ほぼ無計画で福井に出発!!
目的は電車で福井まで行くのみ。
せっかくやしー、と綾部回りで行ってみましたの。
出発時は8両あった電車が、園部という駅から4両になり、
いったん福知山まで行くと、それからは敦賀まで2両!
完全に普通onlyやったから、停車駅は60
行きは6時間かかりましたー。
日本海を初めて見たり、福井はまだちょっと寒かったり、
福井の小学生が博物館付近で遊んでいて、福井弁が聞けたり、
滞在時間1時間というあほなことをしたけど、なかなかおもしろい(笑)
史跡巡りサークルー旅イロー
帰りにちゃーんと羽二重もちは買った!!
福井の和菓子といえば、羽二重もち。
その由来がやっぱり気になる!
「羽二重」っていうのは、明治初期に福井で盛んだった平織りの絹織物。
やわらかな肌触りと上品な光沢が特徴~。
でも、一般の人はその着物を見ることはあんまりなかったから、大都市とか海外に流れちゃったのかねえ。
そんな様子をみかねて、「名産品の羽二重を連想させる土産物を!!」と福井の人は考えた!
だからか、ほぼ同時期に福井の複数のお菓子屋さんが発売を開始。
みんな心は同じやったんねえ!
ほかにも若狭塗のお箸もお土産に・・・
こちらは松浦三十郎が若狭の海底の美しさを意匠化して技法を生み出したのが始まり。
ほんとにきれいな模様がたくさんで選ぶのに時間がかかったわ~
もうひとつお土産に、小さい折り紙サイズの越前和紙を買って帰ったのですが・・・
びっくり!!
越前和紙には約1500年前の幻想的なエピソードがあったのです!!
それは26代継体天皇がまだ皇子として越前におられた頃のお話。
岡太川の上流に村人が住んでおりました。
そこは山間で田畑に乏しく、村人は細々と暮らしておりました。
そんなある日美しい女神が現れました。
女神は村人たちに紙の漉き方を伝授します。
村人に名を尋ねられた女神は「岡太川の川上に住む者です」と告げると、そのまま姿を消しました。
神様に選ばれた紙をつくる里。
それが越前。

なんだか福井はあったかいお話がある地域だなあ。

帰りは滋賀回りで帰宅!
四時間とこち らのほうが早い(笑)
停車駅は42。
青春18切符は春・夏・冬と期間限定発売で期間限定使用です。
ぜひぜひ使ってみてください☆

お春です!春休み満喫しまくったお春です!
なんたって春は私の季節ですからね!(放置プレイでお願いします笑)


実はこの春休みに旅イロの綾と一緒にトルコに行って参りました*
その旅の魅力と、トルコの歴史をこの目で感じ触れてきた感動を
学んだことも含んで、ちょこちょこお伝えできればと思います´`*


綾からは既にブルーモスクの説明がありましたね!
私はそのブルーモスクの目と鼻の先にあるアヤソフィアについてお話ししたいと思います

ではまずどーーーーん!!
史跡巡りサークルー旅イロー


アヤソフィアのアヤは聖なるという意味でギリシア語発音だとハギアソフィアになるんです
綾ちゃんは「私あや~、聖なるアヤ~♪」と調子に乗りながら
アヤソフィアに入って行きました(笑)

それはともかく!
皆さんアヤソフィアの姿を見て違和感はありませんか?
イスタンブールでモスクを見まくった私たちは(贅沢ですね、はい)思いました

ミナレットの取って付けた感半端ない!!

ミナレットとは尖塔と呼ばれる、モスクに付き物の建造物です
基本4本(が当たり前だと思っていた)付いていて
田舎モスクは1本だけのところが多く、ブルーモスクは6本も付いています!

そしてアヤソフィアのミナレットは感じたまま、付け足されたものなのです!
そう、アヤソフィアの真の姿はキリスト教教会!(わーお)
アヤソフィアの辿った複雑な歴史を見ていきましょう*


アヤソフィアが建てられたのは360年のこと!
ローマ帝国時代にキリスト教を公認したコンスタンティヌス帝が建てたとされています
しかし、その後火災や暴動に巻き込まれ537年にやっと現在ある建物が修復完成されました!


時は流れ1453年
オスマン帝国によって征服されたコンスタンティノープル
アヤソフィアの建築美に惚れ込んだオスマントルコはそのままアヤソフィアをイスラム教教会であるモスクに改装しちゃいます
その際に現代の我々が感謝しなければいけないのはオスマントルコの教会内のモザイク画の扱いです

偶像崇拝を禁止しているイスラム教
モスクの中に聖人の顔があるなんていうのはもってのほかです!
あ、ちなみにイスラム教の解釈ではイエス・キリストも旧約聖書で有名なアダムも
ムハンマドと同じ預言者として存在は認められています(イエスは神の子ではありませんが)
そこでオスマントルコはモザイク画をどうしたかというと…
漆喰で固めたのです!
壊すことなく、もちろん多少は傷つきましたが後に残る形で
モザイク画は漆喰の下に保存されたのです

漆喰の上にはイスラム装飾が施されアラビア文字で書かれた巨大な円盤
聖地メッカの方向を示すミフラーブが設置されました*

現在ではイスラム装飾とキリスト教絵画が見事に混在する様子を見ることが出来ます!
史跡巡りサークルー旅イロー


なんと贅沢!
そして不思議な光景なんでしょう
文化の交流は互いが認め合ってこそのものです

実際トルコの著名な建築家ミマール・シナンも
アヤソフィアの巨大中央ドームに魅せられた一人です
彼はオスマントルコ建築様式を確立した人物ですから
自然とイスタンブールのモスクはアヤソフィアを真似ていくことになったんです!
あぁ!シナンの話はまた今度!


というよりもつい興奮して長くなりましたので(笑)
アヤソフィア内部の説明はまた後日!お楽しみにです*

今日は、旅行記では無くトルコネタ(^O^)
私達のツアーはバスでの時間が旅行の半分を占めます‼
てか半分じゃあ、きかんかも笑

だから、ツアーでは、ガイドさんがたくさん、いろんな話してくれました♡
それも、すごく面白くて楽しかった‼


私達のガイドのタネルがしてくれた話しについて、紹介していきたいと思います(*^^*)


トルコの宗教について!
それは、もちろんイスラム教☆

トルコの人の95%はイスラム教‼
でも、タネルいわく
「なんちゃってイスラム教だよ☆えへ」
らしいです笑


トルコ実際に行ってみたけど、イスラムを強く感じることは正直ありませんでした。
スカーフをかぶった女の人も、ほとんどいないし、一日にお祈りをかかさず行う人もわずかで、お酒も普通に売ってます‼


それは、トルコでは憲法で政教分離が徹底しているから!
第一次世界大戦に参加してオスマン帝国は敗れました。その時、弱体な政府を批判して、ケマルアタトゥルクとゆー人が近代化を目指して行った政策が政教分離‼

その政教分離のため、トルコは国家機関や学校など公の場所ではムスリムであることを示す行為は禁止されてるんです(;゜0゜)!


ちなみに、ケマルアタトゥルクはトルコの父と呼ばれていて、お金にもなってるし空港の名前にもなってるよ(^O^)
トルコはアタトゥルクだらけだよ



このよーに、トルコのイスラム教は、とっても寛容‼
とゆーかイスラム教は元来寛容な宗教です‼
トルコの多くのイスラム教徒は、異教徒を排斥するよーなことはしません。
今のトルコのゆるやかなイスラム教は、イスラム教の本来の寛容さを本当に表していますね‼


歴史的に見てきて、すごいと思ったイスラム教の寛容な姿を、実際トルコで見れて私は本望でしたヽ(;▽;)ノ笑

でも、他のイスラムの姿も、見てみないといけないなぁ。


タネルに聞いて、すごいと思った話を最後に書きます\(^o^)/


イスラムの人は右の肩と左の肩にも天使がいると思ってるそうです!その天使に常に見られてる監視されてる、と。
そして運命は決まってると思っています。

みなさん一般的にイスラム教って怖いとか、暴動が多いなどイメージありませんでしたか?

でも、デモなどが起こっても、それは
経済に関係するデモでは無いそうなのですm(._.)m!

それは、イスラムの人は、もう運命は決まっていると考えていて、貧しくても神様がくれた人生だと思ってるからなんやって‼


だから、デモは政府の態度とかに関するのとかが多いみたい!



宗教に関するイメージ、
国に関するイメージ、

そんなことを、もう一度見直してみたり自分の目で確かめていく作業って大事だと、本当に本当に思うのです( ´Д`)‼✨


今回は寛容なトルコのイスラム教を確認できて、すごく、綾は嬉しかった‼


次回は、そんなトルコの中でも保守的でイスラム色が強いと言われるコンヤとゆう町をご紹介します‼


でわっ(^o^)

↓これがトルコのお金だよ♡

史跡巡りサークルー旅イロー