いわゆる高齢者は、社会のお荷物的存在のように扱っている節が多々見られる。
身動きが取れなくなれば人のお世話にならなければならないが、普通に生活できるのであれば「お荷物」扱いを受ける筋合いはないと断言できる。
むしろ潜在的な社会への貢献度は、高齢者の方が高いと見るべきなのだ。
長く生きて来た分、世のため人のために与えるものを数多く持っているからである。
それは様々な経験であったり、豊富な知識であったりするし、更には、人とのやり取りから得られた人間的な深みであったりする。
老人を世話する対象とする発想から抜け出して意識を変え、老人を生かす社会へと世の仕組みを変えていかなければならない。
現在、30代40代の人たちと対等に渡り合っているからこそ、そう強く思うのである。
もっとも社会の変化を待つまでもなく、自ら機会があれば出かけて行って現場をよく観察して、少々建設的な発言をするだけでも何かの役に立っている場合がある。
そして天の声かと思えるような一声が降りて来て、新たに現役の世界と関わりを持つに至ることもある。
自分を振り返ってわかったのは、歳を重ねるたびに何かを得ようとする気持ちは薄れ、世の役に立ちたい、社会にお返しできるものはないかと思うものなのである。
もし、それと社会の要請とが一致すれば大仕事が待っていたりするものである。
特に人間関係の面では、ある程度の余裕を持って接するのが容易なので、
これまで閉塞感のあった職場の雰囲気がガラッと変わり、大変な仕事と言われていたものが幸運をもたらしてくれたりもする。
ふと、人間ってこんなにも面白いものなのか、と距離を置いて自分たちを眺められるひとときもある。