月曜日に娘のところヘルプに行った妻が本日木曜日に帰ってきます。予定では昼頃の電車でしたが、さっき連絡があって11時前に帰ってくるようです。

昨日はかめちゃんの水槽の水換えを久しぶりにしました。夜にかめちゃんが水槽の中で暴れるので仕方なく換えました。おかげで昨夜は大暴れはしませんでした。

 

妻が帰ってきてなるべくすることを減らしておこうと先ほどから洗濯を始めました。(洗濯機がですが…)

お風呂も洗いましたし、台所も洗い物は残さず、シンクもきれいです。(当たり前ですが…)

あと2時間ほどしたらいそいそと妻を駅まで迎えに行きます。

 

昨日の休肝日はサッカーU-23のアメリカ戦、大谷出場のドジャースの試合を昼間見たあと、サッカー天皇杯町田vs筑波大をバレーボール女子韓国戦チラ見しながら観戦しました。

いわばスポーツ観戦デイでした。

ノンアルビールが肝臓にしみわたり、熟睡しました。

 

合間に谷崎潤一郎の「痴人の愛」を読み返しましたが、今読んでも面白く新鮮でした。ストーリーを忘れていたせいもあり、半分過ぎから夢中で読んでしまいました。主人公が36歳で物語が終わるのですが、それも含めて面白いと思いました。

 

突然の追加ですが、ガザの停戦の実現を祈ります。

イスラエルはジェノサイドを即刻止めるべきです。

イスラエルの冷静な決断を望みます。

 

 

政治改革をやるつもりのない日本の政治家はその場を去って欲しいし、去るように国民がしっかり行動しないといけないと思います。

 

またお会いします。

 

 

 

 

土曜日に10アール足らずの水田を2時間かけて代かきをして、日曜日の午前中に田植えが無事終わりました。

土曜日の夜から長時間雨が降り、水が多い状態で田植えを始めましたが、田植え機をゆっくりと動かしたので欠株も少なく、ほぼ植え継ぎなしで1年に1回の大イベントが終わりました。

夜には発泡白ワインを2人で空けてお祝いをしました。

 

本日妻は午後につわりが重たい娘の育児をフォローするため、出発しました。私は先週に引き続き留守番で、水田の水管理と亀ちゃんの餌やりを担当することになりました。

ちなみに夕食は手揚げのあげを焼いたものがメインで、つまみに玉子ポテトサラダ、キムチ、ちーかま、ナッツ、イカさつま揚げ等で結構飲みました。

 

水利委員の仕事が朝からあったので、早めに起きて段取りをしました。妻を最寄り駅まで送る以外は、何もしなかったと言うのが実態です。

 

妻の帰宅は早ければ13日(木)になる予定です。

自分でご飯を炊いて副菜は冷凍ものを中心で過ごそうかと考えています。ぼちぼちがんばります。

 

またお会いします。

 

 

 

このところ半藤一利さんを読んでいますが、何冊か読んでいるうちに歴史は推理と想像力であると教えられました。

この本の冒頭に著者が坂口安吾の担当だったころのエピソードがあります。「歴史はどういうふうに読めばいいのかということ。」を安吾から教わったと書いています。

歴史小説の楽しみ方をいまさらながら教わりました。

これまで司馬遼太郎などの作品をこれが史実であり正しいと教科書を読むように読んでいましたが、幅が広がりました。

確かに司馬遼太郎は薩長好きで、半藤一利は嫌いですし、司馬は乃木希典の戦術を評価していないが、半藤はそれほどひどくないと弁護していたりします。

資料を表裏両面を確認しながらああでもない、こうでもない、こうかもしれないと推理、呻吟しながら自分の歴史観を作り上げるのが作家の醍醐味なのかもしれません。

 

ただ、事実をなかったと言い張ったり、都合のいいように言い換えたりするのは言語道断だと考えます。

自分の不都合なことは隠ぺいして忘れ去られるのを待つのは、過去、現在、将来に対する冒とくであると考えます。

私は「新独裁者の時代」、「地球環境悪化の時代」、「政治不信の時代」に何を訴え、行動できるのか自分に問いかけ続ける必要があります。

 

(まだ何もできてないけど・・・・。)

 

 

田植え準備

5/20  もみ蒔き

6/01  苗床の覆いを取る もみ蒔きから12日目 6cmほど

     田植えに備えて肥料撒き(3種類)

6/02  移植田をトラクターで攪拌、均し

予定

6/08  代かき

6/09  田植え

 

先週の月曜日から金曜日の午前中まで妻が娘のところに滞在しました。娘が懐妊してつわりがひどく1歳10か月の孫娘の保育園の送り迎えと自分の仕事や家族の食事の準備が辛いとヘルプ要請が来たためです。夫の仕事都合で子育ての協力が得られにくい週だったそうです。

私は留守番で水稲苗の水やり、亀ちゃんの餌やり担当となりました。

食事は惣菜や弁当を買ったり、カレーをたくさん作ったりしてそれなりにこなしました。休肝日は変則的に月曜日に実施しました。

ほかの日は普段よりは深酒気味となってしまいましたが、致し方ないと言い訳しました。

妻は金曜日の昼につかれて帰ってきたので、ステーキを買って労をねぎらいました。

いつもの生活が始まりましたが、昨日、再び娘からヘルプ要請があり、今週末と来週の平日に手伝いに行くことが決まりました。

早くつわりが終わって平穏な状態になることを祈り、妻には十分手伝ってきてほしいと思います。

あまり酒量を増やさず規則正しい生活をさびしく送りたいと思います。

 

またお会いします。

 

 

 

5月ももう終わろうとしています。再就職の話は7月の末まで未定で、採用されない可能性もあります。客観的にみると3月末に急なオファーがありすぐにでもと言われたのに、7月に決まる予定だが確定ではないと言われたのはもう要らなくなったと考えるのが普通かなあと思います。

あと2か月間は執行猶予期間とでもいう状態です。64歳11か月で迎えた退職前、「半年は職に就かず自由にする、これはこれまで支えてくれた妻の希望でもある」と周りに宣言していました。

そう言っておきながら職が決まらないと言うのはおかしい言い草ですが・・・。

 

60歳以前から退職後何をしよう、何ができると自問してきましたが未だはっきり見えてきません。これから自分のやりたいことを中心にするか、社会貢献に重きを置くか何がしたいか思いを巡らせても特に何がなんでもがないのです。「第2期モラトリアム」とでもいう状態です。

保留案件のほかに再就職の打診を4件もらっていますが、残念ながら心傾くものはありません。

現役時代の肉体的、精神的な拘束から解放された今、自由な時間を謳歌しながら認知症予防を考え、筋トレに励みつつ、これからの10年15年間をどう生きるか考えていきたいと思います。

かつて学生時代にしたように自問自答を繰り返したいと思います。

果たして私は自分をどれほどのものと考え、どれほどのものができたり、できなかったりするのでしょうか。

将来が楽しみであり、不安でもあります。

 

またお会いします。