地元と言っても車で30分ほどかかる日本酒の蔵元の蔵開きに行ってきました。

年に何回か社長兼杜氏のおじさんが我が家に販売に来てくれます。

毎回とてもおいしいので妻は迷わず購入しています。美味しいお酒が飲みたくなると蔵元の直売所に行って買っていました。4合瓶が一升瓶になって何回か経った先月、3月の終わりに蔵開きがあることを教えていただきました。

車で行くとどちらかが飲めず辛いとあきらめていたら、JRの駅からシャトルバスが出ることが分かりました。

これは行かない手はないということになり、蔵開きに行くときの留意点とマナーをネットで調べました。

チェイサーとして水をもっていった方がいいとか、マイ猪口持参のところもあるとか、しぼりたてを冷やして持って帰るため保冷バッグを用意したらいいとか情報を入手しました。

水筒、保冷剤と保冷バッグ、それにお気に入りの備前焼猪口をカバンに詰め込んで、最寄りの駅までいそいそと歩きました。

電車から降りるとシャトルバスはちゃんと待っていてくれていました。

到着したのは9時過ぎでしたが、大勢の人で賑わっていました。

200円でお猪口大の紙コップ2杯(2種類)おつまみ付きでした。

おでんや豚汁つまみが安価で販売され、大人気でした。

周りを見たらマイ猪口持参の人はいませんでしたが、2回目から係の人にお願いしてマイ猪口に入れてもらいました。

周りの人から備前焼で飲むのはおいしそうと言われました。

店の人からも「また来てくださいね」と言われました。

おでんをつまみにして、2人で3回お替りをして終了とし、大満足で帰りました。

4合瓶を2種類と酒粕ようかん、夕食用の巻きずしを買いました。

次回も行きたいと思った次第です。

60を過ぎて生まれて初めての体験をするのは刺激があっていいです。

 

またお会いします。

 

 

 

 

起きた時は曇り空で外出するころに雨となりました。

かかりつけ病院へ行って薬をもらいました。

同じ病院に母がシニアカーで透析に行っていたので、カーを置いて一緒に帰ってきました。

それで午前中は終わりました。

雨は1日中降る見込みなので午後は家で過ごそうと思います。

 

実は昨日職場の部署の解散会と称した飲み会でした。

私が兼務として所属していた課が2分割され既存の課に繰り込まれることとなり、飲み会の開催となりました。

結構盛り上がり、コロナの影響でダイヤ改正あり、3月12日から終電が30分早くなったのが分かりながら、終電を見送るというハプニングとなりました。

必然的に寝不足の私は本を読むと称して、午後は深い眠りを楽しんだのでした。先ほど買い物に行き「給料後の土曜日はサービスステーキ1枚1,097円」を購入しました。

今日も深酒が心配されますが、楽しくやりたいと私なのです。

ワイン1杯でも飲み続けると脳の萎縮が続くというショッキングな記事を読みましたが、少しひるんだものの週1回の休肝日を継続するという路線を変える気はありません。

 

それではそろそろ缶ビールのプルトップを起こし、ワインオープナーを回しましょう。

終わってほしいもの

 1,プーチン政権とロシアの侵略行為

 2,新型コロナウイルス感染症のパンデミック

 3,俺も私もの感がある値上げ

 4,妻の小言

 5,プラスチックごみの海洋汚染

 

3連休の中日です。妻が金曜日に3回目のワクチン接種を済ませました。副反応が普通にあり発熱、倦怠感、筋肉痛に見舞われました。

土曜日には収まり二人でおいしくお酒をいただきました。

雨が断続的に降ったので午後に予定していた墓掃除は今日に持ち越しとしました。いつもは参加しない母も草を取り、先ほど終わりました。

土曜日の午後は妻と買い物に行った後、ゴルフ練習場で150球ほど打ちました。

 

さて、日曜日の午後は特に予定がありません。

のんびりしたいと思います。

明日は久しぶりのゴルフです。元の職場から声がかかり、喜び勇んで参加します。

コースは2,30年前に何度か行ったことがあるコースで昔はそこそこのスコアが出ていた記憶がありますが、今の力でどのくらいで回れるのかわかりません。楽しみです。

 

侵略とコロナの収束を祈ります。

 

 

 

 

 

ポツダム宣言を受理し、天皇の玉音放送が流れるまで昭和20年8月14日正午から15日正午までの出来ごとを1時間ごとに描いています。

時系列にできるだけ本人の証言を得ての記述なのでゆるみがなく、緊迫感に飲み込まれそうになりました。

阿南陸相、鈴木首相、そして徳川侍従の振る舞いが印象に残りました。

 

作者のあとがきに1995年の30年前だから、いろいろ証言を聞き取ることができたが、「証言の喰い違う当事者の、生存している現代史を書く」ことの難しさを新事実を採用し、新事実を加えた後に述べている。

事実はひとつであるが異なる状況を自信をもって記憶している複数の人がいる。

作者によれば、本書に直接関係者の証言を得て、疑いの残るものは書かなかったという。歴史の真実に一番近いと思われる本書が我々に残されたのは幸運だと思う。