久しぶりの記事ですね(*^^)v
先日のグループセッションでのショッキングな出来事を少しだけ。
みなさんは、忙しくて夕飯作れない時、
体調悪くてご飯作りたくないなあと思った時
どのような手段をとりますか?
ACの典型的なやり方として
1.熱でふらふらでも、身を犠牲にしてでも
ご飯を作る
2.犠牲感を隠して、家族の誰かが労わってくれることを期待する
3.だれも気づいてくれないと、家族は私を理解してないと、恨みを募らせる
こんな感じになるのですが…
私なら近くのお弁当屋予約電話いれて
取りにいくか、
もしくは、家族の誰か(主に夫)に体調が悪いことを伝えて買ってきてもらう
という普通の行動すると思われます。
と、それが当たり前だと思っていました。
けど、、、
先日のグループセッションの参加者に
MCのきんたろうさんが
〇〇〇ほっか亭の焼肉弁当食べたことある?と
問いかけました。
(あなここは、食の基本の基本からアプローチしていきます)
ところが参加者全員、焼肉弁当どころか、
〇〇〇ほっか弁当さえ、行ったことがない
という衝撃の事実が、、、
あんなにも、コマーシャルしてるのに
あんなにも、美味しいのに、便利なのに(笑)
なぜ??
理由を聞いてみました。。。
車で行かなければならないから
めんどくさい
近くにない
(え、ほんま??)
それぞれに調べて頂きました。
そうしたら、近くにありました。
車で少し行ったら、あるんですね。
存在さえ無視しているこの状態。
行ってみたらわかると思うのですが、
夕飯時には、忙しそうな主婦の方たちが
お弁当屋さんを利用してる姿を普通に見ます。
遊び疲れた休みの夕方、
家族で買いにきている人もかなり見かけます。
お父さんが家族分を受け取りにきているのも見かけます。
様々な工夫がそこになされています。
生活の知恵、工夫ですね。
ACの方によく、見かけるのが
手作りへの信仰心
↑↑↑
恨みを貯めながら作るより
楽を選んだ方が良さそうだけど…
さらには、恨みをためるための犠牲心
楽したら負けくらいな感覚。
誰と勝負しているのかわかりませんが…
自己肯定感、あがりませんね^^;
他にも、まわりの人や生活への興味のなさ
あれほど、コマーシャルで目にするものを
自分とは切り離して、全く興味なく流している。
自分の世界観の中で、外界を拒絶して
狭い世界ですごしている。
不自由さ、窮屈な感覚、修行的行動、抑圧的な環境への慣れ
幼い頃からの家庭の雰囲気がそのまま
生活に影響を与えているのではないかと考えます。
自由にすることへの恐れがそこにあります。
一見、ふつうの主婦をしているように見えるのですが、
内面ではとても自己制限があり
自分で選んでる生活でありながら
恨みをためていく仕組みを、持っています。
大人になって、もうだれもあなたを制限する人はいないはず。
子供のころに形成された
自由にしたら処罰が与えられた過去。
(おまえは、だらしない、とかね)
その感覚をずっと持ち続け
生活の基本の木を喪失したまま
苦労を背負い込んで恨みを貯め、
子供もまた自由をさせない子育て
喪失を与え続けていく連鎖が継続することによって、
子供が たちもまた世間とのズレの中で苦しむことになります。
たかがお弁当という例え話ですが
されどお弁当です。
〇〇亭の焼肉弁当、ごはんに合って
美味しいよ(๑´︶`๑)☆.。.:*
↑↑↑
まわし者ではありません(笑)
高熱でも、手作りがどうしても好きなんだって方にはもちろん
作る自由はあります( ᵕᴗᵕ )
あなここで、出版している本たちです
是非読んでくださいね♪
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