私は小さな頃居場所がありませんでした
いつも小さなクラスの中で放浪していた気がします
それは、今で言う「無視」でした
長期的ではなく、
それは当時の子供の感覚で言えば
まだらに突然襲ってくる
お仕置きのようなものでした
あー、また始まったんだ
一緒に帰る人がいない
派閥争い
私も必死でした
が、力の強い者
Kさんには、とうていみんなは逆らえない
こびて、こめつきバッタのように
Kさんの回りを取り囲む女子
しかし、証拠を残さない
小学2年のとき、恐怖のあまり
1度親に言ったことがあった
そこから家庭訪問の時に担任の耳に入ることになりました
当時、私の親たちは役員などをしたり
先生たちや地域には一目置かれた存在でした
ある日、担任は給食のとき、Kさんに難癖をつけてKさんを平手打ちしました
私にはそれが、汚い手で
Kさんを貶めたような気がして
ひどく嫌な気持ちでいっぱいになった記憶があります…
その後、Kさんとは距離をおきながら
外れもの同士で地味にくっつきあい
学校生活をしのぎました
その中のある友達に私は小学四年に役場の二階にある
図書館に一緒についていきました
小さな設備の整っていない
狭くてぼろい図書館でしたが
私は新しい世界を見つけたと
そんな気がしました
それから図書館が私の唯一安心できるところになりました
五時に閉館するまで古本の中で
本の題名を眺めたり読んだりしていたものでした
それから、5年生の2月に家の都合で
転校したとき、寂しいよりも
ほっとした私がいました
なぜ、私はずっと無視をされなければならなかったのだろうか
当時はわかるはずもありませんでした
これが長い間、封印していた記憶のひとつです
守ってくれる人がほしかった
ずっと待ち焦がれ、待っていても
何も起こらなかった過去
家でも学校でも社会でも居場所がなかった
そして親となり
同じような経験を子供たちに
させてしまったこと
私の罪でもあり
私の親たちから続いた機能不全家庭
どうか、少しでも子供たちの
居場所の作れない悲しみを
そして、いま、まさに作ろうとしている
子供たちを全力で支えてあげて欲しいと
願うのです
それが、親たち自身が失ってきた
過去の取り戻しになります
失ったものは、戻ってきません
しかし、新しいものは作れるのです
親子ともに、この4月、5月
それぞれの自分との戦いだと
願い、祈りをこめて
いじめっこの一派が、その後どうなったのか
私にはわかりません
興味がないと言えば、うそです
でもきっと、どこかで自分の人生と格闘しているのだと思います
それぞれの戦い
私は私の「いま」を生きています
いびつで、失ったものはたくさんあるけれど、
傷みを力にして
時をこえて自分の居場所をみつける力を
手に入れました
そんな、気がしています
歩いていこう
私は私を見捨てない

いつも小さなクラスの中で放浪していた気がします
それは、今で言う「無視」でした
長期的ではなく、
それは当時の子供の感覚で言えば
まだらに突然襲ってくる
お仕置きのようなものでした
あー、また始まったんだ
一緒に帰る人がいない
派閥争い
私も必死でした
が、力の強い者
Kさんには、とうていみんなは逆らえない
こびて、こめつきバッタのように
Kさんの回りを取り囲む女子
しかし、証拠を残さない
小学2年のとき、恐怖のあまり
1度親に言ったことがあった
そこから家庭訪問の時に担任の耳に入ることになりました
当時、私の親たちは役員などをしたり
先生たちや地域には一目置かれた存在でした
ある日、担任は給食のとき、Kさんに難癖をつけてKさんを平手打ちしました
私にはそれが、汚い手で
Kさんを貶めたような気がして
ひどく嫌な気持ちでいっぱいになった記憶があります…
その後、Kさんとは距離をおきながら
外れもの同士で地味にくっつきあい
学校生活をしのぎました
その中のある友達に私は小学四年に役場の二階にある
図書館に一緒についていきました
小さな設備の整っていない
狭くてぼろい図書館でしたが
私は新しい世界を見つけたと
そんな気がしました
それから図書館が私の唯一安心できるところになりました
五時に閉館するまで古本の中で
本の題名を眺めたり読んだりしていたものでした
それから、5年生の2月に家の都合で
転校したとき、寂しいよりも
ほっとした私がいました
なぜ、私はずっと無視をされなければならなかったのだろうか
当時はわかるはずもありませんでした
これが長い間、封印していた記憶のひとつです
守ってくれる人がほしかった
ずっと待ち焦がれ、待っていても
何も起こらなかった過去
家でも学校でも社会でも居場所がなかった
そして親となり
同じような経験を子供たちに
させてしまったこと
私の罪でもあり
私の親たちから続いた機能不全家庭
どうか、少しでも子供たちの
居場所の作れない悲しみを
そして、いま、まさに作ろうとしている
子供たちを全力で支えてあげて欲しいと
願うのです
それが、親たち自身が失ってきた
過去の取り戻しになります
失ったものは、戻ってきません
しかし、新しいものは作れるのです
親子ともに、この4月、5月
それぞれの自分との戦いだと
願い、祈りをこめて
いじめっこの一派が、その後どうなったのか
私にはわかりません
興味がないと言えば、うそです
でもきっと、どこかで自分の人生と格闘しているのだと思います
それぞれの戦い
私は私の「いま」を生きています
いびつで、失ったものはたくさんあるけれど、
傷みを力にして
時をこえて自分の居場所をみつける力を
手に入れました
そんな、気がしています
歩いていこう
私は私を見捨てない
