中西輝政・高森明勑共著「古事記は日本を強くする ~神話がわかれば日本人がわかる」より、印象に残ったところの紹介④
神話を排除しようとするGHQの占領政策に、当時の日本は跳ね返すことができなかった。
そして日本は「日本国憲法」と同じ落とし穴に、はまってしまったのである。
米国主導で制定された日本国憲法において、日本が自ら先の戦争を反省して「戦争放棄」したという錯覚をGHQによって植えつけられた。
それと同じように自分たちで教育の現場から、自発的に神話を排除したと錯覚してしまったのである。
この錯覚はいまだに続いていて、憲法改正が今もって実現できていないように、神話も長く占領下で立てられた方針通りに今も扱われ続けている。
日本は神話のせいで散々な目にあったという図式が、戦後の日本人に深く刷り込まれているということである。
戦勝国が占領政策を立てる中で、非常に重要視された常套手段の一つが、占領国民の中に見方を作ることであった。
すでに米国は1944年頃から、傀儡になる日本人をピックアップしていた。
占領開始後、米国はことさら腐心してこの政策を押し進めるのであった。
その理由は、ドイツの占領がうまくいかなかったからである。
反ナチスの闘士アデナウアーが「ナチスは排除するがドイツの伝統や教育制度、ドイツ的な価値観などに、教育によって手を加えるという占領政策はいっさい受け付けない!」と正面から堂々と宣言したのである。
日独の決定的な違いはここから始まった。
米国はうまくいかなかったドイツ占領政策を踏まえて、こうした愛国者の抵抗をどのように排除するかという観点から、人捜しをしていた。
戦後、私たちは日本国憲法や教育基本法も、そして歴史や社会科の教育方針も日本人が自主的に参加し制定したものである、と教えられてきた。
しかし、これらは全て偽りであり教育刷新委員会の主要委員はほとんどが、GHQによる厳重な審査をした上でピックアップした傀儡委員ばかりであった。
これは米国がフィリピンやキューバの統治で苦労した1920年代から、当たり前になった常套手段なのである。
戦後の日本はまさに、この常套手段の格好の餌食になったわけである。
さらにもう一つ、ドイツと日本の違いは、日本の陸海軍が早い段階で武装解除してしまったことだ。
ドイツはこれほど早く武装解除せずに対抗した。
第一次世界大戦でひどい目にあったドイツは、たとえ敗戦した後でも戦勝国との間では、力関係が全てであることをよく知っていたからである。
こうしてドイツと日本の戦後は、全く違ったものとなった。
「神話」は学校やマスコミなどから、日本人の意志であるかのようにして消されてしまったのである。