自分のバイクで案内してくれるというので、お言葉に甘えることにした。
まずはカンチャナブリのおそらく一番の観光名所であるクウエー川鉄橋に連れて行ってもらった。この鉄橋はかつて第二次世界大戦中に日本軍が設置したもので、自分は昨晩カンチャナブリのことを調べていて初めて知ったのだけど、帰国後ここに行ったことを話した66歳の父は普通に知っていた。父は決して博識ではなく、プライベートでさえ地元を出ない人なんだけど、父の世代では一般常識のような場所なんだろう。世代の差を感じた。
鉄橋は普通に使用されているはずなんだけど、大勢の観光客が普通に歩いていた。チュクさん曰くここはタイの学校の修学旅行の定番らしく、実際に学校行事で来たようなお揃いのジャージを来た若人集団もぞろぞろ歩いている光景を見た。学校行事で現在も使用されている鉄橋に立ち入るってすごいな。鉄道上にマーケットもあるような国だし、線路上とそれ以外の場所にあまり特別な差異の意識を持たないお国柄なのかなと思った。
鉄橋を渡ったところにある、巨大な中国風のお寺も見物した。カフェもカフェのお姉さんも華僑のようだったし、チュクさんもお父さんが中国人だと言っていたし、華僑の人が多いまちだと伺った。
鉄橋でもお寺でも、チュクさんがたくさん写真をとってくれた。ほとんどすっぴんだったのだけど。
再び鉄橋を渡り戻っているところ。
戻った先にSL電車があって、ここでもチュクさんにいっぱい写真を撮ってもらった。

それから駅まで送ってもらって、何かお礼をと思い、「喉乾いていませんか?」と尋ねたら、「あなた喉乾いているの?」と逆に聞かれて、発車時刻まで20分程度だったのだけど、「大丈夫だから」と言われて再びバイクでカフェに戻った。カフェまでバイクで5分くらいかかった気がするけど、ギリギリすぎないか?と思ったけど、バスもあるのでカフェに戻ったのだった。
カフェに戻ってチュクさんがお手洗いに行っている間にお姉さんにチュクさんの味の好みを聞いて、自分とチュクさんの分の飲み物を注文した。ついでに「この時間の電車に乗りたいのだけど大丈夫か?」と聞いたら、「大概遅れるから大丈夫だ。」と言われて、そうか、こちらではそういう事があるんだ!と心得た。
お姉さんにそろそろ出た方がいいんじゃない?と言ってもらって、再びチュクさんのバイクで駅まで送ってもらうことになったのだけど、駅に戻る途中にチュクさんがここも見ておいてという公園のようなお寺に連れて行かれて、大丈夫なのか?と思った。だけど、ちゃんと無事に駅まで連れて行ってくれた。更に電車はまだ来ていなかった。駅に着いた時点で時刻表よりも25分遅れていて、そりゃ、現地の人はあの時間に駅に人を連れて行ったりしないよな、と思った。
駅の売店で売っているアイスを眺めていたら、チュクさんが買ってくれた。そんなに物欲しげに見ていたつもりはないんだけど。。ご厚意は喜んで受け取った。スイカバーみたいな方のアイスを食べたのだけど、味がそのまんまスイカバーだったのには驚いた。
それから、チュクさんが「記念に」といってお土産用のセンスも買ってくれた。えええ!?なんでこんなにもてなしてくれるんだろう??(もう騙すタイミングはないのに)って思ったけど、ご厚意は喜んで受けとった。
カフェに入店して本当に大正解だった。
待ちに待った電車がホームに入ってきたところ。目の前で電車の写真を夢中で撮っている女の子がチュクさんに当たってしまい、とびきりの笑顔で「ごめんね」と声をかけてきたことで、この子と一緒に電車に乗ることになった。
電車の中から、2人でチュクさんにお別れをしているところ。チュクさんはこちらの写真をとっていた。
インドネシアから来たというナフィさんとは、バンコクまで4時間くらい一緒に電車に乗っていたのだけど、マシンガントークが凄かった。そんなに難しい会話はしていないと思うけど、正直3割くらいわかんなかった。4時間みっちり英会話のレッスンを受けているようなかんじだった。
首から下げているキャノンの一眼レフで窓から見える景色をバシャバシャ撮りまくっていた。途中で雨が降ってきては窓を閉め、雨が上がっては窓を開け、を繰り返しながら、今回の旅行で行ったところや、互いの国の気候のことや、宗教のことなど、色々な話をした。
ジャカルタで一人暮らしをしているナフィさんは、面倒だからという理由で地元の両親には今回の旅行の事は内緒だそうで、こういうのってどこの国でもありうることなんだなと思ったのことと、
自分がココナッツが大好きだという話をしたら、ナフィさんの実家のまわりにはココナッツがたくさんあるからおいでよ!と言われたことが印象に残っ話題だった。
ナフィさんのカメラで変顔を撮り合ったりもして、変顔は国境を超える、と思ったりもした。
ずっと横にのっていたおばちゃんと何かの拍子でしゃべりはじめたナフィさん。おばちゃんはラオス出身で、現在はアイルランド人の旦那さんとイギリスに住んでいるのだそう。なんでこんな人がこんなところに!?おばちゃんも旅行が大好きみたいで、インドネシアはとにかく花がきれいだから行ってみなさいと言われた。
終点であり目的地のバンコクの駅に着いた頃には、すっかり日が暮れていて、おまけに雨もザーザー降っていた。残念ながら傘はもっておらず、雨合羽はカオサンのゲストハウスに預けているスーツケースの中だった。ブブカの上に麦わら帽子を被っていたナフィさんが帽子を貸してくれた。
カオサンの友人の家に行くというナフィさんとは目的地が一緒だったので一緒にタクシーに乗ろうね、という話をしていたのだけど、カオサンまで行く船着き場まではおばちゃんも行先が一緒だったため、ラオス出身のおばちゃんと、もう一人写真には写っていなかった顔立ちがインド人風のおばちゃんの連れのおばちゃんと4人でタクシーに乗ることになった。
タクシーを降りたところで、おばちゃんが全額私たちが持つから、と言って、ナフィさんと2人で全力で遠慮したものの、結局おばちゃんたちのご厚意に甘えることになった。
おばちゃんたちとは、人と車でごった返す船乗り場の手前の雑踏で、船に駆け込んでいかれてしまったため、雑な形でお別れしてしまうことになってしまった。
さて自分たちはどの船にのるか?というところで2人も迷ってしまったので、結局再びタクシーを探すことにした。タクシーが拾えそうなところまで歩く途中でナフィさんがちょっとも迷わずスイーツの屋台に立ち寄り、注文しはじめたので、自分もその流れで注文することになった。豆やトウモロコシなどを甘く煮たものや、カラフル寒天などの具材の中から1つを選ぶと、それとココナッツミルクを一緒にビニール袋に入れて渡してくれるというものだった。
20BTの代金を払おうと思ったら500BT1枚しか財布になかったので、これを差し出したところ、つり銭がないと言われてしまい、そこを空かさずナフィさんが払ってくれることになった。
ナフィさんは明るくてとにかくよく喋るのだけど(たとえ流暢に英語をしゃべれない相手にだろうと)、「こんにちは(サワディッカ)」と「ありがとう(コップンカ)」を必ず話しはじめと別れ際に現地の言葉で言っている姿を見て、一週間ほどタイにいて、はじめて「ありがとう」と「こんにちは」をタイ語でこんな風に言うんだ、と知ったことに反省した。
今度から、最低限「こんにちは」と「ありがとう」という言葉は現地語を覚えた上で海外に行こうと思った。
タクシーの中で、はじめて袋入りの液体物を食べることに苦戦したのだけど、ナフィさんは慣れた手つきで同じものを食べていた。
このスイーツの代金や帽子を借りたお礼に、ナフィさんに「タクシー代は全部自分が持つよ。」と言うと、全力で遠慮されたけど、きっともうお礼ができるタイミングはないと思ったので、払いとおした。
タクシーを降りて、カオサンの通りで今回の旅行の目的でもあった、シンガポール人の友人のダニエルさんがタイ旅行に行った際にインスタにUPしていたココナッツアイスをやっと発見したので、袋詰めのスイーツを食べたばかりだけど注文することに。観光地×このおしゃれなデコレーションということでお値段はさっき食べた袋詰めのスイーツの倍の40BTもしたんだけど、ナフィさんも付き合ってくれた上に、タクシーのお礼だと言って奢ろうとしてくれた。
これじゃ本当に元も子もないので、ナフィさんから無理矢理渡された40BTをナフィさんが背負っていたリュックに押し込んだ。
ナフィさんは「じゃあゲストハウスまで送っていくね。」と言ってくれて、互いの国に行くことがあれば連絡することを約束して、ゲストハウスの前で別れた。
海外行くと騙し取ろうとして来る人に用心することばかり考えてしまうし、それって基本的な注意事項かもしれないけど、そんな人ばかりじゃないんだと知って、心温まった日だった。。
21:00頃にゲストハウスで荷物を受け取って、空港線に乗るためパヤタイ駅までタクシーで移動し、パヤタイ駅の傍の屋台で朝食用にパッタイを購入して、それでも翌日明朝の2:30の飛行機まで時間があったので、電車を途中下車して近くのバーで時間を潰すことにした。
ビールはすぐにお腹いっぱいになってしまうので、普段最初の一杯以外ではあまり注文することはないのだけど、せっかくタイに来たのだから、Singhaのビールを注文して、死にかけの携帯を充電させて、Wifiを使って過ごした。
空港に着いて、免税店で仕事先(複数)などへの箱入りのお土産やお酒やらをまとめて購入したのだけど、免税とはいえ空港では何でもそもそもが高くて、空港だけで5000円くらい使ってしまった。。
現地での滞在費は、移動費・宿泊費・食費・お買い物費用を一通り含めて平均5000円くらいだったし、スーパーでかごいっぱい気になる食品を購入して1200円そこそこだったから、空港でお買い物はするもんじゃないなと思った。
でもタイでたくさんの人に親切にしてもらったから、その分のお金をお支払したのだ、と思うことにした。
この日は、前日に申し込んだ現地ツアーに丸一日参加した。
集合時間が朝6:45だったので、朝5:30に起きて、一人でひっそりとチェックアウトして、タクシーで集合場所に向かった。申し込んだ時点では、ゲストハウスから集合場所まで歩いて行ける距離かなと思ったけど、とてもそんな距離ではなく、タクシーを利用することになった。でも、そのお陰で、バンコクの朝の渋滞というものを体験できた。
集合場所に着いて、バスに乗り込んだ時に、「しまった!」と思ってしまった。
せっかくタイに来たのに、バスの中はまるで日本だ!!!(参加者+サービスの点において)
それはさておき、渋滞する市内を抜けて、高速道路に乗ってからは、都市をちょっと上から俯瞰することができた。
集合時間が朝6:45だったので、朝5:30に起きて、一人でひっそりとチェックアウトして、タクシーで集合場所に向かった。申し込んだ時点では、ゲストハウスから集合場所まで歩いて行ける距離かなと思ったけど、とてもそんな距離ではなく、タクシーを利用することになった。でも、そのお陰で、バンコクの朝の渋滞というものを体験できた。
集合場所に着いて、バスに乗り込んだ時に、「しまった!」と思ってしまった。
せっかくタイに来たのに、バスの中はまるで日本だ!!!(参加者+サービスの点において)
それはさておき、渋滞する市内を抜けて、高速道路に乗ってからは、都市をちょっと上から俯瞰することができた。
ガイドさんに、この先が、電車が通るたびに店じまいすることで有名なマーケットだと教えてもらった。
昨日、旅行会社のカウンターでこのマーケットを見に行くパッケージツアーが組まれていることも知り、「好きだなぁ。。」と思ったことを思い出した。
ツアーに参加して良かった点は、途中で『ココナッツファーム』という施設に連れて行かれたことだった。
ココナッツファームには大型観光バスが何台も停まっており、典型的なトイレ休憩スポット兼観光客向けショッピングセンター的な、商売っ気ムンムンの施設だったんだけど、大好きなココナッツの加工の過程や、製品が沢山見れた。
ここでココナッツシュガーというものの存在を初めて知る。勿論買っちゃいますよねこれは。ほんのりココナッツ味の砂糖の試食には、ハエがたくさんたかっていた。

ココナッツのジュースを煮詰めて砂糖を作っているところ。
ココナッツの苗木。ココナッツにも色々な種類があるらしい。
これは何だったっけ?
午前中の目的地・水上マーケットに行くためのボート乗り場に到着。
水上マーケットに行くにはボートに乗らないといけないこと、マーケットは午前中で店じまいしてしまうことから、水上マーケットに行くにはツアーに参加するのが現実的なのだと、地球の歩き方に書いてあったけど、行ってみて本当にそう思った。
ボート乗り場からマーケットまではちょっと距離があるのだけど、道(川)中にはわざわざ沼というか湿地の上に高床式の家が軒を連ねており、とても興味深かった。なぜこんなところに家を建てて暮らしているのだろう??中に入ってみたい。
高床式の家々や、ココナッツ畑を通り抜けて、マーケットに到着した。てっきり船を店舗にしているばかりなのだと思っていたけど、そうした商いは少数派で、客が船に乗り、船上から川沿いの店でお買い物をする形式の店舗が多数だった。
それにしても、売られている物品は、生活の品というよりもお土産品ばかりで、陸の上から船を手で引き寄せてくるなど、客引きもすごかった。
客層からも察することが出来るように、観光用の水上マーケットのようだった。
水上マーケットから陸に上がったところから、バスの駐車場までの間もまたものすごい規模のお土産屋さんがあって、ここの客引きもすごかった。人生で初めて客引きで腕をひっぱられた。残念ながら現金がほとんどなかったので、何もお買い物ができない状態だったのだけど。。
ラオスのナイトマーケットで800BTで購入したリンゴ型の木製のバスケットと同じものがあったので、値段を聞いてみたら「1800BT」と言われた。呆れた顔をしたら、「800BT」と言われ、既に持っているのでありがとうと言い店を去ろうとしたら、「400BT!」「300BT!」「200BT!」と畳み掛けるように言われ、「いくらなら買うんだ!?」と言われたので「100BT」と言ったところ、諦められたので、200BTが限界なのだろう。
「そこまで値引きできたのか・・・」と思うも、気に入って買ったものだし、自分にとってあのバスケットの価値は800BTなんだろう。
ツアーは、午後の水上マーケットのみの参加の人もいれば、午後からのアユタヤのみの参加の人もおり、お昼は一度バンコクに戻って各自で昼食をとることになっていた。
お昼休みは真っ先に両替に行き、それから結構迷って麺のお店に入った。さほど食欲をそそられるビジュアルではないのだけど、実はとってもおいしい!というのがこちらで食べた麺類の全体的な感想。とにかく麺料理にははずれがないし、安いし、大満足。
再びバスに乗りアユタヤに向かった。
考えてみれば、アユタヤって自分でバスに乗っていけるし、そうした方が随分安く行けるうえ、道中のわくわく感も味わえるし、水上マーケットのツアーだけでもよかったのかも。
こちらの史跡はどこも黄色い布がかけられており、どうやってかけたのかひたすら不思議だった。
その次に、象に乗る体験ができるところに連れて行かれた。乗らなかったけど。
子供の像が写真撮影用に構えていたのだけど、写真撮影のために人が横に立つと、鼻を人にからめたり、前足を上げてポーズをキメたりしていて、かわいかった。象ってお利口さんなんだなぁ。。
それから、別の史跡に連れて行かれた。
タイとミャンマーは昔はよく戦争をしていたこと、その影響で仏像の首がたくさん落とされていることなどを教えてもらう。
こちらの大きな仏像は、首は落とされてはいないものの、焼打ちに遭い、金箔はげはげだったのを、近年貼りなおしたものだそう。
こちらの史跡群は、数年前の洪水で随分壊れてしまったそう。洪水前はどれくらい残っていたんだろう?
何がどうなってこうなったかはわかっていない、気に飲み込まれた仏頭。
帰りのバスのトイレ休憩の際に、ガイドさんに「これからストームが来るから今のうちに」と言われ、遠くの空を見たら、灰色の分厚い雲と、その下に雨のカーテンのようなものが見えた。それからしばらくして、バスはもんのすごい雨の中に入っていった。
19:30にバンコクのアソーク駅の傍で解散してからも激しい雨で、ここでもチェンコーンのトクゥトクゥのおじさんからもらった雨合羽が大活躍だった。日本ではこんな人が多いところだと恥ずかしくてすぐに傘を買っちゃうところだけど、外国に来た解放感からか、合羽を着たままゲストハウスがありそうな一駅先のプロンポン駅の近くまでひたすら歩いた。道中は雨にも関わらずビニールシートの天井を貼って露店がひしめいていたのだけど、何故かアダルトグッヅが多かった気がする。
駅が見えたところで、実は目的の方向とは逆方向に進んでいたことに気が付いた。「疲れたし、電車に乗ろう。電車に乗るなら、遠くに行こう。」ということで、ちょっと気になっていた王宮裏にあるゲストハウスに行くことを思いつき、プロンポン駅を通り越して、パヤタイ駅まで行った。
パヤタイ駅に着いた頃には、雨はすっかり上がっていた。駅の階段をスーツケースを持って階段を下りていたら、前を歩いていた清潔感溢れる好青年が英語で「荷物持ちましょうか?」と声をかけてくれて、ご厚意に甘えて荷物を持っていただいた。階段を下りてスーツケースを受け取って、彼と同じ方向を歩いていたら、今度は目的地を聞かれて、「歩いて行ける距離じゃないから、タクシーに乗った方が良い。」ととても丁寧に教えてくれた。なんて親切な人なんだろう。。
言われるままにタクシーを拾って乗り込んだのだけど、確かに結構距離があった。王宮の横の道をひたすらタクシーで走ったのだけど、王宮が思った以上にでかかった。王宮の正門の前で下してもらうと、ちょっとしたイベント?が行われており、王様向かって奉納しているとみられるタイ舞踊が見れた!とっても絵になる光景だった。
そこからまぁまぁ歩いてお目当てのゲストハウスに向かったのだけど、ここがまさかの閉店を迎えていたため、更に歩いてカオサンを目指した。
カオサンがどんなところなのかは詳しく調べておらず、ただ「旅行者が多く安宿が多い」という知識でカオサンの方向を目指して歩いた。
カオサンは遠かった。。
夜も更けて、歩き疲れた上に、宿泊先が決まっていない、というより、宿泊先が見当たらない状態は、、、とても不安だった。
でも、これでもかというくらい歩いたところで、西洋人がわいわいしているバーや、簡易ホテルがぽつぽつと見え出して、希望が持ててきた。
地図を確認したところ、目的としていたゲストハウスと同じ名前のゲストハウスが近くにあったので、安くて最低限きれいならどこでもいいんだけど、とえりあえずそこを目指してみることにした。
カオサンには良く言われるカオス=ゲスいイメージを持っていたのだけど、全くゲスではなく、とってもおしゃれなところだった。そして何故か西洋人が多い気がした。どこのお店のバンドも何故かほとんど西洋人だった。そして、こんなおしゃれというかカルチャーミックスな地にマッサージ店が沢山見られたのは、タイならではの光景なんだろうなぁと思った。。
そして確かに安宿がそこら中にあり、お目当てにしていた王宮近くのゲストハウスと同じ名称のゲストハウスに泊まれることになった。ゲストハウスといっても、とても規模が大きく、その分管理もシステマティックにやっている印象で安心できた。
この日の晩御飯には、昨日買ったマンゴーを食べた。昨日購入する際に、果物屋の店員さんに「食べごろは明日の夕方だよ。」と教えて頂いたときは、すぐに食べたい気持ちと葛藤したのだけど、結局夕方を過ぎて夜食べることになった。
食べ頃を迎えたマンゴーはすんごく美味しくて、とびきり美味しいマンゴーを口いっぱいに頬張れる多幸感に、この日一日感じた不安な気持ちや残念な思いが吹っ飛ばされた。
この日はいろいろな気持ちになった日だった。
この日は誕生日だから良い行いをしよう!ということで、喜捨をする予定で早起きをした。
しかし、実は寝る前から気づいていたのだけど、大きな失敗として、昨日買ったお米を炊いていなかった。実はみんな生米を喜捨していつのだろうと勝手に思っていたのだけど、なんとちゃんと炊いてから喜捨をしていると知ったのは、深夜にスマホをいじっていた時のことで、ゲストハウスのキッチンは既に閉まっていた。なので、ダメ元で朝4時に起きてキッチンを確認してみたものの、やっぱりまだ閉まってますよねーってことで、ほんのちょっとだけど、2日前にチェンコーンで購入した、ノニさんに渡したものと同じお菓子を持っていくことにした。飴玉くらいのサイズのものが8個しかないけど、これしか渡せるものがないから、仕方ない。この日は雨が降っていたので、チェンコーンで乗ったトクゥトクゥのおじさんからもらった雨合羽が大活躍だった。

裏通りで地元の人が喜捨をしているところ。男性は立って、女性は座って喜捨を行う。男女とも白い上着に金っぽい色のたすきをしていた。泥で汚れる機会が頻繁にあるこちらでは、白さをキープすることが難しいことから、白い服を着ることはきちんとした格好をしていることになるのだ、と、後日ゲストハウスで一緒だった人から聞いた。
各お寺からお坊さんが列を成してくるのだけど、列の途中でお菓子がなくなっては申し訳ないので、手持ちのお菓子8個で事足りる一行が現れるまで待った。
下の写真は自分が喜捨を行った托鉢のお坊さんの御一行。無事、喜捨を果たせた!
ゲストハウスに戻る途中では、民家で朝ご飯を作っている風景を見かけた。ベランダにキッチンがあるって凄いな。
そして、朝市も見かけた。野菜や肉や魚や麺などがたっくさんあった。これがランチの食材になるんだろうなぁ。
それにしても、暗いうちから朝市の準備をしている人たちって、一体毎日どんな生活リズムなんだろう?
ピンクの卵は皮蛋らしい、ということを後にネットで調べて知る。
ゲストハウスに戻り、朝食に昨晩購入したココナッツのお団子を食べたら、5個中1個半食べたところで酸っぱい味がしだして、腐っていることが判明した。残念。
身支度を整えたところで、チェックアウトまでロビーでゆっくりすることにした。
ゲストハウスのスタッフのお友達?と思しき人が、それまでラオス語でしゃべっていたのに、いきなりきれいな発音で「日本人ですか?」と日本語でしゃべりかけてきてびっくりした。
話を聞くと、ラオス語、タイ語、英語、日本語のを話せるらしい。すごい!昨日、観光ガイドの試験を受けたばかりで、眠いといっていた。試験の内容を尋ねると、日本語でなんと訳したらいいか凄く難しそうにして、「観光の歴史?」と言っていた。けど、びっくりするくらい日本語が上手だったので、その「観光の歴史?」とやらが何なのか益々気になった。持っていたギターでスピッツの歌など歌ってくれた。
ルアンパバーンでは欧米人となぜか韓国人を多く見かけたことがずっと気になっていたので、聞いてみたところ、
・仁川から直行便があること
・3年前に韓流ドラマの撮影があり、それから一気に観光客が増えたこと
を教えてくれた。こういうのを成功事例というんだろうな、と思った。
お昼に生まれて初めて海外で予約した国際線の飛行機に乗ることになっていたので、3時間前にはゲストハウスを出るつもりだというと、「空港は狭いから40分前で十分だ。」と言われた。だけどやはり安全圏での選択で2時間半前にゲストハウスを出ることにした。
空港に着いてみて、やはり現地人が言うことは正解だったとわかった。
国際空港といえども小規模かつ閑散としており、かなり時間を持て余したので、数少ないお土産屋さんを片っ端から見物した。それでも十分時間が余った。

日本人が想像するような箱入りの個包装のお菓子はなかった代わりに、バナナチップがぱんぱんに詰められた袋が3USD!?という金額で販売されていた。空港の物販は全体的に高かった。
ルアンパバーン~バンコク間で、人生初のプロペラ機に乗ることになった。
小さな飛行機だし、乗客は外国人ばっかりだったけど、機内食を提供される際にすっちーさんから日本語で話しかけられて驚いた。
機内誌で見たミャンマーの風景がきれいで、ミャンマーにも行ってみたいと思った。
バンコクに近づくと、あの細長い田圃が再び視界に飛び込んできた。
最初と同じ手順で再びタイに入国し、市外に出る電車の駅に向かうところで、たまたまHISの現地ツアーのデスクを見つけたので、明日参加できるツアーがないか相談した。
店内をぱっと見渡すと、日本語の張り紙だらけで、日本語が通じた。日本人観光客向けのツアーデスクだったみたい!タイにはすんごい沢山の日本人が来てるんだなーと思った。
結局、次の日はアユタヤ+水上マーケットの1日ツアー2000BTに参加することにした。
駅のホームのこれ、現地人よりも外国人よりも、日本人が一番気になると思うし、意図もわかるような気がする。。
再び、初日のような光景の中を、初日よりもゆっくり歩いた。
このセンスには、自分の頭の固さ、発想の貧弱さを思い知らされた!!
安い洋服や雑貨屋さんがひしめき合う狭い路地をうろうろしていたら、いつの間にか生活エリアに突入していた。
こちらは線路沿いの共同洗濯機。
こちらは線路沿いの共同洗濯機。
今回の旅行の目的地でもある、シンガポール人の友人から教えてもらったエワラン祠にも、この日行けた。
街中には似たような祠がいくつかあって、初日にそれだと思った祠が実は別物だったことをあとで知ったので、来れてよかったー。
実際に着くと、周囲の人だかりの多さが他の祠と大違いで、すぐにそれだとわかった。
何でも願いを敵えてくれる最強の神様だと聞いていたので、あれこれ遠慮なくたくさん願い事をした。

それから、ここに晒せる写真が全くないのだけど、待ち合わせをしていたお友達に会って、一緒に屋台料理を食べた。
友人は、はじめて海外に出たのが昨年末の1泊2日の韓国旅行で、その半年後にはバンコクで働くことになったという凄い人。。いきなり海外で働くということも、仕事の内容も、チャレンジングで、元気をもらった!そして御馳走になった。ありがとうございますです。。
その後、おすすめのマッサージ屋さんに案内してくれたり、お馴染みの果物屋さんに案内してくれたりしてくれて、「英語は話せない」と言っていたけれど、気持ちと笑顔とで店員さんといい関係であるところを見て、見習おう!と強く思った。
友人と別れて、目星をつけていた激安の日本人ゲストハウスに向かった。
ゲストハウスに向かう途中で、大きなスーパーがあったので、あれこれ気になるものをかごいっぱい購入した。これもやってみたいことだったんだ!
閉店間際だったので、店じまいのこんな光景も見られた↓
ゲストハウスに到着したら、なんと閉まっていて入れない!?というアクシデントに遭遇するも、しばらく待っていたらお出かけしていた宿泊客が帰って来たので、その人と一緒にゲストハウスに潜入することに成功した。中に入って宿泊の手つづきを行った。
1泊170BTのドミトリー目当てで来たんだけど、予約してなかったし夜遅いしで既に満室で、370BTのクーラーつき個室に泊まることになった。
勿体ないんだけど、シャワー浴びて共有スペースで他の宿泊客としゃべってってしてたら、これからルアンパバーンに行くという人がいて、盛り上がっちゃって、結局お部屋を利用したのは3時間程度だった。
欧米のバックパッカーの間では、ルアンパバーンはのんびりゆっくり過ごすのにいいところ、ということになっているらしい。
という情報を昨晩ネットで仕入れたこともあり、この日は托鉢を見るべく朝5時にセットしていた目覚ましに一度起こされたものの、無視して結局8:30くらいまで寝た。目覚ましを無視した時点で、自分の中で今日は一日だらだら過ごすことに決定していた。
雰囲気のいいロビーでフリーのコーヒーとフリーのバナナを頂きながら、超低速のwifiを駆使して明日のルアンパバーン発バンコク行きの飛行機の予約をして、散歩に出かけた。
ルアンパバーンの街が一望できるプーシーの丘というところを目指して歩いていたら、案外すぐに見つけてしまった。しかし登り口がわからず、発見してから暫く歩くことになった。丘のふもとのメコン川の支流沿いには、川を見渡すいい感じのレストランやバーが立ち並んでおり、誰かと一緒だったら行ってみたかったな。と思った。
ひょっとして通り過ぎちゃったのかも?と思うほど歩き進めたところで、ようやく丘の登り口を発見した。
高いところが信仰の対象となるのはどに行っても同じで、丘に立ち入るには入場料が必要で、立ち入るとそこらじゅうに仏像があり、南蔵院のようだった。確かに欧米人は好きそうだ。
仏様を拝みながら丘を登って頂上まで到着すると、昨日到着したボートの下船場や明日行く予定の飛行場や、遠くにでかいお寺なんかが見えた。天気は見事な晴れで、昨日の反省から入念に塗った日焼け止めがほとんど落ちちゃったんじゃないか、というくらい汗をかいた。
ハイタッチ。
来た方向と違う方向に丘を下ると、そこはお寺の境内だった。ちょうどお坊さんたちがみんなで庭の木の手入れをしているところに出くわし、その中でなぜか暇そうにしていた、自称とうもろこしだというコーン君というお坊さんが声をかけてきてくれて、ちょっと立ち話をした。
お寺にいるお坊さんはだいたい11~18歳くらいで、自分は16歳だと言っていた。習慣のようなかんじで、一生のうち一度、だいたいこれくらいの年齢の時期にお寺に出されることや、お寺にいる期間も人それぞれで、短い人では1週間程度しかいない人もいる、といったことを教えてくれた。
お寺を出たところで天気はかんかん照りで、こちらでは朝夕に活動して昼は昼寝をするのがベストだと思った。
日陰に入りたくて、とりあえずマッサージ屋さんに入ってヘッドマッサージを受けることにした。マッサージ師さんというよりは、近所のお姉ちゃんというかんじの人が、スマホをいじりながら、電話に出ながら、あくびをしながら、マッサージしてくれた。こめかみを何度もぐいっと引き上げられる度に、そこは昨日見事に日焼けをしてしまったところだったので、痛かった。。
ルアンパバーンの中心部はほどんど観光街で、お店=お金を使うところだらけで、郊外の自然や村を訪れる半日~1日くらいの現地ツアーでも申し込んでおけばよかったかたかな、と思った。
街中には土地柄に関係なくどこにでもあるようなカフェなんかも結構あって、普段、旅行に来てわざわざそのようなお店には入らないのだけど、お店の奥にたまたま大好きなココナッツのシャーベットを見つけてしまったので、とあるあるきれいなお店に入った。
店内にはビールとサンドイッチをいただく欧米人のおじさん1人、ランチ中の韓国人の女子2人組、休憩中の店員1人、そして自分で、のんびりしていた。それにしても、ほとんど観光客向けに営業しているようだった。
そこのWifiがあまりにもさくさく動いたため、注文はアイスのみで1時間くらい入り浸った。
アルバイトらしき男性店員が着ていた「チェンマイ大学」(原文まま)と書かれたTシャツがとても気になった。
街中には現地ツアーの代理店が多々あったけど、申し込むにはちょっと時間が遅かった。
再び来ることがあれば、村ツアーに参加してみたいな。
お土産屋さんも多かったけど、ナイトマーケットとは比べ物にならない規模だった。
暑いから、夜に露店を出す方がこちらの生活に合っているのかな?と思った。
それから、国立博物館へ。
1904年に建てられた王宮だった建物をそのまま利用した建物、というと、どうしても日本人の歴史感覚だと1870年前後の明治維新・文明開化などなどが頭にあるので、ちょっと不思議な感じだったんだけど、これが他国を知るということなんだろう。などと思った。
敷地内にある立派な祠には短パン姿で入れたんだけど、博物館で短パン姿を指摘さてしまった。近所でたくさん売っているラオスっぽい柄の布でできたパンツやロングスカートも買うのもいいけど、多分日本に帰って部屋でしか着れないようなものだし劇的に安くもないものだから、こんなこともあろうかと思い念のため持ってきていた長ズボンを取りにゲストハウスに戻った。
ゲストハウスから博物館まで戻る際に、自転車を借りた。
博物館を見学し終えたあとは、自転車でふら~っと大きなお寺や郊外の民家などを見て回った。
お寺を見学しているときに、たまたま明日見学しようと思っていた托鉢についての小さな張り紙を見つけた。
趣旨は以下の2点。
・お坊さんは尊い存在で、真面目に托鉢しているので、失礼な写真の撮り方は遠慮してほしい。
・喜捨を行う場合は、観光客向けに托鉢用のご飯やお菓子を売りつけてくる売り子からではなく、地元の店で買ったものを喜捨してほしい。
托鉢は見るだけではなく、喜捨もできるのか!という発想を得て、郊外の商店でお米を購入した。
観光客が集まる中心部のお店では、ミックスジュースが20000kipだけど、郊外のお店で購入したお米は1㌔7000kipだった。桁がちがう!!観光地ではあまり買い物をしすぎてはいけないという教訓を得た。

多分、17:00の時報的なやつ。
ゲストハウスに自転車を戻して、ナイトマーケットに晩御飯を食べに行った。昨日とは違うお店で、この日もどんぶり1杯15000kipのバイキング+ラオス名物のハーブたっぷりソーセージを食べたのち、昨日と同じマンゴー&パッションフルーツのミックスジュースと、明日の朝食用にココナッツのお団子を購入して、ゲストハウスに戻った。
という情報を昨晩ネットで仕入れたこともあり、この日は托鉢を見るべく朝5時にセットしていた目覚ましに一度起こされたものの、無視して結局8:30くらいまで寝た。目覚ましを無視した時点で、自分の中で今日は一日だらだら過ごすことに決定していた。
雰囲気のいいロビーでフリーのコーヒーとフリーのバナナを頂きながら、超低速のwifiを駆使して明日のルアンパバーン発バンコク行きの飛行機の予約をして、散歩に出かけた。
ルアンパバーンの街が一望できるプーシーの丘というところを目指して歩いていたら、案外すぐに見つけてしまった。しかし登り口がわからず、発見してから暫く歩くことになった。丘のふもとのメコン川の支流沿いには、川を見渡すいい感じのレストランやバーが立ち並んでおり、誰かと一緒だったら行ってみたかったな。と思った。
高いところが信仰の対象となるのはどに行っても同じで、丘に立ち入るには入場料が必要で、立ち入るとそこらじゅうに仏像があり、南蔵院のようだった。確かに欧米人は好きそうだ。
仏様を拝みながら丘を登って頂上まで到着すると、昨日到着したボートの下船場や明日行く予定の飛行場や、遠くにでかいお寺なんかが見えた。天気は見事な晴れで、昨日の反省から入念に塗った日焼け止めがほとんど落ちちゃったんじゃないか、というくらい汗をかいた。
ハイタッチ。
来た方向と違う方向に丘を下ると、そこはお寺の境内だった。ちょうどお坊さんたちがみんなで庭の木の手入れをしているところに出くわし、その中でなぜか暇そうにしていた、自称とうもろこしだというコーン君というお坊さんが声をかけてきてくれて、ちょっと立ち話をした。
お寺にいるお坊さんはだいたい11~18歳くらいで、自分は16歳だと言っていた。習慣のようなかんじで、一生のうち一度、だいたいこれくらいの年齢の時期にお寺に出されることや、お寺にいる期間も人それぞれで、短い人では1週間程度しかいない人もいる、といったことを教えてくれた。
お寺を出たところで天気はかんかん照りで、こちらでは朝夕に活動して昼は昼寝をするのがベストだと思った。
日陰に入りたくて、とりあえずマッサージ屋さんに入ってヘッドマッサージを受けることにした。マッサージ師さんというよりは、近所のお姉ちゃんというかんじの人が、スマホをいじりながら、電話に出ながら、あくびをしながら、マッサージしてくれた。こめかみを何度もぐいっと引き上げられる度に、そこは昨日見事に日焼けをしてしまったところだったので、痛かった。。
ルアンパバーンの中心部はほどんど観光街で、お店=お金を使うところだらけで、郊外の自然や村を訪れる半日~1日くらいの現地ツアーでも申し込んでおけばよかったかたかな、と思った。
街中には土地柄に関係なくどこにでもあるようなカフェなんかも結構あって、普段、旅行に来てわざわざそのようなお店には入らないのだけど、お店の奥にたまたま大好きなココナッツのシャーベットを見つけてしまったので、とあるあるきれいなお店に入った。
店内にはビールとサンドイッチをいただく欧米人のおじさん1人、ランチ中の韓国人の女子2人組、休憩中の店員1人、そして自分で、のんびりしていた。それにしても、ほとんど観光客向けに営業しているようだった。
そこのWifiがあまりにもさくさく動いたため、注文はアイスのみで1時間くらい入り浸った。
アルバイトらしき男性店員が着ていた「チェンマイ大学」(原文まま)と書かれたTシャツがとても気になった。
街中には現地ツアーの代理店が多々あったけど、申し込むにはちょっと時間が遅かった。
再び来ることがあれば、村ツアーに参加してみたいな。
お土産屋さんも多かったけど、ナイトマーケットとは比べ物にならない規模だった。
暑いから、夜に露店を出す方がこちらの生活に合っているのかな?と思った。
それから、国立博物館へ。
1904年に建てられた王宮だった建物をそのまま利用した建物、というと、どうしても日本人の歴史感覚だと1870年前後の明治維新・文明開化などなどが頭にあるので、ちょっと不思議な感じだったんだけど、これが他国を知るということなんだろう。などと思った。
敷地内にある立派な祠には短パン姿で入れたんだけど、博物館で短パン姿を指摘さてしまった。近所でたくさん売っているラオスっぽい柄の布でできたパンツやロングスカートも買うのもいいけど、多分日本に帰って部屋でしか着れないようなものだし劇的に安くもないものだから、こんなこともあろうかと思い念のため持ってきていた長ズボンを取りにゲストハウスに戻った。
ゲストハウスから博物館まで戻る際に、自転車を借りた。
博物館を見学し終えたあとは、自転車でふら~っと大きなお寺や郊外の民家などを見て回った。
お寺を見学しているときに、たまたま明日見学しようと思っていた托鉢についての小さな張り紙を見つけた。
趣旨は以下の2点。
・お坊さんは尊い存在で、真面目に托鉢しているので、失礼な写真の撮り方は遠慮してほしい。
・喜捨を行う場合は、観光客向けに托鉢用のご飯やお菓子を売りつけてくる売り子からではなく、地元の店で買ったものを喜捨してほしい。
托鉢は見るだけではなく、喜捨もできるのか!という発想を得て、郊外の商店でお米を購入した。
観光客が集まる中心部のお店では、ミックスジュースが20000kipだけど、郊外のお店で購入したお米は1㌔7000kipだった。桁がちがう!!観光地ではあまり買い物をしすぎてはいけないという教訓を得た。

多分、17:00の時報的なやつ。
ゲストハウスに自転車を戻して、ナイトマーケットに晩御飯を食べに行った。昨日とは違うお店で、この日もどんぶり1杯15000kipのバイキング+ラオス名物のハーブたっぷりソーセージを食べたのち、昨日と同じマンゴー&パッションフルーツのミックスジュースと、明日の朝食用にココナッツのお団子を購入して、ゲストハウスに戻った。
帰る途中に小汚いおじさんに付きまとわれて「マリファナあるよ」と言われたんだけど、怖いというよりも、「おお、本当にこういう人がいるんだ!」と思った。
何にもなかったからただの海外旅行の思い出なんだけど。
何にもなかったからただの海外旅行の思い出なんだけど。
21日夜にバンコクで友人に会うまでの時間をどう過ごすか?という命題に対して、昨日、宿の奥さん(日本人)に相談したところ、以下の3つの候補が上がった↓
①(バス)→チェンライ(バス)→チェンマイ(バス)→バンコク
②ファイサイ(すぐぞばの川の対岸のラオス領に行くだけ)→チェンコーン(ここ)→バンコク
③(ボート)→ルアンパバーン(飛行機)→バンコク
結果、②を選択することにした。
・国境をまたげること
・ルアンパバーンはラオス古都で、世界遺産であること
・メコン川をボートで行くという交通手段に惹かれたこと
この3つが決め手だった。
世界遺産には詳しくないけど、そういえばオレンジ色の袈裟を着た僧侶が托鉢で列をなしている絵をみたことがあるなーっていうのがルアンパバーンだった。
チェンコーンからルアンパバーンまでのボートには以下の2種類があり、
①スローボート:所要時間2日間。主に観光客が利用。
②スピードボート:所要時間6時間。主に現地人の足。
時間がないので②のスピードボートを選択した。
朝7:30、宿の奥さんにトゥクトゥクを呼んでもらって、約10キロ離れたイミグレーションに向かった。トゥクトゥクといえばバンコクの街中の乗り物だと思っていたけど、国境の田舎のまちで人生初トゥクトゥクに乗ることになった。
しかし、ドミトリー1泊100BT、トゥクトゥク10キロ150BTってのは不思議な感じがした。
8:00にイミグレーションをするっと通過して、手数料の40BTを払って(地球の歩き方では20BTだと見た覚えがあるのだけど)、とりあえず2000円を両替した。
スピードボートの乗り場まで約10キロあるのだけど、さてどうやって行こうかと考えていた時に、早速人生2度目のトゥクトゥクに乗ることになった。
ラオスの通貨kipのレートがさっぱりわからないまま「50000kip」と言われたものだから、慎重になっていたところ、現地人らしき人が乗り合わせることになり、「2500kipでOKよ」と自分とその現地人らしき人の2人に対して言われたことで、価格面での不安が解消できたので利用することにした。
それから色々と物販の方を見て回った。
①(バス)→チェンライ(バス)→チェンマイ(バス)→バンコク
②ファイサイ(すぐぞばの川の対岸のラオス領に行くだけ)→チェンコーン(ここ)→バンコク
③(ボート)→ルアンパバーン(飛行機)→バンコク
結果、②を選択することにした。
・国境をまたげること
・ルアンパバーンはラオス古都で、世界遺産であること
・メコン川をボートで行くという交通手段に惹かれたこと
この3つが決め手だった。
世界遺産には詳しくないけど、そういえばオレンジ色の袈裟を着た僧侶が托鉢で列をなしている絵をみたことがあるなーっていうのがルアンパバーンだった。
①スローボート:所要時間2日間。主に観光客が利用。
②スピードボート:所要時間6時間。主に現地人の足。
時間がないので②のスピードボートを選択した。
朝7:30、宿の奥さんにトゥクトゥクを呼んでもらって、約10キロ離れたイミグレーションに向かった。トゥクトゥクといえばバンコクの街中の乗り物だと思っていたけど、国境の田舎のまちで人生初トゥクトゥクに乗ることになった。
しかし、ドミトリー1泊100BT、トゥクトゥク10キロ150BTってのは不思議な感じがした。
8:00にイミグレーションをするっと通過して、手数料の40BTを払って(地球の歩き方では20BTだと見た覚えがあるのだけど)、とりあえず2000円を両替した。
スピードボートの乗り場まで約10キロあるのだけど、さてどうやって行こうかと考えていた時に、早速人生2度目のトゥクトゥクに乗ることになった。
ラオスの通貨kipのレートがさっぱりわからないまま「50000kip」と言われたものだから、慎重になっていたところ、現地人らしき人が乗り合わせることになり、「2500kipでOKよ」と自分とその現地人らしき人の2人に対して言われたことで、価格面での不安が解消できたので利用することにした。
実家にいる時にしょっちゅう自転車で渡っていた筑後川くらいの川幅のメコン川を渡っただけで、国が違うし景色も違った。
ラオスの方が土っぽい感じだったし、橋のエコっぷりには驚いた。
話しか聞いた事がないけど、親が子供だった頃、昭和の日本の田舎もこんな感じだったのかなと思った。日本の過去の一時期に似たようなところに自分は今いるのだ!と考えると、とても不思議で貴重な経験に思えて、しっかり目に焼きつけておくべくキョロキョロした。
ボート乗り場に到着。
そこでたまたま出会ったのが、日本人のセキさん親子だった。旅好きで20数年前にバイクでユーラシア大陸を横断した事があるというお父さんと、バンコクの大学に交換留学中の息子さん。たまたま他にも旅行客がいて、たまたま日本人だった。
息子の留学先で父子旅行なんて、素敵だなー!
しばらく待っていたけどなかなか定員に及ばず、欠員分の料金を割り勘してボートに乗ることになった。
セキお父さんが値切ってくれてちょっと安くなったことに気を良くして乗ったけど、後々冷静に考えると、欠員分の料金の補填に現地人乗客の頭数が入っておらず、は?と思ったものの、ビジター料金的なものだと思い納得する事にした。(しかし、後々、他にもラオスのセコさに触れることになる。)
ボート乗り場もまた衝撃的な造りだった。
ありえない量の荷物を積んでいるところ。米積んでたし!
凄まじいスピードでメコン川を爆走するのは楽しかった。スローボートでゆっくり2日もかけて移動していたら、きっと飽きていただろうと思うので、スピードボートを選択して正解な気がした。
ボートからは山の中で暮らす人たちの集落なんかが点在しているのが見えたんだけど、どの家も高床式なのが気になった。
給油や途中での乗船・下船などもあり、ちょこちょこと船着場や川べりに寄ったりした。
フルチンの男の子が川遊びをしてる風景も何度か見たけど、そういえば女の子は見ないことも気になった。
途中、船着場でお昼休憩を取るんだけど、ここでセキお父さんにご馳走になったお米の麺が美味しかった!
野菜たっぷりの麺に、更に生の香草を盛り放題の麺料理で、ヘルシーなんだけどお腹壊さないかちょっと心配だった。だけど、結局、旅行中にお腹を壊す事は1度もなかった。
あと、ここで初めてこちらのバナナを食べたんだけど、これもすんごい美味しかった!普段たべてるバナナよりもちょっともっちりしてて、甘味が強くて味が濃ゆいかんじ。
犬がバナナの袋に反応したのであげたら食べたことには驚いた。
そんでまた3時間くらいボートに乗り続けて、ルアンパバーンに到着。6時間くらいボートに乗ってたけど、ちょっとも退屈しなかった。
そして、晴天のもとボートに乗り続けたせいで、日焼け止めを塗っていなかったものの風を受けて全開だったおでこと、短パンで体育座りをしていた結果の両膝をピンポイントに日焼けした。日焼け止めを塗っていた顔と首は平気だった事もあり、日焼け止めの効能を身を以て知った。
終着点にはスローボートも着いており、観光客でごった返していた。西洋人ばかりだった気がする。
ルアンパバーン市街地まで、1人20000Kipの乗り合いトゥクトゥクに乗った。中にいた米国シアトルから来たというおじさんは、息子さんが大阪で英会話講師をしており、日本にも6回も行った事があると言っていた。旅行好きなんだなー、金持ちなんだなー、時間あるんだなー、いいなー、と思った。
市街地に到着したところで、1日お世話になったセキさん親子と別れてゲストハウスが集まるエリアに向かった。
すんなり宿泊先が見つかんなかったらどうしよう?と思ったけど、すんなり見つかった。ゲストハウス街に差し掛かってすぐのところに「日本語Ok」と日本語で書かれた宿の案内を見つけて、そこがきれいで雰囲気もかったし、もっと探せばもっと安いところもありそうだけど面倒臭いし、ちょっとした贅沢気分で(といっても一泊1100円くらい)ここにお世話になる事にした。
ダブルベットだから、2人で泊まればこれで500円代っていいなぁ!タオル付きだし。
それから、宿から歩いてすぐのナイトマーケットに出かけた。暑いから、夜からマーケットが開かれるらしい。とにかく観光客だらけだった。
食堂街のような通りでは、15000Kipをどんぶり1杯と交換する仕組みのバイキングがあった。200円ちょっとでお腹いっぱい色んな料理を食べれる、これ!
ハエがたかっていたので中からほじくって料理を取った。
野菜料理が多いから、山盛り食べてもお腹が重たくなる事がなく、食べ過ぎた後の罪悪感がなかった。明日もぜひまた来ようと思う。
それから色々と物販の方を見て回った。
欧米からの観光客が多いせいか、外貨はUSDが普通に通用するようで、その次がBTという感じだった。
道端には両替所が何軒かあり、そのうちの1軒を利用したところ、しれっと6000Kip足りない金額が戻されたので、指摘したらまたしれっと正解の額のお金を出された。騙そうとしたのか?バカなのか・・・?
ここで購入したもの
・ラオスっぽい絵が書かれたラオス産のコーヒーとフレーバーティー
・面白い仕組みのリンゴ型の木製バスケット
・大好きなココナッツの殻で出来たお皿
・自分への誕生日プレゼントに金のブッタツリーの画
ブッタツリーの画を買う際に、お店のおじさんが自ら「交渉していいよ」と言ってくれたことで、「値切る」という手段があった事を思い出した。ありがたそうな絵を値切るのはちょっと気が引いたけど、お申し出に乗らせて頂き10000Kip安くしてもらった。なんなら他に買ったものを交渉したかったんだけど、思い出すのが遅かったな。
小物やバックや服なんかは、どこも似たような品を扱っていた。
マンゴー&パッションフルーツのミックスジュースを飲みながら、ゲストハウスに戻った。この組み合わせは大当たりだった。
前の日の20時にバンコクで長距離バスに乗り込んで、バスの中で目が覚めたのが8時くらい。窓の外は田園時々民家、遠方に山。という風景になっていた。
それからもう一つのマーケットに寄り道しつつ、宿に向かってメインストリートをひたすら歩いていると、だんだん賑やかさがなくなってきて落ち着いた景色になってきた。
一緒に中華料理屋に行ってお腹を満たしたところこの日は終わり!
バスの降車場は適当のようで、降りる人の実家?の手間で止まったり、マーケットのそばで止まってバスのスッチーさん的役割のスタッフが走って買い出しに行って戻ってきたり、降りる人はいないけど物を渡すために止まったり、所謂、日本の田舎のバスみたいな感じだった。
そんな感じで10:30くらいに終点のチェンコーンに着いた頃には乗客は自分1人だけになっていた。
チェンコーンは田舎の町なんだけど、ここでもこれでもか!ってほど頻繁に中国語表記を見かけて中国の偉大さを感じた。日本語なんて、バンコクの至る所では見かけるけど、こちらでは一切見かけなかった。
お目当の宿まで歩く道すがら、2つほどマーケットを見かける。後で知ったんだけど、最初に見かけた方のマーケットは金曜限定のマーケットで、山岳の少数民族がオリジナルの織物なんかを里に売りに来てたのだそう。どうりできれいな織物や民族衣装っぽい服装の人をたくさん見たもんなーと思う。写真撮ってなかったけど。
あとは漢方をたくさん見かけた。
マーケットを出たところで大好きなココナッツのジュースを売っていたので衝動買いをする。最初に詐欺?ってくらいの氷を入れてたけど、すぐに溶けていい塩梅の濃度に。暑いから氷がすぐ溶けるし、そのことが算段された濃度になていて、大袈裟かもだけど現地で生活する人の知恵を垣間見た。
それからもう一つのマーケットに寄り道しつつ、宿に向かってメインストリートをひたすら歩いていると、だんだん賑やかさがなくなってきて落ち着いた景色になってきた。
辺りには中国からの団体ツアー客向けの郊外の宿泊施設兼食堂が立ち並んでおり、そんな中を一人でスーツケース引っ張りながら歩いてたら、半裸のおじさんが話しかけてきた。どうやらタイ語で「どこに向かってるんだ?」と声をかけてくれた模様。しかしタイ語がさっぱりなのであたふたしていると、おじさんが自転車に乗った通りすがりのきれいなお姉さん・ノニさんを捕まえて、ノニさんが英語で行き先を尋ねてくれた。地球の歩き方上の宿の情報を見せると、なんとお姉さんが宿に電話をしてくれて、電話を代わってもらい道案内を受ける。お姉さんはうちが道順を教わっただけで宿からの送迎はないと知ると、「ちょっと待ってて」と言い、わざわざ家からバイクに乗ってきて、宿まで乗っけてくれるという。。いい人!
ノニさんに宿までバイクで送ってもらい、お礼に渡せるものがないので謝礼を支払おうとしたけどめっちゃ遠慮されて去っていかれた。その途端に大雨が。。なんか悪かったなぁ。
宿にはかわいい子猫ちゃんが2匹いて、1匹は人見知り、1匹がとっても人懐っこくて、こいつがいなくなった実家の猫にそっくりでめちゃめちゃかわいいかった。予約せずに来ちゃったものだから、女将さんがお部屋の用意をしている間は東屋で人懐っこい方の猫とずっと遊んでた。かわいい。。めろめろ。。
時間の余裕はたっぷりあるので、ゆっくり現地の暮らしぶりなどをふら~っと覗きながら自転車を漕いでて、どの家もめっちゃ鶏飼ってる、ってのがこちらの民家の一番の印象だった。
亜熱帯気候だけあって、全体的に3月に訪れた沖縄の特に与那国島や波照間島に似た雰囲気を感じた。
それから、宿に向かう道すがらで通り過ぎたマーケットに戻って、気になっていた三角柱のカラフルなお菓子を購入。
マーケットで売られている植木が南国ならではの品揃えだった事が気になった。
そして、ノニさんがいるかも?という期待を抱き、ノニさんがバイクを取りに戻ったコーヒー店を訪れる。ノニさんはいなかったけれどノニさんのお兄さんがいて、近くのホテルの事務所にいると聞きつけそちらに向かったところで再会。お礼を伝えてお菓子を渡した。
どうやらあのコーヒー店は家族経営のお店だったらしい。
残念ながらお店が閉店したタイミングで伺ってしまったのでコーヒーは飲めなかったんだけど、垢抜けてきれいなお店だった。
宿に戻るとドミで一緒の女の子が戻っていて、それぞれの旅行の話をした。
真っ黒に日焼けしたカオリさんは、コスタリカで3ヶ月ボランティアをした後、東南アジア諸国を放浪しているところで、お次はアフリカに3ヶ月ボランティアに行くのだそう!凄いなー!!
ただし、毎日ご両親にSkypeしないといけないそうで、よく説得して来たなぁと感心した。
一緒に中華料理屋に行ってお腹を満たしたところこの日は終わり!
10:45 福岡発、14:15バンコク着の飛行機に乗った。離陸して数分経ったところで、ちょうど実家の上辺りを通った。実家には自分の旅行癖を快く思っていない両親が住んでいる。。
到着前1時間くらいから眼下に亜熱帯ならではのボーボーに茂った森林が見えてきて、空港に近づく度に家や田畑が見えてきた。都会に近づくほど田んぼが区画整備されているんだけど、田んぼがめちゃめちゃ長がい!ってのがタイの第一印象。米が長けりゃ田んぼも長い?
それから、中東のドーハの空港に着いた時は周りが砂埃で霞んでいたのが印象的だったけど、タイの空港は周りが湿地帯で草原のようで、気候の違いがとっても印象的だった。
空港は時間帯もあってか日本人が多い印象を受けたけど、街中に出ても日本語の案内をよく見るし日本語もよく聞いた。タイには日本人たくさんいるんだなぁと思った。
空港の地下鉄駅のホームをHISがジャックしているのも(強烈な着流しの俳優さん?のイメージもあり)強烈だったんだけど、これは日本人の目もきっと意識してるんだろうなーと思う。
インド街を抜ける手前でシンガポールで知り合ったリリィさんから教えて貰ったタイの高級ホテル・Novotelがあったので見物がてらお手洗いを借りる。当たり前だけど、ホテルマンの対応が超親切だった。たかがトイレを借りたいだけの小汚い旅行客なのに。。
そんな感じで1日目はバスの中で終わり!
到着前1時間くらいから眼下に亜熱帯ならではのボーボーに茂った森林が見えてきて、空港に近づく度に家や田畑が見えてきた。都会に近づくほど田んぼが区画整備されているんだけど、田んぼがめちゃめちゃ長がい!ってのがタイの第一印象。米が長けりゃ田んぼも長い?
それから、中東のドーハの空港に着いた時は周りが砂埃で霞んでいたのが印象的だったけど、タイの空港は周りが湿地帯で草原のようで、気候の違いがとっても印象的だった。
空港は時間帯もあってか日本人が多い印象を受けたけど、街中に出ても日本語の案内をよく見るし日本語もよく聞いた。タイには日本人たくさんいるんだなぁと思った。
空港の地下鉄駅のホームをHISがジャックしているのも(強烈な着流しの俳優さん?のイメージもあり)強烈だったんだけど、これは日本人の目もきっと意識してるんだろうなーと思う。
だけど、日本語以上に中国語の分布がすごかった!タイの田舎に行っても、お隣のラオスに行っても、普通に中国語を見かけるから、中国は偉大なり!って思っちゃう。
空港から電車に乗って、バンコクのRなんとか駅(忘れた)で降りて、別の路線の駅まで遠回りして街中を歩いたんだけど、歩いたところがちょうどインド街だったようで、空港で「今日はゆとりないしこれから両替所に出くわさなかったらどうしよう」という今思うと不要な心配から2万円も両替せずにここで両替すればよかったと一瞬後悔するも、微々たる金額でこのことを学んだと思うことで腑に落ちる。
空港から電車に乗って、バンコクのRなんとか駅(忘れた)で降りて、別の路線の駅まで遠回りして街中を歩いたんだけど、歩いたところがちょうどインド街だったようで、空港で「今日はゆとりないしこれから両替所に出くわさなかったらどうしよう」という今思うと不要な心配から2万円も両替せずにここで両替すればよかったと一瞬後悔するも、微々たる金額でこのことを学んだと思うことで腑に落ちる。
インド街を抜ける手前でシンガポールで知り合ったリリィさんから教えて貰ったタイの高級ホテル・Novotelがあったので見物がてらお手洗いを借りる。当たり前だけど、ホテルマンの対応が超親切だった。たかがトイレを借りたいだけの小汚い旅行客なのに。。
ちょっと迷いつつも乗り換え駅に到着し、長距離バスセンターの最寄り駅で降りて、タクシーを拾おうとするけどなかなか拾えない。タクシーが通らないわけじゃないんだけど、どのタクシーも人が乗っていて日本のようにすぐに捕まらなかったんだけど、あとでその理由がわかる。タイのタクシーめちゃ安い。こりゃみんな気軽に利用しますがな!
捕まったタクシーの運転手さんは、「long distance bus」すら英語が通じない人で、しばし粘った末に見知らぬ通行人に道を尋ねはじめ、結局「モーチッタイ」というところに連れて行ってくれた。そこがバスターミナルだった。
運転手さんの英語対応に関しては、日本に来る外国人観光客もこんなこと体験してるんだろうなと思った。
バスセンターはとてもローカルな雰囲気だった。ぶらぶらの成果物として、ペットボトルの水と袋売りの謎の果物が手元に。ここで購入した謎の果物は、結局今だに正体がわかっていない。栗っぽい味で林檎っぽい食感の果物だった。
慌てて券売所に行き再発行出来ないか尋ねると、忘れ物管理のところに案内され、そこでチケットが見つかり無事にバスに乗れることに。拾ってくれた人、ありがとう。。約10分間の出来事だったけど、めちゃ焦った。
バスの車内はとってもきれいで、タクシーを拾う際に通り過ぎたボロボロのドア開きっぱなし走行の路線バスとは大違いだった。
スッチーみたいな人が乗ってるし、水や夜食が出るし、途中で寄る休憩所は長距離バスに合わせて屋台をやっているし、日本の長距離バスよりも遥かに充実していたのが印象的だった。
そんな感じで1日目はバスの中で終わり!
最初に行った海外がたまたまイタリアだったということもあると思うけど、今まで海外旅行となると近いからという理由でアジアを後回しにしていた。んだけど、たまたま2015年の年越でシンガポールに行ってアジアって本当に簡単に行けちゃうんだ!ということに味をしめてしまい、ジェットスターのタイムセールでタイ行の空港券がびっくりするくらい安くて、衝動買いしたことからタイ行きが決定した。
そういえば学生の頃の百貨店でのお中元のバイトで、カンボジアでキリスト教をしており毎年8月に出稼ぎのため帰国してくる橋本さんという人から、毎年会う度に(といっても2年間だけ)何度も 「タイ人に似てる」と言われてちょっと気になっていたことを思い出して、関心が沸いた。
もう数ヶ月も先のことだと思ってずっと気にしていなかったけど、ふと気にかけた時にはいつの間にか来週の話になっていて、出発前2日くらい徹夜した。(ブログの更新日時は後で帳尻をあわせたもの)
保険は焦って入ったものの、どこに行くか決まっていなければ、宿の予約もできず、なんとなく最初にチェンコーンに行こうかな?とう意志だけ決めて、出発日を迎えた。飛行機の中で地球の歩き方を見て 、首長族とか電車が通る度に店を畳む線路上の露店街があるのがタイだったんだ、と知る。
今まで海外旅行なんて3~4年に1度だっし、アジアには昨年末にはじめて行ったばかりなのに、既に今年3度目の海外で、全てアジア。。これを期にしばらく大人しくしていようと思っい、出かけた。
そういえば学生の頃の百貨店でのお中元のバイトで、カンボジアでキリスト教をしており毎年8月に出稼ぎのため帰国してくる橋本さんという人から、毎年会う度に(といっても2年間だけ)何度も 「タイ人に似てる」と言われてちょっと気になっていたことを思い出して、関心が沸いた。
もう数ヶ月も先のことだと思ってずっと気にしていなかったけど、ふと気にかけた時にはいつの間にか来週の話になっていて、出発前2日くらい徹夜した。(ブログの更新日時は後で帳尻をあわせたもの)
保険は焦って入ったものの、どこに行くか決まっていなければ、宿の予約もできず、なんとなく最初にチェンコーンに行こうかな?とう意志だけ決めて、出発日を迎えた。飛行機の中で地球の歩き方を見て 、首長族とか電車が通る度に店を畳む線路上の露店街があるのがタイだったんだ、と知る。
今まで海外旅行なんて3~4年に1度だっし、アジアには昨年末にはじめて行ったばかりなのに、既に今年3度目の海外で、全てアジア。。これを期にしばらく大人しくしていようと思っい、出かけた。
九州のワクワクを掘り起こす活動型WEBマガジン『アナバナ』の、穴場を紹介するコーナーに、今回の旅行で訪れた島々の紹介記事を寄稿させて頂きました。
リンク先の地図上の南西諸島上にあるピンが大体それです。
私のごく個人的な趣味に興味を持って頂いたアナバナのSさんに感謝です☻




















































































































































