アダルトチルドレンである私です
私は気が付いた時には
「私だから不幸なんだ」
「私が幸せになれるわけがない」
「私ごときがおごがましい」
等々…漠然と思って生きてきたんですね
同じ方、いらっしゃると思います。
母親との関わり方は子供の人生に多大な影響を及ぼします。
もちろん、父親も関わりはありますが、母親の方が、日本人としての歴史として、多く関わる時間があるのです。
文化、とも言えるのではないかと感じています。
そんな「生き方」であった私は、他人の評価を頼りに生きてきました。
「自分」が「価値」を獲得しなければ、生きることが出来なかったんです。
だって、「私なんか」って思うから
なので、私は「仕事依存」でした。
上司に頼まれると、例えキャパオーバーでも、「私を必要としている!」と、喜んで受けるのです。
身体にガタが来て、サインや反応が出ているのに、全く気付きませんでした。
身体の症状を無視する。
これも、とても特徴的だと思います。
こうなると、痛み止めや睡眠導眠剤が、私は手放せませんでした
掘り下げていくと、何通りもの「依存症」が浮き彫りになっていきますね。
頭痛、肩凝り、貧血、生理不順、めまい、過食、微熱、。。。
私はちゃんと身体がサインを出して「もう無理だよ!ダメだよ!」と言ってくれたのに薬ばかり飲み、挙げ句の果てに「何ですぐ体調悪くなるの⁉このポンコツ
身体も負けません、大事なご主人様を守ろうと必死なのです。
私は生理の出血が元々多く、1週間、ナイト用ナプキンを昼間も使っていました。
おかしいと思わなかったし、お母さんに言って怒られたらどうしよう…と思って過ごしてきました。
27歳の時、子供二人を産んだ後、子宮内膜症になってしまいました。
この時「またか…」と軽く流し、何と
2週間もの間、多量出血していました。
「いつもより長いなぁ」なんてフワフワと思いながら、夜勤、休日日勤、時間外の仕事をこなしていました。
立ち上がると目眩がして星が見えた、頭がとにかく痛くて痛み止を通常の倍飲んでいました。
私の仕事は看護師です。
看護師なのに、全く自分の事気付かない。
職場の必須である、検診に引っ掛かったのです。
貧血の値が尋常ではなかった、意識焼失+輸血の必要があったのです。
(この時白血病かもと言われて検査しましたが白血病では無かったです)
直ぐに産婦人科にかかり、子宮内膜症だと判明
すぐに手術を‼と言われたので……凄いですよ、こう言われた時の私の返事…
1泊で出来ますよね?
次の日夜勤入ってるんで、すぐ帰りたいんです、仕事で迷惑かけられないんです。
(°Д°)⁉
産婦人科医の反応↑
なるよねぇ…こんな人まぁ居ないと思うな~
この流れが普通だったので、周りから心配されると、余計に「迷惑をかけている、私は駄目な人間だ」と思ってました。
凄いですね
こうやって、無意識の私は必死に私を守っていて生きてくれたのです。
これでも、まだ気付かなかった私は。
鬱になり。
とうとう、仕事に行けなくなったのです
この時の、私の心情はさておき。
(後々触れていきますね)
凄いですね、私(笑)
仕事に行けなくなる身体にしちゃったんだもん~
ここで、生きる希望なんか無くなったんです
価値がないからね。
この後、様々な感情や出逢い、素晴らしい人との出逢いが巻き起こります。
でも、時間がかかりましたし、今も
真っ最中~
また違った観点からも書いていきますね