「道」の起こり
人間や獣たちが、食物や餌を求めて探し歩いていくうちに草が踏み分けられて、自然にできた小道が道路の起源だと言われている。
↑ フロントガラスに大書された文字が 関羽の絵 ↓

狩猟採取を行っていた原始社会では動物の移動にともなってできるけもの道が狩猟民らによって利用される場合もあった。

↑ 歩道橋と思いきや、右折路だった ↓

そして、もうひとつの原初的な道は「踏み分け道」である。
人が生きていくために木の実を採ったり狩猟に出たりするために何度も歩く場所が有る。


あるいは魚を捕りに行ったりしながら、何度も同じところを行き交うことをくり返すうちに、地面は踏み固められて自然と草が減って土が出た筋状の「みち」になった。


人類が農耕を始めて集団で定住し、そうした集落間で物や情報の交換や婚姻などが行われるようになると人の往来が頻繁になった。


初めは人ひとりがやっと通れた道が何人もが行き交うことで幅の広い道へと変わり、生活していく中から自然発生的に発展していった。
↑ 道路上に延々と続く露出したライフラインの工事現場 ↓

現在発見されているなかで「最古の道路整備跡」とされることのあるものには、イングランドにある Sweet Trackスウィートトラック) の土手道があり、紀元前3800年頃に遡る。

舗装路のはじまり
土の道は晴天時に特に不自由は無いが雨天になるとぬかるんで泥道になってしまい歩くことが困難になってしまう。それを防ぐために舗装が行われるようになった。


人の手による舗装の最古のものとしては紀元前4000年頃のものが発見されている。
古代のエジプト人は、ピラミッドの建設で、構築用資材となる大きな石塊を遠方より運搬するために、小石などを取り除いて石畳の道を整備してコロを用いて人力で運搬したと考えられている。

バビロンでは、紀元前2000年頃までには舗装された道路があったという記録が残されている。古代の中国人は紀元前1100年代頃以降、大規模な街道を整えたが、その一部は石畳として整備した。


紀元後20年までには、その距離を40,000キロメートル (km) にまで伸ばした。
インカの人々(インカ人)たちは伝令たちがアンデス山脈を伝っていけるようなインカの街道を張り巡らせた(→インカ道)。
マヤ人たちもヨーロッパによる新世界発見以前にメキシコで石畳の道路網を張り巡らせていた。


日本では三内丸山遺跡(縄文時代 紀元前3500年 - 2000年)に幅12メートル、長さ420メートルの舗装された道路が発見されている。





