フライト情報 姿勢指示器
ADI と呼ばれる計器を指ます。
機体の姿勢を示す 姿勢指示器 に、進むべき操縦の指示を重ねて表示する計器です。


 

姿勢指示器は、機首の上げ下げや左右の傾きを表示する飛行計器です。
日本語では人工水平儀や姿勢儀とも呼ばれます。


 

フライトディレクターは、望ましい飛行経路に乗るための操縦目安を、その姿勢指示器の上に重ねて出す仕組みです。


ハンガーフック
スタッガード座席に備え付けられた衣類用ハンガーです。


 

座席周辺にあるスーツやコートを掛けられるを掛けるためのフックです。


 

到着(着陸)10分前。



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羽田
東京都大田区南東部の地名(多摩川河口左岸の地域)
羽田という地名は、羽田空港に由来するものではありません。

諸説ありますが、 「元々この土地が、海老取川により分離され、その島の形があたかも鳥の両翼に似てい る」との説や、「低湿粘土の土地(植田(はにだ)、新しく開墾した土地を「墾田(はりた)」 と呼び、それが転訛して「はねだ」となり、さらに、ここは昔から海鳥が多く、鳥の羽が田地にたくさん落ちていたことから「羽田」となったとの説もあります。 


羽田の地名が歴史の表舞台に登場するのは、平治年間(1159)頃といわれています。
 
安土桃山時代には「行方弾正」により支配されていました。その後、徳川家康が入府し、 幕府に新鮮な魚介類を献上する「御菜浦」となり発展しました。


 

そして、今の東京国際空港の西端あたりの低湿地を羽田猟師町の名主鈴木弥五右衛門が譲り受け開発を進め、文政2年(1819)に「鈴木新田」を完成しました。

国が昭和5年(1930)1月に鈴木新田の埋立地、 15万8千坪(約48ha)を飛行場用地として飛島文吉から購入し3ヶ年計画の新飛行場の 建設に着手しました。

これが、昭和6年(1931)に完成した民間飛行場第1号である「東 京飛行場」です。総面積は約53ha、滑走路は300m×15mでした。


 

その後、朝日、報知、 東京日々の各新聞社や東京飛行製作所が格納庫を設置し、加えて満州国建国以降、満州 へ旅客や貨物輸送が増大したこともあり、昭和13年(1938)から昭和14年(1939)に かけて羽田運動場の買収による拡張や滑走路の新設を繰り返してきました。

こうして、 東京飛行場は、定期航空便や内外の国際親善飛行の拠点として活躍しました。 


ソフトランディング
ソフトランディング(軟着陸)
航空機、ロケットなどが機体またはその積載物に重大な損傷や破壊をもたらさない着陸のこと。軟着陸の平均垂直速度は、毎秒約2メートル以下である必要がある。

航空機の場合、バターのように滑らかという意味で「バターランディング」とも呼ばれる。

軟着陸の方法としては
パラシュート(多くの場合、水中に着陸する)。
逆噴射ロケットを使用した垂直ロケット動力(VTVLと呼ばれることが多い)。


 

垂直着陸はVTOLと呼ばれ、通常はロケットではなく水平姿勢で着陸する航空機用。

水平着陸。ほとんどの航空機とスペースシャトルなどの一部の宇宙船は、パラシュートを伴ってこの方法で着陸する。