「芭蕉翁の碑」
松尾芭蕉(寛永21年(正保元年)(1644年) - 元禄7年10月12日(1694年11月28日)は、江戸時代前期の俳諧師。
松尾芭蕉(寛永21年(正保元年)(1644年) - 元禄7年10月12日(1694年11月28日)は、江戸時代前期の俳諧師。
三重県上野市(現在の伊賀市)出身。幼名は金作。通称は甚七郎、甚四郎。名は忠右衛門、のち宗房(むねふさ)。
俳号としては初め宗房(そうぼう)を、次いで桃青、芭蕉(はせを)と改めた。北村季吟門下。
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「唄を忘れたカナリヤ」の碑
大正7年に発表された西城八十の詩。
唄を忘れたカナリヤは/後ろの山に棄てましょか/いえいえそれはなりませぬ
唄を忘れたカナリヤは/背戸の小薮に埋めましょか/いえいえそれはなりませぬ
唄を忘れたカナリヤは/柳のムチでぶちましょか/いえいえそれはかわいそう
唄を忘れたカナリヤは/象牙の船に銀の櫂/月夜の海に浮かべれば/忘れた唄を思い出す
唄を忘れたカナリヤは/背戸の小薮に埋めましょか/いえいえそれはなりませぬ
唄を忘れたカナリヤは/柳のムチでぶちましょか/いえいえそれはかわいそう
唄を忘れたカナリヤは/象牙の船に銀の櫂/月夜の海に浮かべれば/忘れた唄を思い出す
唄を忘れたカナリヤは「棄てようか、埋めようか、打(ぶ)とうか」と歌い出すこの歌は、童謡としてはとても不気味です。
どうも、西条八十が「詩人として生きたい」と願いながら、毎日の生活に追われて株取引などに明け暮れる自分への自省や自責の念をこめて作った歌だと言われていますが、この歌を唄う子どもたちにはそんな事情は知る由もないでしょう。
「いえいえ、それはかわいそう」は西条八十の妻の口癖だったとも言われます。
出典:出る杭とカナリヤの話 平和友の会「世相裏表」から一部抜粋。
「キクモモ」(菊桃)
バラ科サクラ属の落葉小高木でモモの1品種。名前は、花弁が細長くキクに似ていることに由来する。別名は、ゲンジグルマ(源氏車)。
バラ科サクラ属の落葉小高木でモモの1品種。名前は、花弁が細長くキクに似ていることに由来する。別名は、ゲンジグルマ(源氏車)。
濃い紅色の八重咲き。花期は3月下旬から4月上旬ごろ。 江戸時代に中国北部より渡来し観賞用に改良され、現在に至る。
名前を聞くと、菊なのか、桃なのかと気になるところですが、菊桃は木です。
しかもバラ科サクラ属になります。
しかもバラ科サクラ属になります。
中国原産の花を観賞する植物で、名前からも分かるように、実は桃の仲間です。背も高く、かなり大きな木になります。3月下旬から4月にかけて花を咲かせます。耐寒性と耐陰性をそなえ、成長の早い、育てやすい植物です。
菊桃は八重咲の花です。色は濃いめの紅か濃いピンク色の花です。花の形も少々独特ですが美しく、色鮮やかな花なので、シンボルツリーや記念樹、公園、街路樹などに植えられています。
大きく育つため、鉢植えには不向きですが、中には小さめに育てて観葉植物として鉢植えで育てたり、盆栽として育てる人もいます。
実はなるが、食用には適さない
菊桃には実がなります。
菊桃には実がなります。
大きさはせいぜい梅の実くらいにしかなりませんが、木が成長して大きくなるとたくさんの実を付けます。しかしあくまで菊桃は観賞用なので、実は食べないようにしましょう。苦みがあって美味しくないですし、そもそも食用に適してはいません。
キクモモはハナモモの1品種
キクモモは、ハナモモの中の1品種になります。
キクモモは、ハナモモの中の1品種になります。
ハナモモは花桃と書く桃の仲間で、古くは江戸の昔から花を観賞する目的で品種改良を繰り返されてきた植物です。キクモモは菊桃はと書き、花桃の種類の1つです。
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↑ 上野広小路 北の丸公園・日本武道館入口 ↓
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