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仕事をしながら、年10回 海外旅行に行く方法

海外旅行に行き続けると、どんな心境になるのかを試したいのもあり、
週末や連休、まとまった休みの日に日本脱出するようにしてみました。

海外旅行によく行くけれど、
今までフライト関係のトラブルにあったことがない、
という人は次の旅行でトラブルに遭うかもしれません。

実際フライトの遅延、手荷物の遅延は日常茶飯事です。

場合によっては、フライトキャンセル、ロストバケージ
手荷物が損傷することもあります。

海外旅行はこういったトラブルを乗越えてこそ
楽しい思い出になると思うのですが、いかがでしょうか。

幾つかの経験談を書きたいと思います。

$仕事をしながら、年10回 海外旅行に行く方法-サンシェード

※ 航空会社に配慮して、明示的な名称は書きません。
 また、文中にある写真は文章の内容とは関係ないものです。
※ 手荷物の遅延を「ロストバケージ」という人もいますが、
  厳密には、3ヶ月以上出てこないことを「ロストバケージ」
  というようです。間違ってたらごめんなさい。


<貨物機の事故によりフライトキャンセル>

2009年3月、成田空港にて定期貨物便フェデックス80便が
着陸に失敗し、炎上。この影響で主要なA滑走路が封鎖され
多くの便が目的地を変更するなど大規模に交通が乱れました。

$仕事をしながら、年10回 海外旅行に行く方法-告知2

さてさて、僕はこのときバンコクにいたのですが、
フライトキャンセルの影響で予定の便で日本に帰れなく
なってしまいました。


しかも、翌日にどうしてもはずせない仕事の予定があり、
エンドース(他社便に振替え)もしてくれない、と言う
ではありませんか?

結局は、地獄の折衝の末、
その日のうちに中部空港行きの便に乗り、早朝の新幹線で品川へ、
自宅でスーツに着替えてお客様先へ向かいなんとかセーフでした。

こういうときって、空港の航空会社のカウンターや事務室は
パニック状態です。いくつかの航空会社を回ったのですが、
ひどいところだと、客が表で並んでいるのに、地上職員は
仕事を放棄していて、飛ばなくなったフライト用の機内食を
ついばみながら談笑したりしています。

そんな中、さすがフラグシップでタイお膝元、タイ航空の
地上職員のSマネージャが見かねて僕を助けてくれました。
他社に掛け合ってまで、アレンジしてくれました。

帰国後、搭乗予定だった航空会社に事情を説明し、
資料を添付して「補償請求」したところ、一発で補償OKの
回答を得ることができました。

終わりよければ、すべてよしです。

しかし、手荷物は乗る予定だった便とともにそのまま成田へ
行ってしまいました。手荷物は成田から中部空港へ輸送され
地上職員さんの手で税関手続きをしていただくという、
まどろっこしい手続きに。。

いっぽう、ディレイが発生したフライトに荷物をチェックインさせていたのに、
後から回収した人がいました。個別の荷物を機材からピックアップするのは
航空会社としてはものすごい労力なので、通常は決してやりたがらないものです。

しかし、その方は“荷物がないと死んじゃう”と言って交渉したたら
出してくれたとのこと
、、おそるべし、

$仕事をしながら、年10回 海外旅行に行く方法-告知

ノボーテル・ホテルでフライトキャンセルになった乗客へ
部屋と食事が支給されたようです。ユナイテッド航空の
メッセージがあったので写真にとりました。

$仕事をしながら、年10回 海外旅行に行く方法-残念会

※ 文中の内容とユナイテッド航空は関係ありません。


<フライト・キャンセル>

フィレンツェからパリ経由で成田に帰るとき、
搭乗ゲートでおよびがかかり、“パリまでの座席を
エコノミーからビジネスクラスへ変更します”といわれました。

なるほど、是非お願いします!

そして、パリのシャルル・ド・ゴール空港にて、果たして
僕が乗る予定だった飛行機は予定から機材が小さくなった
というかなり身勝手な理由で、フライトキャンセルになりました。


トランジットカウンターは、日本人でごった返していました。

そんな中、人差し指だけでキーボードをたたいて地上職員の方が
振替え便を用意してくれたのですが、なぜか僕ともう一人の
日本人女性だけが、ソウル経由で成田入りとなりました。

これだけ日本人がいてなぜ、僕ら二人だけがソウル経由?

その女性に会って初めて分かりました。
まったくの他人なのですが、名字が同じだったのです。
“夫婦か兄弟だと思われたんだね”と二人で笑ってしまいました。


フライトディレイやキャンセルは、結構起こりえます。
チケットのステータスが低い場合は、クレームの強さと
根気強い交渉で、結構対応していただけるものです。

地上職員の友人から聞いたのですが、
フライトキャンセル時など乗客に“オマエの名前を覚えたから、
家を見つけて燃やしてやる”などと脅された、とのこと。

社会人としては、余裕を持った旅程を組んで、
地上職員の方々に配慮したかたちで、
正しい主張をしたいところですね。


<手荷物の破損>

よくあります。

空港で、手荷物が出てくるターンテーブルから、
荷物を取り出したら、破損箇所がないかどうか
よく見る必要があります。

成田で、壊れた琴(こと)を前にして、
泣きそうになっている方がいました。
地上職員の方が“免責です”と対応している
姿を見たことがあります。

手荷物破損は結構やっかいです。

手荷物の遅延や破損は、航空会社の責任ですが、
扱いの良し悪しとトラブル発生率は経由地などの空港によるところが
大きいです。悪名高いある空港では、普通に雨ざらしで数時間放置。

僕は、買ってから2回目の旅行でグローブトロッターのバックを
破損させられました。しかも、どう見ても人為的に壊されました。

そこから、航空会社と交渉に入ったのですが、
IATA の契約条件を送ってきて、高価なものだからと
“免責”の一点張りです。電話の応対態度も悪かった。

やりとりを世の中に公開して、問うことも考えたのですが
ある政治的な理由から、今回は部分保証の提案を受け入れ
泣く泣く自腹で修理しました。

対応は航空会社によってまったく違います。
同じバックが4ヶ月後に修理から戻ってきたのですが、
なんとその次の旅行で破損しました。

しかし、
こちらから何も言わずとも全額補償してくれました。

$仕事をしながら、年10回 海外旅行に行く方法-バック

航空会社は、チケットの安さだけで選ぶとトラブルが
あったときに後悔します。経由地の空港の状況や、
荷物のサイズ、保険の有無などをトラブル時にどれだけ
サービスを施してくれるかなども考慮して、
総合的に判断することが必要になると思います。

ちなみに IATA では、命の値段は一人75,000米ドルです。
(飛行機に乗るとき、皆さんはこの金額にサインしている
 ことになります。)

---

フライトに関しては、話がつきません。

以前、スイス滞在中に日本から祖母の急病の知らせが入りました。
そのとき FIX(変更できないチケット)を持っていたのですが、
空港に駆け込み、事情を説明したところ、一番早い便に振替え
するように配慮してくれました。

結局、もっと早い他社便のノーマルチケットを購入したのですが
やはり、対人間です。トラブルに遭ったときにどう乗越えるか
あるいは、助けてくれる人がいるかが、肝心ですね。

皆様、よいフライトを!

ノルウェーの北、北極圏の町ボードーからWideroe航空の
小型プロペラ機に乗り換えて、夏のロフォーテン諸島へ向かった。

ガイドブックにあったとおり、
ロフォーテン諸島は天気の移り変わりがめまぐるしく
厚い雲の合間から光がさしたり、柔らかいにわか雨が通り過ぎたりした。
8月の気温は10~17℃で、白夜のため夜中の2時でも明るい。

氷河で削られた険しい岩山が沈降してできた複雑な地形で、
冬が寒すぎるため樹木は育たず、夏の間、岩肌がコケで覆われたり
低地ではあるが高山植物が花咲かせていた。

$仕事をしながら、年10回 海外旅行に行く方法-レイネ

そんなロフォーテン諸島をレイネを拠点に自転車で移動して、
途中、ピクニックをしたり散歩してきたので少し紹介したい。


<ピクニック>

僕は、スーパーで買ってきた食材を利用してサンドイッチを作り、
ジュース、木の実、魚のすり身をペースト状にしたチューブなどを
デイパックに詰めてフード付きのレインコートも入れて、
毎日、自転車に乗って出かけた。

行き先は決まっていない。レイネからオーへの1本道を走り、
適当なところで自転車を放置し、自然の中に分け入っていく。

フィヨルドを見渡せるような開けた場所を見つけたら、
腰を下ろしてランチを広げて、絶景を見ながらサンドイッチを頬張った。

$仕事をしながら、年10回 海外旅行に行く方法-ピクニック

眺めている風景は、刻一刻と変化していく。
ドライアイスの湯気のような雲が、山を乗越えて来るのが見えた。

山の向こうは曇りなんだ、


やがて雨が来る。


どんよりとした曇り空の中、
1時間くらい対面するように景色を眺めていたこともあった。

氷河で削られたグレーな岩肌が壁となってそのまま湖に落ち込んで
底の深い氷河湖を形成している。

空気は澄んでいて冷たい。

僕は向かい側の岸に座って波立たない湖面と、
切り立った岩の壁を見比べて、湖の深さを想像した。


<地衣類とコケの宝庫>

今の仕事をしていなかったら、
地衣類・コケの研究と採集をして暮らしたかったと思っている。
彼らは原始的で、植物が住めないようなところでも
真っ先に進出するような生命力がある。

北極圏のツンドラ気候にあって、地衣類とコケの世界だった。

岩の上にコケや地衣類の生物層を形成して
10~15センチのふかふかな「絨毯」を作っている箇所もある。

$仕事をしながら、年10回 海外旅行に行く方法-地衣類

景色を眺めたり、足元の地衣類やコケを観察しているだけで
時間を忘れてしまった。

$仕事をしながら、年10回 海外旅行に行く方法-コケ


<ムンク美術館>

ロフォーテン諸島から離れて、ムンク美術館を訪れた。

地元の小学生ご一行も訪れていて賑やかだったのだが、
ふと一つの部屋をのぞくと、そこには生命力あふれる
作品『 太陽 』があった。

$仕事をしながら、年10回 海外旅行に行く方法-ムンク美術館

この作品は、有名なムンクの『 叫び 』と対をなすような作品だ。

北欧では白夜があり、ある季節はずっと夕暮れ時のような
不気味な雰囲気のときもある。そんなとき、精神を病んだムンクは
『叫び』を描いたとされる。

一方この『太陽』は、精神病を乗越えようとした後期の作品で
明るく生命力のあふれた登る朝日のように見える。

暗く寒い冬に閉ざされるノルウェーの人にとっては
恵みの太陽なんだろう。

---

ノルウェーでは自然を満喫した。

自転車をこいで、地衣類やコケを観察して、景色を眺めた。
お腹がすけばレストランでは、新鮮な魚介類を食べた。
アンコウのスープで体が温まった。カニやエビも美味しかった。

今度、北極圏に行くときには絵を描きたい。


$仕事をしながら、年10回 海外旅行に行く方法-海鮮
タイトルが時代遅れだ、と思われるかもしれないが
僕の世代の男らには共感を得られるのではないか。

大学時代、複雑で息が詰まるような日本での生活から逃げ出して、
茫漠とした荒野を歩きたくなったので、モロッコを1ヶ月旅した。


$仕事をしながら、年10回 海外旅行に行く方法-トアレグスタイル

ラクダ2頭に、テントや1週間分の食料や水などを積んで
英語が話せないガイド1人だけで、毎日6時間ほどひたすら歩いた。
すべて込みこみで、1日¥4,000円ぐらいだったと思う。

砂漠に出かける前に、旅に必要な一握りの荷物をのこして、
全財産とスーツケースを預けてから、近くのオアシスで野宿した。

早朝、ラクダを選んでムハンマド(ガイド)と歩き始めた。


<ラクダの旅は過酷>

ラクダの旅と聞いて、どんなことを思い浮かべるだろう?

実際は、過酷だった。

$仕事をしながら、年10回 海外旅行に行く方法-ラクダの影

ラクダは半分野生で、人間の助けがなくても砂漠で生きていける。
だから、100キロ以上の人間の荷物を載せて歩くことが苦痛らしく
常にババババー!と文句を言っている。

油断をするとツバをかけられたり、噛まれる。

それから、昼食など休憩で荷物を降ろすと、ラクダたちは勝手に
草を食べにフラフラ逃走を始めるので、出発するときは何キロも
先に逃げてしまったラクダを捕まえることから始めなくてならない。


(砂漠では、繋ぎとめておく「物」がないのと、
 彼らの道草は、重要な栄養補給になっているようだ)

あるときなどは、夜のうちにラクダの動きを制限している
紐がはずれてしまい、少し起伏のある地平線の向こうまで
逃げてしまった。捜索に2人で半日以上かかり、
その日の移動距離も制限された。

砂漠を歩いていると、広大な土地のどこからか沸いて出たような
“3日間、逃げたラクダを探している”っていう人に出会うから
ラクダの逃走は日常茶飯事なのかもしれない。

$仕事をしながら、年10回 海外旅行に行く方法-お茶会


<人間の住むオアシスから、離れて思うこと>

初日、炎天下のなか7時間くらい歩いただろうか。
日が暮れてキャンプをして、ふと地平線を眺めた。

$仕事をしながら、年10回 海外旅行に行く方法-夕暮れ

すると驚いたことに、
今朝、自分が出発したオアシスの集落の
ともす灯が、闇の中に浮かんで見えた。

自分の感覚では、だいぶ歩いて、相当遠くに来たつもり
だったのに、まだ見える範囲を移動したにすぎなかった。

お釈迦様の掌の中だったのか、と感心すると同時に
もし、僕がここで急に心筋梗塞や呼吸困難を起こしても、
オアシスまで歩いて7時間、そこから4WDで町まで5時間
ちゃんとした設備のある街までさらに5時間かかるのだから
確実に死んでしまうな、と思った。

ムハンマドを除いて、僕の周囲十数キロの中に、
誰も人間がいないと思うと不思議な気持ちがした。

何もない静寂の中、遠くのオアシスの灯を眺めていると
人間の営みが懐かしく、いとしく映った。



<自 然>

何日かは土砂漠をひたすら歩き、後半は砂砂漠を歩いた。
砂砂漠がこんなに歩きにくいとは知らなかった。

美しい砂丘の稜線を眺めているだけなのと
そこを歩くのとは訳が違うのだと初めて知った。

$仕事をしながら、年10回 海外旅行に行く方法-砂砂漠

ムハンマドは、ラクダが疲れることを気にして
僕にラクダに乗ることを良しとしなかった。

だから、ひたすら何もない砂漠を歩き続けた。
あまりにも何もない広い空間なので、まっすぐ進んでいる
つもりでも、知らず知らずのうちに曲がってしまうこともある。


$仕事をしながら、年10回 海外旅行に行く方法-砂砂漠

この砂漠も、1ヶ月後には砂嵐の季節。
そうなると一歩も動けなくなる。

僕は、ムハンマドが“隕石”だという
黒くて磁石にくっつく小石を砂砂漠で拾った。


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$仕事をしながら、年10回 海外旅行に行く方法-オアシス

砂漠から戻り、オアシスにあるホテルで1週間ぶりに
シャワーを浴びた。今までは、小さな井戸をほじくって
水をすくっていたのに、今では蛇口をひねると水がでるなんて!

髪の中や耳の中に砂が残っていた。

日本に帰ってきて、ブーツを点検したら
コーヒーカップ2杯分の砂が出てきた。



$仕事をしながら、年10回 海外旅行に行く方法-サイン

先月は中国から帰国し、すぐにデトロイトへ出張。
日本に戻り1週間ほど過ごしてから、インドネシアの
バリ島のカンファレンスに出席した。

おかげで、温度ぼけ、時差ぼけ、言葉ぼけの三拍子。

瀋陽の気温は-30度だし、バリ島は30度以上の真夏。
デトロイトと日本では、14時間も時差があったので朝起きれないし、
インド英語を耳を澄まして聞いていたので、急に日本語で話しかけられると、
意味を理解するのに一瞬考え込んでしまう。

$仕事をしながら、年10回 海外旅行に行く方法-hotel

しかし立て続けに海外に出かけることで一番問題なのは、
自分が考える「自分」と他人が考える「自分」がずれてしまったり、
気持ちのより所が定まらなくなってくることだ。



<アジアン パワー>

デトロイトでは、世界中のオフィスから人があつまり会議を開いた。
会議の内容もさることながら、プレゼンテーターへの“つっこみ”や
カデュアルな雰囲気のミーティングでのウィットの効いた発言など、
おもしろかった。

しかし、もっとおもしろかったのはバリでのアジア太平洋 会議だ。
そこでアクティビティとして、“限界へ挑戦!(ゲーム)”をした。


$仕事をしながら、年10回 海外旅行に行く方法-game

何のことはない、ゴリラや犬になって、戦いに出る前の「雄叫び」を
つくって大騒ぎしたり、ロープに触ることなく人を渡す競技をしたり
チームとしての士気を高めることが目的のいつものゲームだった。

ひとつ違ったのは、今乗りにのっているアジアの皆と
ゲームにチャレンジしたことだ。

インド人、中国人、タイ人、マレーシア人、アメリカ人、
インドネシア人、ベトナム人、ベトナムやタイにいる日本人、
オーストラリア人が集まって大騒ぎしながらゲームした。

“恥ずかしい”とか“目立ち過ぎてはいけない”とか、
日本人的な感情を持つ必要がなかったので、楽しかった。


インド人の仕切る会議、インド人のノリ、アジアのパワー!
普通のカンファレンスだと思って来た日本人は、
少し引いたと思うけれど。

デトロイトでのアメリカン・カデュアルな会議と
アジアンパワー炸裂なバリ島でのカンファレンスを
対比してみることができた。


<日本人に見えるということ>

帰国子女は日本の社会にあって、少し変わった人として
とらえられ勝ちだ。大学時代、帰国子女が多かった。


中には、見た目は日本人なのだけれど、グアテマラと日本の
二重国籍で、両親はスペイン語を話しているっていう人や
僕が四字熟語を言うだけで、まるですごい知識のある人だと
勘違いしてしまうようなイタリア帰りの人、それから日本語を
話しているんだけれど、日本語にはない鼻濁音が重低音となって
ビリビリと聞こえてくる人などがいた。

彼・彼女らにはすごく共感してしまう。

僕も見た目は日本人で、日本人だと思われる。
しかし海外で経験してきたことがあまりに多く自分自身に
影響を与えているので、自分がこうあろうとする方向性や
振る舞い方、関心のありかたが、日本のものと異なり
混乱が生ずることがあるからだ。

日本にいると、日本人として振る舞うことが
求められているのではないか、とプレッシャーを感じる。


いっそ「外国人」に見られるほうが楽なのではないか、
と思うことも、日本に暮らしていてある。

$仕事をしながら、年10回 海外旅行に行く方法-フライト


<「自分」はなにナニジンなのか?>

アメリカにいる2世、3世のアジア系アメリカ人も
自分が考える「自分」と他人が考える「自分」がずれて
アイデンティティに混乱が生ずる、と聞く。


アメリカでは東洋から来た人のように見えるのだけれど、
話をしてみると、まるっきりのアメリカ人で、
日本のあいまいなニュアンスが伝わらなかったりもする。

アメリカにいる彼・彼女らはアメリカ人から
いつ祖国に帰るのかを聞かれたり、外国人と思われることが
あるようだ。本当は英語しか話せない2世、3世のアメリカ人なのに。

(あまりいい表現ではないと思うが、自分は「バナナ」だと
 認識している人もいる。見た目はアジア人、頭の中は白人)

また、アメリカに行った友人に久しぶりに会うと
なんとなくアメリカ人のように性格が変わってしまった
ように思える、なんてこともあるのではないか。

それだけ、アメリカで自分自身を保ちながら
同化することが難しいのだろうか、と思ってしまう。

---

$仕事をしながら、年10回 海外旅行に行く方法-ビル

僕は日本語を話す、日本人なのに、
日本に居場所を見つけられなくなってきている。


それでは、どこかアメリカとか、スイスとか
どこか一つの国が心のよりどころになっているか、
というとそれも無い。

海外旅行が生活になると、どこにも帰属できない不安や
自分自身が何であるか、という疑問が持ち上がってくる。


今後は、海外旅行をなるべく控える予定だ。
日本にどっぷりつかって、新しい日本を見つけたい。

$仕事をしながら、年10回 海外旅行に行く方法-rope
毎月、海外旅行に出かけると、
芸能人や有名人に出会うことが少なくありません。


彼らは、5分おきにやって来る“一緒に写真を撮りたい”、
というファンからのお願いを丁寧に断わったり、と大変そうです。

でも芸能人でも誰でも、旅行に出かければ一人の旅行者なので
本当に困っていそうなときにだけ、こちらから声をかけて
助けてあげるようにしています。



<外国人力士と帰郷>

以前、とある外国人力士と東欧に帰りました。

$仕事をしながら、年10回 海外旅行に行く方法-sumo

力士はでかいので、エコノミークラスの2人分の席を
用意することになります。航空券は僕が取ったわけでは
ないので、ちょっと面倒なことになったわけです。

そこで、いろいろ手伝ってあげました。

ところで、力士は大変なんですね。
大きいのでサングラスと帽子で身を隠すことはできないし、
外国に行っても、相撲レスラーであることは一目瞭然なので
どこに行っても「有名人」なわけです。

いろいろ助けたお礼に、フランクフルト空港のレストランで
フルーツの盛り合わせをご馳走してくれました。

そのときトランジットを待っていて、本当にやることがなく
力士相手に遊びで「突き」をしていたら、
本物の「突き」を返されて死ぬかと思いました。



<タイの芸能人に会う>

サイアム センターは、バンコクの若者が集まる
「原宿」のようなところなので、よく芸能人を見かけます。


僕は、どの位彼らが有名なのか分からないのですが、
一緒に写真に写ることをお願いされている人を見かけます。

$仕事をしながら、年10回 海外旅行に行く方法

この彼は、ミュージシャンとのこと。
喫茶店でお茶してたら、外で写真撮影に応えていたので、
「写真撮影」を撮影してみました。

このほか、彼はコメンテーターのようです。
レストランで見かけました。僕もTVで見たことがあります。

$仕事をしながら、年10回 海外旅行に行く方法


そのほか、ラオスを旅行中のタイの芸能人カップルにも
出会いました。ルアンプラバンへ行ったのですが、
行きのフライトも、レストランでも、帰りのフライトも
一緒でした。狭い町なんですね。

ラオス人もタイのTVを見ているので、
よく知られているようでした。


<この人、有名人に似ている>

外国に行くと、有名人に似ている人がたくさんいます。
TVに出ていたので、ちょっと紹介します。

$仕事をしながら、年10回 海外旅行に行く方法-マルコ

どう見ても、マルコヴィッチに見えませんか?
これは、エストニアのニュースアナウンサー。


$仕事をしながら、年10回 海外旅行に行く方法-岡田

続いて、もう一つエストニアTVから、
故 岡田眞澄(おかだ ますみ)ではないですか??

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海外旅行に出かけると、よく有名人に出会います。

例えばチューリッヒなどの中規模な都市では、
普通に現地の有名人が歩いているのを見かけます。


旅行はいろいろな人が出会うところなのでしょうね。
ピアニストとか潜水選手?とか普段からみの少ない
他の業界の人と会えるのは嬉しい偶然です。