雨やどり -2ページ目

雨やどり

妄想小説『雨やどり』

「ご利益あった?」
「ぜんぜん」
「まぁ、でもそんなに日が経ってないからね」
 みずほとちどりが、そんなことを話して校内を歩いていると、突然声をかけられた。
「すみませ~ん。松風ちどりさんですね」
「はい。そうですが?」とちどりは答えた。
「もしかして、こちらは、国東みずほさんですか?」
「はい。そうです」とみずほも答えた。
「申し遅れました。私、☆明星祭☆の実行委員の稲葉ひばりです」
「俺は、実行委員長の赤倉室人よろしくな」
 みずほとちどりは、なぜ彼らが声をかけてきたのかわからなかった。そんなふたりに、ひばりが話し出した。
「あのー、文学部の浅間准教授から推薦いただいたのですが、☆明星祭☆のステージに出演して下さるのですね」
「あっ、はい。確かに」
 そうちどりが言いかけると、みずほが割って入った。
「あすか先生から“漫才してみたら”とお誘いいただきました。よろしくお願いします」
 すると、室人が、
「本当に出てくれるんだよな」
「出るつもりだよ」とちどりが突っかかるように答えた。
「つもりってなんだよ。それにどうすんだよ、MCは?毎年、ミスキャンがする事になっていたんだぜ」
「あぁ!しまった。すっかり忘れていた」
 ちどりは焦ったが、ひばりがあっさり言い放った。
「ちどりさん、大丈夫ですよ。MCは実行委員会で段取りしますから。と言うことで、委員長、MC探し、よ・ろ・し・く」
「わかったよ。まあ、どちらにしろ今回の☆明星祭☆ではミス・キャンパス・コンテストするし、お前も出場するんだろう。だったら結果同じことだよ」
「ミスキャン・コンテストって、新入生の歓迎会を込めた“春祭”でのメインイベントじゃなかったですか?」驚いてみずほが尋ねた。
「あぁ、確かにこの春まではな。でも予算削減で来年度から“春祭”は中止に決まったよ」
「えぇ~、そうなんだ~」みずほは、少し残念そうに言った。
「でも、考えようによっては、ちどりさんは7冠が狙える訳で…。ある意味ラッキーかも。だからちどりさんには、今回も是非とも出場して欲しいですね」
「そっか。最後になるかも知れないし…」
 ひばりの言葉にちどりも意欲的だったが、さらにみずほがとんでもないことを言い出した。
「ちーちゃん!あたしも出たい!」
 みずほ以外の三人は一瞬にして固まった。そしてちどりが一言。
「マジで!?」
「ダメ?」
「ダメとは言えないけれど…」
 ちどりとみずほがそんなやりとりをしていると、室人があっけなく言った。
「いいじゃん。出場すれば」
「えっ!?」とひばりが驚きの声を上げ、ちどりは「マジでいいのかよ」と言った。
「本人が出たいって言うんなら仕方ないだろ。こういうのを身の程知らずって言うんだよ」
 室人は悪態をついた。その態度にちどりは“カチン”ときたが敢えて何も言わなかった。室人はみずほたちに「じゃー、☆明星祭☆で漫才たのむぞ!」と言いながら手を上げ去って行った。ひばりは「よろしくお願いします。ミスコンであいつを見返してやって下さい」と頭を下げた。先に行った室人が「おぉい!ひばり行くぞー!」と怒鳴っている。ひばりは「ハーイ」と言って走り去った。

「まったく失礼な奴だ。あの室人とか言う奴。イラドルの“ももち”呼ぶことにしたのもあいつだよ。どうせ“ゲストを誰にするかは委員長の俺の権限”とか言って、強引に決めたんだよ。まったく!」とちどりは腹の虫が治まらない。
「まぁまぁ、そんなに怒らないの。最近のちーちゃん、イライラしすぎだよ。それに意外といい人かもしれないよー。あたしに、ミスコン出てもいいだって!」
 ちどりの気持ちなどまったく意に返せずミス・キャンパス・コンテストに、出場できることを喜ぶみずほだった。
「はっきり言って、あいつ、みずほのことバカにしているだよ。マジで出場するの?」
「うん!一度でいいから、ちーちゃんみたいに、たくさんの人の前に立ってみたい!」
「そっか~。じゃあ仕方がないか。とりあえず今度の日曜、空いているか?」とちどりが尋ねた。
「空いてるよ」
「じゃあ私と付き合って」
「えぇ~!ちーちゃんとデート!?」
「バカ言え!その日はファッション誌の撮影があるから付き合えってこと。でも、本当にあんな言い方されて悔しくないのか?」
「うんん。慣れているから。それよりもステージに立ってみることが目的だからね。気にしてない」
「ステージだったら、ふたりで漫才するから立てるじゃん?」
「あっそうか、忘れてた」
「まっ、いいか。とりあえず日曜、よろしく」
「OK」

                    ※

 日曜日、みずほはちどりとの待ち合わせ場所に来ていた。
「みずほ、お待たせ」
「ちーちゃん、おはよう」
「おはよう。待った?」
「うんうん。今さっき来たところ」
「じゃー、行こうか」
「うん」
 そう言って、みずほはちどりとともに歩き出した。

「みずほ、着いたよ。ここが撮影スタジオ」
 そこは、一見ただの小さなビルだった。
「ちょっとここで待っていてくれる」
 そう言うと、ちどりはひとり中に入って行った。みずほは待っているあいだ、キョロキョロと周りを見渡した。さっきは気付かなかったが“studio elm”という大きな表札みたいな看板が壁に貼り付いていた。やがて、中からちどりが出て来た。
「OK。許可取ってきたから、入って」
 みずほは“なんで友達の付き添いで、許可がいるのだろうか?”と思ったが、そんなみずほを察してちどりは「ファッション誌の撮影って、情報が漏れるとマズイしね。場合によっては信用問題になっちゃうのよ。だから今日の撮影現場で見たことは、絶対秘密ね」と答えた。
「わかった。トップシークレットね」
「そう、トップシークレット」
 ちどりは部屋の扉を開けると「おはようございまーす」と言って入って行き、続いてみずほも「こんにちは。失礼します」と言って恐る恐る入った。
「みずほ、この業界では時間に関係なく“おはようございます”って言うのよ」
「えぇ~ぇ。夜でも?」
「そう、夜でもその日初めて会う時はね」
 そんなことを話していると、カメラマンの月山ちとせがやって来た。
「ちどりちゃん、おはよう。今日はよろしくね」
「おはようございます。よろしくお願いします。彼女は友達のみずほです」
「はじめまして。国東みずほです」
 やがてひとりの女性が、あわただしく近づいて来た。
「ちどりちゃん、早くこれに着替えて」
 そう声をかけたのはスタイリストの高山千秋だった。
「ハーイ!」とちどりが返事すると、すぐさま衣装を受け取り更衣室に入って行った。
「おはようございます」みずほは深々とお辞儀した。
「おはよう。あなたがちどりちゃんのお友達ね。まあそんなに気遣いしなくていいわよ。バタバタしていてゴメンね。どこか適当な所に座ってもらっていいよ」
 千秋はそう言うと、あわただしく戻って行き「ちどりちゃん!着替え終わった?どれどれ、う~ん。これでよしと。それじゃ、美絵ちゃんにヘアーメイクしてもらってねー」と指示を出た。そして、みずほの方をチラッと見た。みずほにとって初めて見る世界なのだろうか、興味深そうに見ていた。
 しばらくすると、松嶋美絵が千秋を呼んだ。
「千秋ちゃ~ん!ちどりちゃんのヘアーメイク、これで行こうと思うんだけど!」
「ハーイ!今、行く!」
 美絵の元に走って行った。
 やがてヘアーメイクが決まったちどりがやって来た。そして、撮影が始まり、みずほはその姿に見惚れてしまった。そんなみずほの姿を見た千秋が声をかけてきた。
「今のちどりちゃんの衣装、どう思う?」
「似合っていて、可愛いと思います」
「そう。では、着てみたいと思う?」
「えっ!?ちょっと考えられないですね。ちっちゃいころは、お友達のフリルの付いた洋服が可愛いくて、自分も着てみたかったんです。でもその頃はいつも兄のおさがりばかりで…、いつしかそれが当たり前になっていました。だから中学の制服のスカートが苦手で、いつもジャージを履いていました」
 そう言って、みずほは笑った。
「そっか。まっぁまだまだ色々なパターンが見られるから参考にしてちょうだいね。ちどりちゃん!一本目、終わった?」
「ハーイ!」
「じゃー、次はこちらね」
 千秋が衣装を手渡した。
 
 しばらくして再びヘアーメイクを終えたちどりがやって来た。大人ぽい服に、アップにした髪、さっきとは別人のように見える。みずほは口をポカンと開けたまま見入っていた。
「どう?ぜんぜんイメージが違うでしょう」
「はい」
 もう言葉にならないほど魅了されている様子だった。そのような中、カメラマンのちとせのきびしい指示が飛ぶ。
「はい!そこで笑顔!そんなに歯は見せない!そう!そのまま動かない!ハイOK!」
ちどりは、「ふぅー」と息を吐いた。
「気を抜かない!!次のカット、いくよ!…」
 その後、パンツルックやフォーマル風、スポーティーなものなどを撮影し、最後の衣装となった。
「ちどりちゃん、お疲れ。これで最後だから」
そう言って、千秋はフリルのたくさん付いた可愛い服を手渡した。ちどりは思わず言った。
「えっ~ぇ、これ、着るんですか?なんか恥ずかしいー!」
「ごちゃごちゃ言わずさっさと着替える!」
「ハァ~ィ」と不機嫌そうに返事をした。
 しばらくして、ちどりと一緒にやって来た美絵が「千秋ちゃん!どう?これで。ちどりちゃんのツインテール姿、可愛いでしょう」と言った。
「すごい可愛いじゃない。バッチリ!!」
 そんな千秋のほめ言葉にも、不機嫌なちどりはブーたれていたが、みずほの瞳は輝いていた。向こうでは「ちどりちゃん!まだ~!」とちとせが呼んでいる。
「ハイハイ!とりあえず撮影!撮影!」と千秋がちどりを追い立てた。
 ちとせは乗ってこないちどりに、少々イライラしているようだ。
「あなたそれでもプロのモデルなの!?衣装にナメられてどうするの!」
 その言葉をきっかけにスイッチが入ったのか、満面の笑みで挑んでいた。そんなちどりの姿に刺激を受けたのか、いつしかみずほは自分もやってみたいと思っていた。

「ハーイ!お疲れ様。すべて終了」
 ちとせが声をかけた。ちどりはよほど恥ずかしかったのだろうか、一目散に更衣室に走って行った。
 千秋がみずほに声をかけた。
「ちどりちゃんから聞いたけれど、学祭のミスコンに出場するんだって?」
「スミマセン」
「謝ることないわよ。挑戦することは大事なことだし…。それにしても、センスが…言うか、
それ以前の問題ね。でも私に任せておいて」
 みずほは、何のことか訳がわからなかったが、とりあえず 「よろしくお願いします」と言った。
「ところで、服装っていつもそんな感じかな?」
「えぇ、まぁ、だいたい…」と答えつつ“今日はこれでも一生懸命選んだんだけどな~”と思っていたら「でもコンテストにでるのだったら、みんなが驚くほどイメチェンしないとね。頑張ってスカートは挑戦してみよっか」そう言って千秋はみずほの肩をたたいた。そしてそこにちょうど美絵がやって来た。
「美絵ちゃん、彼女だけど、どう?」と千秋は尋ねた。
「ちょっとメガネ外してくれるかな」
 みずほは、おもむろにメガネを外した。
「OK!今度はちょっと髪触るよ。髪留め外していいね?毛先はちょっと傷んでいるけど、十分大丈夫だね。ありがとう、メガネかけてもらっていいよ」美絵はそう言って笑顔を見せた。
 ちとせが今日の撮った写真の画像をタブレットに表示させて、みずほたちの元にやって来た。
「みずほちゃん、どうだった?参考なった?」
「ハイ!ありがとうございました」
「この中でどれか一番お気に入りかな?」
「二つ目の大人ぽい、ちーちゃんはすごい素敵でした」
「いや、そうじゃなくて…。みずほちゃんなら、どの衣装を着て撮影してみたい?」
「あたしですか?あたしは…」
「自分に正直になって言ってごらん」と美絵が優しく声をかけた。続けて千秋も言った。
「そうだよ。他人の目を気にして遠慮すると後悔するよ」
「正直に言うと、普段まず着ることがない、最後の少女アニメの主人公のようなフリフリがいいです」
 みずほは照れくさそうに言った。それを聞いて、千秋と美絵、そしてちとせは“やっぱり!” と納得した。そして美絵は千秋に「なぜかワクワクしてきた」と嬉しそうに言った。千秋も「そうでしょう。私も楽しみで、腕が鳴るよ。ちどりちゃんにあの服着せた甲斐があったわ」
と言って、ウケたように笑った。

 千秋はおもむろに最新のスマホを取り出し、ちとせにが言った。
「ちとせちゃん、今日の画像、私のスマホに落としてもらってもいいかしら?編集部にもゲラとして送らなきゃなんないし」
「わかりました。今送りますね」
 そこへ着替えを終えたちどりが、やって来た。
「あっあー。千秋さん、新しいスマホ買ったんだ!見せて見せて!!」
「ダーメ!ちどりちゃんがいじくりまわすと大変なことになるんだから」
「大丈―夫ですって」
「でも前のスマホ、こっそり触ったでしょう。アイコンの位置がバラバラになっていて大変だったんだよ」
「バレたか。すみません」とちどりは謝ったが、二人の会話を聞いていた美絵も参戦してきた。
「千秋さんも被害にあっていたのですね」
「えっえー。私なにかしたっけー?」
 ちどりはとぼけた。
「何言っているの。私のヘアーカットのハサミで、荷造用のPPバンド切ったでしょうが!」
「あれって、ダメなの??」
「あのはさみ、ダメになったんだからね。あんな硬いもの切るから、もう、髪切れなくなったのよ」
「実は私もあるのよ」
 そう言い出したのはちとせだった。
「私の場合は商売道具のカメラよ。勝手に触ってレンズを落としそうになったんだからね。あの時どれほど冷や汗かいたか」
「ホント、みなさんすみませんでした」
 ちどりは、深々と頭を下げた。
「ちーちゃん、しょうがないよ。壊し屋なんだから。ちーちゃんはその気がなくても、触ったものが勝手に壊れるんだもんね~。壊し屋ちーちゃん、パワー炸裂!」とひとりみずほが笑ったが、それにつられて、みんなもついつい笑った。ただ、ちどりだけは苦笑いだった。

「あっそうだ、みずほちゃん、一枚撮ってあげようか?千秋ちゃん、いいよね」とちとせが言い出した。千秋はちょっと驚いたが 「最後のはダメだよ。当日のお楽しみっ!てことで、それ以外でならOK。但し他言無用、絶対発売前に人には見せないこと」
「千秋ちゃん、ありがとう。それで、みずほちゃん、どれにする?」とちとせは言った。
「えっと、フォーマルな感じの…。できれば、デキる女性みたいな感じで…」
「デキる女ね。私に任せて」と美絵は胸を張った。
「じゃ、決まりね。みずほちゃん、ついていらっしゃい」
 千秋は手招きした。みずほは、ワクワク・ドキドキする気持ちを押し止めたかったが無理だった。
 しばらくすると、先ほどちどりが着ていたフォーマルスーツ風の衣装に身を包んだみずほが戻って来た。髪は編み込んだ状態でアップにしてまとめている。その姿に、ちどりは目を丸くした。千秋はみずほに「ちょっとメガネ替えてみようか。これ掛けてみて」と声をかけ、デキる女を演出した。

「ハーイ!みずほちゃん、こっち見て!緊張しないで、そう澄まし顔。OK!撮るよ」
 ちとせの指示がなぜか、気持ち良く感じ、ちどりやみんなの視線が、さらに高揚感を高めた。
「ハイ!お疲れ様。終わりました」
 ちとせのその一言で、一気に普段のみずほに戻った。
「ちょっと待っていて!いまプリントアウトするから」
「ハイ。ありがとうございます。ちーちゃん、どうだった?」
「あっぁー。正直言って、驚いたよ。別人みたいだった」とあっけに取られたようだった。
「ちどりちゃん、お話し中ゴメンね。みずほちゃん、そろそろ着替えようか」と千秋が声をかけた。
「あっ!すみません。すぐに着替えます」
 みずほはそう言うと、あわてて更衣室に向かった。

 やがてまったくの普段みずほのに戻って、ちどりたちの元にやって来た。そして、千秋や美絵、ちとせにお礼を言うと、出来上がった写真を見た。そこには、まるで別人の綺麗な、そしてデキる女がいた。
「これ、あたしですか!?」
「そうだよ。ほかに誰がいる?」
 ちどりはそう言って、小突いた。
「そ、そうなんだ~!キレイ」
「当たり前だろう。千秋さんのファッションセンスに、美絵さんのヘアーメイク、ちとせさんの写真テクニック。惚れ惚れするだろう」
「うん!本当にありがとうございます」再びみずほは頭を深々と下げた。
「いいのよ。そんなことよりコンテスト頑張ってね。この経験を生かせば大丈夫!」ちとせはそう言うと、親指を立てた。
「当日は私たちも手伝いに行くから安心して」美絵に続いて千秋も「衣装も任しておいて。みずほちゃんを理想の女の子にしてあげるからね」と言った。しかしちどりは「でもこの写真、身内に見せても、みずほだとはわからないだろうな~」とつぶやいた。

                    ※

 みずほとちどりは、あすかと会うため、『安眠』に向かっていた。
「ちーちゃん、あすか先生、完全にあのお店にハマっちゃったね」
「そうだね。毎日のように通っているみたいだよ」
 ふたりはそんなことを言いながら歩いていた。話が盛り上がると、時間が経つのが早く、すぐに『安眠』に着いた。

 一方、あすかはいつもとかわらず、店の雰囲気を楽しみながら、コーヒーを嗜んでいた。しかしそんな安穏とした時間を、苦悩と苦痛に変えてしまう輩が、片隅に潜んでいた。
「いらっしゃいませ」
 あやめが言った瞬間、現われたのは、みずほたちではなく、ある意味トラブルメーカーのイントロダクションとなる翼たちだった。
「あやめちゃん、かわいいね~」
「あやめちゃん、キレイだね~」
「あやめちゃん、ステキ!スキ」
「どさくさに紛れて、余計なこと言わないで下さいよ~!」
「冗談、冗談」などと言いながら、喫茶室に向かった。

「ヨォ!」そう言って翼たちに声をかけたのは、北斗だった。
「国東先輩!いらしていたんですか」剣が声を上げる。
「お前たちの憧れの先生、今日も来ているぜ!ほら」と言うと、目線で示した。そこには、パンプキン・パイとコーヒーを口にするあすかがいた。
「ミス・パンプキン、今日も来ているんだ。皆勤だね」と翼たちは感心した。

 やがて北斗と翼たちは、話に盛り上がっていった。そのためか、声のトーンも次第にヒートアップ「先輩!最高ッスよ!!」「だろう!」そんな声が耳に付くのか、だんだんあすか表情が、しかめっ面になっていく。
「めっちゃオモロい!」「腹がよじれる~!」などと大笑いをはじめた。たまりかねたあすかは、とうとう「すいません!もう少し静かにしてもらえませんか!?」と大きな声を出してしまった。マスターは、一瞬ビクッとしたが、その時偶然あやめの「いらっしゃいませ」の声が重なって聞こえた。ちょうど、みずほたちが『安眠』に着いたのだ。

 北斗は大声で話していたことを、あすかの傍らに行き謝まろうとした刹那、あすかが「キャー!」と悲鳴をあげた。あわてた、剣と燕は転倒し、その声を聞いたみずほたちは喫茶室に駆け入った。そして
「お兄ちゃん!なにしでかしたの!!」
 みずほが叫んだ。その声に一瞬にしてその場が凍りついた。ただ、ちどりだけが取り残されたようにキョトンとしていた。
 凍りついた空気の中、あすかは“ええっ!?この人がみずほさんのお兄さま?”と思い、北斗は“オレ、マズいことした?”と思った。特に、驚いていたのは翼たちで“このメガネっ子が、先輩の妹…!?”と、目が点になっていた。
 状況を把握したのかちどりは、北斗に向かって「テメー、あすか先生に、何しやがったんだ!!」
と息巻き。マスターはその言葉遣いに気後れした。

 数秒後の解凍を待って、あすかが謝った。
「窓ガラスに、ヤモリが引っ付いていて、つい…」
 窓を見ると、ヤモリが2匹腹を見せて貼りついていたのだ。
 翼たちは「松風嬢って見掛けによらず…」と小声で話した。ちどりは“しまった”と思い、あわてて「あぁ恐かった…」と言って、口に手を当てた。

「みずほさんのお兄さまだったのですね。失礼しました」
「いえ、こちらこそ妹がお世話になっています」
 みずほのお陰(?)で、互いの悪いイメージが変わったと思いたい。
「お兄ちゃん、本当にあすか先生に失礼なことしてない?」
「わかんねえ~よ。“先生、胸おっきいね~”なんてセクハラ発言してんじゃないの」とちどりが横槍を入れた。北斗はあわてて
「そ、そんなことないですよね。先生」と否定したが、翼たちは“完全にバレてる”と思った。しかし意外にもあすかは「ちどりちゃん、大丈夫。お誉めはいただいただけだから」と言って笑った。
 ちどりは「ホント、みずほの兄貴は…、ぃゃ、お兄さんは、トラブルメーカーなんだから」と言いながら北斗を睨みつけた。居心地が悪くなった北斗は「あっそうだ。もうそろそろ行かねーと。先生、失礼します。マスター、ご馳走さま」と言って、あわてて『安眠』を出て行った。
 更に、来たばかりだというのに「いっけねー!オレも急用思い出した」と剣が続いて出て行き
「おーいケン。待ってくれ。バッサン後頼むな」と燕も後を追った。ただ、翼だけはあっけにとられ、逃げ去る機会を失いぼんやりたたずんでいた。
「翼くん、そんなところに立ってないで、ここに座ったら」とあすかが優しく声をかけた。
「ちーちゃん、あたしたちも座ろうよ」
「あぁ」

 やがて、マスターがおずおずと「あの~、何になさいますか?」 と小さな声で注文を取りに来た。
「えっと、あたしはパンプキン・パイとシナモン・ティー」
「じゃー、私も同じものを」
 ふたりはそう言って注文した。
「翼くんは?おごってあげるよ」
 あすかは気遣った。
「あっ、僕はけっこうです」
「男の子だったら遠慮しないの。コーヒーでいい?パイも食べる?」
「じゃーお言葉に甘えて、コーヒーだけいただきます」翼は遠慮がちにそう答えた。あすかは「では、店長さん、パンプキン・パイとシナモン・ティーを2つ。それとブレンドコーヒーを1つ、追加でお願いしますね」と言って、ウィンクした。
「か、か、かしこまり、まりました」
 マスターは気持ちを落ち着かせようと、窓にへばりついヤモリに向かって話していた。
カウンター奥に戻る姿は、以前の壊れたロボットよりましになったが、それでもC-3POのようだった。

「あっ、そうだ。あすか先生、先日、学園祭実行委員の方に合いました。で、ちーちゃんとの漫才、参加決定です」
「そう、良かったわ。あなたたちにお願いして正解だったわね。大助かりよ。ありがとう」とあすかは礼を言った。
「あすか先生!それだけじゃないんです。みずほがとんでもないことを言い出して…」と今度はちどりが話し出した。
「はぁ?なにかあったの?」
「来年度からの“春祭”中止になって、今回の☆明星祭☆で、ミスコン開催が決定したでしょう」
 すると、ちどりの話しをさえぎるようにみずほが「だから、あたし宣言します。学生時代の思い出に、出場することにしました!!」と発言。
 なに気に聞いていた翼は「プィッー!!」と口に含んだコーヒーを、思いっきり吹いてしまった。その結果最悪の状況に。なんとみずほの顔が“水も滴るいい女”ではなく、コーヒーが滴る状態になってしまった。
 ちどりは「テメー!なにしやがんだよ!!マスター!お手拭き!!早くもって来い!!!」と叫び、翼はあわてて立ち上がり、テーブルの角で股間を打ちつけ、あまりの痛さに手で押さえながらジャンプしている。
 あすかは不覚にも三人の三様の姿を見て笑い転げた。しかし当のみずほは、予想に反して「メガネのお陰で助かった」とあっけらかんとしていた。
 とりあえず、マスターが持ってきたお手拭で、めがねをはずして顔や辺りを拭き、改めて席に着くみずほ。翼は、痛みのが少し収まったのか、土下座して頭を下げている。ちどりは、よっぽど腹が立ったのだろう、鬼のような形相をしている。
 あすかは、笑いながら「みずほさん、大丈夫。服は汚れなかった?」と気遣った。みずほは相変わらずマイペースで「あすか先生、これくらい大丈夫ですよ。ちーちゃん、そんなに怒んないで。般若面みたいだよ、ほらヤモリも逃げちゃったよ」と笑った。
 その言葉に、ちどりは我に返った。
 みずほは「翼くんも気にしないで。あたしおっちょこちょいでしょう、だからこんなのしょっちゅう」と言って、彼の肩に手を置いた。そのとき、翼ははじめてメガネを掛けていないみずほの素顔を見てうっとりしてしまった。
 ただ、近視のみずほには彼の表情まで気付くことはなかった。しかし、あすかは「翼くん、顔赤いよ。熱でもあるの?」と言ったため、翼はあわてて顔を伏せた。

「あの実行委員長の室人って、ホント、イヤミな人だよ。みずほがミスコン出るって言った時も“身の程知らず”って言いやがる。常に上から目線で、計算高いんだよ」とちどりがぼやいた。
「しょうがないのよ。彼は経済学部だから計算高いのよね」
「あすか先生、うまいことおっしゃりますね」とみずほが感心した。
「へっへぇ、経済学は計算高いっか。と言うことは算数学部じゃなかった。理学部は理屈ポイのかな?法学部は、どうなるんだろう??」
「ちょっと、みずほ!話の論点がずれる!でもね、みずほがミスコンに出たいって言った時は、どうしょうかと思ったけれど、絶対、室人を見返してやるよ」
「あの~、ぼくも、みずほさんなら、大丈夫じゃないかな…って思います」となぜか翼が口を挟んだ。
「翼くん、どうしてそう思うのかしら?」とあすかは尋ねた。
 しかし、彼は「ぃゃ、その~…。みずほさん、おもしろいし…」とハッキリしない。
「翼くん。君は適当なことは言わないの。今のままじゃどう見たってダメでしょうが。ここはみずほに大変身してもらわないとね。あっそうだ、あすか先生それでね。この前、みずほを私の撮影の現場に連れて行ったんですよ」
「えっぇ!?ちどりさんって、カメラマンのバイトとかしているのですか?」と翼が思わず聞いた。
「違うの、ちーちゃんはね。ファッション誌のモデルなんだよ。めっちゃかっこいいんだから!」とみずほが話す。
「みずほ、おだてないの。そんな、かっこよくないから。それでね、プロのスタイリストやヘアーメイク、カメラマンに見てもらったら、なんか手応えありそうな感じで、イケそうです。試しに、一枚撮ってもらったんですが、もう、別人のようにかっこよくて!」
「そうなの。その写真とか今、あるの?」
「それは、ちょっと…」
 申し訳なさそうなちどりをさえぎってみずほが答えた。
「トップシークレットだから、“ひ・み・つ”なんですー」
「そうなの、ちょっと残念。でも、みずほさんの大変身、楽しみね」
 あすかは嬉しそうに言った。
「楽しみにして下さい。あたし、大変身して見せますよ」
「みずほさん、およばずながらぼくも応援してます」
「ありがとう!蟻がとう!?蟻が十(トウ)なら、イモムシはたち(20才)。蟻がたい(鯛)ならイモムシ鯨。見上げたもんだね、屋根屋のフンドシ。大したもんだカエルのしょんべん。ってね」
「なんだそりゃ?????」
 ちどりのあきれ顔をよそに、みずほは上機嫌だった。
「ホント、みずほさんって、おもしろいですね。この前の“炊飯器!”といい」そう言いながら翼は笑った。
「でしょう。みずほさんとちどりさんのふたりが話していると、まるで漫才聞いているみたいで、おもしろいの。だから、☆明星祭☆のステージで漫才していただくことになったのよ。あっそうだ、漫才の台本は大丈夫よね?ネタ合わせとかもやっている?」とあすかが尋ねと、さっきまで上機嫌だったみずほが、急におとなしくなった。
「先生、実はまだぜんぜんなにもできていないのが、現状で…」
 ちどりは正直に言った。
「申し訳ありません。SF小説なら、すぐにいろいろ思い浮かぶのですが、いざ、人を笑わせるためにおもしろいことを…、と考えても思いつかないんです」とみずほも話した。
「でも、いつものようにふたりで、ステージの上でお話しすれば大丈夫じゃないの?」とあすかは楽観的というより、のんきだった。
「あの~、あすか先生」そう言ったのは翼だった。
「やっぱり、初心者がアドリブだけで済ますのは、ちょっと難しいと思います。方向性やたたき台になる台本みたいな物がないと。もし、よかったら僕が書きましょうか?その台本を」
「えっぇ~!」
 まさかの発言に、みずほとちどりは驚いた。
「いいのか?お願いしても??」
「是非、お願いします」
「はい喜んで。みずほさんにはご迷惑をかけてしまった罪滅ぼしです。でも、あんまり期待し過ぎないでくださいよ。ぼくも素人なんですから」
 みずほとちどりは「やった!!!」とよろこび、ハイタッチしている。
「翼くんって、優しいのね」とあすかがウィンクして言った。そして、翼はただただ照れ笑いをしていた。
 そんな、翼にむかって突然みずほが言った。
「翼くん、彼女いないでしょう」
 ちどりは「いきなりそれは失礼だろう」と思わず口にしてしまった。ちどりの言葉にためらうことなく、みずほは話した。
「あたし、妙に勘だけはいいの。翼くん、実行委員のひばりちゃんって知っている?」
「いいえ。知りません」
「知らないのか~?もったいないな~?彼女、とってもカワイイだよ。目がクリッとしていて、あたしなんかとぜんぜん違って、翼くんならお似合いかなって思った。あっ、あすか先生ならご存知ですよね。ひばりちゃん」
「えっえぇ、まぁ。教育学部の稲葉ひばりさんね」
「でも、翼くんにはもったいないよ。彼女は」とちどりは否定的だった。
「そうかな~?翼くん、一度会ってみたら?」
 しかし、当の翼は“メガネをはずしたみずほさんの方が魅力的”と思っていたので、生半可な返事しかできなかった。

                    ※

 あすかは、ほぼ日課のように、今日も『安眠』にやって来た。真鍮のノブを引くといつものように「いらっしゃいませ」の声がした。だが、図太い声で、レジに立っていたのは、初めて見る強面のオジサンだった。
「こんにちは」と言ったものの、不似合いな可愛いエプロン姿に思わず笑ってしまった。
「やっぱり、似合わないですよね」
 光は苦笑いをして言った。
「ごめんなさいね、笑ってしまって。でもそれ、いつもの女の子のエプロンですよね。あやめちゃんでしたっけ?今日は彼女の代わりにオジサンが店番ですか?店長さんもいらっしゃらないのですか?」
「店長は一応、私なんですが、息子なら今、ちょっと出かけております」
「えっ!お父さまだったのですね。失礼しました」
 あすかは慌てて頭を下げた。
「や、やめてくださいよ、お嬢さん。普段はあやめちゃんか娘のあきに任せ切りなもので、レジ打ちなんて冷や汗ものですよ。本当、ふたりとも都合がつかないなんて…、そのうえ息子は出かけちまうし…」
「じゃ、私がお手伝いしましょうか?おもしろそうだし」
「えっ!よろしいのですか?じゃ、お願いしようかな」
「はい、どうぞどうぞ任せてください」
「では、お願いします。私は工房でパンを仕込んでいますので、なにかあったらすぐ呼んでください」そう言って、光はエプロンをあすかに渡し工房に入って行った。

 しかし、この日はいつもと違って、ほとんど、いやまったくお客さんが来なかった。あまりにも暇を持てあましたあすかは、工房を覗きに行った。光は、一生懸命パン生地をこねていた。
 一通り作業を終えた光は、ふと視線を感じ振り向くと、窓越しに、あすかの姿が見えた。
「あっ、すいません。勝手に覗いてしまって…」
 扉越に、あすかはあわてて頭を下げたが、光は工房の扉を開け、あすかに声をかけた。
「あいつ、どこまで行ってんだか、いや申し訳ない。でも、今日はいつになく閑散としてますな…。もし良かったら、ちょっと、やってみますか?パン作り」
「えっ、よろしいのですか?レジ番がいなくなりますが…」
「大丈夫でしょう。今日はお客さんも来なさそうだし。そのうち、息子も帰ってくるでしょうから」
「では、お言葉に甘えて、失礼します」
「服が白く汚れますから、これ使ってください」光はそう言って、作業用の前掛けを手渡すと、先ほどまでこねていた生地を、切り分け、あすかとともに丸めた。
「私、パン作りって一度やってみたかったのです。あの~ところで奥様は、お店にはお越しならないのですか?」
「家内ですか。亡くなりました」
 光は、あっさり言った。そして、まずいことを聞いてしまったと、あすかは謝った。
「す、すいません」
「お気になさらないで下さい。もう10年前になりますから」
「そんなに経つのですか。もし差し付けなければ、どんな方だったのか教えていただけませんか?」
 すると、光は壁に掛けられたら額に目をやった。そこには、家族4人が写った写真が飾ってあった。前列には、あきとマスターが座り、後ろには光と美保がいて、にこやかに笑っていた。
「奥さまは、可愛らしい方だったのですね」
「まぁ、古い写真ですから、生きていたら結構オバサンですよ」と笑って言ってみせた。
「あの頃、脱サラし一念発起してパン屋になろうと思い立ちましてね。猛反対を喰らう覚悟で話すと、意外とあっさり家内も賛成してくれました。むしろ反対したのは、息子の梓でしたが、家内が説得してくれましてね。私が修行中は、パートで家計を支えてくれていました…」
「ご理解のある奥さまだったのですね」
「ええ。いつか家族でパン屋をと思っていた矢先だったんですが、急に体調を崩しました。修行中の私を気遣って、息子や娘には口止めしていたみたいでね。事実を知った時には、手遅れでした。本当に、私には過ぎた嫁でした」
 光の声は少し涙声になっていた。
「家内の最後の言葉は『夢をあきらめるな』でした」
 あすかの瞳も潤んでいた。
「いや、失礼。湿っぽくなってしまって」と言うとティッシュを探しだした。あすかは、自らの服が汚れることもいとわず、ポケットからハンカチを出し、光の目元を拭った。
「すいませんね。息子にあなたのような、優しい嫁さんでもいたらいいが、不器用というか、情けないヤツですよ。未だに独身でね…。あっいゃ、せっかくのお洋服、汚してしまいましたな」
 あすかの服は、粉で一部が白くなっていた。
「服なら大丈夫ですよ。こうすれば」と言って、2、3度はたいてみせた。
「私は、心の優しい店長さん、いや息子さんだと思いますよ」
 ちょうどそのとき、店の扉の開く音がして「今、戻りました」と言う声がした。光とあすかは、工房から出て行くと、マスターは、面を食らった顔をした。光は何事もなかったように
「遅かったな。お嬢さんがお待ちかねだ」と言った。あすかも動ずることなく「お帰りなさい。遅いですよ。待ちくたびれて、パン作りしておりました」と言った。
 マスターとしては、訳が分からず“なぜ、親父とあすかさんが、パンを作っているんだ!?いったいふたりはどう言う関係なんだ!?”と動揺している。
 そんなことを察してかどうかわからないが、光は「いつまでも突っ立っていないで、お嬢さんにコーヒーでも出したらどうだ」と言った。

 まもなく喫茶室に入ったあすかは、一連のこと話した。しかし、いつになく楽しそうに話すあすかの姿に、マスターも自分が引っ込み思案で照れ屋でマヌケな性格であったことすら忘れていた。むしろ、忘れていること自体が、マヌケなんだが…。
 あすかは、一通り話し終えるとマスターに問いかけた。
「店長さん、いや店長さんはお父さまですよね。えぇーと、梓さん。そうそう梓さんはどうしてご結婚なさらないのですか?お父さまもご心配なさっておりますよ」
 マスターは、あすかが知らないはずの自分の名前を口にしたものだから、あたふたしてしまい、引っ込み思案で照れ屋な性格が復活してしまった。
「ぃゃ、あの~その~。えっと~。実は…いや・・・・・」
「どなたか、好きな人でも…いらっしゃるのですか?」
 マスターとしては“はい、あなたです”とも言えず、ただうろたえた。
「その様子だと、いらっしゃるみたいですね。どのような方なのですか?」
 こうなると、あすかも人が悪いとしか言いようがない。マスターはまるで蛇に睨まれたカエル状態だった。

 そんな状況だとは露知らず、やって来たのは、翼たちトラブルメーカーだった。
「あれ?今日、あやめちゃん、いないんだ!?」
「と言うことは、あきさんってこと?」
「あきさんも、いないみたいだね」
 なんだかんだ言いながら、喫茶室にやって来た。そして、見上げるあすかと立ちつくすマスターの姿を見つけた剣が思わず言ってしまった。
「あっ、わりー。ふたりの世界を邪魔しちまったな~!」
 その言葉に、我に返ったふたり、急に気まずくなり、あすかは翼たちに声をかけた。
「あれ、今日はいつもより早いのね。ここに座る?」
一方マスターは「コーヒー、コーヒー…」と言いながら、カウンタ奥に引っ込んだ。
「あすか先生、もう5時まえですよ。早いと言うよりは遅いと思いますが…」剣はいじわるそうに答えた。
「あっ、そ、そうね。ちょうど良かったは、ところで翼くん例のものできた?」あすかは、とっさに話しを翼に振った。
「バッサン、なんだよ例のものって。ひょっとして抜け駆け?」燕は、翼に尋ねた。
「違う違う。松風嬢たちが☆明星祭☆で漫才するから、その台本書いてほしいって頼まれたんだよ」
「なんだよそれ?今度は、松風嬢を口説くことにしたのか?」こんどは剣が詰め寄った。
「だから、違うって!」
 そんな様子を、カウンタ奥から見ていたマスターは、胸をなでおろしていたが、コーヒーを出すタイミングを失っていることすら気付かなかった。

                    ※

 それはお昼過ぎのことだった。昼食を終えた、みずほとちどりは、いつものように、キャンパスをおしゃべりしながら歩いていた。その時、突然みずほのスマホが鳴った。
「あっ、あすか先生からメールが来た」
「それで、なんて書いてあるの?」
「ちょっと待ってね」

手紙『昨日、翼くんから漫才の台本、預かりました。手渡したいので、連絡くださいドキドキ


「漫才の台本ができたんだって。だから連絡欲しいって」
「じゃー、連絡入れて今からもらいに行こうよ」
「“OK”」
 みずほはローラのマネをしたが、ちどりはあえて流した。

手紙『ありがとうございます。今からいただきに上がりたいのですが、ご都合はよろしいでしょうか』

「これでよしっと。送信」
 しばらく待つこともなく、すぐに返信されてきた。

手紙『わかりました。今、学食ラーメンにいますので、もし差し支えなければ、ここに来て下さい』

「あすか先生、学食にいるんだって。行こうか」
みずほは言い終わるなり、きびすを返し歩き出した。あっけにとられたちどりが後を追う。
「みずほ!学食はこっち!」

 うどんだろうか?そばなのか?何かそういった麺類を食べているあすかを見つけ出したみずほは駆け寄って言った。
「あすか先生、こんにちは。遅いお昼なんですね」
 一歩遅れて、ちどりも挨拶した。
「こんにちは。お食事中、本当にすみません」
「みずほさんにちどりさん、こんにちは。気になさらないで全然大丈夫ですよ。それよりわざわざ来てもらって悪かったわね。そうそう、これを渡しておかないとね」
 そう言って、クリアファイルを出してきた。到底あすかの物とは思えない。味気ないクリアファイル中身は、翼から預かった漫才の台本だった。みずほとちどりは、早速中身を取り出し、読み出した。
「なにこれ。ほとんど関西弁じゃない」とちどりがグチり、みずほも「なんだか古風な話だよね~」と言い出した。
 あすかは言い訳がましく言った。
「実はね、翼くんもうまく書けなかったのよ。そこで、大阪ご出身のお父さまにお力添えしてもらったそうで、そのお父さまもお祖父さまに相談されたらしいの。だから昭和の漫才みたいなのよね。でも、慌てて作った割には、そこそこいいと思うよ」
 みずほとちどりは、飽きれ返り言葉も出なかったが、あすかはそんなことに動じることなく、相変わらずのマイペースであった。
「でもよかったじゃない。これでナントか間に合った訳だし…。あれ?どうしたの?これじゃーダメ?」
「いえいえ」
 みずほとちどりは、ハモるように首まで振って否定した。それは、言葉の否定を動作で更に否定する二重否定だったが、
「先生、大丈夫です。今日から練習すれば、ナンとか行けます」
「も、勿論ですよ。み、みずほと一緒だから、うまくいきますよ。ねぇ~」
 そう言って顔を見合わせた。
「そうよね~。じゃ頑張って練習してね。当日は必ず見に行くから。更に面白くなっていることを期待しているねっ!」
「ありがとうございます」
「では早速練習して来ま~す。ちーちゃん特訓だね」
 ふたりはそう言って学食を後にした。
 あすかはふたりを見送ると、食べかけのうどんをすすった。

 一方台本をもらったみずほとちどりは、安請け合いしたことを後悔していた。
「あすか先生“当日は必ず見に行くから。期待しているねっ!”って、プレッシャ掛けてくれちゃってさぁ…」
「それも“更に面白くなっていることを”って、で、ちーちゃん、どうする?」
「どうするって、やるっきゃないだろうが…」
「そうだよね…」
 テンションダダ下がりのみずほとちどりは、頭を抱えていた。
「でもなんだよこれ。ゲバゲバ“ピィーッ”って。こんなのウケるのかねー?」
「まぁ、おじいちゃんが絡んでいるからね~しょうがないよね」
「全く古典漫才って感じ。みずほ!あとたのむよ。君の腕でいいように編集してくれ!」
「ちーちゃん、ムチャ振りしないでよ。あんまり期待応えられないかもしれないよ。だって、基本このままでいくから」
「マジかよ!?それこそ“ダメよ×!ダメダメ!!”って言っちゃうよ」
とちどりが、日本エレキテル連合のマネをすると、みずほも負けじと
「“ジョーダンじゃないよ”、“ジョーダンはよし子ちゃん”なんてね。」
とおどけた。
「いいね~!Good job!!」
 ふたりの冗談もどこか空回りをしていた。
「ちーちゃんは、関西弁大丈夫でしょう」
「どうして?」
「だって、一時期大阪に住んでいたんでしょ」
「まぁそうだけど、小学生のころだよ。でもぜんぜん自信ないよ。みずほだって和歌山だっけ?じいちゃんとばあちゃんがいるんでしょうが~」
「そうだけど、向こうにいる時は、みんな地元の言葉で話すから、うつっちゃって話せるけれど、今は正直ムリだよ。それに和歌山は関西弁と違った方言があるしね。あとは野となれ山となれって感じ。何とかなればいいんだけど、ならないと思うな~」
「あぃよ」とちどりはあきらめムードで返事した。
 いよいよ待ちに待った、☆明星祭☆の日がやって来た。ステージ上では、希たちがパフォーマンスを披露している。そしてステージの袖には、ひばりが待機している。そこに出番が迫り、みずほとちどりがやって来た。
「あれ!?ひばりちゃん、MCやってんだ」
 みずほは、驚いたように言った。その声に振り返ったひばりは、
「みずほさん、ちどりさんこんにちは。次なのでよろしくお願いします」と言った。
「あっ、はい。でも確か、MCは室人が探すってことじゃなかったけ?」とちどりが問いかけると
「結局、見付かんなかったみたいで“お前がやれ”って、室人に言われました。正直無茶振りですよ」と嘆き気味に話した。
「ホント、あいつは無責任だよな。オイシイとこだけ持って行きやがる」
 そんなちどりの言葉に、ひばりは、
「いいんですよ。どうせこうなるだろうと予想していましたから」と諦めモードだった。
 ちどりは落ち着いていたが、みずほは「でも、ひばりちゃんがMCでよかった。緊張しちゃって…」と掌に“人”を書いては飲んでいた。
「大丈夫ですよ。所詮☆明星祭☆ですから。気楽にやっていただければ、それで十分です。区切りが着いたみたいなので、行って来ますね」とひばりはステージに向かった。

「ありがとうございました。文学部の大山希さん、谷川あおばさん、西海サクラさんによる“Perfume”の歌マネでした。みなさん、今一度盛大な拍手を!」
 パチパチパチ…
「続きましては、我が学園アイドル、ミス・キャンパスの松風ちどりさん、そしてそのお友だちの国東みずほさんによります、漫才です。ちどりさん、みずほさんよろしくお願いします」
 ひばりはそうコメントするとステージの袖に引っ込んだ。入れ替わりに、みずほとちどりが手を振りながらステージ中央に駆け出した。ちどりは慣れたものだが、みずほは少しこわばっている。

*************************************
※ 凡例 
み:国東みずほのセリフ ち:松風ちどりのセリフ 二:二人同時のセリフ

二:「どーもー!みなさん!こんにちは!!」
み:「みずほちゃんです」
ち:「ち~ちゃんです」
二:「……3人合わせて『Perfume』です!」
ち:「って、なんでやねん。ウチらふたりやし」
み:「じゃーあらためて」
み:「みーずでーす」
ち:「ち~でーす」
二:「……2人そろって、ももいろクローバーーZ!!!!!」
  (ポーズを決めるふたり)
ち:「って、人数ふえとるやん!」
み:「メンゴ、メンゴ」
  (ちどりは、ちょっとあきれ顔)
ち:「気を取り直して、もう一回いくべー!」
み:「いくベー!って!?」
ち:「いいのっ!これが最後だからね」
み:「みーです」
ち:「ケイです」
み:「ペッパー警部よ」(振り付き)
ち:「ペッパー警部よってあんたいくつやねん?」
み:「UFO!」(振り付き)
  (ちどりは、みずほの上げた手を振り払い)
ち:「やめなさい!みんな知らんから静まりかえってしもたがな~」
  (みずほは、それを待っていたかのように)
み:「え~、静かになったところで、どうぞよろしくお願いしますっ。みーちゃ
 んです」
ち:「あんた、ホンママイペースやな~」
  (あきれながら、みずほの頭からつま先まで見下ろすちどり)
ち:「それじゃー気を取り直して…」
ち:「ところで、みずほは、最近どんなドラマ見てる?」
み:「あたし?そうね~『私、テレヒドラマ見ませんから!』なんてね」
ち:「あっ、それってドクターX大門未知子だよね。あれは確かに面白いよね。
私はねぇ~、武井咲ちゃんの『すべてがFになる』」
み:「えっ!?すべてがアホになる?」
ち:「違う!アホになってどうすんねん」
  (ちどりは、みずほの頭をはたき、メガネが落ちる)
み:「メガネ?メガネ??メガネ?メガネ??」
  (手探りでめがねを探すみずほ)
ち:「ようそこまでやりはるな~。しまいに、メガネ踏むよ」
  (その言葉をきっかけに素に戻り、メガネを掛ける)
ち:「で、何の話やった?」
み:「アホになる」
ち:「そうそう、アホになる。なるかい!すべてFになる!!」
み:「すべてをOFFにする?」
ち:「みんな休んでどうすんねん!OFFじゃなくて“F”。ABCのF!!」
み:「ABCにFはないけど!?すべてがAになる?Bになる!?Cになる!!」
ち:「だから!ABCDEFの“F”!!」
み:「なんや、そう言ってくれたら分かるわー。EFGのFやろ」
ち:「そーです。なんかあんたとドラマの話しようと思ったけど、疲れてきたわ」
み:「そんなんやったら、すべてをOFFにする?」
ち:「ホンマあんたにかかったら“鬼に金棒 耳に綿棒”やで」
み:「うまいこと言うな~。じゃあ、鼻は?」
ち:「鼻にはティッシュ!」
み:「なるぼど。メモしとこ」
  (メモをとるマネをするみずほ)
ち:「メモとらんでもええ!話題かえさせてもらうわ。ほな~どんな歌が好き?
  ジャニーズ系とかAKBとかいろいろあるやん?」
み:「そやね~。あんまりよー知らんけどな~。『エビガエル』ってグループあ
るやん」
ち:「エビガエル?」
み:「ほら、AKBの男性版みたいで、たくさんのおっさんが踊りながら歌って
いるヤツ」
ち:「おっさんって、失礼な。かっこえぇ男の人か?」
み:「そ、そうとも言う。とにかくめっちゃ踊ってんねんや」
ち:「ひょっとして『EXILE』?」
み:「そうそう、そうとも言うかな?エコ猿ル」
ち:「あんたホンマに、うといな」
  (首をかしげるちどり)
み:「しゃないやん。あたしもともとおじいちゃんっ子やから。若い子の歌はよ
ーわからんけど、でもあれは好きやね」
ち:「あれってなーに?」
み:「そりゃー八代亜紀の“舟歌”でしょうよ」
ち:「へー、あんた演歌好きやったや~、って、あんたいくつや?ホンマに平成
生まれか?」
み:「当年25歳でーす」
  (直立不動で敬礼するみずほ)
ち:「と言うことは平成やね」
み:「平成元年1月生まれでーす。20日前まで昭和でーす」
ち:「ギリ昭和みたいなもんやん!ひょっとして歌えんのん?」
み:「もちろん。まかしとてんかー」
ち:「では、一曲よろしくお願いします」
  (突然、歌の司会をするちどり)
ち:「世は歌に連れ、歌は世に連れ…
それでは歌っていただきしょう、国東みずほで“舟歌”!」
  「♪チャン、チャラリン。チャン、チャラリン。チャラチャラチャラ、
チャラチャララー♪」
  (ちどりがイントロを口ずさむ)
み:「“お酒はぬるめの 冷がいい”」
  (ちどり、ズッコケる)
み:「“肴はあぶった 生でいい”」
  (ちどり再び、ズッコケる)
み:「“女は無口な しゃべりがいい”」
ち:「ちょい!ちょい!!ちょいっ!!!」
み:「何よ~!これからええとことなのに~」
ち:「でも、歌詞おかしくないか?“ぬるめの冷”はありそうだけど、ない!“あ
ぶった生”はないと思うわ。あぶったイカと違うんか?それに、“無口なし
ゃべり”ってそれどんな人?」
  (みずほは、口に手を当てながらモゴモゴ言った)
ち:「あんた、なにしてん。エンディングのサザエさんやないんやから」
  (ちどりはみずほの手をはらった)
み:「あぁ~、窒息死するかと思たわ~」
ち:「あんたホンマに楽しそうやな。そやけど、歌詞違ったんは、あんたのじい
ちゃんが認知症やったから違うか?」
み:「そんなことないで~。そもそも演歌の歌詞ってええかげんなもんやねんで」
ち:「そうか?そんなことはないと思うけどな~」
み:「じゃー、都はるみの“北の宿から”歌える?」
ち:「まあ、有名な曲やからねぇ。でも、言っときますけど、私は正真正銘の平
成生まれですからね。有名だから知っているだけで…」
み:「はい、はい」
  「♪チャラリーチャララー、チャラリーチャララー、
チャンチャンチャンチャッチャラララ、チャララララララー♪」
  (みずほがイントロを口ずさむ)
ち:「“あなた変わりはないですか”」
み:「おかげさまで」
ち:「“日ごと寒さがつのります”」
み:「もう秋も終わりやからね」
  (ちどりは突然歌うのをやめ)
ち:「ちょっと、横でごちゃごちゃ言わんといて!気が散るわ!」
み:「アイムソーリー、ひげそーり」
  (ちどりに睨まれたので、小声で)
み:「ソーリー、ソーリー、安倍総理!」
ち:「ごめん、ラーメン、チャーシュー麺」
  (みずほ、一瞬あっけに取られ)
み:「びっくり、しゃっくり、ごゆっくり」
  (ちどり、ズッコケる)
ち:「ゆっくりしてられんわ!このあと“ももち”オン・ステージがあるん!」
み:「これまた失礼ーしました」
み:「では、気を取り直してはじめから…」
  「♪チャラリーチャララー、チャラリーチャララー、
  チャンチャンチャンチャッチャラララ、チャララララララー♪」
  (再びみずほがイントロを口ずさむ)
ち:「“あなた変わりはないですか”」
ち:「“日ごと寒さがつのります”」
ち:「“着てはもらえぬセーターを”」
ち:「“寒さこらえて編んでます”」
  (ちどりが“女心の”と力を入れて歌おうとした瞬間)
み:「風邪引くよ!!!って!着てはもらえへんもん、寒いのん我慢して編んど
ったら、風邪引くっちゅうねん。ほんまアホちゃうか?」
ち:「それを言ったらおしまいよ。アッ驚く為五郎!」
み:「ゲバゲバ、ピィーッ」
  (ここで、二人は区切りをつけ、ステージ中央に並んだ)
み:「さて、みなさん“そんなおもろない漫才聞きとうないぞー!”というお叱
りの声もなく、最後までご鑑賞いただきましたこと誠にありがとうござい
ます」
ち:「みなさま、笑いは人間の潤滑油にしてコリと疲労の回復剤、健康への栄養
素。そして笑いこそ生活へのエネルギー」
二:「笑え笑え笑う門に福来る。これにて“みずどり”漫才終了でーす。ありが
とうございました~」
み:「おおきに!」

*************************************

 会場の大きな拍手の中、みずほとちどりの漫才は無事終わった。ステージには、ふたりと入れ替わりに、ひばりが駆け出していた。
「おふたりのコンビ名“みずどり”さんって言うんですね。“みずどり”さんに、あらためて拍手を!!ありがとうございました」
 盛大な拍手に、一旦は引っ込んだふたりも、ステージの袖から再び姿を現して、深くお辞儀をした。ひばりはふたりの姿が再び消えたのを確認すると、会場に向けて話し出した。
「さて、次はいよいよ男性諸君のお待ちかね、“ももち”こと嗣永桃子さんの登場です。それではみなさん、イッセーノーで呼びましょう。“イッセーノー!”」
 会場内は、図太い声が響きわたった。
「みなさん!こんにちは!!みんなのアイドルももちだよ!カワイすぎて許してニャン…」
 ももちはステージ中央に駆け出した。

 一方、あすかのムチャ振り漫才を終えた、みずほとちどりは変な緊張がほぐれたらしく、くつろいでいた。
「あすか先生、来ていたね」とみずほが言った。
「一番前で、あんなに大笑いしている、あすか先生見たの初めてだよね」とちどりも答える。
「あすか先生の姿見ていたら、緊張していることすっかり忘れちゃったよ。ある意味、あすか先生のおかげ」
「でも、ちょっとウケすぎて周りの人引いてたね」
「だよね~。ところで、ちーちゃんこの後どうするの?」
「どうするのって!?ももちショーが終わったら、ミスコンだよ!ひょっとしてエントリーしていること、忘れていた!?」
「あっ、いっけね~!忘れていた!!急いで着替えないと!」と、言い終わる前には、会場外に駆け出すみずほだった。ちどりは、呆れて両手首を曲げて、ヤレヤレと言うポーズをしたその途端、みずほが走って戻って来た。
「ちーちゃん、千秋さんたちどこにいるんだっけ!?」
 この言葉に、ちどりは驚いた。
「えぇ~!!!!!!!!!もしかして、千秋さんと待ち合わせしていないの?????」
「漫才のことで頭がいっぱいで…。しまった!しまった!島倉千代子。こまった!こまった!こまどり姉妹。なんてね」
「まいった!まいった!マイケル・ジャクソン。ホント、冗談はよし子ちゃんだよ」
「スミマセン」
「ちょっと待ってね。電話してみるから」

 千秋の携帯が鳴った。しかし、そばに千秋はいなかった。美絵は思わずこう言った。
「電話、だれも出んわ!なんてね」
 電話が切れるとほぼ同時に、千秋が戻ってきた。
「千秋さん、携帯鳴っていましたよ」と伝えた途端、再び鳴った。
「千秋さん、電話、電話(善は)急げ!」
 そんな美絵のダジャレに微笑みながら、携帯をとった。

「今リトライのコールしているからもうちょっと待ってね」
 ちどりは、動揺するみずほに優しく言った。

『あっ、もしもし』
『カメよ、カメよカメさんよ』
『なにをおっしゃるウサギさん。って言葉遊びしている場合じゃないんです。ちどりです。千秋さん、今どちらにおられますか?』
『大丈夫よ。そんなに慌てなくても。みんなであなたたちの漫才見て楽しませていただきました。あぁ、みずほちゃんに伝えておいて。正門前の駐車場にワンボックスカー止めているから、そこに来てって』
『わかりました。そちらに行かせます。ちなみに、私の分はないですよね?』
『ちどりちゃんのことは知らないわよ~。それに私たちがいなくても大丈夫でしょ。頑張ってね。じゃ、4649じゃない、ヨロシクね』

「正門前の駐車場にワンボックスカーが止まっているから、そこで待っているって」
「ありがとう。ありがとうなら…」
「もういい!さっさと行きなさーい!」
「ラジャー!」そう言うと、脱兎のごとく駆け出すみずほだった。
「おーぃ!そっちは裏門!!」そんなちどりの叫び声も届かなかった。

 駐車場の車の中では、千秋と美絵が待っていた。
「それにしてもみずほちゃん、遅いわね~」
「今度は私が電話して聞いてみましょうか」と美絵が言った時、ちどりからメールが入った。

手紙『スミマセン。みずほ裏門の方に駆けて行きました。先ほど彼女に連絡して返事が来たので、もうすぐ着くと思います。お世話をかけますがよろしくお願いします』

「美絵ちゃん、みずほちゃんテンパっているみたい。でも、もうすぐ来るみたいね」
「アハハハハ!なんかみずほちゃんらしい」
 美絵はうれしそうに笑った。

 ほどなくして、みずほが駆け込んで来た。
「すみません。遅くなりました」
 その姿にふたりは、あ然とし、顔を見合わせると笑いだした。
「えっ?どうしたんですか?」とみずほは怪訝な様子。
「笑ってしまってごめんなさい。みずほちゃん相当走って来たんだね」美絵は笑いをこらえながら言った。
「正門と、裏門、間違えちゃって。正反対だから、かなり、走りました」みずほは息を切らせながら答えた。
「汗で髪までびっしょりだから、アヒルのマネをしたニワトリが、池で溺れたみたいで…」と、実に失礼なことを笑いながら言う千秋だった。でもそんなふたりにつられて、みずほも笑いだした。

 一方、みずほとちどりの漫才を見終わったあすかは、席を立とうとしていた。その時、偶然にも空いた席がないか探し回る翼の姿が目に入った。
「あれ?翼くん、今頃どうしたの?みずほちゃんとちどりちゃんの漫才、終わっちゃったよ」
「いや、その、ちょっと恥ずかしくて、後ろの方でこっそり聞いていました」
「なに言っているのよ。君のセンスなかなかよかったよ。久し振りに大笑いしちゃった。ところで、剣くんと燕くんは?」
「あぁ、ふたりならあそこです」と指差した。そこには、ももちのステージに盛り上がるふたりの姿があった。
「翼くんはどうして加わらなかったの?」
「別に深い意味はありません。席が2つしか空いていなかったのと、アイドルにはあまり興味なくて…。でも、このあとのミスコンは誰になるか?すごく興味ありますよ」
「そっか。君はみずほちゃんオシだものね」
「いっ、いえいえ!そんなことないんです!!」
「紅い顔して、ムキにならなくていいのよ、冗談だから。どうぞ、ここ座って。ここならよく見えるから」
「あ、ありがとうございます」
「じゃーね」
「あっ、失礼します」
 あすかは翼に席を譲ると、人ごみに消え去った。

 さてももちを☆明星祭☆に招いた張本人の室人はというと、ステージ袖に潜んでつぶやいていた。
「ひばりめ!何のためにお前をMCにしたのかこれじゃー意味がないだろう」
 どうやら立場を利用して、控え室に入り込んでなんとか仲良くなろうと言う魂胆だったが、ひばりの策によって拒まれ、ほぼ計画は失敗したようだ。やがてももちのワンマンショーも終わり、盛大な拍手と声援が飛んでいた。袖に引っ込もうとするももちをひばりが呼び止めた。
「嗣永桃子さん!」
 その声にももちが振り返った。袖では室人が舌打ちした。
「実は、なんとこのあと『暁曙学園』のミス・キャンパスコンテストがありまーす。もしよかった嗣永桃子さんにもコメンテイターとしてご参加いただけませんか?」
「えぇ~、いいですか?でも、ももちよりカワイイ子がいたら、嫉妬しちゃうかも。その時は、許してニャン!」
「会場のみなさんいかがでしょうか?」
 会場からは、声援と拍手で満場一致となった。
「ありがとうございます。それでは『暁曙学園』の女王、ミス・キャンパスコンテスト、開催します!!今回のエントリーは15名です。もちろん、前回まで女王、6冠の松風ちどりさんもエントリーされています。さて、はたして松風ちどりさんの7冠が実現するのか?はたまた、今回は新人が現れるのか?はてさて、晴れの栄冠に輝やくのは誰か!?では、さっそくまいりましょう。まずはこの方、エントリーナンバー1番、教育学部2年の米山由乃香さんです。どうぞ!」
 ついにももちをコメンテーターに仕立てて、ミス・キャンパスコンテストがはじまった。

 ステージには、全身黒ずくめ姿で長い髪をなびかせて、トップバッターの由乃香が登場。まるで“銀河鉄道999”のメーテルのコスプレの出で立ちに、会場内は割れんばかりの拍手が響いた。
やがて、中央に立った由乃香に、ひばりとももちが駆け寄った。
「本物のメーテルが登場したのかと思いました」とひばりが話しマイクを向けた。
「今回こそは優勝狙っていますからね。思いきってメーテルになりきってみました」と由乃香が答え、ももちは「すごっく似合っています。ももちが男の子だったら、絶対恋しちゃいます」と褒め称えた。
 ステージ袖の片隅では、室人がひとり苦虫を噛んだ顔をしていた。

 一方、ミスコンがはじまったころ、あすかは再び会場に向かっていた。
 ☆明星祭☆のメインイベントだけあって、すでに会場内は立ち見もでていて、混雑していた。あすかは、必死で場所を探し回り、なんとか見える場所を確保した。すると、よほど暑いのか、ハローキティのハンカチで扇ぐ男性が隣にいた。よく見ると、それは工学部の大淀赤城教授だった。
「こんにちは、大淀教授。意外にカワイイ系のご趣味なのですね」
 大淀教授は突然声をかけられ、不本意なことを言われため、戸惑い気味に挨拶した。
「あぁ、こんにちは、あすか先生。」
 あすかは、視線を彼の手にあるハンカチに向けていた。
「こ、これは僕のではないです。ゼミか何かの忘れ物で、声をかけられたときに返そうと思って…」
「そうなのですか?てっきり大淀教授は少女趣味なのかと思いました」
「勘弁して下さいょ」
 大淀教授は笑って答えた。
「ところで今日は、このミス・キャンパスコンテストが目的ですよね」
「まぁ男性陣にとって興味のないやつはいないでしょう」
「下心見え見えですね。あっ、そう言えば、ゼミの学生に変なこと吹き込まないで下さいね」
「もしや、あいつら…」
「そうです。この前私の講義に潜入した学生いましたよ。それも男のロマンとか言って…」
「すみません。よく言っておきます」
「それは違うと思いますよね。誰さんが嗾けたのではないでしょうかね~?」
「面目ない」そう言って大淀教授は頭を下げた。

 さて、バックステージで出番を待っているちどりは、少々焦っていた。見慣れない、派手な女の子が一人いた。しかし、みずほの姿が見えないのだ。ミスコンの方は順調に進み、エントリーナンバー13番の出番となった。
「続いては、エントリーナンバー13番、工学部1年石見きいさんです」とひばりが紹介した矢先、ステージ袖からちどりが手招きしている姿が目に入った。傍らには、ちどりに突き飛ばされた室人が転がっていた。
 ひばりは小声で「すみません、ちょっと外れますので、お願いできますか」とももちにマイクを渡すと、バックステージに駆けて行き、立ち上がろうとする室人を再び突き飛ばした。
「ちどりさん、どうされたんですか?」
「この次、みずほの番でしょう…。でも彼女着替えに行ったまま、まだ来てないみたいなの。どうしよう!?」
「えっ!」
 ひばりは思わず大きな声を出した。ちどりはあわてて、指を唇に当てた。
「すみません。では、ちどりさんとみずほさんの順番を入れ換えましょう。ちどりさんが時間稼ぎをしている間に、私が捜してきます」
「わかった。次、私が出て、ミスコン6冠の魅力を振りまいて来るよ」
「お願いします。とりあえず、私は一旦ステージに戻りますね」そう言うと、ひばりは急いでステージに戻った。そのついでに室人を突き飛ばして…。
「おい、今のはワザとだろう!」
 室人の声は届かなかった。
 ステージでは、ももちがきいと和やかに話していた。
「嗣永さん、ありがとうございました。またお願いしますね」
 ひばりは小さな声でお礼を言った。

(つづく)
(つづき)

「あすか先生、13番の彼女、僕のゼミの学生なんですよ。スタイルいいでしょう。身長170cmですよ」
「大淀教授は、ああいうお嬢さんがタイプなんですか?でも、胸は余り大きくは見えませんが…」
「いえいえ。彼女みたいなタイプは、どちらかと言えば苦手ですね。うかつに話を真に受けると、とんでもない結果になりますからね…。それにグラマーな女性もちょっと…」
「あら、意外!学生にはあれほど焚き付けておいて…。ひょっとして、私、ふられましたね」あすかはそう言って笑った。
「そう言う訳ではないのですが…」大淀教授も苦笑いした。
「この歳まで独り身でいると、何かにつけて楽ですからね」
「よほど、夜遊びがお好きなのですね」
「そんなことはないですよ。見た目通り真面目ですから。ドが付くほど」
「ハイハイ。ドスケベ教授さん」

 ステージでは、なにやらひばりが話し出した。
「次はエントリーナンバー14ですが、ここでサプライズです!なんとミス・キャンパス6冠の松風ちどりさんが、少しでも早くみなさまの登場したいということで、トリを譲っての登場です。それではご紹介しましょう。エントリーナンバー15番、文学部4年、松風ちどりさん。どうぞ!!」
 ステージ袖にいた室人は、また突き飛ばされてはかなわないと思い、あわてて階段を駆け下りたところ、足を滑らせ転落、激痛が走り動けなくなった。一方、ちどりは室人のいた側とは逆から登場、場内は拍手の嵐で室人の叫び声はむなしくかき消された。
「皆さん、こんにちは!学園のアイドル、松風ちどりで~す!!本当ならトリに一番ふさわしい私ですが、皆さんに一秒でもお目にかかりたく登場しました」
 真っ白なセーラー服に身を包んだちどりは、会場を見渡し、翼の姿を見つけ出た。そして耳に手を当て「なになに、そこの翼くん」ちどりはそう言うと、指差した。
 ただ、ボーと見ていた翼だったが、突然名出しされ、ビックリして立ち上がってしまった。
「さっき漫才であきるほど拝見したって!?甘いよキ・ミ・は」そう言うと、翼を手招きした。
 彼は、必死に首を横に振ったが、意に反して会場の拍手が手拍子に変わっていった。仕方なくステージに上がることになってしまった翼。緊張のあまり意識が飛びそうだった。
「皆さ~ん!ステージに上がってくれた工学部の土佐翼くんに拍手を!」
 ちどりがさらに盛り上げる。翼の顔はさらに紅潮した。
「翼くん!どうですか?今日この、わ・た・し!?」
「か、かわいいです」
 緊張のあまり声が出ない。そんな翼をからかうように、ちどりは耳に手を当て尋ねる。
「もう少し大きな声で」
「とってもお似合いで、かわいいです」
 翼にとっては、もう半分脅迫されている気分だったが、その程度で許すちどりではなかった。
「ももちー!」とステージの端にいた、ももちを手招きし、ステージ中央に呼んだ。
「さーて、翼くん!こちらのももちと私、どちらがかわいいでしょうか?」とちどりが言い出すと、ももちも負けじと、翼と腕を組み「ミス・キャンパスのちどりさんには申し訳ないですが、もちろんももちですよね~!つ・ば・さ・くん」と甘えた。これには、翼も参いったようで、少し鼻の下が伸びた。するとすかさず、ちどりも翼の空いた方の腕を取り組んだ。
「ももちよりわ・た・し、だよね~!」と言ったあと、小声で「どっちなんだよ!男ならはっきりしろよ!!」とすごんだ。

 一方、ステージを後にしたひばりは、寝っ転がっている室人をひょいっと飛び越え、控え室に向かった。控え室には、見慣れない女の子がひとりたたずんでいた。そしてこの女の子に声をかけてみた。
「すみませーん、国東みずほさんはどちらにおられるか、ご存知ないですか?」
 すると、その女の子は
「ひばりちゃん!あ・た・し」
 その言葉にひばりは驚いた。あの漫才のときの面影が全くなく、別人のように思えたからだ。
「えっ!えぇぇ~!本当にみずほさんですか?メガネは??」
「メガネね~、かけると髪型に癖が付いちゃうからダメなの。だからよく見えなくて、間近でないと誰だけわかんなくて…。ところでちーちゃんは?」
「変身したみずほさんに気付かず“まだ来てない”って言い出して、急遽順番変更。今ステージに立っています」
「そうなの、ゴメンね」
「大丈夫ですよ。でもみずほさん、とってもかわいいですよ。ちどりさんよりも」
「ありがとう」
「じゃー私と一緒にバックステージまで行きましょう」

 さて、ステージ上では相変わらず翼がもてあそばれていた。
「おーい!バッサンどうした!!」と剣がヤジを飛ばし、燕は
「バッサンはいいよな~…」とため息ついた。しかし、翼にしてみれば会場を見ることもできず、逃げ出したい気分いっぱいでいた。ふと袖の方を見ると、激痛に必死に耐えながら恨めしそうに視線を送る室人が目に入った。
「ちどりさん、ももちさん、決めました。僕は…!あっ!」翼は返事をする振りして、わざとすっ転び腕が離れた瞬間、ステージ袖に逃げ出した。
「あっ!逃げちゃった。許さないニャン!」とももちが残念そうに言うと、ちどりも「プロには恥かかす訳にはいませんよね。ももちの方がかわいいってことで…」と譲った。
「ちどりちゃん、許してニャン」
ステージ袖に逃げ込んだ翼は、室人に声をかけた。
「どうしたんですか?」
 室人は「足が、足が、痛い!!」と必死で訴えた。
 翼は室人に肩を貸して、救護室に急いだ。その時、ひばりとみずほとすれ違ったが、気にする余裕はなかった。結局、骨折の恐れがあると言うことで、室人は救急車で運ばれ、翼も付き添うはめになった。

 あすかは急遽ちどりが出て来たので、みずほのことが気になっていた。
「確か、松風ちどりさんって言えば、歴代トップの連続記録を持つミス・キャンパスですよね」
大淀教授はあすかに話しかけた。しかし首を立てに振るだけで返事がないため
「どうかされました?」と尋ねた。
「あぁ、いや大したことではないのですが…。本来ならちどりさんの友人のみずほさんの出番だったものだから、どうしたのだろうと思いまして…」とあすかは口を開いた。
「たぶん大丈夫ですよ」
「どうしてそんなことが言えるのですか!?」
 あすかは大淀教授の無責任な発言に少しイラついた。
「あぁ、すみません。余計なことを言いました」
 ふたりの間には、少し険悪な雰囲気が漂った。

 千秋と美絵は、みずほの仕度を終えると会場に足を運んだ。
「満員御礼だね。座るところなんて全くないし、立って見るのもやっとだね」と美絵が言った。
「後片付けで遅れちゃったからね。ほら、今ちどりちゃんがステージに立っているよ。あの男の子、かわいそうにいいようにいじられている」
 ちどりの性格を知ってか、千秋は笑いながら言った。
「本当だ。そうそう、その瞬間に逃げなきゃ!上手上手!!」美絵も手をたたいて楽しそうに話した。
「でも、ちどりちゃんも考えたわね。真っ白なセーラー服で勝負とは。でも私も負けてないわよ。みずほちゃんに本気て挑んだだもの」と千秋は息巻いた。

 ひばりはステージ袖からちどりに合図を送った。ちどりも安心したのか「さて、大トリの方の準備も整ったようなので、最後の方にこの場を譲りたいと思います。皆さん!ありがとう!」と言って手を振りながらステージの袖に下がって行った。
 すかさずひばりは、最後の出場者を紹介した。
「それでは最後の方です。エントリーナンバー14番文学部4年国東みずほさん!どうぞ!!」
 みずほはちどりが下がったステージ袖とは逆の方からゆっくり歩き出した。彼女の衣装は、フリフリがたくさんついた淡いピンクのワンピースに白のアウター、頭にはこれまたピンクのちっちゃな帽子がちょこんと乗っている、いわゆるゴシック&ロリータファッションだったが、見事に違和感なく着こなしている。
 会場は、一瞬静まり返り、かつてないほどの拍手が湧き上がった。あまりの会場の雰囲気に、控え室に戻りかけたちどりもステージ袖に駆け戻り、ステージ上を覗いた。そこには、先ほど見かけた女の子が立っていた。
「えっ!みずほだったんだ!!」
 ひばりはマイクを持ってみずほのもとに向かおうと思った時には、隣にいるはずのももちの姿は既になく、一足先にみずほの元にいた。さらにももちはみずほの周りを一周すると「かわいい!!」と叫んで、抱きしめた。これには、さすがにみずほも驚いた。

 千秋と美絵は予想以上の反応に大満足だった。まさかタレントが喰いつくとは思っても見なかったからだ。
「千秋ちゃん、大成功だね」
「結果次第では、ちどりちゃんが悔しがるかな?」
「もう悔しがっていますよ。きっと。ほら袖口で覗いているみたいだし」
「ホントだ」そう言ってふたりは笑った。

 一歩出遅れていたひばりは、ふたりにマイクを向けると、素早くももちにマイクを奪われた。
「スッゴくカワイイです。まるでお人形さんみたいで、持って帰りたいですね」と話し、さらに「ねぇねぇ、スカートの裾を両手でつまんで、右足を前にクロスしてみて」とポーズを決めさせた。
 こうなるとももちの独壇場。ネコ手をさせて“許してニャン”をさせ、挙げ句の果てには“許してニャン体操”をさせるという 有り様だった。メガネのないみずほにとって、マネをするのは至難のワザ、ついていくのがやっとで、これには、会場もバカウケ。ただ、ももちの暴走ぶりにはひばりも傍観するしかなかった。

 あすかはみずほの登場に「みずほちゃん!」と思わずちゃん付けで手を振りながら叫んでいた。その姿に大淀教授はあっけにとられていたが、ステージに立つ彼女を見て、何か気にかかるものがあった。あすかはさらにエキサイトし「ほら教授!みずほちゃんですよ!カワイイでしょう!!」などと連呼し大淀教授の身体をバンバン叩いて興奮していた。大淀教授と言えば、ただただ痛みに耐え、頷くだけであった。

 なんとかももちからマイクを奪還したひばりは「そろそろ時間も迫ってきました。国東みずほさんに温かい拍手を」とコメントしその場を収拾しようとした。その言葉に従い、みずほは一礼し、ステージ袖に向かったが、なぜかももちも付いて行き、そのままふたりの姿は消え去った。
 ホッとしたひばりは、気を取り直してコメントを続けた。
「それでは、改めて今回のミス・キャンパスコンテスト参加者を、ご紹介します」
 そのアナウンスに誘われるように、16人(?)が再び登場した。
「エントリーナンバー1番、教育学部2年、米山由乃香さん。つづいて、エントリーナンバー2番・・・・・。エントリーナンバー7番、経済学部2年、秋吉いなほさん。・・・・・エントリーナンバー13番、工学部1年、石見きいさん。エントリーナンバー14番、文学部4年、国東みずほさん。エントリーナンバー15番、文学部4年、松風ちどりさん。以上…」
「エントリーナンバー16番、嗣永桃子。よろしくニャン!」
「すいません。最後の嗣永さんにはエントリーされていませんので、投票しないで下さい。っていうか、投票できません。ももち!ハウス!!」
「ももち、許してニャン!」
 ももちはそう言って、ひばりのもとに来てお手をした。
「えっと、なんだっけ?そうそう、あっ失礼しました。なお、今回都合により14番の国東みずほさんと15番の松風ちどりさんの順番が入れ替わっております。投票の際には充分ご注意ください」
 とりあえずひばりのコメントが終わると、参加者たちは、控え室へと戻って行った。
「以上でミス・キャンパスコンテスト参加者の披露を終了します。これより投票に入らせていただきます。投票方法は、当学園サイトにアクセスしていただき、ログインの後、学園祭のバナーからミス・キャンパスコンテストの投票ページを開き投票して下さい。なお投票後の変更はできません。また、当学園関係者以外の方は投票できません。あしからずご了承下さい。なお投票の締切は只今より30分後です。速やかにお済ませ下さい。それではこれより30分の休憩に入ります」とアナウンスすると、ひばりとももちは袖へと消えて行った。

「大学関係者しか投票できないのは、残念」千秋はそう言ってため息をついた。
「千秋ちゃん、しょうがないですね。学生たちのイベントですからね…」
 内心、美絵も残念がっていることが感じられた。
「でも結果が30分後にはわかるのでしょう」
 突然、ふたりの後ろから声がしたので驚いて振り返るとそこには、ちとせが立っていた。
「ちとせちゃんじゃないですか」
「今日は来られなかったはずでは」
「なんとかみずほちゃんの出番には間に合ったの。ちどりちゃんには申し訳ないけれどね。でも、あなたたちを捜すのにホント苦労したわ。まさかこんなにたくさんの人だとは…」
「ところでみずほちゃんの衣装とメイク、どうでした?」と言う美絵の質問に、ちとせは親指を立てて合図した。
「よかったー」そう言ったのは千秋だった。

 一方、あすかと大淀教授と言えば、誰に投票するか決められずにいた。まわりの学生達は、スマホやタブレットを出して、なんだかんだ言いながら投票していた。
「あすか先生は、やはりみずほさんですか?」
「えっ!?どうしてですか?」
「あれほどはしゃげば、想像がつきますよ」
「私、そんなにはしゃいでいました?」
「ええ。けっこう。アザができるのではないかと思うほど…」
「私にアザですか?別にどこも痛くはありませんが…」
 大淀教授は頭をかかえた。そんなことを気にすることなく、あすかはさらに話しを続けた。
「教授は誰に投票するのですか?」
「僕ですか?僕は7番の秋吉いなほさんですかね」
「えっ!ちどりさんじゃないのですか?」
「ダメですか?」
「いや、私がみずほさんに入れて、教授にはちどりさんをお願いしようかと…」
「それはダメでしょう」
「では、私がちどりさんに入れて、教授にはみずほさんに入れて下されば…」
「どっちも一緒でしょ!だめです。僕の一票をあすか先生に差し上げるわけにはいきません。僕は秋吉いなほさんです」
「さては、彼女と※※※の関係だったりして」
「そんなことはありません。僕の独断と偏見です」
「はぁぁ…」
うなだれるあすかであった。

 方や剣と燕は、翼を待っていた。
「バッサン、いったいどこまで行ってんだよ!?」と剣が言い出すと、燕は「さぁーな。でもいいよな~、バッサンは」とまだ嘆いている。その時偶然にも、剣と燕のスマホが同時に鳴った。
「バッサンからメッセージが来たぜ」

“救急車で病院にいる”
「なんで病院にいるんだよ!?」
「美女ふたりに挟まれて、のぼせたんじゃないのか?」
「とりあえず、聞いてみよう」
“どうしたんだ?事故にでもあったか?”
“おれじゃない。実行委員長が骨折したみたいで、付き添いだ”
「付き添いで病院にいるみたいだぜ」と剣が言えば、燕は「じゃー俺からメッセージさせてくれ」
と言った。
“美女に囲まれていい思いしたんだから、せいぜい看病してやりな!”
“そりゃーないよ~”

 控え室では、ちどりとみずほが話していた。
「見事に変身したね!スタジオの時と真反対の変身でぜんぜんわからなかった。でも、めっちゃかわいい!!ももちの気持ちがよくわかるよ」
「ちーちゃん、ありがとう。学生生活のいい思い出になったよ」
「なに言ってんだよ。まだこれから結果発表もあるんだし、いいセンいってると思うよ」
ふたりがそんなことを話していると、いなほがやって来た。
 「お疲れさまです。みずほ先輩、とってもかわいかったです。ひょっとすると、優勝するんじゃないですか。私なんて足元にも及びません」ちどりは思わず咳払いをした。
「あっ、ちどり先輩の真っ白なセーラー服には驚きましたよ。でも彼氏を利用するなんて考えましたね」
「あれは、彼氏ではありません!あんなのが彼氏だったらミス・キャンパスとして恥ずかしいよーだ!!」と言って口をとがらせた。
「すみません。そうですよね。ちどり先輩ならもっと背が高くて足が長くてハンサムな人がお似合いですよね」その時みずほが口をはさんだ。
「そうなの、理想が高すぎて未だに彼氏がいないのよ。不思議でしょう」
「なに言ってんだよ。そんなみずほも、いないじゃん」とちどりはつぶやいた。
「あたしは、ちーちゃんみたいに美人じゃないもん」
 みずほもやり返す。いなほはふたりの会話に愛想笑いしたのち、ちどりに尋ねた。
「ちどり先輩ってモデルされているのですよね。やっぱり芸能人のお友達とかいらっしゃるのですか?」
「いや、いないよ。私の場合、ほとんど雑誌関係のモデルだからそういう接点はないよな~」
「そうなのですね」と言うと、いなほは残念そうな顔をした。
 そんな彼女の表情を察して、みずほが話し出した。
「どうしてそんなこと聞くの?大好きなタレントさんに会いたいとか?」
 いなほは首を横に振った。
「笑わないで下さいね。実は、私、女優さんになりたいと思っているんです」
「そうなんだ」
 みずほとちどりはハモった。
「一応、事務所には登録しているのですが、実際のところエキストラばっかりで。オーディションの情報も少ないし、運よくオーディションを受けることができてもテクニックというか、アピールの方法がよくわからなくて…。それに、ちどり先輩やみずほ先輩みたいに、綺麗でも可愛くもないし…」
「そんなことないよ。十分カワイイよ。メガネ姿も似合っているし。あっそうだ!ねぇねぇ、ちーちゃん。千秋さんや美絵さんなら、何かそういった情報があるんじゃない」
「そうかもね。私よりもたくさんのモデルと接している訳だし、何か得られるかもね」
「じゃー、いなほちゃん。これが終わったら、あたし衣装とか返さなくちゃならないから、一緒についておいでよ。ちーちゃんいいでしょう」
「あぁ、って私が決めることでもないような気がするけど…。でも期待しない方がいいよ」
「ありがとうございます。では後ほどよろしくお願いします」
 いなほは深々とお辞儀をした。そしてほどなくして、ひばりが休憩時間の終了を伝えに来た。

 いよいよ、『暁曙学園大学』のミス・キャンパスコンテストの結果発表の時となった。
 ひばりがステージに立ち、エントリーされた15名を改めて招き入れた。ひばりの隣には、ももちがワクワクした表情で立っている。
「大変ながらくお待たせしました。それでは、いよいよミス・キャンパスの結果発表です。今回の投票総数は、1532票です。では、まず第3位の方からです。第3位の方は2名おられます。まず、最初の方、得票数149票、エントリーナンバー13番、石見きいさん。おめでとうございます!続いて、エントリーナンバー7番、秋吉いなほさん。おめでとうございます!」
 ふたりは驚きの表情を見せた後、前に進み出て深々とお辞儀をすると、会場内に拍手が響き渡った。ひばりは、拍手が落ち着くのを待ってから話し出した。
「つづいて、準優勝の方です。得票数181票、エントリーナンバー1番、米山由乃香さんです。おめでとうございます!」
 まさにメーテルそっくりのコスプレをした由乃香が前に進み出て、お辞儀をした。再び会場内に拍手が響き渡った。ももちは由乃香のもとに進み出て、準優勝の盾を手渡した。拍手が一段落すると、ひばりが優勝者の発表に入った。
「さて、お待ちかねのミス・キャンパス優勝者ですが…。とりあえず、ここで一旦深呼吸しましょう」
 ひばりのもったいぶりに、会場内は、期待と不安、そして緊張で静まり返った。
「ワクワクしてきましたね。誰かな?誰かな?」
 ももちも待ち遠しいようだ。
「今年のミス・キャンパス優勝者は!!」そう言うとまた、口をつぐんでしまった。さすがに会場内は、ざわめきだした。

「そんなに引っ張らないで、早く発表してよ!」と美絵はつぶやいた。千秋にいたっては「もったいぶらずに、さっさと発表しろ!!」と叫んでしまったため、かえって視線を浴びてしまった。

 あすかは、隣にいた大淀教授を相変わらず叩きながら言った。
「ねぇねぇ!大淀教授、誰だっと思います!?」
「あすか先生、お願いですから叩かない下さい」
「あっ、すみません。興奮するとつい…」我に返っると、とりあえず謝った。
「あすか先生は誰だと思います?」
「えぇぇぇ~。そんなことわかりませんよ」

 ざわつく会場を尻目に、ステージ上ではなにやらひばりとももちが話し合っていた。やがて、ひばりがマイクを握った。
「お待たせしました。では気を取り直してまいります。優勝者の得票数214票。優勝はエントリーナンバー15番、松風ちどりさん。そして…」と言った途端、会場内はどっと湧き上がった。その時、ももちが叫んだ。
「みなさ~ん!!お静かに!!!!!最後まで聞いてくださーい!!!!!」
 しかし、その程度ではおさまるはずもなく『前代未聞の7達成!』『おめでとう!』などと言う声も聞こえた。
「じゃかましいわ!てめーら!静かにしろってんのが聞こえんのか!!わいの話しの続きを最後まで聞け!!!」とひばりがキレた。
 さすがにこれには、ももちもたじろいだ。すかさず、ひばりは「あぁ怖かった~」とボケたため、ステージ上のみんながこけた。
「失礼しました。ご協力ありがとうございます。では続けさせていただきます。優勝は松風ちどりさん!そして、もうお一方!エントリーナンバー14番。国東みずほさんです!」
 盛大な拍手そして歓声、会場を見渡すとみんな立ち上がっていた。みずほとちどりは、手を取り合って、前に進み出た。すかさずももちが駆け寄り「おめでとうございます!」と、優勝トロフィーを手渡した。みずほとちどりは、ひとつのトロフィーをふたりで掲げた。

「大淀教授!やりましたよ、ふたりとも優勝ですよ!!」
 あすかは、もう大喜びで飛び跳ね、またまた、大淀教授をバシバシ叩きまくっている。
「わかりました。わかりましたから、そんなに叩かないで下さいよ」
“あすか先生がこんな方だとは…”そう思った彼は、退散することを選んだ。
「すみませんが、僕はこのあたりで失礼させていただきます」
「えっ!?帰ってしまうのですか?」
「はい。あすか先生はどうぞごゆっくり」そう言うと、大淀教授は手を振って会場を後にした。

 ひばりはちどりにマイクを向けた。
「このたびはおめでとうございます!今のお気持ちをどうぞ。まずは、7冠を達成された松風ちどりさんから」
「みなさん!ありがとうございます!こんな私を7回も支持していただきありがとうございました。」とちどりは会場に向けて頭を下げた。
「では続いて、国東みずほさん。お願いします」
 思ってもいない結果に、みずほは戸惑っていたが、ひばりにマイクを向けられたため話し出した。
「このたびはこんなあたしを選んでくださり、本当に申し訳ありません。ちーちゃんと、もとい。ちどりさんと一緒にここに立てたことだけでうれしいのに、このような結果まで…」
 最後は涙声で何を言っているかわからないというより、本人もわかっていないように思えた。

 ステージでは、ひばりからみずほたちのインタビューが一段落して、ももちの総評が終わると、閉幕の案内になった。しばらく余韻に浸っていたあすかだったが、バックステージに向かうことを思い付き、会場を後にした。バックステージに着くと、ちょうどみずほたちが控え室に向かうところだった。あすかは思わず手を振って声をかけた。
「みずほさん!ちどりさん!」
 その声に気付いたみずほは、振り返ったが、あいにくメガネをかけていないため誰かわからなかった。あすかはみずほの表情に、思わず引いてしまった。目を細めて睨みつける怖い表情のみずほの姿に、ちどりが声をかけた。
「なんで目を細めて睨みつけているんだよ。こぇーよ。衣装のイメージが台無しだよ」
「でも、誰か、呼んでいたから…」
「どこ?どこ?なんだ、あすか先生じゃん。ほらみずほの睨みでどん引きしてんじゃん」そう言って、ちどりはあすかに手を振った。ホッとした、あすかはみずほとちどりの元に駆け寄った。
「みずほさん、ちどりさん、おめでとう!!」
「ありがとうございます」
 ふたりは同時にお礼を言った。さらにみずほは、
「さっきはすみません。睨むつもりはなかったのですが、メガネがないと見えなくて…」
「いいのよ、気にしなくて。でも可愛く変身したわよね~。別人みたい」
「別人28号なんてね。私もみずほがここまで変わるとは想像すらできませんでした。ある意味、この女、怖いです」とちどりが言った。
「そう言うちどりさんも、女子高生みたいにセーラー服なのだから、あなたもある意味怖いわよ~」
 あすかのその言葉に、三人は笑った。
「あっ、ごめんなさい。足止めさせて。これから着替えないといけないわよね」
「すみません」
 みずほとちどりは謝った。
「いいのよ。おめでとうの一言が言いたかっただけだから。どうぞ、行ってちょうだい」
「では、失礼します」そう言うと、あすかと別れた。

 控え室では千秋と美絵、そしてちとせが待っていた。
「みずほちゃんに、ちどりちゃん。お疲れさま」
 先に声をかけたのは美絵だった。
 その姿に気付いたちどりは「美絵さん。千秋さんにちとせさん」そう言いながら、手を振って駆け寄った。
「ちどりちゃん、どう?彼女可愛く変身したでしょう」
「千秋さんのテクニックには参りました」と千秋の言葉に答えると、美絵が
「私もがんばったんだけどな~」と言った。
「みずほちゃんもお疲れさま。みんなで写真撮ろうか」そう言ってちとせはカメラを取り出した。
「じゃー、みんな並んでー!」
「いなほちゃんもおいでよ。いいでしょうみなさん」
 みずほはいなほを招き入れた。
「ハイ、チーズ。OK」
「今度は私がシャッター押しましょうか」
 いなほは気遣ってちとせからカメラを預かった。
「半押ししてピントが合ったら“ピピ”って鳴るから、そしたら押し切って」
「わかりました。では撮りま~す。ハイ笑って!1+1は?」
「にー!ありがとうございました」
 写真を取り終わるや否や、ちどりがいなほの元に駆け寄った。
「今日の画像見せて下さいね」
 そう言いながらカメラをいなほから受け取ろうとした瞬間、ちとせが血相を変えて言った。
「ダメ!ちどりちゃん渡したらダメ!!」
 そのきびしい言葉に、いなほは差し出しかけたカメラを慌てて引っ込めた。
「あぁ、良かった。寿命が縮まるよ」
 ちとせは安堵した。
「ちーちゃん、ダメだよ。壊し屋なんだから。画像転送して貰ってからにしなよ」
 みずほは笑って言った。するとこんどは、千秋から声がかかった。
「みずほちゃん、そろそろ着替えてちょうだい。車をこっちにまわしているから来て」
「ハーイ」
「ハイ、メガネ。これがないと見えないのでしょう。忘れて行っちゃうんだから。あっ、髪はどうする?そのままでいい?」
 美絵が声をかけ、メガネを手渡した。
「あぁ、このままでいいです。自分で勝手にまとめまーす」そう言うと、千秋とともに出て行った。
 ちどりはいなほのために、美絵とちとせに尋ねた。
「彼女ね、今回のミスキャン3位だったんだよ。そして彼女の夢は、女優になんだって。そこで、何かアドバイスとか…、コネ?ってないですか?」
「初めまして、秋吉いなほです。一応事務所には登録しているのですが、なかなかいいお仕事がなくて…、エキストラの依頼はたくさん来るのですが、エキストラじゃなくて、もっと演じる側になりたいのです。でも、たまにあるオーディションもあまりうまくいかなくて…」
と話し出した。
「美絵さん、業界の人とつながりないですか」ちどりが美絵に尋ねた。
「そうね~、私自身はないのよね。でもお店を持っている友達なら芸能界の人と接点があるかもね。今度聞いておいてあげるね」
「ありがとうございます」
 いなほは美絵に礼を言った。
「ちとせさんは、ないですか?」
 ちどりは続いてちとせにも尋ねた。
「私も滅多にないわね。でも朗報かもよ。今度スペシャルドラマのスチール写真を頼まれたの。いつも撮っている子がほかに引っ張られちゃって、急遽代役お願いされたから受けることにしたの。良かったら一緒に来る?あなた次第だけれど」
「ハイ!お願いします」いなほは即答した。
「いなほちゃん、良かったね。ところで、オーディションの時など今みたいな感じかな?」美絵がいなほに尋ねた。
「はい、大体そうですね」
 いなほのあっけない言葉に、美絵は
「そうなんだ~。3位ということはベースの面では、十分張り合えるって訳だけど…」と残念そうな顔をした。
「いなほちゃんちょっといいかな。メガネ外してみてくれる?」
 美絵のその言葉にいなほは恐る恐るメガネを外した。
「OK。ちょっと髪触るわよ」
 美絵はいなほの髪を触りだし、持っていたヘアーピンで要所を止めると「これでヨシ!」と言った。そばにいたちどりが「いなほちゃん、すごく可愛くてステキ。これだったら優勝していたかもよ!」と思わず声をあげた。
「手鏡じゃー見せても多分わからないよね。ちとせちゃん!一枚撮ってくれない?」
 ちとせは再びカメラを取り出すと、いなほにポーズをとらせシャッターを切った。いなほはメガネをかけると、ちとせのカメラの画像を覗き込んだ。
「えっ!?」
「どう?驚いた?メガネはアイテムとしてはいいけれど、もう少し個性的な方がいいわね。どちらかと言えばコンタクトをお勧めするわ。それだけでまったく印象が変わってくるからね」と美絵はいなほにアドバイスした。
 その時ちょうど、着替えを終えたみずほがやって来た。いなほはみずほの姿を見て、ハトが豆鉄砲を食らったような顔をして固まっている。一緒にやって来た千秋がいなほの目の前に手をかざして声をかけた。
「どうしたの?驚いた?千秋&美絵マジック」
 我に返ったいなほは
「はい。ビックリしました。みずほ先輩っていつもこんな感じなんですか?」
 するとみずほが答える前に、ちどりが先に答えた。
「まだましな方だよ。私からすれば女性の魅力、いや女の子らしさゼロなんだから。むしろマイナス気味!」
「ちーちゃん、ひどーい!あたしだって…」
 ふたりが言い争っているのを横目に、美絵がいなほに話し出した。
「いなほちゃん、わかった?衣装や髪型、メガネだけでイメージってずいぶんかわるものなのよ。そういったところをもうちょっと勉強しないとね」
「ハイ。よくわかりました」
 そして美絵は千秋にいなほのことを話し出した。
「千秋ちゃん、彼女女優目指しているのよ。何かアドバイスない?」
「ウソでしょう!マジこれで?」千秋は思わず口走ってしまった。
「すいません。秋吉いなほと言います。よろしくお願いします」
 いなほはばつ悪そうに頭を下げた。
「あっごめんね。そう言う意味じゃないのよ。でもひょっとしてその格好でオーディションとか 受けている訳じゃないよね」
 千秋の言葉にいなほは、申し訳なさげに首を横に振った。正直、千秋はあきれている。
「図星か~。それじゃダメだわ。どうせ何のオーディションかも把握していないのでしょう?」
「はぁ…。チャンスを逃したくないで、できるだけたくさん受けようと思って…」
 いなほは言い訳したが、千秋は容赦しなかった。それは、いなほのためを思ってあえて厳しく接していることが、いなほ自身もわかっていた。
「いい。数打ちゃ当たるなんて思ちゃダメ。ちゃんと的を射ないと。例えば、ドラマのオーディションだったら、恋愛物か、サスペンスなのか、それともコメディなのか。そういったことを事前に調べて、その状況に合った格好をしなきゃ。わかるでしょう」
「はい。でも…」
「でもってなに?」
「オーディションって極秘事項が多くて、内容がわからない場合がほとんどで…」
「基本的に同じじゃないの」
「同じ…?」
「いなほちゃんが、どんなキャラクターを演じたいのか、ってこと。今日のみずほちゃんの姿見たでしょう。それなりキャラクターの格好になれば、気持ちの入りも違ってくるし、それによって選考する人の印象も上向くものなの。上手に振る舞うことではなく、どう印象付けるのかだよね」
「ありがとうございます。次のオーディションでは、もっと勉強して頑張ります」
 いなほは千秋に礼を言った。
「頑張ってね。良い結果報告を待っているわ」
 千秋は笑って言った。そして今度は、ちどりの方を見て言った。
「ちどりちゃん、もしかしてその格好で帰宅するの?コンテストではOKでも、街中じゃ変なコスプレヤーみたいで注目浴びること間違いなし。エロエロおじさんが声かけてくるかもよ~!」
 ちどりは自分の姿を再確認すると「しまった!着替えてきま~す!!」そう言い残してちどりは走り去った。
 あすかは☆明星祭☆のメインイベントも終わったので、身仕度をして帰ることにした。ひとり、キャンパスをぶらぶら歩いていると、見たことがある人影が目に入った。あすかは駆け寄り、彼の腕に自らの腕をまわし胸元に引き寄せた。
「大淀教授!今からお帰りですか?」
 大淀教授は、突然腕を組まれて話しかけられたものだから、慌てて振りほどこうとしたが、思いのほか力強くはずせなかった。
「あすか先生!なんですか?突然!!」
「怒らせちゃいました?でも、こんな機会めったにないですよ~。美女と腕組みな・ん・て」
「すみません。つい取り乱してしまって…」
 なぜか謝る大淀教授だったが“なんで僕が謝らなきゃなんないだ”と思っていた。
「大淀教授、ちょっと私に付き合っていただけませんか?」
「いや、今日は急いで帰らないと…」
「歯医者さんに行かれるのですか?」
「いやぁ~、歯医者では…」
「そろそろその前歯から右に4本目の虫歯、治療した方がよろしいですよ。そうしないと将来、総入れ歯になっちゃいますよ」
「あっ、はい」
「歯医者さんでないなら、独身の教授にご予定などないはずでしょう。さては、ご自宅に急いで帰って、返却期限の迫ったアダルトDVDを急いで返さなきゃならない訳ですね」
「そ、そんなことはな…」
「はっはぁー、図星ですね」
「だから、違いますって。それより、胸当たっていますって」
 大淀教授は、動揺と焦りと男のロマンで赤面していた。
「よろしいじゃないですか。本当は嬉しいくせに。とにかく行きましょう。美味しいコーヒーをご馳走しますわよ。アダルトDVDの返却はそれからでも間に合うでしょうから」
「わかりました。わかりましたから、腕は離していただけないでしょうか。学生たちに勘違いされても困りますので…」
「ハイ、ハイ」
 あすかはそう言ったものの、半ば強引に大淀教授を連れて行った。

 あすかが大淀教授を連れてやって来たのは、行きつけのあの店だった。
「コーヒー・ベーカリ『安眠』 パン屋にしてはなかなか雰囲気のいい店ですね」
「どうぞ」
 あすかは店の扉を開けて、大淀教授を招き入れた。
「いらっしゃいませ」
 明るく声をかけたのはあやめだった。
「あやめちゃん、こんにちは。もうこんばんは、かな?」
 あすかはニッコリして挨拶した。大淀教授は、軽く会釈してあすかに続いた。あやめは男連れのあすかを見るのが初めてだったので、少し戸惑った。
 喫茶室ではマスターが、あすかの声にニンマリしたが、男の姿が目に入ると、一瞬にして表情がかたくなった。
「大淀教授、こちらへどうぞ」
 あすかは大淀教授を喫茶室に招き入れた。突然のライバル出現にマスターも気合いのスイッチが入ったようだ。
「いらっしゃいませ。何になさいますか?」
 その声はいつになく男らしく聞こえる。
「店長さん、あっごめんなさい。マ、マスターさん、私はいつものコーヒーをお願いします。大淀教授はなにになさいます?」
「では、僕も同じものを」
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
 マスターは大淀教授が予想以上に男前だったため、萎える気持ちと必死に戦っていた。しかし、コーヒー豆を挽きながら、横目に見るふたりは楽しげである。
「あすか先生、あの…、僕のこと“大淀教授”って呼ばれますが、何か違和感があって…」
「では、“赤城くん”とでも呼びましょうか?」
「いや、そう言う意味では…」
 そんなことを話していると、マスターができあがったコーヒーをふたりの元に運こんで来た。
「どうぞ。熱いので気をつけてください」
 大淀教授は一口含むと思わず「ニッガッ!」と言ってしまった。あすかも続いて口に含んだ。確かにいつもよりかなり濃い。だが、大淀教授のように“苦い”とは感じず、寧ろおいしく感じた。
「とっても美味しい。いつもよりアフリカンですね。だけど私はどうやら濃いめが好きみたいなのですね」
 “アフリカン?”その言葉に大淀教授はまたまた違和感がした。
「アメリカンならわかるのですが、アフリカンってなんですか?」
「薄めがアメリカンなら、濃いめはアフリカンかなって。なんとなくそんな感じしませんか?」
「いや、でも…」
 しかしそんなふたりの会話を尻目に、カウンターに戻ったマスターは頭をかかえていた。“しまった!豆の分量を間違えてしまった。もうダメだ!!アフリカンなんて、アフリカンなんて言わせてしまった”まるで奈落に堕ちてしまったようだった。彼の頭の中は、走馬灯のように“アフリカン”とう言う言葉が鳴り響いていた。

 しばらくして、撃沈状態のマスターを気遣って、あやめがやって来た。
「マスター!大丈夫ですか?」
 その言葉に、気が付くとふたりの姿はすでになかった。
「あやめちゃん?さっき来たお客さんは??」
「もう会計すませて帰られましたよ。“今日のコーヒーは格別おいしかった”って言って…」
 その言葉に、再びショックを受け完全に沈没した。

 あすかと大淀教授は『安眠』を出ると店先でわかれた。しかし、その瞬間を剣と燕に目撃されていた。
「おい!しらやん!!いまのミス・パンプキンとエロ教授だよな?」
「確かにそうだな。でも、エロ教授はないだろう。大淀教授の耳入ったら追試間違いなしだぜ」
「まぁな。とりあえず中に入ろうぜ。そのうちバッサンも来るだろうからな」
「了解」
 ふたりは『安眠』に入って行りあやめに挨拶し喫茶室に向かうと、いつもより、ぃゃかなりテンション低めの、とう言うか沈没して埋没したマスターがへたり込んでいた。
「マスター!絶好調って言うか。撃沈状態じゃね~の。いや、もう埋没して海の藻屑だな」
 燕は冷やかし半分に声をかけた。
「しっかりしねーと、ミス・パンプキンをエロ教授に取られちまうぜ」
 さらに剣が追い討ちをかける。
「あぁぁぁ…。もうダメだ…」
 マスターは辛うじて呻くような声をあげた。
「そう嘆くなって。男なら潔くってな」
「思い切ってコクってみたらどうなんだよ!」
 ふたりは勇気づけようと追い立ててみたが
「あんな男前に勝てるわけないよ…」
「あ~ぁ!ダメだこりゃ」
「これじゃ、今日はもう店じまいだな」
 ふたりはコーヒーを飲むことをあきらめ、レジのあやめと話しながら翼を待つことにした。

「いらっしゃい…」
 あやめの挨拶も言い終えないうちに
「遅くなってすまねー」と翼が駆け込んで来た。
「バッサン、無事でなによりだよ」剣は気遣った。
「でも、かなりいい思いしたんだからしょうがねぇよな」
 燕は嫌みの一つも言わないと気が済まなかったようだ。
「なにがいい思いだよ。松風嬢にもてあそばれた挙げ句、病院送りまで付き添わされたんだぜ。とんだ災難だよ」
 剣はそんなふたりを「まぁまぁ、落ち着いてくれよ」となだめ「そんなことより…」とマスターを指差した。
 海の藻屑状態のマスターを見た翼は「何があったんだ?」と尋ねた。そして、剣と燕、さらにあやめがいきさつを話した。

「なるほど。これはマスターのために、俺たちが一肌脱ぐ時だな。いつも世話になっているわけだしな」と翼が言い出し「それで、どうするんだよ?」と燕が聞いて来た。
「マスターの思いを俺たちが代弁しようってか?」と剣が言い出すと、翼も「いいねー」とうなずいた。
「一層のこと、ラブレターでも書くか!?」と燕が提案。
「となると、伝説のシナモン・ティーでラブレターということになりますかね」
「おおー!それいいねー!」
 三人は意気投合した。そして、ミス・パンプキンの指定席の窓ガラスに何やら細工を施した。

 翌日、あすかは日課のように『安眠』にやって来た。今ではほとんど気を止めることもなくなった、真鍮のドアノブを回し、扉を開けるとやたらと明るく元気なあやめの声が店内に響いた。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは」
 お客さんがあすかだと知ったあやめは、申し訳なさげに
「すみません。今日喫茶室はお休みなんです」
 あすかはその言葉を一瞬疑ったが、灯りの消えた喫茶室を目にして納得するしかなかった。
「マスターさん、どこか具合でも悪いのでしょうか?」
 あすかの質問にあやめは怪訝な顔をした。
「先生が彼氏を連れて来るからですよ。マスター、ショックで寝込んだみたいですよ」
「ええっ?私に彼氏なんて…。ああ。あの人。あの人は彼氏なんかではないですよ。マスターさんに勘違いさせてしまいましたね。申し訳ありません」
「まぁ、いいんですけどね。マスターの性格的なものの方が大きいですから…」
「でも…、何とかしてあげないと…」
「あまり余計なことはしない方がいいと思いますよ。また、勘違いしますから」
 あやめの言葉が少しきびしく聞こえ、あすかは肩を落として店を出た。

 いつになくうつむき加減で歩いていると
「ちょっとそこのお嬢さん」と声をかけてきたオジサンがいた。マスターの父、光だった。
「こんにちは。梓さんのお加減はいかがですか?今日、お店に伺ったらお休みだったもので…」
 光はあすかを気遣かってか「お気を遣わせて申し訳ない。お嬢さんまで巻き込んでしまったようで、本当に情けない息子ですよ。私の方からバシッと言っておきますよ。なーに、いつものことですからご心配なく」と言った。
「いえ、私にはお気遣いなく。今はそっとしてあげてください。ただ、昨日の男性は大学の教授仲間で、特別な関係ではありませんので…。あぁ、言い訳じゃないですよ」
 あすかは、話しているうちに何を言っているかわからなくなった。
「いえいえ、ありがとうございます。本当にお優しい方ですね。これに懲りずにまた来て下さい。2,3日経ったらまた立ち直ると思いますから」
「必ず伺います。すごく居心地がいいですからね。では、失礼します」そう言って光とわかれた。

 マスターが休んだことは、翼たちにとっても話題となっていた。
 それは、翼たちが午前の講義を終えて、いつものように『安眠』に向かっている時のことだった。前方から北斗がやって来た。
「先輩、こんちは」
「よっ!お前らこれからあの店に行くのか?」
 北斗の問いかけに剣が「はぁ、いつものようにマスターを冷やかしにね」と答えた。
「なら今日はやめときな!」
「えっ!なんかあったんすか?」
 北斗の以外な言葉に翼は驚きの声をあげた。
「今日は休みだったよ」
「あの店って定休日あったんすか?」
 今度は燕が尋ねた。
「いや、正確にはパン屋はやっているが、サテン部屋だけが休みだ」
「それじゃーマスター、風邪でも引いたんすかね?」と言って、ふと昨日のことを思い出した。
「そう言えば昨日、かなり落ち込んでいたよな」
「そうそう、失恋したわけでもないのにさー」
「単にミス・パンプキンがエロ教授とコーヒーを飲みに来ただけじゃないか…」
「まるでこの世の終わりみたいにショボくれて…」
 三人の会話を聞いていた北斗が「おいおい、それマジかよ!?だったらちょっとヤベーかもな」と驚いた。
「俺たち、何かまずかったですか?」
「いや、お前たちは別にまずかぁないが、どおりで休むはずだよ。どうせ寝込んでいるんだろうからな」
「えぇぇ!あの程度でそこまで落ち込みますかぁ?」と今度は翼たち三人が驚いた。
「あぁ!何年か前にも似たようなことがあったんだよなー」
「先輩、是非教えてくださいよ」そう言ったのは剣だった。
「それはなぁ。あの先生みたいに『安眠』が気に入って女性がいてさぁ」
「それで!」
「ただ違ったのは、左手の薬指に指輪が光っていたんだよ。なのに“素敵な指輪ですね”なんて言っちゃってさぁ。あろうことか、その女性に片思いしちまったのさ」
「マスターらしいな」と燕が相づちを打った。
「それでさぁ。ある日のこと、なんとその女性が『安眠』でフィアンセと待ち合わせ。その結果マスターと鉢合わせになり、もろくも彼の恋が終わったのさ」
「それで、その時も店を休んで寝込んじまったと」翼が言った。
「その通り。2、3日は休んだかな」と北斗が言えば、剣も「だとしたら、今回はもう少し長いかもな。それってある意味、マスターにとっちゃでデジャヴだもんな」と言った。
 続いて、翼と燕も「そうだろうな。イヤな思い出が蘇ったってことだものな」「確かに。トラウマにならなきゃいいんだが…」と言った。
「残念だが、当分は、お休みってことだな。でも、気にすることはない」
 北斗の言葉に三人は「これだけは治す薬もないってことですね」「時が解決することを待つしかないか~」「まるで中島みゆきの“時代”だね」と言って、四人は大きくため息をついた。

                    ※

 翌日、翼たち三人は大淀教授に呼び出され教授室に来ていた。
「君たち、この前の試験のことだが、あの結果じゃ卒業は難しいぞ。学園祭も終わったことだから、もうすこし本腰を据えてもらわないと…」
「すみません。次回は頑張りますので…」
 三人は謝ったが、剣が言い訳をはじめた。
「でも、今回はエロ、いや大淀教授が“文学部のあすか先生のオッパイはデカイ”なんてそそのかすから…」
 それにつられて燕も言い訳した。
「あんな話、聞かされたら、やっぱ気になるじゃないですか。なあ、バッサン」
 成り行き上、翼もうなずくしかなかった。
「児玉くんだったかな。白根くんに土佐くんだよね。それはあくまで話の潤滑油としてのことであり、君たちのしたことはある意味セクハラ行為じゃないのかね?君たちの言い分を聞いていると、僕が助長したように聞こえるのだが、どうなんだね?」
「・・・・・・」
 三人は黙ったままだった。
「文武両道という言葉があるが、君たちの武勇は認めてあげよう。よくやった。確かによくやった。だが、それと同じだけ学問の方も成果を出して欲しいものだね。わかるだろう。」
 大淀教授の少し的が外れた話に翼は「あの~、文武両道の意味が…」と言い出したが、剣と燕よってたしなめられた。
 なんとか大淀教授の説教が終わり、教授室を出る間際、剣は大淀教授に向かって一言言った。
「教授!☆明星祭☆のあと、あすか先生とサテンでデートしていましたよね」
 その言葉に、大淀教授は口に含んだ冷めたコーヒーを吹出してしまった。
「バカ言え!僕は被害者だ!!」
 その言葉を聞き終える前に、翼たちは逃げ出していた。

「何が、文武両道だよ」翼は愚痴った。
「文武両道ってのは、勉学と運動の両面に秀でた人のことを指す言葉で、勉強も趣味みたいに一生懸命打ち込めって言う意味じゃねぇ!」
「まあまぁ」
 燕は翼をなだめたが、気が治まらない。
「それに、俺の趣味はのぞきじゃねぇつうの」
「エロ教授からすれば、男の趣味はみんな一緒って訳なんでしょうよ」
 つい、剣も愚痴った。
「『安眠』が開いていればなぁ~」燕はため息がちに言った。
「そう言うな!」翼が言うと、剣も「マスターを落ち込ませた張本人はエロ教授だつうのに、あれはないわ」と嘆いた。

                    ※

 あすかはよほどマスターのことが気にかかるのか、毎日様子をうかがったが、喫茶室の灯り消えたままだった。
 翼たちも同様に気にはかけていたが、日曜日に北斗から連絡が入ったので、彼らはメッセージアプリで連絡を取り合った。

『マスター復帰したらしいぞ』

『じゃー、『安眠』に集合』

『今すぐでいいよな』

『OK』

『Roger!』

 一番初めに『安眠』に到着したのは翼だった。焦る気持ちを抑えて、扉を開くとあやめの明るい声が響いた。
「いらっしゃいませ」
「あやめちゃん!?」の問いかけに「来ていますよ。復活したみたいです」と微笑みなが答えた。
 喫茶室のカウンターでは北斗が手を上げて呼んでいる。
「連絡ありがとうございます」そう言って北斗の隣に座った。
「マスター…」と言ったものの、なんて声をかければいいのかわからず、口籠もった。
「心配するなって!」
 北斗は翼の肩を叩いた。マスターも北斗に諭されたようで、少々気まずいようで、苦笑いをした。
「翼、来たばっかりなのに悪いが、俺、そろそろ仕事に行かなきゃなんないだ。だから、みんなによろしく言っておいてくれや。あと、頼む!じゃーな」そう言って北斗は去って行った。そして、入れ代わるように剣がやって来た。
「いらっしゃいませ」
「よっ!あやめちゃん、今日はいつもよりかわいさ倍増だね」
 あやめは「もう、調子いいこと言っちゃって」と笑ってごまかしたが、どうやらまんざらでもなさそうだった。
「よっ!バッサンお待たせ」
「おぉ!今し方国東先輩、帰ったよ」
「あぁさっき、店先で会った。これから仕事だってさ。今日は遅番なんだとか言っていたな。で、しらやんは?」
「まだ来てねぇよ」
「そっか」剣はそう言うとマスターの様子を伺い見て「マスター!いつものホット、たのむわ」と言った。すると思い出したように翼も「じゃー俺も同じものを」と注文した。
「おめーまだ注文してなかったの?」
「先輩と話し込んでいて…。忘れていた」
 本当はマスターを気遣って、話しかけることをためらっていたのだ。
 しかし剣はまったく臆することなく「ところでもう復活した?みんな心配したんだぜ」と言い出した。
「あぁ…」
 マスター小さくうなずくように言った。翼はマスターと剣の顔を交互に見たが、なんら剣は気にすることなく話し続けた。
「元気ねーなー!まっ、振られた訳じゃないし、チャンスはまだまだあるさ。なぁバッサン」
「あ、あぁ…」
 突然、話しを振られ翼は動揺したが、とりあえずうなずいた。
「マスターいいか!告白してダメだったなら、それはしかたがない。そん時は思いっきり落ち込め!だが、妄想で落ち込むのは勘弁な」
 そんな剣の言葉に、
「心配していただきありがとう」とは意外にも素直に礼を言った。それには翼も驚いた。

 そんなことを話しているうちに、あやめの元気な声が三度響いた。
「いらっしゃいませ」
「なんだ今日はあやめちゃんか~。あきさんじゃないんだ」
「なんだだってなんですか!もう、いきなり失礼ですよ。ベーだ」
 どうやら燕がやって来たみたいだ。
「ケンにバッサン、遅くなってスマン、スマン。電車が事故か故障で遅れていてひでーめにあったよ。あぁ、とりあえずホット」
 お冷やを差し出したマスターにそう言った。
 燕はマスターに聞こえないように、小さな声で二人に話しかけた。
「ところで、あれは大丈夫だよな!?」
「あれって?」
 剣が聞き返した。
「窓に書いたあれだよ」
「大丈夫だ。来てすぐ確認した。でも今日は日曜日だからあすか先生来るかな~?」と翼が答えた。
「シーッ!今はその名前をだすな!禁句だぞ」燕がいさめた。
「ミス・パンプキンな」剣が続いて言った。その時、折り良くマスターが、ホットコーヒーを差し出した。
「ああ!びっくりした~!!」
 三人は驚いた。
「何の話ししていたのかな?さては大きな声では言えないこと?」と言うマスターの問いかけに、剣は「そうそう、大きな声では言えないこと。大きな声では言えないけれど、小さな声では聞こえません、てな」などと、ごまかした。
 三人はコーヒーを飲みながら、いつになくくつろいでいた。
「やっばー、ここが一番落ち着くよな」と剣が言い出すと、燕も「ここは俺たちにとっちゃー、我が家みたいなものだからな。言いたいことが言えて、うまいコーヒーが飲めて」と言い出した。さらに翼が「マスターいて、この店が開いている。当たり前のように思っていたが、そうじゃない。俺たちはやっば、マスターに感謝しなきゃな」と言った。
 三人の話しを耳にしたマスターは、なぜか天を仰いでいた。
「おい、マスター!泣いているのか?」
 剣が尋ねた。
「いや、ちょっと目にホコリが…」
 すると燕が「しばらく掃除していないからな~。ホコリがたまっていてもしょうがないんじゃないの。なんてね」と言って、みんなを笑わせた。そんなこんなで、マスターも気持ちがほぐれたようで、いつものように笑顔になった。
 しばらく翼たちとマスターは、今までの空白を埋めるように和んでいると、あやめの「いらっしゃいませ」の声が響いた。しかし、その後なんとなく、固まった感じで、なんともいえぬ空気が漂った。翼たちがその雰囲気を感じ取ると、入口の方を一斉に見た。そこに立っていたのはあすかだった。
 翼は「あ、ぁ、あすか…」と言いかけた燕の口をふさいだ。その翼も「ミス・パンプ…」と言いかけ、剣に口をふさがれていた。そして、剣は「明日は確か月曜日だよな!?」と言っていた。幸い、カウンターの内側にいたマスターはまだ気付いていない。
 あすかはあやめに軽く会釈すると、喫茶室にやって来た。翼たちに小さく手を振って、カウンターの奥にいるマスターに「こんにちは」 と挨拶した。突然のことに、マスターは動揺する間さえなく、反射的に「こんにちは」 と言って会釈した。その状況に翼たちは安堵のため息をついた。
 あすかは「ここに座っても、よろしいですか?」と断っていつもの指定席に座った。こうなるとマスターは、緊張でガチガチである。
 翼の 「マスター!まずはお冷や」の声にうなずくと、ステンレスの丸盆に水の入ったグラスをのせ、ガタガタ音を立てながら、壊れたC-3POのように歩き出した。
「い、いらっしゃいませ」
 マスターはなんとか挨拶をして、お冷やを差し出した。
 あすかは「先日は…、ぃゃ…」と言いかけて口ごもった。
 マスターも心なしか、“先日は…”の言葉にあたふたしているように見える。
「あのぅ、今日は、シナモン・ティーをいただいてもよろしいでしょうか?」とシナモン・ティーを注文した。
「はぁ。シナモン・ティーですね。少々お待ちください」
 注文を繰り返し、マスターがカウンターに戻ろうとした時のことだった。翼たちの仕業による事件が起きたのだ。
 あすかは何気に窓の景色に目を向けていたが、窓ガラスに書かれた文字を読むと急に顔色が変わった。翼たちにとっては、はじめて目にする、しおらしい感じの姿であったが、しばらくするとなぜかすすり上げている。どうやら涙を流しているようで、二、三度すすり上げると突然立ち上がり、店の外に駈けだしてしまった。レジにいたあやめは、あっけにとられ固まっている。マスターの方と言えば、あやめ以上に硬直し、手から滑り落ちたステンレスの丸盆が空中に留まるほど時間が止まっている。翼たちも顔を見合わせ、口を開けたまま、こわばっていた。
 最初に解凍したのは、剣だった。
「やっべー!」
 その声に燕が反応し「ま、まずかったか!?」と言った。
 しかし、翼は冷静で「マスター!あすか先生を追っかけないと!!」と叫んでいた。
 その声にマスターも魔法が解け「あぁ!」とうなずくと丸盆を手に駆け出して行った。
 あすかに続いてマスターまで飛び出し、あやめはさらに戸惑っている。
「おいおい、どうする?」
 剣が翼と燕に問いかけた。
「やり過ぎちまったかな~」と燕が答えると、翼も「まずいことになっちまったよ」と頭を抱えた。
 やがてあっけにとられたあやめが、レジの方からやって来た。
「あの先生、泣きながら飛び出して行っちゃって、その後をマスターが血相変えて追っかけて行きましたが、何かあったんですか?」
 翼たち三人は黙ったままでいたが、顔を見合わすと翼が、今まであすかが座っていた席の窓ガラスを指差した。
 あやめがその場所に近寄り、窓ガラスを眺めた。そこには、見る角度を微妙に合わせると見えるほどの、薄い文字が書かれており、あすかに宛てたラブレターだと言うことがわかった。
「これって、マスターが?なんだ、粋なことするじゃない!」とあやめが言い出すと、剣が否定した。
「ぃゃ…違うんだ…」
「マスターじないの!?じゃー誰が?」
 燕はばつ悪そうに
「実は…、俺たちが…」と言った。
 するとあやめの顔色が変わり
「えぇぇー!!!!!!!!!ひどーーーい!!!!!!!!!」と叫んだ。
 その声に、いたためられなくなり翼たちは土下座して謝った。さらに、翼が言い訳をした。
「いや、この前の大淀教授のことがあって…」
 続いて剣や燕も言い訳をする。
「マスターの恋の成就のために…」
「そうそう、マスターに恩返しをっと…」
 しかしあやめは、
「何言ってんですか!?そんな言い訳、聞きたくありません!やっと立ち直ったのに、また奈落に突き落としたんですよ。ホント、最低・最悪です。どう責任とるんですか!? どうかお帰り下さい!もう帰って下さい!!」とかなり怒っている。翼たちはどうにかして取り繕うとしたが「出でけ!!!!!!!!!今すぐ出てけ!!!!!!!!!」ととりつくしまもなく、三人は肩を落として『安眠』後にした。

 一方『安眠』を飛び出したあすかは、店の前の道路に出ると、近くの路地に駆け込んだ。しかし、路地に入ったところで運悪く、ヤクザ風の男:霧島とぶつかってしまった。
「おいコラ!どこに目を付けて歩いとるんや、もとい、走っとるんじゃ!!」
 あすかは「す、すみません」と謝ったが、男は気がおさまらない。建物の壁にあすかを追い込むと、いきなり壁ドンし「“すんません”ですんだら警察いらん!わのー!!」と意気込んできた。しかし,あすかが涙を拭いながら謝っていることを知ると、しげしげと眺めてから「よう、姉ちゃん、泣いているのか?かなんな~。泣かれたらこっちが悪いみたいやがな。おっちゃんが悪かった。すまんこっちゃ」と急に優しくなった。
 あすかは「いいえ。大丈夫です。大変申し訳ありませんでした」と丁寧に謝った。
「ああ、そんなに気にせんでええ。で、何があったや?おっちゃんで良かった話してみぃ」とナゼか気遣った。
 あすかはなぜかこの男に『安眠』での出来事を話した。すると男は「そりゃー良かったな」とあすかの頭をポンポンとなでた。

 相当探し回ったのだろう、やがてマスターが息を切らせてやって来た。目の前には強面のヤクザ風の男とさらに壁際に追い込まれ絡まれるあすか。マスターにとっては一大事だ。一瞬たじろいだが、彼女を置いて逃げるわけには行かない。一度大きく深呼吸をすると、気を取り直し叫んだ。
「か、彼女からはなれろ!嫌がっているじゃないか!」
 しかしその程度の言葉で従うような輩ではない。
「おい!こら!ワレ!!それが人様にお願いする態度かぁ~?」
 その言葉にマスターは「いや…その…、そう言う意味ではなく、手をはなしてあげた方がいいかな…って」と一気に弱腰になった。
「何が“あげた方が”だ!こんな可愛いお姉ちゃん泣かせやがって、それこそ男のすることじゃねぇだろうが!」
 いきがる男にマスターは絶体絶命。
「ぃゃ…僕は…何も…」
「何ブツブツ言ってんだ!ぶっ殺すぞ!てめぇはこの姉ちゃんのなんなんだよ!関係ねぇんだったら引っ込んでろ!」
「関係ないことはないのだけど…」
「いいかげんにしろよ!言いたいことがあるんか!?だった、男ならハッキリ言え!!!」
 その一喝にマスターは「僕の、僕の大切な人に手を出すな!」と叫んだ。しかし男はまだすごんでくる。
「大切な人ってなんだよ!てめぇの嫁さんか!!」
 ここまでくると、マスターも引き下がるわけにはいかない。こうなりゃ、どうにでもなれと言う気持ちで叫んだ。
「俺のフィアンセに近付くな!!」
 その言葉をきいて、男は「兄ちゃん。よー言った。可愛い姉ちゃんやからしっかり守ってやれよ!姉ちゃん、良かったな。お幸せにな。あばよ!」と言って去って行った。
 あすかは梓(マスター)に駆け寄って抱きつき「ありがとう」と言った。
 そしてさらに「見掛けによらずいい人だったね」と嬉しそうに涙を流しながら、ふたりで後ろ姿が見えなくなるまで見送った。
 その後ふたりは、手をつないで『安眠』に戻って来た。梓がノブを回し、扉を開けるとあすかに入るよう勧めた。店内のあやめは、反射的に「いらっしゃいませ」と言ってしまったが、あすかの顔を見ると、ホッとした表情をした。そして「お帰りなさい」という言葉が自然に出ていた。
 あすかは 「ただいま」と返事をすると頭を下げた。後ろでは満面の笑みをたたえた梓がVサインをして立っていた。
「あやめちゃん。このことは秘密だよ。特にあいつらには」
 梓はあやめにそう話すと「もちろんですとも。あのワルガキどもには絶対教えない!」と言った。
 さらに梓は「そうだ!あすか先生も、秘密ですよ」と言うと「わかりました。でも…、梓さん、先生はなしで…。呼び捨てでいいですよ」と答えた。
「マスター、ごちそうさま。つづきはあちらでどうぞ」
 あやめのその声に、我に返ったふたりは顔を紅く染めて、喫茶室に向かった。
 ふたりは仲良く喫茶室に入ると、シナモン・ティーとひとつのパンプキン・パイを分け合っている。
 梓が質問した。
「あすか…さん。クリスマスのご予定は何か入っていますか?」
 あすかは少し照れて返事をした。
「いいえ。まだ…、実は…空けています」
「じゃー、イルミネーションでも見に行きましょうか」
「はい。でもその前にお店のクリスマス飾りをしたいですね」
「では、今晩やっちゃいますか?」
「はい!」
 そしてあすかは、ふと窓ガラスに目を止めた。そして一言「梓さん、彼らには感謝ですね。心に残る、素晴らしい思い出になりました」と言った。
「まぁーね。でも僕の嫁さんは見世物じゃないので…」
「わかりました。照れ屋さん❤。クリスマスは彼らに見つからないように、遠~い所のイルミネーションを見に行きましょうね」
「そうしましょう」
 喫茶室の入口には“貸切”の札が二人を祝福するかのように揺れていた。
 月日の経つのは早いもので、すでにXmasは過ぎ去ってしまった。果たして、梓とあすかのふたりは、翼たちに見つからず無事イルミネーションデートができたのでしょうか?そのあたりは想像にお任せするとして、あっと言う間に年が開けてしまいました。

『新年明けましておめでとう御座います』

 みずほとちどりは、振袖を着飾り、初詣に繰り出していた。
「今年は、ちーちゃんのおかげで、この歳にして初めてこんな素敵な着物を着ることができました!ありがとうございます」
「なに言ってんだよ。毎年、初詣ぐらいは晴れ着を着ればって言ってるのに“着物は苦しい”だとか“着崩れが…”とか言って嫌がっていたのはどこのどいつだよ」
「えっ、そうだっけ?」
「とぼけないで!」
「だって成人式のときのことがトラウマで…、とりあえずゴメンナサイ」
「どうせ、秋の☆明星祭☆のコスプレで、味占めちゃったんでしょう」
「まぁ…。実は…正直そうなんですよね~。だって、バシッと決まると気持ちも切り替わって、見える世界が違うんだもの」
「まあいいわ。私のおかげと言うよりは、千秋さんや美絵さんちとせさんが、みずほのために一肌脱いでくださったからだよ。よっぽどみずほのことが気に入ったみたいだだから」
「昨年はホント、ちーちゃんをはじめ、みなさんにお世話になりました。ありがとうございました」
 しかし、その言葉に説得力が乏しく、ちどりは思わず「そのわりには、普段の服装はまったく代わり映えしないんだよな~」と言った。
 みずほは言い訳がましく「だって、自分でコーディネート?って面倒くさいんだもん。それに、それなりの格好したら、おしとやかにしなきゃなんないし…」と言うと、ちどりも「そりゃそうだよ。ワンピース着てあぐら座りできないでしょうが…」と言った。
 するとすかさず「だって、パンツが見えちゅうもんね」
「私はそれ以前の問題だと思うげれどね」
 ちどりはあきれてため息をついた。するとみずほは、突然思い出したようにあすかのことを話した。
「ねぇねぇ、ちーちゃん。あすか先生、結婚するみたいだよ」
 その言葉にちどりは驚いた。
「えっ!それホント!? 大学を辞めるかも知れないって噂は耳にしたけど…。そっかー、結婚するんだー」
 すると今度は、みずほが驚いた。
「えっ!ウソ!あすか先生、辞めちゃうの!?ホントに?」
「いや、ホントがどうか噂なのでわかんないけど…、結婚するってのはホントなんだろう」
「そうみたいだよ。と言うことは、あすか先生寿退社かー。いや待てよ、会社じゃないから寿退学?」
「何言ってんだよ。先生が退学してどうすんだよ。退職!寿退職!あんたそれでも本当に小説家なのか?」
「そっか。そうだね。寿退職だね」
 みずほはそう言って笑った。

 ふたりが参拝に向かったのは、みずほが神頼みに参った『大空神社』だった。
「みずほ、前にここにお参りに来たけれど、その後ご利益はあった?」
「ない!まったくない!!」
「ハッキリ言うねー」
「だから、今年は先におみくじを引いて、その結果次第で参拝するかどうか決めるの!」
「みずほ、ぃゃあえてあんたと呼ぶわ。あんた神様相手にシオ対応だね~」
「まぁね。とにかくおみくじ、おみくじ」
 ふたりは参拝順路を無視し、参拝者を押し退けて祈祷所横のおみくじに向かった。そして、みずほは気合いを入れておみくじの筒を振った。

“四十一番”

 番号を見ると、筒をちどりに渡した。いきなり渡されたちどりは「えっ!?私も引くの?」と思わず言ってしまった。みずほは“当然”と言うような顔をしてニッコリうなずいた。
「えぇぇ、私は参拝してからのつもりだったのにー」と小さな声でつぶやいが「何か言った?」とみずほから聞かれ「いや、べつに…」と適当にはぐらかしおみくじを引いた。
「ちーちゃん、何番だった?」
「人の番号聞く前にあんたの番号言いなさいよー」
「えーと」
 思い出しながら答えようとするみずほに、ちどりは「ウマ!じゃなかった、今年はヒツジ」とボケをかました。
「干支じゃないの!もうー!」
「モウーって、ウシだった?みずほ、ウシ歳生まれだったけー」
「ちーちゃんがくだらないボケ言うから忘れちゃったよ」そう言うと、みずほは再びおみくじを引いた。
「えーとね」
「ウシ!」
「もういい!ミスコンと同じ十四番。ちーちゃんは?」
「私は、四十一番」
 みずほはその数字を聞いて、一瞬?ってなったが、気にとめないことにした。ふたりは早速、みくじふだを授かりに行った。

 巫女からみくじふだをいただくと、何はともあれ吉凶に目がいくものである。
「ちーちゃん、見て見て!大吉だって。ちーちゃんは?」
「私は、吉」
「凶じゃないからいいじゃん」
「まぁね」
 ちどりにしてみれば、きちんとお詣りの後引けば大吉だったかも知れないと言う気持ちがあったのだろう。だから“吉”でもあまり喜べなかった。
 そんなちどりの思いをよそに、みずほは自分の運勢を読みだした。
「まずは、恋愛運!“万事悉く成就す”だって。やっぱりあたしの脅しが効いたんだよ」
「よく言うよ!まぁ、神様と勝負しようって輩は、みずほぐらいならものだけど…」
 ちどりは半ばあきれて言った。
「ちーちゃんはどうなの?恋愛運」
「私は…」
 みずほは、口ごもるちどりのおみくじを覗き込んだ。

“理想と現実を認識すべし”

「言えてる!それに待人欄も“待ち人来ない。待つな”って、笑える~」
「もうー!勝手に見ないで!」
「だって、すごっく当たっているんだもん」
「みずほが悪いんだからね。ちゃんと先にお詣りしていれば、きっと大吉だったはずだもん」
「じゃー、お詣りしたあともう一度引いてみれば」
「言われなくても、そうしますよーだ」
 結局ふたりは笑いながら参拝者の列に並んだ。なんだかんだ言って今年も、やっぱり仲の良いふたりだ。そして“大吉”を引いたみずほは上機嫌である。
「やっぱ、初詣のお客さんでいっぱいだね」
「なんか変じゃない?普通、初詣の人のことを“お客さん”とは言わないと思うけれどね」
「まぁ、細かいことは気にしない。気にしない。お正月ですから」
 そう言われると、ちどりとしては返す言葉もなく、不機嫌が増している。そんなちどりを構うことなく、みずほは拝殿へと向かう。
「ちーちゃん、なにしているの?早く、早く」
 みずほに急かされ、駆け寄った。ふたりは賽銭箱の前に並ぶと、賽銭を投げ入れ、鈴を鳴らして柏手を打ったその時「痛っ!」ちどりが叫んだ。
「ちーちゃん、後ろの人が投げたお賽銭が当たったんだよ」
 みずほはそう言って笑った。
「笑うな!今年は正月早々最悪だよ」
「まあまあ、そう言わずに、おみくじ、もう一回引くんでしょう。行こう、行こう」
 みずほはテンション下降中のちどりを急き立てた。

 ちどりはみくじ筒を振いだすと、傍らでみずほが「どうか“大吉”が出ますように」と声を出しながら祈った。
「う・る・さ・い!」
 ちどりは思わず言ってしまったその瞬間、みくじ棒が出てきた。

“七番”

 みずほが覗き込み「やったね七番だ!ラッキーセブンだよ」と言った。するとちどりも今までの不機嫌がウソのようになりニッコリ笑った。
 はやる気持ちを押さえ、みくじふだを授かり、見てみるとそこには待望の“大吉”ではなく“中吉”と書かれていた。
「ちーちゃん、どうだった?」
「ぅうん。“中吉”だった」
「えぇぇ、ビミョー!」
 みずほは思わず口走ってしまった。しかし、その言葉にちどりはうなずいた。
「確かに微妙。“吉”と“中吉”って、どっちがより“大吉”に近いんだよ!?そもそも“吉”の連れ合いが“凶”なら“中吉”の連れ合いってなんなんだよ!」
「ちーちゃん、ちーちゃん、落ち着いて。“末吉”ってのもあるんだから…」
 意外なところに絡むちどりを、なんとかなだめようとしたみずほだったが“末吉”を持ち出したことが余計だった。
「なんなんだよ“末吉”って!?“末吉”の連れ合いを出せ!!」
 みずほはもう必死だったのだろう、さらに訳のわからないことを言ってつくろった。
「“末吉”は幸薄く独身なの。だから連れ合いはいないのよ」
「じゃー“中吉”は?ひょっとして未亡人?結婚ていう夢が叶っても旦那さんは先に死んじゃうんだ」
 ちどりのその言葉に、今更ながらおみくじの吉凶を擬人化すべきでなかったことに気付いたみずほであったが、そもそも擬人化したのはちどりだ。さすが勘だけはいい、みずほはひらめいた。
「ねぇねぇ。そもそも“吉”と“中吉”のどちらが“大吉”よりかどうかって言うことだったんじゃないの?だとしたら、書かれている内容次第で決まると思うんだけど…」
「そ、そうだよね。内容次第な訳だね。では、恋愛運を発表します」
「ジャジャン!」
「えーと」
「ヒツジ年で~す」
「正解!まぁそれは置いといて…」
「どのあたりに置いときましょ?ここかな~。ここかな~」
「えぇーそれはそこで、これはここ…って、そんなボケ今いらんわ!私がボケたらちゃんとツッコんでよー」
「ハイハイ」
「さて、気を取り直して恋愛運ですが“意外な人から…”だって 」
「ヒューヒュー。で、待人は?」
「待人はね~。待ち人だけにちょっと待ってね。なんてね」
「上手い!参った」
「“待ち人来難し。アプローチは確実に”だって」
「と言うことはですよ。意外な人にしっかりアプローチすれば… ってことですか~」
 みずほのその言葉にちどりの期待は膨らんだ。しかしその期待は、みずほの余計な次の一言で、もろくも崩れることとなる。
「意外な人となると観点180°変えてみてみないといけない訳だ」
「そうなんだ…」
「って、なるとちーちゃんの苦手とか、嫌いなタイプ…てことかな~?」
「なんか嫌な予感…」
「例えば、あたしの兄貴とか…」
「ゲゲー。正月早々縁起でもない。アイツ顔を思い出すだけで…、やめてくれー」
 果たして、ちどりにとって良い年になるのだろうか?

 みずほは意気揚々と、ちどりは意気消沈でいつぞのようにブツブツ言っている。
「ちーちゃん、そんなに気にしないの。単なる例え話だからさー」
「ブツブツ…、ブツブツ…」
「そうだ。おみくじを木とかに結ぶと、運が好転するんだって」
「もちろん結んで帰る。ブツブツ…」そう言って、ちどりは引いたおみくじを木に結んだ。
「そろそろ戻って、屋台をのぞこうよ」
「わかった…」
「ほらほらあそこ“リンゴ飴”だって。あれってさぁー、結局最後まで食べきれないんだよねー」
「なんかさぁ。なんか腹立ってきた」
「リンゴ飴が…?」
「リンゴ飴?リンゴ飴に罪はない。食べきれないのに買うやつが悪い。そうじゃなくて、アイツの顔が脳裏にこびりついてとれないんだよ!」
「アイツ…って?」
「あんたの兄貴だよ。あ~ぁ!イライラするーぅ」
 ちどりのブツブツがイライラに切り替わったその時だった。誰かがみずほの晴れ着の裾を踏んづけてしまった。その弾みでみずほは転倒しそうになり、ちどりの晴れ着につかまった。すると、不意につかまれたちどりがバランスを崩した。あわや無様にズッコケる、かと思いきや直前に首根っこをつかまれ転倒はまぬかれた。それはまるで捕まった野良猫のような状態で、ちどりは「テメー!何しやがる!!放せ!」とみずほの晴れ着の裾を踏んづけた男を怒鳴りつけた。しかし、男は動じることなく「こりゃまた、すいませんね」と笑った。
 その時、口元の前歯から右に4本目に虫歯がチラリと見えた。その瞬間、みずほがフリーズした。
「みずほ!みずほ!どうした?こんなところで寝るなよ!」と声をかけ目の前で手を振った。
 するとみずほが、か細く言った。
「ちーちゃん、ほっぺつねって!」
 みずほのその言葉にちどりは自分のほっぺたをつねってボケた。そのボケに、男は思わず吹き出した。
「違うの、違うの。あたしのほっぺをつねって!!」
 みずほからのツッコミもなく、スカされたちどりは、とりあえずみずほの頬を思いっ切りつねった。
「痛い!痛い!!やり過ぎ!加減してよ」
 このやりとりに、男はまた吹き出した。
「君たち、面白いね。それにこんな奇跡本当にあるんですね。君はいつぞの雨の日、僕にこのハンカチを貸してくれましたよね。このハンカチですよ。覚えていますか?」
 男はそう話すと“ハロー・キティー”のハンカチを差し出した。みずほは、今まで見たことがないほど赤面している。ちどりは、ふたりの顔を交互に見比べて、みずほに話しかけた。
「この人だったの?みずほの憧れの待ち人って!?」
 みずほは小さくうなずいた。ちどりは、若くはないが、なかなかのイケメンで、正直、みずほにはもったいないと思った。そして気を利かせて話しかけた。と言うか、あわよくばと思ったのかもしれない。
「あの~、お時間あります?もし、ご迷惑でなければお茶でもご一緒にいかがでしょうか」
「はい。よろしいですよ。ただお正月なので、このあたりのお店はお休みの所が多いですよ。あそこでもよろしいですか?」
そのように言われると「構いません。おまかせします」と言うしかない。
とりあえずまかせることにした。

 ちどりはどんなお店に案内されるかと期待したが、着いた所は神社の参拝者休憩所だった。言葉を失ったが、みずほにとってはオシャレな店より十分居心地のいい場所だった。
「すいませんね。こんな所で」
 男はそう言って缶コーヒーを差し出した。
「ありがとうございます」
 みずほは嬉しそうに小さく答え受け取り、もう1本をまたまたテンション下降中のちどりに手渡した。
「ハイ、ちーちゃん」
「ありがとぅ…」
 男は少々気遣い気味に話し出した。
「あの~、まだお名前とか聞いてきませんよね。僕は大淀赤城といいます」
 ちどりは「あぁ、彼女は国東みずほ。私は松風ちどり」と投げ遣りに答えた。
「松風ちどりさんはよく存じております。暁曙大のミス・キャンパスですよね。そうそう7冠おめでとうございます」
 ちどりもそのように言われると、気分は良くなるもので「ありがとうございます。よくご存じですね」と言った。
「実は僕、あの大学に勤めております」
「え゛ぇー!!」
 ふたりは驚きの声を上げた。当然、大淀は尋ねた。
「どうかしました?」
 するとちどりが勝手に話し出した。
「彼女が、あー面倒くさい。みずほが雨の日に大淀さんに出会って以来、ずっと出会える日を待ちわびていたのですよ」
「はぁ」
 彼のつかみどころのない返事に
「あー、うっとうしい。要は、みずほがあなたに惚れたの!」と言い切った。
 みずほは恥ずかしさの余り、顔を上げることすら出来ない。大淀にしてみれば、ある意味突然の告白に動揺した。黙り込む大淀とみずほ、あきれかえるちどり、沈黙が続いた。その固まった空気を打ち破ることなく、ちどりが静かに立ち上がり、みずほに小さく声をかけた。
「先、帰るね。後はお二人でごゆっくり」
 みずほが引きとめようとしたが、うまくかわされてしまった。

 その後も沈黙が続き、時々参拝者が不思議そうに覗き込んでいた。長時間の沈黙を破ったのはみずほだった。
「あの~…」
 だが言葉が続かない。また沈黙が続くかと思ったが大淀が話しだした。
「みずほさん。もし、もし、よろしければ、僕とお付き合いしていただけませんか?どうかお願いします」
 ここまで言われると、断る理由などない。みずほも小さな声で「ハイ」とうなずくようにやっとの思いで答え、嬉しさの余り涙が頬をつたった。ただ、ちどりにつねられた跡がやけにしみた。

 夕刻、みずほは晴れ着を返すため、ちどりと駅前で待ち合わせをしていた。しばらくすると「ワリィ、ワリィ。ちょっと遅れちゃった」とちどりが頭をポリポリと掻きながら申し訳なさそうにやって来た。
「大丈夫だよ。あたしも着いたばっかりだから」
 みずほはそう言ってちどりを気遣った。
 ちどりはやっぱり、みずほがあの後どうなったか気がかりでしかたがない。
「で、どうだった?うまくいった?まさか大学関係者だったなんてね。それであの後どこか行った?ねぇねぇ、早く教えてよ~」
「そんな矢継ぎ早に、まくし立てられても…」
「だって気になるじゃん!」
「わかったよ。わかったから、ちょっと落ち着いて」
 ちどりはあせる気持ちを押し殺して、とりあえず「は~ぃ」と返事をした。
「ちーちゃんが先に帰ったってことは…。気を使ってくれたんだよね」
「まぁね。あのまま居ても居心地悪いし、うらやましすぎてイライラするだもん。それに後で私のせいにされたらたまらなからね」
「ありがとう。でもあの後一時間ほど沈黙が続いて…」
「えっ!一時間も?あきれた。みずほ、ホントあんたらしいよ」
「ごめんなさい。本当は二時間近くだった…」
「もういいよ。一時間も二時間も、あんたにとっちゃ代わり映えしないから」
 みずほはなんだか申し訳なさそうだったが、結論を先に言うことにした。
「それで、結局、結論から言うと、彼の方からコクられました」
「えっ!そうなんだ。良かったじゃん。って、彼の方から“付き合ってください”って言われたわけ?信じられない。どこまで強運の持ち主なの。ありえねーって言うか、あ~ぁ、みずほに先越されちゃったよ~。このちどり様を差し置いて先に…!でもなんか、自分自身が情けね~!」
 一通り愚痴ってから、しまったと思ったのだろう。
「あっ、大丈夫だよ。私たちは長年の親友だし、みずほの幸せは私の幸せだからね」
 ある意味、自分自身に言い聞かせていた。
「ちーちゃんと友達で良かった。本当にありがとう」
「それで彼氏、大淀さんだっけ。うちの大学で何しているの?」
「工学部の教授だって…」
「こ、工学部って…。ひょっとしてみずほの兄貴のこと、知ってんじゃないの?」
「たぶんそんな感じがした。でも…兄貴だと言えなかった」
「大丈夫、大丈夫。その方がいいよ。それよっかアイツにバレないようにしないとね。バカだから何し出すかわかんねーからね」
「ぅん」
「それから工学部って言えば、みずほにコーヒーぶっかけた翼ってヤツとその仲間もだったよな~。これは大学内や近辺で彼氏に会うのもマズいよね」
「うん。わかった。そうする」
 みずほは恋する乙女として、どうしても聞きたいことがあった。
「ねぇねぇ、ちーちゃん」
「なに?」
「あのー…」
「だから、なにって」
「あたし…、お化粧した方が…、いいかな~?」
「おっと、みずほもついにその気になりましたか。そうだよね。彼氏の前では少しでも綺麗いたいもんねー」
「もうー、冷やかさないでよ~。だって今までお化粧なんて経験が一度もないだもん」
「ゴメン、ゴメン。でもみずほの肌は綺麗だから、ルージュだけで結構いけると思うよ。それに、デートたからといって、バッチリメイクアップして行くのもおかしいかもよ。気合入れて来ましたって思われちゃうから」
「えっ、どうして?」
「だって、はじめて出会った時はすっぴんだったんでしょう。それに今日だって、美絵さんがメイキャップしてあげるって言ってるのに、“ヤダ!”ってゴネたんだよー。しんじられないよ」
「でも、ちょっとお化粧してもらったよ」
「それは美絵さんが“晴れ着を着るんだから、薄化粧でもしないと映えないよ”って言ってなだめたからでしょうが…」
「・・・・・」
「まぁ、これから美絵さんや千秋さんに会うんだから、相談してみたら」
「わかった…」

 みずほとちどりは、美絵の友人が営むヘアサロンに戻って来た。
「お邪魔します」「ただいまー」とふたりして挨拶しながら店の扉を開けた。
「おかえりー」
 そう挨拶して出迎えたのは、千秋だった。すくさま美絵もやって来て「お疲れさま」
と声をかけた。
「みずほちゃんちゃんどうだった?振袖着ての初詣は?締め付けられてキツくなかった?胸とか、胸は大丈夫か。お腹とか苦しくなかった?」
 間髪いれず尋ねると、みずほが「ある意味、胸が苦しかった」と答える間も与えず、ちどりが話し出した。
「千秋さん、聞いてー!みずほの憧れの男性と遭遇したんだよ」
「えっ!」
 驚きの声をあげたのは意外にも美絵だった。
 みずほは“ちーちゃん、やめてー!”と言いたげにしているが、恥ずかしさの余り声が出ない。千秋は“続きを早く話せ”って雰囲気でちどりに迫っている。ちどりは一瞬、みずほの方を見ると、小悪魔のように「でね。なんとなんと!!意中の男性に告白…」とみずほの気持ちを揺さぶりつつ、もったいつけた。
「もったいつけないで早く言えよ!」
 そう言い出したのは、千秋ではなく美絵だった。一瞬、時間が止まったようになり、その場の空気を察した美絵が「あっ、すみません」と謝った。みずほの顔は、もう真っ赤でうつむいたままである。ちどりはそんなみずほに話を振るのである。
「はい!ここから先はみずほ自身に発表していただきま~す!それでは、国東みずほさん、どうぞ」
 千秋と美絵は拍手し、これにちどりも加わった。こうなってしまったら、みずほにとっちゃ訳がわからない。さらに大混乱中のみずほは、ちどりにとって思うつぼ。耳元で悪魔のささやきのように話しかけ、急かせる。
「大丈夫だから、あったことをそのまま話せばいいだけなんだよ」
「あのー、えっとー。実は…」
 みんなは固唾を飲んだ。
「いゃ…、やっぱり言えない…」
「何でやねん!」
 そうツッコミを入れたのはまた美絵だった。
 さらに「ひとに期待持たすだけ持たして、スカすんかい!人なめとったら承知せんぞー!!」と今にも暴れそうな美絵を「美絵ちゃん、美絵ちゃん、落ち着いて、落ち着いて」と千秋が止めに入った。
「あら、ごめんなさい~。おほほほほ…」
 美絵は笑ってごまかした。
 傍らでは、ちどりが千秋に小声で尋ねた。
「美絵さんって、元ヤンなんですか?」
「シーっ。それはわからないけれど、関西出身だからね。向こうではブイブイ…」
 千秋の話しを最後まで聞かず、こっそりみずほに話しかけた。
「みずほ、元ヤンの美絵さん怒らせるとマズいよー」
 そのことを聞くやいなや、直立不動で「ハイ!彼に告白されました」と言い切った。千秋と美絵は、あまりにも唐突に言い切ったため、目が点になっている。ちどりが改めてフォローした。
「だからね。みずほが気持ちを伝える前に、彼の方がコクちゃったてことなの。言い換えれば、千秋さんや美絵さんがみずほのために振袖用意してくださり、着付けとかしてくださったおかげで、みずほに春が来たってことなの」
「そうなんだー。美絵ちゃん、私たち愛のキューピットね」
「みずほちゃん、良かったね」
 ふたりはそう言うとみずほを思いっきり抱きしめた。
「千秋さん、美絵さん、苦しいです。ちーちゃん、た・す・け・て…」
 みずほは振袖を着たまま悶えた苦しんだ。
「胸が、つ・ぶ・れ・る…」
 ただ、助けを求められたらちどりといえば「大丈夫!大丈夫。もうつぶれているから」と言って、お腹を抱えて笑い転げていた。

 しかし、なにやら笑い転げる、ちどりの様子がおかしい。はじめは笑いすぎでお腹が痛いのかと思ったが、どうも違うようだ。ちどりが小さな声でみずほを呼んだ。
「みずほ、ちょっと来て…」
「ちーちゃん、どうしたの?」
 みずほが駆け寄ると
「ちょっとお腹が痛い…」
「笑いすぎたんじゃないの?」
 ちどりは首を横に振った。
「じゃーウンチに行って来れば」
 ちどりは余程厳しい状況なのだろうか、油汗をかきながら、蚊の鳴くような声で言った。
「トイレ…どこ?」
「ちょっと待ってね」
 みずほはそう言うと、千秋の元に向かい「ちーちゃん、ウンチしたいって言ってるんだけど、お手洗いどこですか?」と尋ねた。
 しかし、あいにく勝手がわからない千秋にはどこあるのかわからず、美絵に同じことを尋ねる羽目になった。
「美絵さん、ちーちゃんがウンチ漏れそうなんだって。トイレどこですか?」
「トイレならそこの扉開けたところ。でもここ和式だから、裾を捲くし上げないと…。千秋ちゃん、お願い」
「美絵ちゃん、了解!」
 そんな中、ちどりは半ば泣きそうな思いでみずほたちの会話を聞いていた。もちろん、心中穏やかでない。“テメー、ウンチ、ウンチって連呼しやがって!覚えてろよー!”と思っていても、声に出すことができる状況にないのだ。
 千秋はすぐにちどりの元に来て、晴れ着の帯を緩め、裾を捲くし上げると、腰紐で結び留めた。みずほはその姿を見て「ちーちゃんのイチゴのパンツ見っけ!」とおどけて言った。もちろん、ちどりは睨みつけたが「ハイ、完了。早くウンチ行きなさい」と急かされ“千秋さんまで…、ひどーい”と思いながら、トイレに駆け込むのだった。

 トイレからほっとした顔で出て来たちどりに美絵が声をかけた。
「ウンチしたらスッキリした?はい正露丸」
“美絵さんも…”と思ったが、みずほを見るなり、鬼のような形相で睨み付け怒鳴った。
「みずほ!ウンチを連呼するな!!みんなから言われたじゃないか!ミス・キャンパスのイメージが丸潰れだよ」
 しかし、当のみずほは動じることなく
「別にいいじゃん。デカワンコの花森一子ちゃんなんて、小さい頃“ワンコ”ってあだ名が災いして“花森ウンコ”って呼ばれ、それがトラウマになったんだよー。そのことに比べたらたいしたことないでしょう。なんだったら、これから、ちーちゃんのこと“ウンチくん”って呼んであげてもいいよ」
 ちどりは内心“何がデカワンコだ!ウンチくんって呼べるものなら呼んでみろ!!”と思った。
 みずほはさらに話し続け「それにさぁ、ここには女の子しかいないんだもん、いいじゃんそれくらい」と言った。
 その言葉を聞いてちどりは“まずい、ここで開き直ってあんなこと言ったら、みずほは、私のことを“ウンチくん”と呼ぶかもしれない。いや、きっと呼ぶ。まして、“ウンチくーーーん!”なんて呼ばれた日にゃ、アホみたいだ。さてはさっきの反撃か?”と思った。千秋や美絵も笑いながらうなずいていて“ここはおとなしく聞き流して置くか…”と決め黙っていた。
 返す言葉もないちどりに、みずほの話しはまだ続く。
「ちーちゃん、いったい何を食べたの?変な物、食べたんじゃないの?」
「別に、拾い喰いはしてない。ただ、リンゴ飴食べただけだよ」
「あの大きいヤツ?」
 ちどりはうなずいた。
「あれを一人で全部食べたわけ?1個まるまる?」
「いや…、実は3個…」
 その言葉に、千秋と美絵は驚いた。
「えぇぇー、ウソでしょう?」
「本当に?なんで?」
 ちどりは気まずそうに話し出した。
「だってみずほがさぁ。大吉引いて、彼氏ができて、新年早々HAPPYだけどさぁ。私と言えば一人寂しいお正月で…。“こうなりゃヤケ喰いしてやる!”って思って、みんなが食べきれないリンゴ飴をいくつ食べられるか挑戦したの…」
 するとみずほが言い出した。
「ちーちゃん、自分の引いたおみくじの健康運、読まなかったの?“食べ過ぎに注意”って書いてあったのに…」
「恋愛運しか見てない…」
 ちどりは小さくうなずき、みずほたち三人はあきれかえった。
 
 着替えを終えたみずほは、次に美絵に髪を戻してもらっていた。
「美絵さ~ん、あのー」
「なにー?」
「えぇーと…、あのー…」
「あっ、さては彼氏の手前、お化粧しなきゃなんないって思っているのでしょう」
「えっ、なんでわかるんですか?」
「だって顔に書いてあるよ。なんなら日本エレキテル連合みたいに白塗りする?」
「ダメよー、ダメダメ」
 みずほはすかさず日本エレキテル連合のギャグを言った。
「ナイス!みずほちゃん。みずほちゃんはきれいな肌しているからお化粧はしなくても大丈夫だよ。まぁ、口紅ひとつでかなりイメージアップできるよ」
「そうですか。ちーちゃんもそう言っていました。でも、どれがいいのかわからなくて…」
「そうねー、AUBE coutureのPK101かRD503あたりが似合うかもよ」
「ありがとうございます。今度買ってみます」
「そうだ今、ちょっと試してみる?ちょうどPK101があるし…」美絵はそう言ってルージュを出してきた。
「あるんですか。うれしい!お願いしまーす」
「じゃー、とりあえず洗面台にあるクレンジングで、今付いているメイク、落としてきてくれる」
「ハーイ」みずほはそう言うと洗面台の方に駈けて行った。

 一方、着替え中のちどりは千秋と話していた。
「ちどりちゃん、大丈夫?」
「すみません。お騒がせしました。もう大丈夫です。美絵さんにお薬もらいましたから」
 ちどりのその言葉を聞いて、千秋もちょっと安心したようだ。そしてみずほことやちどりの恋愛事情などを話した。
「みずほちゃん、良かったね。次はちどりちゃんの番だよ~」
「千秋さん、プレッシャーかけないでくださいよー」
「でも…イチゴじゃな~…」
「えっ!?ダメなんですか?」
「ダメって訳じゃないけれど…。かわいいとは思うよ。確かにかわいい。でも特別な日は勝負しないと」
「一応、一番お気に入りを選んだつもりなんだけどな~。ちなみに、千秋さんはどんな物を選んでいるんですか?」
「私?私はシルクね。それも真っ赤なのね。特別な日これが一番」
「へぇー。でも高そう」
「それに、身に着けているだけで、運気がアップするんだよ。多少高くついても、その価値はあると思うよ。まぁ、なかなかみずほちゃんのようにはいきませんが、気は持ちようってことで…」
「そうなんだ!勉強になりました。今度奮発して買って来ます」
 ちどりは運気アップの手段を手に入れ、一気に明るくなった。
「ところで、ちどりちゃんってどういうタイプの男性が好きなの?」
「私ですか?誠実でハンサムで私の言うことなんでも聞いてくれる面白い人ですね。でも、マッチョやひ弱人はダメです」
「なんか贅沢」
「あと、」
「まだあるんだ」
「女性にだらしない人も×」
「まぁ、それはいえるね。例えば、芸能人で言うなら誰?」
「うーん、芸能人で言うなら松坂桃李くんかな」
「そっかー。なんとなくわかる気がする。でも、ちどりちゃんの理想の彼氏が現れるのは、まだまだ先ね。生きているうちに会えるといいね」
「千秋さん、ひどーい」
その言葉にふたりはは笑った。
「そうそう、千秋さん。みずほの彼氏って、うちの大学の教授なんだよ。学部が違ったから、一度も気付かなかったけど、ホント驚きでさ」
「意外と世の中って狭いんだね。で、彼氏って、かっこいいの?イケメン?」
「それがさー、おじさんなんだけど、イケメンでかっこいいんだよー。みずほには絶対もったいないと思う。だって福山雅治似なんだよー」
「えっ!そんなにかっこいいんだ。それなら大学に行けば会える可能性があるんだね。ちどりちゃんの大学って学食とか一般の人でも大丈夫だったけ?」
「ちょっと千秋さん。目的が違っていませんか」
「いや、私はただ、みずほちゃんの彼氏がどんな人か気になっただけで…。いや、スミマセン」
「意外と千秋さんの春も遠そうですね」
 ふたりは、笑い合った。

 メイクをすっかり落とした、と言っても薄化粧なのですぐ落ちた訳だが、みずほが美絵の元に戻って来た。
「美絵さ~ん!やって、やって」
「みずほちゃん、ちょっと待って。きちっと拭き取らないから、雫が残っているじゃないの。髪まで濡らしちゃって…」
「エヘッ」
 みずほはそう言って舌を出した。
「とにかくこれで拭きなさい」
 美絵はタオルを手渡した。みずほは受け取ったタオルでやや乱暴に見えるくらい激しく顔や髪を拭いた。その姿を見ていた美絵は「あぁっ!あ~ぁ!」と声にならない声をあげ、あきれかえった。
「美絵さん、こんなもんでいいっスか?」
「いつもお風呂上がりはこんな感じで、拭いているの?」
「はぃ。何かまずいですか?」
 美絵はヤレヤレと思った。
「そんな乱暴にやっちゃうと、髪が傷むわよ。顔も傷付いちゃうし…」
「すみません」
 みずほは少々落ち込んだ。
「さて、気を取り直して、ルージュを引いてみますか」
 その言葉を聞いて、みずほのテンションは再び上がった。実に現金なものだ。
「美絵さん、お願いしまーす」
 美絵はみずほの唇にルージュを引いた。
「これでよし!」
 そう言うと、みずほに手鏡を渡した。
「えっ!すごい」
 みずほは驚きの声を上げた。
「でしょう。ノーメークの素肌に唇だけにルージュ。すごく目立つでしょう」
 みずほは、只々うなずいている。
「男性からは、ルージュの引かれた唇が気になってしかたがないと思うわよ」
 みずほは先ほどより強いうなずいた。
「突然kissされて、強引に唇を奪われるかもよ」
「キャー!」
「勝負の時は、唇だけに…」
「了解しました」
 みずほは敬礼した。