菅公(かんこう・菅原道真のこと)
菅公は、梅と共に菊の花を好まれ、数々の和歌を詠まれております。
亀戸天神HPより転載。

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16歳の時に詠まれた「残菊詩」から、天神社では菅公をしのび、宮中で行われていた和歌・連歌などを詠む“残菊の宴”を催しておりました。

近年は、本殿の正面を取り囲むように菊を展示して菅公をお慰めすると共に参拝の方々にも鑑賞していただいております。
*残菊とは旧暦の重陽の節句(9月9日)以降の菊を意味するとつたえられております。
 
期間:平成29年10月23日~11月20日
11月20・亀戸天神社では、毎年‘菊まつり’の頃、 新日本フィルハーモニー交響楽団のメンバーをお招きしての演奏会を開催しております。

当日は多くのお子様がご家族と一緒に、おなじみのクラシックからポピュラー、アニメのテーマ曲にいたるまで、存分に音楽をお楽しみいただきます。

お子様が終始この素敵な生(なま)の演奏に目を見張りじっと聞き入っている様子を見るにつけ、あらためて、青少年の健全な育成に音楽が与える影響がいかに大きいかを実感いたしております。

音楽をとおして心の中にいだく優しさと感動がきっとお子様方にとって、かけがいのない‘おみやげ’になる事と信じています。

毎年10月開演を予定しております。詳細については社務所にお問い合わせ下さい。(03-3681-0010)

キク(菊)
キク科キク属の植物。
 
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野生種は存在せず、中国で1500年ほど前にチョウセンノギクとハイシマカンギクを親に交配によって生まれたとされている。
 
秋に咲く花であるが、短日性植物で、電照などを用いた作型の分化により、周年供給されている(電照菊を参照)。食用にする「もってのほか」などの品種もある。

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花言葉は「高貴」である。一般に、日本で観賞用多年草植物として発展した系統、品種群を和菊、西ヨーロッパに渡り育種されて生まれた系統、品種群を洋菊と呼ぶ。

一般に洋菊のほうが丈夫である。鑑賞園芸的には和菊、生産園芸的には洋菊が中心に栽培されている。

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また、切花としては温室での電照栽培で周年出荷されている。バラ、カーネーションとともに生産高の多い花卉である。
 
日本では、薬草や観賞用植物として平安時代より用いられ、宮中では菊の節句とも呼ばれる重陽の節句(旧暦9月9日)が明治時代まで行われ、現在でも皇室園遊会(観菊御宴)として行われている。

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日本で菊の栽培が盛んになったのは、栽培のプロセスが冬に芽をとり、春に植え、夏に成長させ、秋に観賞するといった具合で、イネの栽培と類似していることが影響しているとの説がある。

現在では各地に愛好会ができる一方で、秋にはそれらが主催の品評会が開かれている。
 
物品への意匠として用いられることも多く、後鳥羽上皇が身の回りのものに施したことにより天皇および皇室の紋となったといわれ、鎌倉時代には蒔絵や衣装の文様として流行した。

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日本の南北朝時代以降には天皇より下賜されることにより公家や武家の間で家紋として使用されるようになった(詳細は「菊花紋章」を参照のこと)。
 
一方、フランス、ポーランド、クロアチア等の一部のヨーロッパ諸国において白菊が墓参に用いられる。

日本や中国、韓国でもこの影響を受けて葬儀の際の献花には菊が用いられることが多く、この習慣の影響で病気見舞いに菊の花を贈ることはタブーとされることがある。
 
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キクの花弁が放射線状に並んだ形状に由来する慣習的な呼び名があり、アンモナイトの化石のことを「菊石」といったり、また陶芸やそば打ちでの材料の練り方に「菊練り」がある。
出典・ウィキペディアフリー百科事典。