種まきたばちゃん――――この指とまれ -73ページ目

種まきたばちゃん――――この指とまれ

いろんなことにアンテナを張って皆さんに情報発信、共有できたらいいなと思います。よろしくお願いします。

          先日のブログ記事で


先日、「G.ぷんだりーか」のライブ、告知をさせていただきましたが日時を入れ忘れてしまいました。

すみませんでした。


         4月28日(土曜日)


               14時半からです。


よろしくお願いします。

      淡墨桜再生保護の場合


都会ではもう、桜も随分、葉桜になってきましたね。ドライブを兼ねて、山里の遅い春を訪ねてきました。

谷汲山、華厳寺、薄墨温泉、淡墨桜といったのんびり、山里の風景を楽しんできました。


淡墨桜は、枯死の危機を再生技術で乗り切ってきた桜として知られています。

桜は300種くらいあるそうなのですが、この桜は、つぼみの頃はうすピンク、満開の時は純白、散り際には淡い墨を引いたようになるという、珍しいものです。


薄墨桜のそばに「桜資料館」なるものがあって、この桜についてのいわれや、再生保護活動について詳しく知ることができました。


ちょっとびっくりなのは、この桜がのちの継体天皇の手植えである、との伝説があるとのことです。

古代史に関心のある私としては大変、興味深いことでした。いみじくも名古屋市博物館で古代豪族の一つであった「尾張氏」をテーマとした展示が始まります。是非、見にいこうと思っています。



都で皇位継承の争いの難を逃れるため、尾張一宮の真澄田神社を経由し、美濃の山奥である、根尾谷に隠れ住み、のちに都からの迎えが来て継体天皇になったというのです。

そして、村を離れるときに別れを惜しんでこの桜を手植えし、一首の歌を残されたそうです。


            身の代と遺す桜は薄住よ

                    千代にその名を栄盛へ止むる


豪雪地帯でもあることから、雪害、また濃尾大地震、伊勢湾台風などのダメージを乗り越えてきた桜も昭和も23年ころには枯死寸前の状態だったそうです。

地元の有志が中心となり、保存会が作られ、老木再生で名の知られていた前田氏により、根継ぎがおこなわれ、昭和の40年代には宇野千代によってさまざまな方面への働きかけがされ、地元の人々の努力によって見事に再生されたとのことでした。


今年は例年より桜の開花が遅かったので、いつもの団体客がこの日は少なくて静かに見れてよかったです。

         


        

     あの坊さんバンド、知る人ぞ知る


         「G.ぷんだりーか」の無料ライブがあります!



私が読者になっている、「G.ぷんだりりーか」のライブです。

真宗のお坊さんたちの愉快なバンド。

個性あふれる、面々の常識を覆す、なんとロックバンドです。

音楽的にも面白いです。


場所は、


      愛知県愛西市の明通寺

          名鉄尾西線(津島の一つくらい先)の「日比野」駅から

                                   徒歩5分くらい



明通寺の住職夫妻は友人です。

ユニークなご夫妻でいろんなことにチャレンジもされています。


とても面白いライブになること、間違いなしのおすすめイベントです。

お時間がありましたら、是非、お出かけください。