古仁屋で与路島の人とばったり再会
請島の請阿室を出た船は、9:00前に古仁屋に到着した。船の中には行きの船と請島の海水浴場で見た兵庫県から来た父子もいた。
バスの中の様子
”マングローブ”の意味をはじめて知る
バスの中で愉快なおばちゃんに声をかけられる
バス内は、終点の名瀬に近くに連れて徐々に人が増えていった。
奄美の大都会・名瀬の様子
沖縄風たこやき屋さん的なお店
島豆腐食べ放題のお店
バスに乗り込んで、北の方へ向かった。お昼御飯食べるにはばっちりなタイミングで名瀬に着いたのだったけど、去年古仁屋のゲストハウスに泊まった際に一緒だった一人旅の女性が「空港に行く途中にある豆腐屋さんの定食がすごく良かった。」と聞いた事を思い出して、そこに行こうと思っていた。
田中一村の絵を見る
ようやく目的地の田中一村記念館に到着した。館内は美術館らしい静かで涼やかな空間だった。空調が効いているのだろうけど。
奄美の買物のメッカ・ビックⅡ(ビックツー)
夜の名瀬
紙テープを使っている人たちも2組見られた。これは春先に見られるものだと思っていたけど、お盆にも見られるものなのか、と思った。
その様子を興味深げに写真を撮る西洋人母子?夫婦がおり、2人は船が出航して徐々に小さくなる名瀬の街明りや、別の港に停泊するフェリーとしま(!去年乗ったやつだ。)などをバシャバシャ写真に撮っていた。この船に乗る大勢の奄美〜鹿児島間を行き来する人たちよりも、きっと自分の心境はこの外国人に近い。
ーーー翌朝ーーー
船が錦江湾に入りしばらく経ったタイミングで、定刻通りの到着になる見込みのアナウンスが流れたので、予約していた高速バスの購入手続きを済ませた。ここまで来れば電波も入る。
あくまで自分の身の回りからの情報だけど、鹿児島の人の多くは奄美に行った事がないようなので。
心配していたお盆時の渋滞にも長くは捕まることなく、20分遅れで久留米インターに到着して、母の車で実家に帰った。
請島でOさんにすぐ見つかる
与路島を出て、請島の池地港を経由した船は、すぐに同じ請島の請阿室港に接岸した。
請島のまちなみ、人口など
Oさんの仕事(島の暮らしは忙しい)
着くと普段使っていない座敷部屋に案内されて、ひとまずそちらに荷物を置いて、台所でペットボトル入りのお茶を頂きながら、Oさんがどのような人なのかや、今日の予定などを聞いた。
与路島が見えるウケユリの山へ
請島・池地散策
じ?
ヤギ小屋と思われる。
歩いている途中で、全身ほっかむりを被ったおばちゃん2人に「あんた〇〇さん家の〇〇ね?」と聞かれる。住民の誰かの親戚だと思われたようだった。
海がきれいすぎる(ほぼ)プラベートビーチ。トイレ有。
山道に入ってすぐに、海水浴への入口を見つけた。与路島へ向かう船の中でお話した、池地のおじさんから聞いた海水浴だ。
請島・請阿室散策
今度は請阿室の住宅街を散歩した。
大きな家で一人暮らし
船が着くと忙しい
届いた荷物を軽トラの荷台に乗せて、再び商店へと向かった。
ほぼジャングルクルーズ・レベル2
ほぼジャングルクルーズ・レベル3
Oさんが「この先の岬に行こう。」と言い、牧場内の道を逸れて、子供の背丈程に伸びた草が密集する中を突き進みはじめた。これは道ではない。与路島と請島のそれぞれで道路(?)事情にはびっくりし続けてきたが、これが1番の驚きだった。
道なき道を行く軽トラに激しく身体を揺らされて、岬に辿り着いた。ここも激しい波であった。そして再び道なき道を戻り、再びOさんが営む商店へと戻り、お店の酎ハイや食糧品(冷凍のお肉など)を自宅の冷蔵庫を物色するように購入して、Oさん宅へと帰宅した。
夜はみんなで晩餐会
帰宅するといい時間になっていたので、Oさんは片付けなどを終えるとすぐにシャワーに向かった。自分はその間に料理を作り、Oさんと交代する形でシャワーをお借りした。自分がシャワーを終えて台所に戻ると、近所の人たちが大集合していた。
印象に残った事&話
何気ない毎日に楽しいことがいっぱいある
夜のヘリポートは気持ちがよかった。真夏の南の島とはいえ、こちらは湿気が少なく福岡よりも過ごしやすい気候のように思えた。夜は日差しがないから尚更だ。
ーーー2日目ーーー
朝、ペットのヤギを見に行く
Oさんは5:00前から畑に出ていたようだ。外を歩く足音を布団の中で聞きつつ、早く起きたところでする事はないので、6:00まではこのまま甘えていようと思った。
それからすぐにOさん宅に戻り、時間を持て余したので、近所を少し散歩する事にした。散歩中に思いがけず昨日一緒に流星群を見に行ったおばさんが家の前にいるところに出くわして、昨日のお礼とこれから経つ事を述べる。
その後再びOさん宅に戻り、Oさんの軽トラで港まで送り届けられて、ここでOさんとお別れした。港に人を届けると、さっと去ってしまうところに、島の人らしさを感じた。
請島でOさんにすぐ見つかる
与路島を出て、請島の池地港を経由した船は、すぐに同じ請島の請阿室港に接岸した。
請島のまちなみ、人口など
Oさんの仕事(島の暮らしは忙しい)
着くと普段使っていない座敷部屋に案内されて、ひとまずそちらに荷物を置いて、台所でペットボトル入りのお茶を頂きながら、Oさんがどのような人なのかや、今日の予定などを聞いた。
与路島が見えるウケユリの山へ
請島・池地散策
じ?
ヤギ小屋と思われる。
歩いている途中で、全身ほっかむりを被ったおばちゃん2人に「あんた〇〇さん家の〇〇ね?」と聞かれる。住民の誰かの親戚だと思われたようだった。
海がきれいすぎる(ほぼ)プラベートビーチ。トイレ有。
山道に入ってすぐに、海水浴への入口を見つけた。与路島へ向かう船の中でお話した、池地のおじさんから聞いた海水浴だ。
請島・請阿室散策
今度は請阿室の住宅街を散歩した。
大きな家で一人暮らし
船が着くと忙しい
届いた荷物を軽トラの荷台に乗せて、再び商店へと向かった。
ほぼジャングルクルーズ・レベル2
ほぼジャングルクルーズ・レベル3
Oさんが「この先の岬に行こう。」と言い、牧場内の道を逸れて、子供の背丈程に伸びた草が密集する中を突き進みはじめた。これは道ではない。与路島と請島のそれぞれで道路(?)事情にはびっくりし続けてきたが、これが1番の驚きだった。
道なき道を行く軽トラに激しく身体を揺らされて、岬に辿り着いた。ここも激しい波であった。そして再び道なき道を戻り、再びOさんが営む商店へと戻り、お店の酎ハイや食糧品(冷凍のお肉など)を自宅の冷蔵庫を物色するように購入して、Oさん宅へと帰宅した。
夜はみんなで晩餐会
帰宅するといい時間になっていたので、Oさんは片付けなどを終えるとすぐにシャワーに向かった。自分はその間に料理を作り、Oさんと交代する形でシャワーをお借りした。自分がシャワーを終えて台所に戻ると、近所の人たちが大集合していた。
印象に残った事&話
何気ない毎日に楽しいことがいっぱいある
夜のヘリポートは気持ちがよかった。真夏の南の島とはいえ、こちらは湿気が少なく福岡よりも過ごしやすい気候のように思えた。夜は日差しがないから尚更だ。
ーーー2日目ーーー
朝、ペットのヤギを見に行く
Oさんは5:00前から畑に出ていたようだ。外を歩く足音を布団の中で聞きつつ、早く起きたところでする事はないので、6:00まではこのまま甘えていようと思った。
それからすぐにOさん宅に戻り、時間を持て余したので、近所を少し散歩する事にした。散歩中に思いがけず昨日一緒に流星群を見に行ったおばさんが家の前にいるところに出くわして、昨日のお礼とこれから経つ事を述べる。
その後再びOさん宅に戻り、Oさんの軽トラで港まで送り届けられて、ここでOさんとお別れした。港に人を届けると、さっと去ってしまうところに、島の人らしさを感じた。
『フェリーせとなみ』に乗船
奄美大島・古仁屋港から請島を通って与路島へ向かう船に乗り込んで、まず目に入ったのが、山積みの生活物資と乗客(主に後期高齢者)たちだった。
生活物資の数々には個人名がわかりやすく大きく書かれているものが多く、ここでは番地よりも個人名の方が融通が利くのだろう、と察する事が出来る。
乗船客の服装は、よそ行きとまではいかないけれど、決してラフまではいかない様相だった。
まさかの、船が故障
明後日に向かう予定の請島・請阿室港に停泊したところで、船が動かなくなった。
2時間遅れで与路島に到着
与路の港には、5〜6人の人達が待ち構えていた。大事な荷物が沢山届くから、それなりの人手が必要なんだろう。
民宿がほぼホームステイ
まず居間に通されて、コーヒーとお茶菓子を頂いた。月桃に包まれたお餅と、黒糖が混ざっているのか?焦茶色の菊の形をした乾菓子は、このタイミングでここに来たからだろうか?地域と季節を同時に感じられるものだった。お腹いっぱいになる内容だった。
豪華な食事と庶民的なお風呂
晩御飯は、民宿のおじさん、おばさんと、前出の居間で3人で食べた。コーヒーを飲みながらお刺身が食べれない旨を伝えたら、お刺身を揚げて下さっていた。
ーーー2日目---
与路島の風土を垣間見る
昨晩、何時に朝食をとるか尋ねられた際に、ゆっくりしたいけど遅すぎても迷惑だろうと考え、8:00にお願いしておいた。
戻って来てから、「今だ。」と思い、宿泊している室内の写真を撮った。
どこへ行っても電話が圏外
過疎の最先端。40代のおじさんの同級生が5人だった話など
港に行くと、息子さんの船の掃除を手伝っていたという面白いおじさんは、掃除のお礼のビールを片手にいい気分になっていた。
絶好のBBQスポットでウミガメの足跡を見る
海の恵みでアートを作るおじさん
それから集落に戻り、午前中のおじさんとは別の、"面白いおじさん"の家に連れて行ってもらった。
ほとんどジャングルクルーズ・レベル1
それから、今度は集落の南外れの山道に連れて行って下さった。
加計呂麻島までドライブへ
それから、古仁屋に帰るという工事業者さんを加計呂麻島に送る仕事がある、という事で、港に戻った。与路島から古仁屋までは加計呂麻島の外海を回って行かなければいけないが、
オススメされるままに、船の先へ。ビールまでもらう。
水平線に沈む夕日を見に桟橋へ
与路島に着く頃にはいい時間になっていて、再び集落の反対側の桟橋に連れて行って下さった。
珍植物のサガリバナを見物
日が暮れて民宿に戻ると、入り口にサガリバナが咲いていた。
ーーー3日目ーーー
奄美の朝
朝起きて早速サガリバナを見に行ったら、こんな事になっていた。
『フェリーせとなみ』に乗船
奄美大島・古仁屋港から請島を通って与路島へ向かう船に乗り込んで、まず目に入ったのが、山積みの生活物資と乗客(主に後期高齢者)たちだった。
生活物資の数々には個人名がわかりやすく大きく書かれているものが多く、ここでは番地よりも個人名の方が融通が利くのだろう、と察する事が出来る。
乗船客の服装は、よそ行きとまではいかないけれど、決してラフまではいかない様相だった。
まさかの、船が故障
明後日に向かう予定の請島・請阿室港に停泊したところで、船が動かなくなった。
2時間遅れで与路島に到着
与路の港には、5〜6人の人達が待ち構えていた。大事な荷物が沢山届くから、それなりの人手が必要なんだろう。
民宿がほぼホームステイ
まず居間に通されて、コーヒーとお茶菓子を頂いた。月桃に包まれたお餅と、黒糖が混ざっているのか?焦茶色の菊の形をした乾菓子は、このタイミングでここに来たからだろうか?地域と季節を同時に感じられるものだった。お腹いっぱいになる内容だった。
豪華な食事と庶民的なお風呂
晩御飯は、民宿のおじさん、おばさんと、前出の居間で3人で食べた。コーヒーを飲みながらお刺身が食べれない旨を伝えたら、お刺身を揚げて下さっていた。
ーーー2日目---
与路島の風土を垣間見る
昨晩、何時に朝食をとるか尋ねられた際に、ゆっくりしたいけど遅すぎても迷惑だろうと考え、8:00にお願いしておいた。
戻って来てから、「今だ。」と思い、宿泊している室内の写真を撮った。
どこへ行っても電話が圏外
過疎の最先端。40代のおじさんの同級生が5人だった話など
港に行くと、息子さんの船の掃除を手伝っていたという面白いおじさんは、掃除のお礼のビールを片手にいい気分になっていた。
絶好のBBQスポットでウミガメの足跡を見る
海の恵みでアートを作るおじさん
それから集落に戻り、午前中のおじさんとは別の、"面白いおじさん"の家に連れて行ってもらった。
ほとんどジャングルクルーズ・レベル1
それから、今度は集落の南外れの山道に連れて行って下さった。
加計呂麻島までドライブへ
それから、古仁屋に帰るという工事業者さんを加計呂麻島に送る仕事がある、という事で、港に戻った。与路島から古仁屋までは加計呂麻島の外海を回って行かなければいけないが、
オススメされるままに、船の先へ。ビールまでもらう。
水平線に沈む夕日を見に桟橋へ
与路島に着く頃にはいい時間になっていて、再び集落の反対側の桟橋に連れて行って下さった。
珍植物のサガリバナを見物
日が暮れて民宿に戻ると、入り口にサガリバナが咲いていた。
ーーー3日目ーーー
奄美の朝
朝起きて早速サガリバナを見に行ったら、こんな事になっていた。
『フェリーせとなみ』に乗船
奄美大島・古仁屋港から請島を通って与路島へ向かう船に乗り込んで、まず目に入ったのが、山積みの生活物資と乗客(主に後期高齢者)たちだった。
生活物資の数々には個人名がわかりやすく大きく書かれているものが多く、ここでは番地よりも個人名の方が融通が利くのだろう、と察する事が出来る。
乗船客の服装は、よそ行きとまではいかないけれど、決してラフまではいかない様相だった。
まさかの、船が故障
明後日に向かう予定の請島・請阿室港に停泊したところで、船が動かなくなった。
2時間遅れで与路島に到着
与路の港には、5〜6人の人達が待ち構えていた。大事な荷物が沢山届くから、それなりの人手が必要なんだろう。
民宿がほぼホームステイ
まず居間に通されて、コーヒーとお茶菓子を頂いた。月桃に包まれたお餅と、黒糖が混ざっているのか?焦茶色の菊の形をした乾菓子は、このタイミングでここに来たからだろうか?地域と季節を同時に感じられるものだった。お腹いっぱいになる内容だった。
豪華な食事と庶民的なお風呂
晩御飯は、民宿のおじさん、おばさんと、前出の居間で3人で食べた。コーヒーを飲みながらお刺身が食べれない旨を伝えたら、お刺身を揚げて下さっていた。
ーーー2日目---
与路島の風土を垣間見る
昨晩、何時に朝食をとるか尋ねられた際に、ゆっくりしたいけど遅すぎても迷惑だろうと考え、8:00にお願いしておいた。
戻って来てから、「今だ。」と思い、宿泊している室内の写真を撮った。
どこへ行っても電話が圏外
過疎の最先端。40代のおじさんの同級生が5人だった話など
港に行くと、息子さんの船の掃除を手伝っていたという面白いおじさんは、掃除のお礼のビールを片手にいい気分になっていた。
絶好のBBQスポットでウミガメの足跡を見る
海の恵みでアートを作るおじさん
それから集落に戻り、午前中のおじさんとは別の、"面白いおじさん"の家に連れて行ってもらった。
ほとんどジャングルクルーズ・レベル1
それから、今度は集落の南外れの山道に連れて行って下さった。
加計呂麻島までドライブへ
それから、古仁屋に帰るという工事業者さんを加計呂麻島に送る仕事がある、という事で、港に戻った。与路島から古仁屋までは加計呂麻島の外海を回って行かなければいけないが、
オススメされるままに、船の先へ。ビールまでもらう。
水平線に沈む夕日を見に桟橋へ
与路島に着く頃にはいい時間になっていて、再び集落の反対側の桟橋に連れて行って下さった。
珍植物のサガリバナを見物
日が暮れて民宿に戻ると、入り口にサガリバナが咲いていた。
ーーー3日目ーーー
奄美の朝
朝起きて早速サガリバナを見に行ったら、こんな事になっていた。
喜界島~到着
5:00に喜界島を出たフェリーは、2時間後の7:00には奄美大島の名瀬港に到着した。名瀬港には過去2回来たことがあるので、ミーハーな旅行者心理も薄れていて、接岸中は室内で寝て過ごした。
案の定、喜界島から乗り込んできた人たちのほとんどは名瀬で降りて、鹿児島港での乗船時は満員だった客室は、自分一人だけになった。
すっかり日が昇り、晴天の中、フェリーは次の目的地・奄美大島の南端の古仁屋港に向けて出向した。もう寝ている時間ではないので、身支度を整えて、ロビーの机と椅子で持ってきた宿題(仕事)をした。今までと違うのは、左手にずっと奄美大島の緑緑した島影が伝っていることだった。
フェリーが大島海峡に入ると、福岡でいつもお世話になっているTさんの地元で、一昨年訪れて色々と思い出ができた加計呂麻島が見えてちょっとテンションが上がった。
地図で見ると小さいけれど、実物は大きく感じた。結構、長いこと加計呂麻島の島影が続いたからだ。加計呂麻島の外周は、複雑に入り組んだ地形をしているので、加計呂麻島の岬なのか、手前に無人島があるのか、一見よくわからない景色が続いた。
島影を見飽きてきた頃に、Googleマップ上で古仁屋港到着が間近になったので、ミーハーな旅行者心理から、早速荷物をもって、港を見るべくデッキに出た。
9:40に古仁屋港に到着。確認できただけで、古仁屋港で降りた人は自分を含めて3人?ごくごく少ない人数が下船した(名瀬港を出てからごくごく少ない人数しか載っていなかったけど)。何人乗ってきたのかはわからないけれど、下船者よりもっと少ないはず。この先、フェリーは徳之島と沖伊良部島に行くみたいだけど、両島間の行き来は盛んなのか?それともほとんど貨物船状態になるのか?乗っていないからわからない。
加計呂麻島で黒糖を製造するNさんとの再会
フェリーを降りる直前に、一昨年加計呂麻島で通りすがりに製糖の様子を見せて頂いたNさんご夫婦のお砂糖を、請島でお世話になる予定の方の元へ持っていくことを思いついた。何もお土産は全て福岡の物でなければならない事はないのだ、という発想に今更至った。
Nさんのお砂糖は、名瀬にしか売っていないので、帰りに買っていく事は予定に入れていたけれど、古仁屋のお店には売っていないので、ダメ元でNさんに「実は今、古仁屋に来ていて、こういう理由で、直接売ってください」という電話をしたら、旦那さんがすぐに来てくださった。この日は旦那さんは腕の不調から家でゆっくりしており、加計呂麻の畑には奥さん1人で行っている、とのことだった。
古仁屋に寄るのだから、Nさんご夫婦に会いたいという気持ちはあったものの、ちょっと寄るだけなのに予定を調整させてしまうのが悪くて、事前に連絡はしていなかった。
パッケージングされたお砂糖の在庫はほとんど手元になかったそうで、自宅用にかろうじてあったジップロック入りのお砂糖を分けて下さった。
古仁屋を散策
「予定はあるの?」と聞かれたので、「郷土資料館に行ってみたい。」と言ったら、車で連れて行ってくれた。荷物を車に乗せるついでに、持っていた明太子の缶詰を1つNさんに渡した。車ではすぐだけど、歩くとちょっと遠い距離感だったので、とてもありがたかった。その上に、Nさんの解説付きで一緒に回ってくださった。
一部工事をしているブースを通り過ぎて、展示の2/3くらいを見ていたところで、学芸員さんが来て、実はその日は工事のため休館中であったことを知る。残りの展示を速足でまわって撤退。
古仁屋の市街地。家の門に七夕飾りを掲げている家庭が多いことが気になる。Nさんから、七夕飾りの跡に蝋燭を立てて、お盆のお迎えの準備をする、ということを教えてもらう。
こちらではお盆を旧暦(旧暦の7月13-15日/この年は新暦の8月16-18日)で行うことは知っていたけれど、七夕とお盆が連動していることは初めて知った。
市街地で役所の裏のハブが入っているというコンクリート固めの四角い物体を見せてもらう。物体には小さな勝手口風の扉が付けてあるだけで、覗き穴や窓のようなものはなく、中の様子は窺い知れなかったけれど、「チッチッ」という蛇の舌打ち?のような音が聞こえてきた。恐ろしい。。
市街地を抜けて、山道へ突入。
古仁屋の市街地の裏手にある山の上の展望台に連れて行ってくださった。とっっってもいい眺め!天気もよくて最高のタイミング。(たぶん)
歩くたびに尻尾が青光りしているトカゲが大量に脇に逃げていく。こんな奇抜な色のトカゲは初めて見たのだけど、地元ではお馴染みの存在のようだった。
山を下りて、今度は自宅を案内してくださった。1階が駐車場、2階が住居になっており、1階の駐車場に洗濯物に並んで干してあるバナナの房から、1本ちぎって頂いた。自分の普段の生活とは違う日常を見せてもらった気分。まだ黄緑色だけど、十分おいしいということを発見。
それから、2階でジュースを頂きながら、商売のお話しなどを聞いて、ちょっぴりご協力できそうなことがあったので、資料を頂く。
おすすめの昼食どころは「海の駅」とのことだったので、12:00前に海の駅のレストランまで送って頂き、お別れした。去り際に「帰ってラーメン食べよ。」と言っていたのを聞いて、わざわざ港まで送ってくださったこと(Nさんのご自宅から港(海の駅)までは結構近い)、突然来たのに色々と案内して頂いたこともあり、一瞬、「一緒にどうですか?」と言おうかと思ったけど、ひっこめて、そのままの流れでお別れして、一人で昼食を食べた。
日替わり定食は、普通の定食に小さなうどんかそばがついていて、800円だった。すごいコスパ。朝ご飯を食べていなかったから、お昼はたくさん食べなきゃと思っていたので、ちょうどよかったけど、やっぱり一度に量を食べるとお腹いっぱいになった。窓の外には14:00に乗る予定の与路島行きの船が真正面に見えた。
ご飯を食べて、付近のドラッグストアや生協を見物した。やはり本場はシェアが違う。
有人販売と無人販売との間くらいのお店。
壁の板材がすごい。散見する土嚢は一体何なのか?
船の出向の時間が迫ってきたので、港に向かった。
鹿児島行きの高速バスに乗る
鹿児島港から17:30に出る船に乗るために、9:50天神発のバスに乗って、天文館に降りたのが15:00くらいだったと思う。お盆休みの前ということもあり、渋滞による遅れは予想していたけれど、やはり30分遅れて到着した。
①もし、遅れることがなければ、鹿児島の気になるお店でお昼を食べて、温泉に入って汗を流してから船に乗ろう。
②もし、遅れたら、鹿児島の気になるお店でお昼を食べて、船に乗ってからシャワーを浴びよう。
③もし、だいぶ遅れたら、そのまま船に乗って、売店か食堂で食事をとろう。
到着前にどうやら②になりそうな気配だったので、バスの中でGoogleマップ上でバス停-港間で気になるカフェを探したところ、『旅と食堂kiki』という名前のお店を発見し、「ここだ!」と思い、さっさと目的のお店を決めた。
天文館のイケてるカフェ
お店決定後、目的地に着くまでにお店のSNSやぐるなびなんかをダラダラ見ていたら、これ2週間前に仕事でちらっと鹿児島市内に来た時に、通りすがりにちらっと見えてめっちゃ気になってたお店やん!ということに気付く。野菜たっぷりの定食が朝から夕方まで食べれるということも知り、期待値と空腹感が上昇。
目的のお店のお向かいには、古い建物の砂糖問屋さんがあり、鹿児島らしさを感じる。
お店は八百屋さんを併設しているのか?と思ってしまう前に、『ヤオヤスムージー』という看板を見つけ、別業態なのか?と思いながらお店に入ってみると、店舗の場所は共有で、時間帯や曜日によってオーナー?さんが変わる、要するに別業態ということだった。訪れた時は、ちょうどスムージー屋さんの時間帯だった。
すぐにお腹が空きそうだけど、せっかく来たのだし、好物のパッションフルーツもあるし、パッションフルーツ+キウイ+パイン+トマトのオーダーメイドでスムージーを作ってもらった。これで2食分くらい貧相な食事をしても大丈夫だという貯金をしたつもりで頂いた。チアシードが乗っかていたのは、これからの空腹対策にとてもありがたかった。
お店は相当古い民家を改築したもので、時間帯によってオーナーさんとそれに伴い業態が違うこと、2Fには鹿屋の音響作家さんの仕事場があることなど、とても面白そうなところだった。また来ようと思った。
錦江湾から桜島や開聞岳を見る
お店をあとにして、10分くらい歩いて、途中で桜島行きのフェリー乗り場なんかも見学なんてしながら、奄美行きのフェリー乗り場に向かった。
奄美の名瀬港からのフェリーの利用は過去に2度あったので、慣れたつもりで行ったけど、そういえば鹿児島からフェリーに乗るのははじめてで、ちょっと新鮮な気持ちになった。
フェリーから桜島が見えたり、開聞岳が見える頃には夕日も一緒に見れたり、暗くなるまでデッキで一人キャッキャしてた(気持ち)。
船の食堂
船内に戻ると食堂は既に営業を終了しており、お茶のサーバーはあれど、お茶用のコップが引っ込められていたので、お茶をペットボトルで買ってもいいけど、歯磨きのことなど考えると水分が500mlで足りそうになかったので、昭和な出で立ちの自販機でカップラーメンを買って、食べ終えたカップをコップ代わりに翌朝まで重宝した。
一人暮らしで食事に気を遣っている方でもないけれど、カップラーメンはすごく久しぶりだった。見た目は貧相かもしれないけど、久しぶりだからすごくおいしく感じた。そして罪悪感を感じないのは、スムージーのおかげだった。
ひどく汚いわけではないけど、快適とまでは言えない環境でシャワーを浴びて、就寝した。ぐっすり寝れた。
喜界島は早朝から活発な人の往来がある
翌朝4:30、フェリーが喜界島に着いた。到着を予告するアナウンスで起こされて、いつもならしばらく布団から出ないテンションの中、ミーハーな観光客根性丸出しでデッキに出て、暗い海の中を進む風、のっぺりと現れる喜界島、暗闇の中で唯一の光を灯す港、接岸作業のため慌ただしく動くおじさんたち、下船のためわらわらと集まる人たち、それを迎える人、そして乗り込む人などを、順を追って確認した。
喜界島では大方の人が降りたけど、またたくさんの人たちが乗ってきた。鹿児島-喜界島、喜界島-名瀬間の人の行き来は盛んだということを知った。
鹿児島から乗船して喜界島で降りた人たちと、喜界島から乗船してきた人たちは、手足が長く顔が小さい人が多い印象を受けた。奄美の人はがっしりした体形をしているイメージだったけど、奄美群島それぞれに特徴があるのだということを再確認した。しかし、はっきりした顔立ちは他の奄美群島の人たちと共通していたように思う。
5:00になると、フェリーは喜界島を出て、奄美大島の名瀬に向かった。夜空はだんだんと明るくなり、喜界島ののっぺりした地形が徐々に露わになっていった。海のあちらを見れば朝日、そちらを見れば夜、という光景に、「大自然」を通り越して、「地球やーん!」と思った。
5月にとある用事で急きょ鹿児島に行くことになり、高速バス代が高いプランしか選択できなかったことと、今後何度かバス代が高い8月の土日に鹿児島に通う見込みがあって、4枚つづりの回数券を購入していた。
だけど、見込みが外れて8月週末の鹿児島通いがなくなってしまい、残り2枚の回数券を8月16日までに使わなければならない状況になった。払い戻しの手数料を考えると、何としても使いたい!
そんなわけで、回数券消化のために以下のプランを考えた。
①鹿児島旅行。でも既にいろいろ巡ったことある。
②鹿児島から行けるところ旅行。
②-1 喜界島。
奄美群島の中でもちょっと脇道にそれる位置だから、ピンポイントに行くならここ?
②-2 喜界航路のフェリーは奄美大島の南端・古仁屋に行くから、
そこから与路島・請島は?
②-3 三島村。
でも3島全ては行けないし、どこに行くか迷う。
となれば、②-2の与路島・請島で決定だった。共に150未満の人口の島で(と思っていたけど、実際に行くとどちらも人口80人未満ということだった)、昔ながらのサンゴの石垣が今も現役である、という情報に加えて、地理的、交通事情的に秘境感がある。三島村3島を巡るのはちょっときついけど、2島ならじゅうぶん巡れそうだ。と思った。