からくり広場

 


 

↑ 広域避難場所の掲示板 ↓

 

 

本町通り交差点角に有る花壇の中に立っている時計が絡繰り時計で、からくり広場と言うらしい。

 

広場のイメージで探していたので通り過ぎてしまった。



 

↑ 本町通り商店街の方々によって整備されている花壇 ↓

 

 

からくり時計
SEIKO汎用型リング・リング・ベル
文字板が縦方向に二つに割れ、金管を叩く人形が登場する仕掛け。


 

時計に特殊な表示機能を追加したもので、その多くではからくりなど自動人形などが時報として何らかの人形劇を上演したり、音楽を奏でたりといった機能を持つものを指す。


 

↑ ドレミパイプ ↓


または、ブームワッカーは、1995年にアメリカ合衆国で製品化された、長さの違いで音階が出せるように作られた、管状の打楽器。知育玩具としても用いられている。

 



「からくり」は、元々は時計などの機械装置全般を指していた。後にからくり自体は日本で「からくり人形」に代表される古典的なロボット(自動人形やオートマトン・オートマタなど)を指す語となり、これが19世紀にヨーロッパに伝えられると、「Karakuri」と呼ばれるようになり、いわゆるオートマタのような精巧な人の動きを真似る人形などもからくりと呼ばれるようになった。


 

語源からすれば時計に機械を組み入れること(中に機械要素のない時計は動きようがない)を指しているような「からくり時計」という語だが、「からくり」が機械仕掛けの人形を指すようになると、これを組み入れた時計をからくり時計と呼ぶようになったと推察される。


 

いわゆる「からくり」は外部からの操作をきっかけとして何らかの動作を行う装置(後述)だが、これを時計と連動させ、所定の時間にからくり仕掛けの動作を行うものが、いわゆるからくり時計とされる。


 

からくり時計の一端には、鳩時計のように時報を鳩(カッコー)の模型と笛などで表す物が挙げられるが、一般的にいうと、これを更に複雑化して人形劇などを上演して見る者の目を楽しませるものが主である。オーケストラを模したものもある一方、観光地では地域の歴史を表す劇を毎日正午などに上演するものも見られる。これらは、その複雑さや規模にもよって個人向けから時計塔などに組み込まれた公共のものまで、様々なものが存在している。


 

機能
基本的にこれらからくり時計は、時計機能と仕掛け表示機能の2系統の機械装置を、時報という機能で連結させたものである。

時計が表示装置に時報というきっかけを与えると、イベントドリブン(何かのきっかけを与えられると動作を開始する機能のこと)装置である仕掛け表示機能が働く。

時計部分は時報というきっかけを与える訳だが、時計自体の表示機能がないと時計としては役に立たないため、仕掛け表示部分の上などに時計としての時刻表示機能を持つ。

高度化されたものでは、時刻表示機能が一時的に移動して仕掛け部分がせり出し、何らかの動作が終わったら時刻表示に戻るなど、一見するとからくり時計に見えないものも存在する。

旧来は機械式時計(アナログ)であったが、後にクォーツ時計が開発され、この電気的な時計が後にデジタル時計などに置き換わっていくようになると、時計部分はデジタル時計で、表示機能部分はアニマトロニクスなど電動式でコンピュータで制御するもの(シーケンス制御)などの高度化・複雑化したものも登場している。

また、この仕掛け表示機能を完全に映像機器にとって替わらせ、指定時間には所定のスポット映像(広告など)を放映するものもみられるが、こちらは大型映像機器が社会にとって当たり前となった地域では、あまり注目されない場合がある。

現在では電波からくり時計が増えてきておりJJYを受信していつでも正確な時間がわかる。またからくりを行うだけでなく天気を知らせてくれたり時報がついているからくり時計もある。


携帯電話

無線通信により、携帯することが可能となった電話機である。また、電話機を携帯する形の移動体通信システム、電気通信役務。

端末を携帯あるいはケータイ(この場合は、スマートフォンではなくフィーチャーフォンを指すことが多い)と略称することがある。

携帯電話は無線機の一種であるため、その設計は電波法により規制されている。

 

日本国内で一般に流通している携帯電話は、電波法令により規定されている技術基準に適合していることを示すマーク(技適マーク)が刻印されている。

 

↑ 本町通り携帯ショップの店頭に飾られた旧型携帯電話 ↓

 

構想時代
携帯電話の構想は、電話機が考案されてまもないころからあった。電波を使用して無線で通信でき、かつ人間同士が音声にて会話することが夢として描かれていた。

モールス符号を用いる無線電信機は携帯電話の元になる技術だが、実用化されても爆発的に普及するようになるものだとはこの時点では考えられていなかった。

また、携帯できる電話を開発する具体的な研究は古くから行われてきたが、電波のノイズの問題やバッテリーの問題、また通信速度などの多くの問題により電話機が非常に大型になってしまうため、実現は難しかった。

当時は人が日常的に携帯できるサイズの電話は技術的に実用化されておらず、車載電話機として設置できるものが小型化の限界であった。

1980年代半ばごろ:実用化時代(ポータブルタイプ)
車載型ではないポータブルタイプとして、1983年にモトローラより発売されたMotorola DynaTACが世界初の市販の手持ちできる携帯電話である。

日本では、1985年にNTTが「ショルダーホン」を発売している。肩にかけて持ち運ぶもので、重量は3キロだった。携帯電話と称したものは1987年にNTTから発売されており、体積は500cc、重量は900グラムだった。



 

2001年以降:3G時代(インターネットとの融合)
2000年代に入ると第3世代携帯電話(3G)が登場する。2001年に世界に先駆け日本で3G(W-CDMA)の商用サービスが始まった。テレビ電話が可能となったほか、パソコンと接続して高速なデータ通信が行えるようになった。

 

 

16日から20日まで旅行日のためブログの更新はお休みします。