何か、特別なことをしたい

人と違ったことをしたい

みんなと同じことで満足したくない


若かりし時、私もご多分にもれず

そんな自己顕示欲が

非常に強くありました。


一般的には、上昇志向ともとれますが

これ、全く違うものです。

認めさせたかった思いのなごりです。


誰に?


いつまでも、自分の方を向いてくれない
お母さんに振り向いて欲しかったのですね。

これが分かるまでは、また後の話。


  高校生の頃くらいから、

みんなはどうして、そんなことを思わないんだろうと

逆に不思議でした。


そんな人生で満足なの?

そんな適当に自分の人生決めちゃっていいの?

お嫁さん?なにそれ

家の中に地味にいて、そんなんでいいの?


だから、そんな普通の人が近くにいると
すごく、腹が立っていました。


あんなん、ありえなーーい


何かを目指さなきゃ

何かを成し遂げなきゃ

名前を残さなきゃいけんでしょ


( ̄▽ ̄;)お恥ずかしい💧



私の実家は、妹と長女の私

妹はダメな子供を演じることで

両親の気持ちを引きつけることに成功しました。

そして、私は、すごーーく、いい子になることで

成功     してないです。

みてもらえない事実は変わらない。



まだ足りない

やれば出来るのよ

きっと、すごい人になる


そうしたら、みてもらえる



に、違いない


いつの間にか、それが

恐ろしいくらい自己顕示欲が肥大していきました。


それと同時に、普通に暮らしてる友達を

とても

羨ましく思っていました。

両親と買い物行ったとか

里帰りして、いっぱい充電してきたとか

お母さんに相談してきたとか


異世界のはなし


ない


私にはない


それが、私の空虚


悲しみであり、誰にもみられたくないこと。

やっても、やっても母は私には興味を示さない。

そして、心のどこかでは知っていた

普通の人でしかない自分を許せなかった。

母の願いを叶えられない自分も許せず。。。

決して願われたわけでは、なかったけど

DNAに、刻まれたような

特別な人にならなくっちゃは、私を追い詰めた。


特別な存在として、お母さんの笑顔で

私をみて欲しかった。


それを認めるのは、長い長い時間がかかりました。


特別でなくても、ただの母としてむすめとして

いられたら、どんなに幸せだったろうか


失くした時間を

取り戻すように

私は、いま普通でいられることを

堪能している。


おいしい

まずい

可笑しい〜

天気がいいね

楽しいね

うれしい

悲しい

苦しいよ



いろいろな気持ちが自分の中を通り過ぎることを

ただ許している。


ACの人には、

誰かの特別な存在でありたい

そんな、願望が強烈にあります。

それが、どこから来たものなのか

あなここは、

ルーツをたどるお手伝いをしています。


りんりん