回復するとか、仕事柄、まあよく便宜上言葉として使うのですけど

 

一体どういう状態を指すのだろうかと、考え込んでいます。

 

人に迷惑をかけないレベルなのか

 

本人に困ってる感覚がなくなればいいのか

 

人から見て、あなたは大丈夫と言われたら、大丈夫なのか

 

友達が出来たら回復なのか

 

(いなくても本人が困ってなければ、別にいいわけで)

 

内面の挙動不審が少なくなったらOKなのか・・・・

 

 

まあ、そういう状態になれば、今まで無かった余白が心と体にできてくるわけです。

 

 

余白が出来たらどうなるか・・・・

 

 

心にゆとりができる

 

 

 

 

 

うん、できるんですよ

 

でもね、余裕ができたら自由になるわけです

 

 

その自由ってやつは、自分で自分のことを責任とらなきゃいけないことになるんですね。

 

 

 

こいつが、おそろしい~

 

 

めちゃおそろしい

 

 

今まで、鎖につながれてた犬が解放されたように

 

野生へ飛び出す!ってなことにはならないんですね

 

 

たとえば盲導犬・・・

 

犬のしつけ

 

引退しても、身についた盲導犬らしさが消えることはありません

 

それと、人間の心の解放ってやつと同じにしてはいけませんが

 

似たようなところがあって、

 

幼少期から、過干渉、放置、虐待など受けてきた人たちは

 

そこから身を守るために、妄想にはいったり、無感覚になったり

 

独自の世界観を構築し、外部の世界から自分を遮断して生きていきます

 

そのためには、一般が学習することを学習しそこなったり、

 

時期が遅すぎて、できなかったり、あきらめたり

 

「これにチャレンジしてみよう」とか「これって、面白そう、楽しそう」とか

 

「こんなこと言ってみよう」とか

 

社会に出て、意志を自由に

 

自発的な意思を出すという練習ができないまま、

 

受動的な生き方で、身をひそめるという技を編み出します

 

カウンセリングをうけて心の隙間ができて

 

心に余裕が出ますと

 

この、自発的意思ってやつが、なんとも恐ろしい・・・

 

どうやって出すの?

 

練習したことないから、わかならい

 

たまに、同年代の中で出してみて

 

同年代が軽々とできそうなことが、自分にできないことにショックを受け

 

余計、受け身になるという悪循環を自分で作っていきます。

 

 

確かに親から、奪われたのは自分の意志なのですが、

 

親から独立したのち、それを練習するには、

 

あまりに力量の差がありすぎて

 

追いつけないことになります

 

 

二重に傷つき、また、じぶんを縛る生き方を選んでいきます

 

ここからは、親の問題より、自分の意志の問題になります。

 

私の父は85ですが、いまだに自分の実母、実父からしてもらえなかったことを

 

自分は大変だったんだと訴えてきます。

 

この3次被害が、不登校、引きこもり、あるいは3世代続くACなのかと思っています

 

毒親とよくいわれますが、

 

確かに原因はそこにあったかもしれません

 

後に、そこから、回復へ向かう人は

 

周りの目や評価をきにしている自分に気が付きます

 

そして、親というよりも自分が自分を不自由にしていることを

 

体感します。

 

頭で覚えるって意味ではありません。

 

そう自分で感じるんです

 

そこで、葛藤しますね。

 

 

自分の周りの評価ばかり気にしてたこと

 

でも、評価が自分の意志に成りすましていたこと

 

ああ、でもでも、自由にしたい!

 

言いたい!

 

そして、方向性は自然と、評価か、自分の意志か

 

葛藤しながらも、自分の意志を選ぶようになります

 

最初は、不器用ですよ

 

自分でもなんて、へんてこな表現なんだろうとか

 

まわりにも、煙たがられたりもします

 

あの人、昔と変わったって

 

離れていく人だっています

 

もっと素直だったのにってね

 

 

うん、離れてもいいんですよ

 

あなたの従順さをいいことに、近寄ってきてくる人など

 

そばにいても一円の足しにもなりません。

 

 

付き合いが変わってきます。

 

 

当たり前です

 

 

波動があわなくなるから←こらこらwww

 

これは、ウソです(´・ω・`)

 

自分が意志を出せば、意志を出さない人は散々ごねて

 

勝手に去っていきますので、安心してください

 

でも、反対に意志を出してくる人が近づいてきます

 

 

なんて、ラッキ~

 

 

 

そして、意志を出したくなく、自分に責任というものをとりたくない人は

 

誰も守ったりしませんのでね^^

 

離れちゃっておっけです

 

 

というわけで、私の考える回復っていうのは

 

余白ができたら、その分を自分の意志作りに使える人ではないかと

 

考えています。

 

ちなみに、余白ができても、意志を出したくない人は、ずっと自分の問題を作り続けて

 

そこに埋もれていたい人だと思われます。

 

 

間違ってもかまわないし、なんどでもチャレンジできる素敵な世界がそこにあります。

 

 

意志と意志のぶつかり合いもあるだろうし

 

うるさい世界になりそうですが((笑)

 

自分を自由にする勇気のある世界

 

それが

 

回復ではないかと思っていますよ