稲生沢川(いのうざわがわ)
那賀川流域との分水嶺である下田市加増野の婆娑羅山(標高608m)に源を発し、支川と合流しながら下田市をほぼ真東に貫く。
那賀川流域との分水嶺である下田市加増野の婆娑羅山(標高608m)に源を発し、支川と合流しながら下田市をほぼ真東に貫く。
稲梓川と合流した後に進路をほぼ真南に変え、蓮台寺川等を合流して下田港へ注ぐ流域面積74.4km2、流路延長15.1kmの二級河川である。
流域は、大部分が伊豆半島南部の中心である下田市に属し、稲梓川の上流域が河津町にまたがっている。
過去に幾度もの河川氾濫に見舞われています。
中でも昭和51年の梅雨前線による豪雨では、南伊豆町の青野川や、下田市の稲生沢川で大洪水が発生し、多くの人的被害や家屋被害が発生しました。
中でも昭和51年の梅雨前線による豪雨では、南伊豆町の青野川や、下田市の稲生沢川で大洪水が発生し、多くの人的被害や家屋被害が発生しました。
こうした洪水を防ぐため、河川の改修工事を行っています。
平成22年度の下田市統計による産業別就労人口が、第一次産業5%、第二次産業13%、第三次産業82%となっている。
下田市は、豊かな自然環境や温泉、開国の地としての歴史などの観光資源に恵まれ、年間で300万人が訪れるなど、観光が主要な産業となっている。
また、伊豆の山々から豊かな水が供給される海域では、水産業も盛んであり、中でもキンメダイは水揚げ日本一を誇る。
主要な交通網としては、伊東を経由して首都圏にも直結する伊豆急行が稲生沢川の下流部を並走している。
また、伊豆の東西及び中央を縦貫する国道135号、136号、414号が下田駅付近で結節しており、稲生沢川沿いを国道414号、及び松崎に至る主要地方道が通っている。
河川に関わる歴史や文化としては、河口部を含む下田港をめぐる歴史が特筆される。
下田港は古来より東西海上交通の要衝であり、江戸時代には風待ち港や物資の補給基地として利用され、海の関所である船改番所も設置され「出船入船三千艘」と称されるほど繁栄していた。
幕末の1854年に日米和親条約締結により箱館とともに下田が開港され、ペリー艦隊が入港・上陸したほか、同年にはロシアのプチャーチンが入港し日露和親条約が締結された。
周辺には、ハリスによって日本初の米国領事館となった玉泉寺など多くの史跡が残され、支川の平滑川沿いは伊豆石やなまこ壁の家並みと歴史が調和したペリーロードが特徴的な景観を形成している。
下田港は、高度成長期には造船業が盛んで伊豆諸島との定期航路もあり賑わいの中心であったが、現在は避難港として位置付けられている。
↑ 漁船の船外機 船員専用の洗濯場 ↓
↑ 伊豆の踊子別れの船乗り場跡 ↓
↑ 弥冶川界隈(ペリーロード) ↓
平滑川河口から了仙寺に至る川沿いの道。かつては花柳街だった。
なまこ壁や石造りの民家などがあり、風情あるたたずまいを見せる。
なまこ壁や石造りの民家などがあり、風情あるたたずまいを見せる。
1854年、下田を訪れたペリー一行は、上陸した弁天橋近くから、休息所として提供された了仙寺までの約700mを行進したという。
↑ ご当地ネッ友さんの実弟が店主の「風待工房」 の横に長楽寺の入り口が ↓
長楽寺
大浦山長楽寺は静岡県下田市三丁目に境内を構えている高野山真言宗の寺院です。
大浦山長楽寺は静岡県下田市三丁目に境内を構えている高野山真言宗の寺院です。
長楽寺の創建は不詳ですが、当初は薬師院長楽寺と号し、別所にあったとされ、室町時代末期の弘治3年(1557)、尊有が真言宗の寺院として改めて開山し現在地に境内を遷しています。
明治時代初頭に発令された神仏分離令とその後に吹き荒れた廃仏毀釈運動により廃寺に追い込まれましたが、宝光院長命寺と合併する事で再興しています。
境内は高台に位置する景勝地で長楽寺の梵鐘は、伊豆八景の一つに数えられ下田市民から親しまれた存在でしたが第二次世界大戦中に供出されました。
又、長楽寺は幕末の外交の舞台でもあり安政元年(1854)には権筒井政憲(旗本:目付、長崎奉行、南町奉行、大目付を歴任)・川路聖謨(旗本:佐渡奉行、普請奉行、公事方勘定奉行を歴任)とプチャーチン(ロシア使節海軍中将)との間で日露和親条約(日露通好条約)が締結され、安政2年(1855)には掛井戸対馬守等と米国使節アダムス中佐との間に日米和親条約批准書の交換が行われています。
又、長楽寺は幕末の外交の舞台でもあり安政元年(1854)には権筒井政憲(旗本:目付、長崎奉行、南町奉行、大目付を歴任)・川路聖謨(旗本:佐渡奉行、普請奉行、公事方勘定奉行を歴任)とプチャーチン(ロシア使節海軍中将)との間で日露和親条約(日露通好条約)が締結され、安政2年(1855)には掛井戸対馬守等と米国使節アダムス中佐との間に日米和親条約批准書の交換が行われています。
長楽寺は幕末の外交史上貴重な存在で昭和46年(1971)に下田市指定史跡に指定されています。
伊豆八十八ヶ所四十二番札所(札所本尊:薬師如来・御詠歌:くもりなき 瑠璃の光に 長楽寺 人の心の 月ぞすみける)。
伊豆横道三十三ヶ所霊場二十三番札所(札所本尊:聖観世音菩薩・旧宝光院長命寺本尊)。
伊豆国七福神:大就弁財天。
山号:大浦山。宗派:高野山真言宗。本尊:薬師如来。
























