影向菊花大会
善養寺(東京都 江戸川区)
開催期間:2020年10月19日(月)~11月23日(月・祝)

 

 

↑ 境内への参内は、不動門(前回)と仁王門(今回)があります ↓

 

仁王門は、木造平屋建瓦葺で朱塗とし、天保年間(1741年-1744年)の建築である[7]。昭和57年(1982年)に解体復元修理を行った。

左右にある仁王像は制作年代と作者は不明だが、明治年間と昭和の仁王門解体修理時に修理されている。

不動堂には、高さ1.2メートルの不動明王像が祀られている。この像は三国伝来毘首葛摩作といわれ、「小岩不動尊」として霊験あらたかとされる。

 

 

境内では、毎年3月末に植木市(3日間)、5月下旬にバラ・サツキ展、10月末から11月に菊花展が開催される。

 

 

↑ 境内の影向の松と仁王門 ↓

 


3月末の植木市は別名を「雨の植木市」という。江戸時代、星降りのマツに住み着いていた白蛇(水の女神弁才天の化身といわれる)を植木職人がなぶり殺しにしてしまった。そのとたんに、大雨が降りだした。

 

↑ 不動堂 ↓

 


それ以来、植木市の時期には必ず雨が降るようになったと伝えられる[9]。実際に2013年の時点で過去10年の東京の天気を調べたところ、植木市の時期に雨が降らなかったのは2004年だけであった。

 

↑ 開基は室町時代の由 ↓

 


 

↑ 不動門 門柱 ↓

 

 

 

↑ 不動門 屋根瓦 ↓

 

 

 

↑ 善養寺 影向殿 ↓

 

 

 

本堂は弘化2年(1845年)再建で、間口26メートル、奥行き22メートル、木造銅葺の建物である。

入り口左側の「びんずる尊者」像は、江戸時代から「善養寺のなでぼとけ」として親しまれた。

 

 

 

↑ 善養寺 御朱印 ↓

 

 

ただし、この植木市はホームセンターやスーパーマーケットなどでの植木や鉢花の販売が普及するにつれて参加する業者が少なくなっていき、2009年頃を最後に市は開かれなくなっている。

菊花展は正式名称を「影向菊花大会」といい、愛好家を多く集めている。

 

↑ 影向菊花大会(前回11月2日~今回11月9日で一週間経過) ↓

 

 

 

↑ 見頃を迎えました ↓

 

 

 

 

 

↑ 国指定天然記念物江戸川区登録天然記念物 影向の松 ↓

 


境内と文化財
江戸川の堤防沿いに12000平方メートルという広大な敷地を持つ。
境内で目を引くのは、本堂前で四方八方に枝を伸ばし、繁茂面積が800平方メートルに及ぶ「影向のマツ」である。


岡野マツとの「日本一のマツ争い」が解決した後、春日野親方は「日本名松番付横綱推挙状」のプレートを贈呈した。

マツの根元には、このプレートと「影向の石」という石が置かれている。その昔、善養寺に忍び込んで不動明王像を盗もうとした男がいた。


その男が像を抱えて逃げようとしたとき、石に足が張りついたために動けなくなってしまった。翌朝になって男は捕まり、像も無事だった。

男を捕えた石がこの影向の石であるといい、今でも石の上に人の足型のような窪みが見受けられる。

 



 

 

↑ 小品盆栽 ↓

 

 

 

 

↓ 盛花花壇

 



新四国遍路道 四国八十八ヶ所霊場


 

↑ 善養寺には、簡易に巡れる四国八十八ヶ所霊場が有ります。 ↓

 

 


中央の敷石を踏んで両側の88ヶ所の石祠を巡礼すると、四国遍路をすることができます。
大正時代に造られたものです。


遍路とは
祈願の目的で、四国の弘法大師空海の霊場八十八箇所を巡り歩くことをいいます。

 


一番札所霊山寺から順番にまわって、最後の大窪寺が八十八札所になっています。最後までまわると、結願、満願といいます。

 


八十八ケ所の霊場は人間の煩悩の数から来ているとも、男42歳、女33歳、子ども13歳という厄年の合計の数字から来ているとも言われています。


菅笠に書かれている「同行二人」の文字は、弘法大師と自分の二人旅であるという意味で、一人旅でも心の支えになるようにという意味があります。

 

 

↑ 大正時代に設置された新四国遍路道で破損が酷い物も ↓

 

 

 


道中には「お接待」という習慣があり、地元の人が一晩の宿や食事を提供してくれる場合があります。接待は遍路に対する布施行で、自分の代わりに参拝してもらうことで、功徳を積むことができるとされています。

 

 

接待を受ける際には、「南無大師遍照金剛」という宝号を三度唱えて、納札を手渡すようにします。

 


遍路でお参りを行うことは「打つ」と呼ばれています。一番札所から順にまわることは順打ち、逆にまわるのを逆打ちと言って、これも人気のまわり方です。


 

↑ 近年に修復された物も ↓

 


他に通し打ちで一度に全ての札所をまわったり、区切り打ちと言って、何度かにわけてまわる方法などもあります。

全行程1,400kmの厳しい道のりは、昔は世捨ての旅とも言われたものですが、現在ではバスツアーなどもあり、観光のためなどさまざまな目的で訪れる人が多くなっています。