大津や埼玉でのいじめ事件は氷山の一角にすぎない
子供を安心して学校へ送り出せていたのはもはや遠い昔。
いじめの問題は原因が複雑に絡んでいると思います。
もちろん、いじめられた子供の辛さや無念を考えることは大切です。
しかしながら、そのことだけに目を奪われてしまうことは本質的な問題解決につながらないとも思います。
私の子供も鶏小屋に閉じ込められたり、「死ね!」と書かれた手紙を渡されたり、昔仲良かった子がいじめる子のなかまになってしまうなど、いろいろなことが重なって不登校になりました。
でも、転校してきた子が友人になってくれたことで、救われるところもありました。
今でもその子とは仲良くしています。(10年以上の付き合い)
現代社会は大人も子供も心に余裕が持ちにくい社会だと思います。
子供たちのことで言えば、家庭が非常に不安定であること。
精神的にも経済的にも不安定な家庭が多いように思います。
今日発売の雑誌に秋葉原事件の加藤被告の獄中記が載っていました。
お母さんからかなりひどいことをされていたようでした。自分を大切に扱ってもらえなかった体験を持つ人にとって他人を大切にすることは大変、難しいことになると思います。
そのことが虐待や自殺やいじめにつながってくるのではないでしょうか?
うちの子供がクラスで孤立している中で友人になってくれていたAちゃんも家では虐待を受けていたようでした。うちに来てなかなか帰ろうとしないので送って行ったら、私が家に着く前に私の家の前に戻ってきてしまっていたこともありました。仕方がないのでまた送っていくと、外にお父さんとお母さんがいて、Aちゃんはまるで別人のように怯えきっているのです。
「よっぽど家で嫌な思いをしているんだろうな」と思いました。
私の家の近くの中学でもいじめがもとでの自殺事件が何年か前にありました。ご家族の方は何があったのか知りたくていろいろ学校側に働きかけられたらしいですが、例のごとく不誠実な態度に終始してしまったようでした。
私は最初の不登校問題の時、かなり悩んだ時期もありました。でも、何とか問題解決の糸口を見つけようとしていろんな講演会やシンポジウムに行ったり、周りの人の意見を参考にしながら自分の考えを修正しつつ行動していました。
そんな時に、今やブレイクされて大変人気の「尾木ママ」といじめ問題で大きく報道された愛知県西尾市の大河内さんがパネラーになられていたシンポジウムに参加する機会がありました。
その当時、私は「宇宙人のような(思いが全く通じず、音しか伝わらない)」学校の先生と不登校生を持つ他のお母さん方との誤解騒動でかなり悩んでいました。
なので、大河内さんに学校との折り合いのつけ方について質問しました。
そのシンポジウムの後、帰りがけに大河内さんがわざわざ私に声をかけてくださったのがきっかけで何度か大河内さんとお話することとなりました。
初めて大河内さんのお宅にお邪魔した時、お父さんが自殺した息子さんと同じように悩んでいる子供たちに心のたけを聞かせてほしい、と新聞紙上で訴えられたことによって各地から寄せられた手紙の話をされました。
それと学校側の不誠実な態度にとても苦しまれたことも伺いました。
大河内君の場合は遺書もちゃんと残されてました。
にもかかわらず、学校側はなかなか非を認めず、外向けの資料を改ざんするなど姑息な手を使ってまで責任を逃れようとしたようでした。
想像以上にひどい実態に大変、驚きましたし、同時にとても憤りを感じました。
なぜなら、そんなひどい状態になるまで事態が放置されていた、ということだからです。
早い段階で対応がなされていたら、そこまでひどくはならなかったのでは、と思わざるをえません。
「いじめる側」、「いじめられる側」、「何もできなくて悩んでいる側」、「自分がいじめられるのを恐れていじめる側についてしまって悩む側」、問題を見ようとしない大人たち、いろんなことに傷口を広げてしまうと思うのです。
問題があっても見て見ぬふりをしようとする大人たち、真実を話すな、と口止めまでするような大人たちを子供たちはとても信頼できないし、そうした環境で育ってしまえば、社会的にも大きな損失になると思います。今、私たちは大きく問われる時代になっていると思うのです。