木場の角乗
江戸時代に木場の筏師(川並)が、水辺に浮かべた材木を、 鳶口ひとつで乗りこなして筏に組む仕事の余技から発生しました。
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昭和50年代に撮影された木場の写真です。
これに数々の技術が加わり、芸能として発達しました。
角乗に用いられる材木、角材を使用するため、丸太乗りより技術を必要とします。
↑ 区民まつり 木場公園内の角乗会場 ↓
雪駄
お祭り衣装の定番の履き物が雪駄です。雪駄の読み方は「せった」です。
お祭りだけでなく、男性が和服を着る時にもよく使用されている履き物です。

お祭りの時に使用する履物には雪駄の他にも地下足袋や草鞋(わらじ)があります。
雪駄はかかとを出して履くもの
雪駄はかかとを出して履くのが正しいサイズ感です。かかとが出ていないと、雪駄のサイズが大きいです。
お祭りで大きいサイズの雪駄を履いていると、後ろから雪駄を踏まれてしまい大変危険ですので、注意しましょう。
雪駄には岡足袋が必要
お祭りで雪駄を使用する時は、素足のままでは履きません。必ず岡足袋という雪駄専用の足袋を履いてから雪駄を履くようにしましょう。
素足のまま雪駄を履いてお祭りに参加すると、他の人に足を踏まれて怪我をしてしまいます。
雪駄を履くとかかとや足の小指が雪駄からはみ出します。石やガラスの破片など、地面に落ちているもので足を怪我してしまう危険性もあります。お祭りは人混みの中を歩くことがおおいので、事故や怪我を防ぐためにも、必ず岡足袋を履くようにしましょう。
葛西囃子(かさいばやし)
角乗の演技に合わせて、 葛西囃子が速いテンポで、演奏されます。

演目
地乗り 相乗り から傘乗り 扇子乗り 手離し乗り 駒下駄乗り 足駄乗り 川蟬乗り 一本乗り 梯子乗り 三宝乗り 戻り駕籠乗り

葛西囃子は、まつりを賑やかにするという観念で行なわれているが、やはり神を迎える一種の乱声(らんじょう)であったと思われ、江戸時代の風流化とともに、まつり情緒をそそる、うきうきした調子の中に純日本的な美しい旋律が特徴である。

曲目は、「打ち込み」に始まり、「屋台」、「昇殿」、「鎌倉」、「四丁目」、「玉打」、「屋台」、「大喜利」の基本編成が編曲されている。
また、舞曲として「にんば」があり、にんばにあわせて「もどき」、「おかめ」、「天狐」等が踊る。

これは、山車を曳くとき、扇などを持って練子を囃した身振りが、神楽舞と同化し、舞踏化されたものと考えられている。
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木場(きば)
東京都江東区の町名。現行行政地名は木場一丁目から木場六丁目。住居表示実施済区域。
1657年の明暦の大火の被害が甚大であったことから幕府は神社仏閣や大名屋敷などを郊外に移転させるなど江戸の町を大改造する計画を立てた。
この中で材木河岸を墨田川の対岸にある深川に移転させることになり材木商たちに命令を下した。
当時の日本では建築物はほぼ全て木造であり、橋や船、道具なども木でできていた。
このため大量の木材を必要としており、材木商人たちの中には巨万の富を築いた者も多かったので深川の街は大変発展したという。
明治維新以降になると、木場の沖合いの埋め立てが進み、木場は内陸となり海が姿を消してしまった。
1915年(大正4年)7月23日、木材業者らが設立した木場銀行が破綻。木材商42業者が倒産した。
1969年(昭和44年)、沖合の埋立地に新しい貯木場、新木場が建設されたため、従来の貯木場は埋め立てられて跡地に木場公園が作られた。
木場公園内の池で、浮かべた木材に乗る伝統芸「木場の角乗(かくのり)」が貯木場としての歴史を現代に伝えている。











