山の日とは
2020年8月10日は「山の日」です(本来は8月11日)。

 

山の日2020_私のさけびたいこと

 

チャツボミゴケ公園へ

過日、信越道を碓氷軽井沢で下り、鬼押しハイウェー、浅間白根火山ルートを通り草津温泉で泊まりました。

翌日、チャツボミゴケが見たくて群生地へ向かいました。
チャツボミゴケ公園は草津温泉から車で30分ほど奥地(中之条町)に入った場所ににあります。

 

 

↑ 草津温泉(群馬県)からチャツボミゴケ公園へ向かう ↓

 


比較的新しい祝日なので、その由来・意味についてよく分からない方も多いはず。山の日とはいったいどんな祝日なのでしょう? 


「山の日」とは、「山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝する」という趣旨の国民の祝日です。

他の祝日と異なり、山に関する特別な出来事などの明確な由来があるわけではなく、「山の日」を国民の祝日にしようという様々な動きによってできました。

日本は国土のおよそ6~7割が山地で、周りを海に囲まれているため、山や海に畏敬の念を抱きながら生活し、それらの恵みに感謝しながら自然とともに生きてきました。

1995年に「海の日」が国民の祝日になると、山梨県をはじめ複数の府県で「山の日」ができ、2002年の国際山岳年に「山の日」制定の構想が本格化しました。

その後、2010年に日本山岳協会など山岳5団体が「山の日」制定協議会を設立し、2013年に超党派の「山の日」制定議員連盟が発足すると、「山の日」を国民の祝日にする運動が全国に広がりました。

こうした動きを受けて2014年に「山の日」が制定され、2016年に施行となりました。
 
なぜ祝日「山の日」は、8月11日になったのか
当初は祝日のない6月にする案や、「海の日」(7月第3月曜日)の翌日にする案などがありましたが、お盆のころで休暇がとりやすい8月11日になりました。

一時はお盆前の8月12日が有力でしたが、日航機墜落事故が起きた日と重なることから見直され、8月11日に落ち着いたのです。

 

 

↑ 草津天狗山スキー場 ↓

 

 



8月11日には山にまつわる意味もあります。
国民の祝日になる前から全国各地に独自の山の日があり、その日付は様々とはいうものの、8月8日は「やまなし山の日」「ぎふ山の日」、11月11日は「かがわ山の日」「えひめ山の日」「こうち山の日」など、「8」や「11」を用いる傾向がありました。

これは、「八」の字が山の形にみえるため「8」、木が立ち並ぶイメージから「11」というふうに、山を連想させる数字だからです。

 

 

↑ チャツボミゴケ公園までは約30分の道程です ↓

 



2020年・2021年の「山の日」は、固定日から変更
2020年は東京五輪の開閉会式に合わせて3つの祝日(海の日、山の日、スポーツの日)が移動されたため、2020年の「山の日」は、閉会式翌日の8月10日(月)になりました。

 

その結果2020年は8月8日(土)、閉会式9日(日)、10日(月=山の日)と3連休になります。新型コロナウイルスの影響で東京五輪が延期となりましたが、2020年のこれらの祝日は変わりません。

 

 

 

 

↑ 草津町から中之条町へ ↓

 



<2020年>
8月8日(土)
8月9日(日) 東京五輪閉会式が予定されていた
8月10日(月)山の日

2021年に延期された東京五輪は、7月23日に開幕、8月8日閉幕となる予定です。今年と同様、開会式の前日に「海の日」、当日に「スポーツの日」、閉会式の翌日に「山の日」が移動される見込みなので、「山の日」は8月9日に変更となります。

<2021年>
8月7日(土) 
8月8日(日)東京五輪閉会式の予定
8月9日(月)山の日

 

 

 

↑ チャツボミゴケ公園に到着 駐車場無料 

 

 

 

↑ 入園料600円(事務所窓口で支払い)中之条町民300円、小学生以下は無料 ↓

 


チャツボミゴケ公園

 

↑ チャツボミゴケ公園へは徒歩でも行けますがシャトルバスを利用しました ↓

 

 

 

 

 

この場所は、鉄鉱石の鉱床があり、昭和41年(1966年)まで露天掘りによる採鉱が行われていました。

その露天掘りの窪み(俗称「穴地獄」)に自生しているのが「チャツボミゴケ」です。

チャツボミゴケは酸性の水の流れる所に生育。これほどまで広範に自生しているのは全国でも珍しく、本州では中之条町のチャツボミゴケ公園だけです。

東アジア最大級の群生を形成し、その環境や生態系が評価され周辺の自然と合わせ2015年に芳ヶ平湿原と共にラムサール条約に登録されました。

 

 

 

↑ 此の川の源流地点にチャツボミゴケ群生地が有ります ↓

 

 

 

↑ シャトルバス終点 大池・平兵衛池・芳ヶ平湿原 ↓


この穴地獄の脇から散策路が伸びており、その先には「大池」・「平兵衛池」と呼ばれる池があります。

また、さらにその先には芳ヶ平湿原と呼ばれる湿原が広がっています。芳ヶ平湿原にはハイキングコースがあります。

*このハイキングコースを散策される場合、チャツボミゴケ公園をスタートすると多くが上りになります。渋峠をスタートしてチャツボミゴケ公園をゴールとするコースがおすすめです。

 

 

 



↑ 平兵衛池への案内 無料貸し出しの杖 ↓

 


 

↑ チャツボミゴケ公園入口 ↓

 

 

 

 

 

↑ 滝と川床が褐色なのはチャツボミゴケと深い関わりが有る ↓

 

 

 

↑ 褐鉄鉱鉱床 ↓

 

 

群馬鉄山
現在のチャツボミゴケ公園のある辺りは国内随一の褐鉄鉱(かってっこう)鉱床であることが戦前から知られていました。

戦時中の鉄需要から国内の鉄鉱石増産に迫られ、この地方の鉱業権を取得した日本鋼管は国の命により鉱山開発を行うことに。

群馬鉄山を呼ばれ、国内2位の生産量を誇る露天掘鉱山として栄え最盛期には2000人が鉱山に携わっていました。

 

 

 

 

↑ 此の辺りからチャツボミゴケが見られます ↓

 

 

 

↑ チャツボミゴケとレンゲツツジ(写真は全て2020年6月1日撮影) ↓

 

 

 

 

↑ チャツボミゴケ群生地(穴地獄)を取り巻く観賞者用木道 ↓

 

 

 

 

 

 

↑ 湧き出る強酸性の温泉水とチャツボミゴケ、レンゲツツジが美しい ↓

 

 

鉱山とチャツボミゴケの関係
群馬鉄山は昭和41年に閉山。その後は日本鋼管の保養所としてこの地は管理され(奥草津休暇村)、つい最近の2012年になって中之条町に無償譲渡されました。

ではなぜ鉄鉱石の取れる鉱山にとてもめずらしいチャツボミゴケが群生しているのでしょうか。

それは、この鉄鉱石はもともとチャツボミゴケだったからです。つまり、強酸性の温泉を含んだチャツボミゴケがゆっくりと時間をかけて鉄鉱石に変わっていったといわれているのです。

これは「バイオミネラリゼーション」と呼ばれる作用によるものです。

 


ここ群馬鉄山は閉山した昭和41年以降も50年近く日本鋼管によって保存され、その間その広大な土地は新たな開発が行われずにいました。

もともと人里離れた山奥です。見事なまでに希少なチャツボミゴケがそのままの姿で残っています。

 


バイオミネラリゼーションとは
「バイオミネラリゼーション」とは、生物が自身の身体の内外に鉱物(無機化合物)を作り出す作用のことを言います。

というととても難しく感じますが、実は自然界では比較的よくあることです。身近な例では、サンゴや真珠、珪藻土などが挙げられます。

チャツボミゴケの場合、このコケにバクテリアが関与することにより今でも鉄鉱石が生成されていることが確認されています。 

出典:群馬県中之条町の隠れたおすすめ新観光名所チャツボミゴケ公園(地獄穴)のご案内(https://chatsubomigoke.jimdofree.com/)