応援団
正月2〜3日、東京・読売新聞社前~箱根・芦ノ湖間を往路5区間(107.5Km)、復路5区間(109.6Km)の合計10区間(217.1Km)で競う、学生長距離界最長の駅伝競走です。
 

 

↑ 駒澤大学 ↓

 


 

コース沿道には沢山の人々が声援を送り応援をしています。
出場校の応援団(応援指導部・チアリーディング部・吹奏楽部など)がスタート地点付近に陣取って母校の選手に熱いエールを送っています。

応援団
応援団は、競技の応援を目的とする集団である。
応援団ないし応援部は、高等学校や大学等の教育機関(学校)における生徒・学生、あるいは学校以外の社会組織内においても課外活動的な存在として組織されている場合が多い。

 

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ポーツ競技で、母校の応援を統率して活躍する人たちや、それを含む集団全体を呼ぶ場合それぞれがあり、広義の意味としての応援団(応援する集団全体を現す場合)と、狭義の意味での応援団(応援している人々を統率かつ鼓舞する役割を専門に担う集団・団体である。

運営団体の解釈や主義詳細の差異より「應援團」「應援部」「應援指導部」と名乗る場合もある)とがある。

大学の応援部は運動各部の応援をすることが多いことから体育会に属することもある。

また、組織によってはいわゆる一般的に応援団員と呼ばれている男性によるリーダー担当員(通常はリーダー部と称することが多い)の他に、内部に演奏担当部門(通常はブラスバンド部或いは吹奏部、吹奏楽部と呼ばれる)や女性中心に構成されたチアリーダー担当部門を設けるところもあるが、吹奏楽部は各校における来歴によって、あくまでも音楽系部活動の一環として応援活動に協力する立場もあれば、応援団音楽隊として発足した来歴を持ち、応援団と一体となり活動するものがある。

 

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古くは、他人の行動(喧嘩などのトラブル・他流試合・演技など)を見に集まって、野次を発したり鼓舞する行為を行なっている自然発生的なものが応援団の走りとなる。

現在に繋がる応援団としての始まりは、スポーツ競技などが大衆文化として定着し出した頃に、それを見物しに集まった諸々の集団の応援を統率した人、或いは少数の集団の存在といえる。


 

現在のプロ野球の応援に見られる私設応援団は、最近の応援技術や応援手法こそ前述の学生応援団のものを取り入れている部分も少なくないが、その成り立ちを考えた場合、この項で中心的に説明している学校や会社などの応援団よりも、むしろ古い時代の野次馬応援団の流れを受け継いだものといえる。

このように応援団発生の初期の頃は、現在よりも烏合の衆団をまとめ上げる器量や人望や、時には腕力も必要となったため、豪胆でありながらも粗野な荒くれの気質が強い人間がそれに当たる傾向が強く、その後の応援団という組織を構成する人たちの気質もその流れを汲む傾向になった。


 

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従って、一般的には俗に言う「男気に溢れる」慣習やしきたり、厳しい上下関係を持った集団であることが多い(これらはしばしば漫画・アニメ・テレビドラマ・映画等の作品で誇張的に描写されている)。

同じように応援を指揮する団体としてアメリカンフットボールの応援などによく見られる女性中心に構成されたチアリーダーがある。


 

応援する形態や日常的な組織運営においては多くの点において趣を異にしている場合が実際である(但し、本場アメリカにおいては 陸軍士官学校や海軍兵学校など士官学校を始め、予備役将校訓練課程 (ROTC) が設置されたランドグラント大学の流れを汲む州立大学などにおいては 日本の応援団に似た軍隊式の応援をする大学も多く見られる)。

但し、学校、特に大学応援団の場合は、応援団内に男子によるリーダー部を中心に、チアリーダー部も併設している場合も少なくなく、細かな点で意識差はあるものの、チームの勝利に導く為に応援するという目的は共通しており、基本的には互いに相反したり敵対する組織同士ではない。


 

↑ 神奈川大学  青山学院大学  ↓

 

 

広義の意味で捉える場合には、本来の応援団組織から離れ、転じて、ある特定の人や集団を応援する人を指すこともある。

例えば、人生応援団、カラダ応援団などであるが、それらは、本来の応援団の組織としての慣習、慣例の文化は引きずらない。



また、同じスポーツの分野でも、ファンとしての集団や支持者なども一般的には応援団と称する場合がある。

このケースにおいても、前述で主に説明したいわゆる学生応援団とは、集団としての体質や文化などが異なる場合が多い。

種目にもよるが、スポーツの分野においても旧来なら一口に応援団と称するような支持集団も、サッカー競技における「サポーター」のような、従来とは異なる呼称を用いる場合も多い。

このように時代の推移と共に「応援する集団」と一口に言っても、その対象により細分化が進んでいて、一般に応援団と呼ぶ場合の多くは「学生応援団」を指し、実際に構成員が学生ではない場合でも学生応援団の組織文化を模倣した集団のことをいう傾向が強い。


 

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応援スタイル
見た目だけのものとしては以下に大別される。

1.学生服を着用したリーダー(主に男性であることが多い)が応援の指揮を執る 
1.普通の学生と変わりない学生服の場合

2.特別あつらえの変形学生服など一般学生とは異なる学生服を応援組織専用のユニフォームとして着用の場合

2.弊衣破帽の旧制高校風なバンカラ姿のリーダー(主に男性であることが多い)が応援の指揮を執る

3.トレーナーを着用したリーダー(主に男性であることが多い)が応援の指揮を執る

4.チアリーダーのみ(女性中心の構成である場合が殆ど)が応援の指揮を執る



一般社会人の場合も対象にした場合、上記にさらに「一般の観客と殆ど変わりない普段着に、せいぜい鉢巻や法被を纏った程度のリーダーが指揮を執る」が加えられる。

変形学生服袴や柔道着、チームカラーまたはスクールカラーを基調とした法被や鉢巻、襷を着用し白手袋を嵌めたり、メガホンを持ったりすることも多い。また、大きな団旗を掲げる旗手(親衛隊長)がいる。


 

校旗の神聖視
大学の応援団において校旗が神聖視といっても過言ではないほど重要視されることは、諸漫画等によってよく知られている。

 

これはこうした学校の応援団にとどまらず、企業の応援団などにも見られるが、こちらは、あくまで体裁を繕うためのみであることも多い。

旗を扱う者は旗手と呼ばれ、その団員のなかでもかなり重要な地位にあることが多い。
実際規律の厳しい応援団においては、応援中(試合の間ずっと)旗を掲げ続けなければならず、もし下ろすようなことがあれば、大変な恥辱とされることがある。

これがさらに進むと、納めている箱から出したが最後、手入れの時以外は地面や床や机などにも着けてはならないとされたり、また、箱からの出し入れ、広げ方畳み方などにまで細かい手順あるいは不文律が存在するような組織もある。

応援団によっては校旗や社旗でなく、「団旗」を掲げる場合もある。大学の応援団では、旗を扱う者は学生帽を被ることが多い。 ↓ 専修大学校旗

 

 

旧制中学の弊衣破帽、汚さを競うかのようなバンカラスタイルを伝統とすることがあり、このような伝統を重いものとして継承している学校もある。

その傾向が強いのは東北地方、とりわけ岩手県である。岩手県の旧制中学校を母体とした高校の多くがこのバンカラスタイルを伝統として代々継承している。

このスタイルでは、エールの際、通常の応援リードに見られる手振りによるものより、手旗によるものが多く見られ、これも旧制高校風の応援スタイルを強く意識したもの。

また、一般的に言われるバンカラも「蛮カラ」と「番カラ」の2通りに分けることができる。
本来「バンカラ」はハイカラに対向した造語として生まれた言葉である「蛮カラ」の事を示し、弊衣破帽や羽織り袴のスタイルはこちらに該当する。


 

↑ 拓殖大学 ↓

 

 

一方の「番カラ」は、「番長カラー」の略語として用いられているもので、変形学生服や特攻服を主なユニフォームとするものは後者に含まれ、元々旧来からあった「蛮カラ」を後年になって「これも一種のバンカラ」としてこじつけ的に生まれたもの。一般的な説明では厳密に区別するよりむしろ一緒くたに「バンカラ」としている例が多いが、本来は別なものになる。



↑ 左端に居る者がVICTORYのカードを出し次の演技を指示。 拓殖大学 ↓


 

本来応援団員が着用する長ラン・中ランなどの変形学ランには様々な意味がある。

例えば、カラー部分が長いのは「礼」の際に頭を下げたとき首が曲がるのを防ぐため、

上着の丈が長いのは同じく「礼」をした際に後ろがめくれ上がって後方の人に尻を向けないようにするため、

ズボンが太いのは、普通の細いズボンでは、激しい四股踏みなどの応援アクションに耐えられず、あっという間に膝が出てしまうので充分以上の太さが必要なため、

もしくはO脚を隠して見栄えを良くするため、などである(他に戦後復員した特攻隊員の服装の影響からとの説もある)。

白手袋は手の動きを大集団に対して明確に示す為(鉄道員のそれと同じ理屈である)。

また、こういった意味合いから、応援団特有の服装は、実戦に即した機能服のようなものでもあり、応援団の中でも現役としては最高位の指導者である最上級生幹部だけが着用を許されているケースも少なくない。


 

↑ 中央学院大学 ↓

 

 

汚らしい格好の応援団は、前述のように文化としての応援団というものの創業時に携わった人間にバンカラな気質の者が多かった影響に因るもので、地域によってはまだまだ根強い気風ではあるが、時流の流れと共に団体内部の組織や制度・運営がしっかりした団体が多くなった近年では都市部を中心に衰退の傾向にある。

このように、応援団は活動目的の特殊性から独特なスタイルや体制・気風を採ることが特徴であるが、その他にもこの種の団体独特の習慣的な特徴がいくつか存在する。

 

 

↑ 中央学院大学  帝京大学 ↓

 

 

基本的な応援方法
団長あるいは応援指揮者(リーダー)と呼ばれる代表が号令をかけ、それに従って団員が大きな掛け声を挙げ、掛け声とともに、空手の型崩しのような動作をするスタイルが基本である。



 

大学や高等学校の応援団には、母校の漢字(または校名をローマ字標記した時の頭のアルファベット。一例として、明治大学なら「Meiji」の“M”)を表す動きも取り入れられている。掛け声に使用されるフレーズとしては、以下のような言葉とともに、チーム名や選手名などを言うことが多い。


 

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フレー(hurray、但し異説もある。)
勝つぞー
ファイトー
押せ押せー
カッセ(「かっ飛ばせ」の略)
イッケーイケイケ


この他に三三七拍子などを行ったり、校歌や応援歌(選手にちなんだオリジナルソングもある)を歌ったりして選手にエールを送る。応援の発声方法では腹式呼吸によるものが望ましいとして指導されることが多い。

以前は掛け声のフレーズに「(対戦相手)倒せ」が使われていたが近年は相手に失礼だということで使われなくなった。

 

使用楽器

応援団が応援の現場で用いる楽器類には、太鼓・呼子・拍子木などが挙げられる。

 

 

太鼓に関しては近年ではバスドラムも増えているが、特に伝統を重んじる応援団では、和太鼓を愛用(※)するところが多い。

 

また、応援団と一緒に吹奏楽による演奏を行うこともある 近年、応援団が活動するスポーツ競技によっては、応援活動やその応援形態に様々な規制をする場合が少なくなく、その規制の一つとして、和太鼓・大太鼓を禁止するものがある。 

 

代表的な場所として甲子園球場では和太鼓禁止となっている。そのため甲子園出場とともに応援スタイルを変えざる得なかった出場校もある。 

 

また県によっては野球応援において、トランペットだけを使用しての応援を禁止しているところもある。

 

 

↓ 東海大学 ↓

 

 

また振付とともに行なわれる演舞形式のものも多く、こういうタイプのものは一大学の学校歌であるにも関わらず周辺地域の間では民芸的な扱いとして名物となっているものもある。

 

 

↑ 東京農業大学 ↓

 

 

例:東京農業大学応援団の「青山ほとり」(通称「大根踊り」、大根を小道具に用いるため)、日本体育大学の上半身裸・素足で雄叫びを上げる「エッサッサ」、東北大学応援団の「下駄踊り」など。
 

 

↑ 東京農業大学  日本体育体育大学 ↓

 

 

組織の運営形態
一般的な認識では、狭義の意味で学ラン等を着た男子学生の応援リーダーを応援団もしくは応援団員と捉える場合が多いが、実際の組織構成・運営は学校或いはその応援団組織により様々である。

 

 

学ランなどを着用した男子のみの集団の団体もあれば、一方では広義の意味で捉え、応援を指揮・指導するのを専門にした活動に携わる集団全体を文字通り応援団(あるいは応援部)とし、近年の華やかな応援には不可欠とされる女子によるチアリーダーと楽器演奏組織(一般的にはブラスバンド部あるいは吹奏部、吹奏楽部)も応援団内に併設して3部構成を採り、恒常的に応援現場での行動は共にしている団体もある。


 

前者の場合、普段の応援では男子リーダーのみの活動が中心で(但し、最近は学ラン姿で活動する女性団員も増えてきた)、大きな大会などの場では、他団体であるチアリーダー部や吹奏楽部に協力を依頼する形で応援体制を整える。

 

 

要請先の団体の都合次第では帯同を断られる場合も少なくなく、応援体制を常時整える意味ではデメリットとなる。

 

 

メリットとしては、応援形態や構成人員の関係で男性中心であり、そのため「俗に言う」硬派気質という部風がより強く保たれ易い環境になる。

 

そのため、男子リーダー部にはしばしば暴力的な体質が顕在化することもある。


 

3部構成の組織運営を行なっている団体の多くは、応援活動の機会が多く構成人員の確保も円滑な環境に因る場合が多い。

 

一方で、その団体の構成や運営の選択や有り様は、団体のポリシーに影響されている場合もあり、必ずしも応援活動の過多に因らない場合もあるため、一口には片付けられない[要出典]。

また大学応援団の中には「全学組織」という形態を取り、学生自治を任されている応援団組織もある。

 

 

↑ 日本大学  早稲田大学 ↓



 

問題
大学応援団(特にリーダー部)には問題が多い。例として、以下のことが挙げられることがある。なお、全ての応援団がこれらに当てはまるわけではない。


 

規則
話しかけていいのは1学年上まで(かつての法政大学応援団)


試合における勝敗は、戦う張本人でなく、それを応援する自分たちによるものであるという考え(→応援される側から「思い上がり」との批判を受けることも)


周りから見て奇異な言動・行動(先輩に会えば所構わず大声で「押忍!失礼します!失礼します!前失礼します!」と言い、会話時の口調も「自分は~であります」と言う、10数メートル先であっても見かけたら起立し礼、など)

 


 

理不尽な行い 
飲酒の強要や暴力といった、健康や生命、正しい医学的知識を度外視した行為(某大学では不整脈の1年生に対する酒の強要トラブルも発生)
OBなどからのチアリーダーに対するセクシャルハラスメント
退部を希望する部員に対する嫌がらせを含める執拗な引き止め行為
必修科目の講義にさえ出席させず、練習や応援活動を優先するよう強制

 


 

↑ 法政大学 ↓

 

 

 改善と批判、そして現在の状況 
このように硬派さのイメージがある一方で、角界のような閉鎖社会的で社会常識を外れていると指摘されるような部分が目立っており、部員確保に困難が生じてきている。

こうした実情を踏まえ、近年、改革と称して、規則の緩和や理不尽な行為を控える動きが出てきているが、「結局は単なる保身のため」という批判もあり、イメージや評価の改善までには至らないことが多い。

 

結果、部員数が0になるなどで、リーダー部が休部・廃部に追い込まれるケースは後を絶たず、チアリーダー部員などのリーダー部外の人間が応援団全体のトップに立つことは珍しくない。

 

そのチアリーダーも華やかさの反面、動きに関してハードで危険な面もあり、部員数の減少が顕著な大学もあり、応援団全体の存続が危ぶまれている。 

 

また、たとえば中央大学応援団においては、女子学生がリーダー部員となり、学生服の男装で応援活動を行うなど、新しい応援団の形を模索する動きが出ている。