男爵イモの語源は? | 旅芸☆ナビ

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旅と大道芸をテーマにした活動手記。

【 旅と芸能 】

 

男爵イモの語源は?


北海道に行くと、羊蹄山山麓や十勝平野など
各地でジャガイモ畑を見ることができる。

渡島当別のトラピスト修道院へ行くときも
坂の左右は見事なジャガイモ畑だ。
5月上旬頃植え付けをし、8月下旬から
10月上旬にかけて収穫するのである。

取れたてのイモを吹かして
北海道産のバターをたっぷりぬって食べると、
これが実にうまい。

イモの品種としてはメークイン、紅丸、
農林一号などいろいろあるが、我が国の場合、
全体の作付の約45%が「男爵」である。

では「男爵」とは
何のことを言っているのであろうか。

明治40年アメリカから移入された
ジャガイモのアイリッシュ・コプラ―が、
北海道七飯町にあった川田竜吉男爵
農場から広まったためにその名がついたと
言われている。

彼は函館ドッグの社長であり、
近代農法の先駆者でもあった。
いま男子トラピスト修道院のある
上磯町の別当に行くと、駅前に
男爵資料館がある。
もと牛舎だった建物に、欧米から輸入した
トラクター・グレンドリルなどの農機具類、
日本に存在する唯一の木製サイロ、
復元したロコモビル蒸気自動車などを
展示している。

では、なぜジャガイモを
馬鈴薯と言うのであろうか?
それは小野蘭山が「てつえんしょうろく」
という本の中で、ジャガイモを中国の
「松渓縣志」に出てくるツル植物の
馬鈴薯に誤ってあてたことに始まるという。
蘭山は江戸後期の本草学者である。

わが国では、慶長6年(1601)
ジャガトラ港(いまのジャカルタ)から
オランダ船によって長崎県の平戸に
持ち込まれたのが最初で、はじめは
ジャガタライモと名付けられ、
それが略されて後にジャガイモと
呼ばれるようになった。


≪ガイド≫

男爵資料館は江差線渡島当別下車すぐ。
元旦のみ休館。

 

 

 北海道の畑の作物の中でも

  小麦や豆類に続きジャガイモは有名だ。

  地元の人はホカホカのジャガイモに

  塩辛を載せて食べるらしい。

  個人的には茹でてすり潰した

  ジャガイモにデンプンを混ぜて

  作り上げた「いも餅」が好きだ。

 

  これは昔,米がとれなかった時代、

  米の代用食として食べられていたもので、

  熱したフライパンに油を敷き、丸い大福状の

  いも餅を両面焼き、砂糖醤油のみたらしを

  かけて食べるものである。

  時折、本州でも特に東北地方で稀に

  焼きたてを串に刺して団子風に

  提供する店がある。