「龍馬がゆく」 司馬遼太郎著 文春文庫を読んだ | タバスコマン日記

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タバスコマンの由来は、ピザを頼んだ喫茶店で、ピザと一緒にできたタバスコを初めて見て、何も分からずざぼざぼかけたことからです。
タバスコ初体験、19歳の衝撃でした。あれから45年以上、私はずっとタバスコマンです。趣味はそば打ちです。元そば職人です。

連れ合いが福山雅治さんのファンでNHKの大河ドラマをずっと一緒に見ました。ドラマを見て原作を読むというのはあまりないのですが、龍馬にいまさらながら興味を持ったので読みました。


産経新聞の夕刊に連載され最終は昭和41年5月だそうです。

私の数少ない友人Mは、読書家ではありませんが、下宿の本棚には「竜馬がゆく」が並んでおり、影響を受けたと言っていました。

そのとき、かれこれ30年ほど前ですが、司馬さんはすでに大家というイメージで、一種の古典のように思ったことを覚えています。

新聞に最後の稿が発表されてから、まだ12,3年しかたってなかったと言うことです。



残念ながら、私はそのときアメリカ文学にかぶれていて、本を借りることなく終わりました。今思えばそのとき(私は20歳でした。)「龍馬ががゆく」を読んでいたらどうなっていたかなあ、と思わずに入られません。

なんの変化もなかったかも知れませんし、選択の幅が広がって、別の自分がいたかもしれません。



さて、前置きが長くなりました。龍馬の出現は奇跡であり、必然であり、救世主ではないでしょうか。比を見ないスケールの大きさ、こんな男が実在し、実際に日本(日本国という概念も龍馬以前にはなかったようです。)の方向を定め、動かし、新しい日本の段取りをして消えていった。自分は政治の中心として残ろうとしなかったのも痛快です。



恥ずかしながら、52歳を前にして、竜馬のことを知りました。これからの時間、到底並ぶことなどできませんが、世の中のために命を顧みず前進する姿を見習いたいと思いました。