中西輝政著「日本人として、これだけは知っておきたいこと」より、印象に残ったところの紹介⑤
戦後、最大の嘘は「日本国憲法」であった。
憲法の草案作りは最初から最後まで米国がやり、日本はそれをただ翻訳するだけに徹したのである。
そういうことを、当時の新聞やラジオはいっさい報じはしなかった。
占領軍による「言語統制」という検閲制度があったためでもある。
日本国憲法はアメリカが作成したという事実は長い間、秘密とされ、新聞やラジオは日本が自主的に作ったものとして報道さえしていたのだ。
国の根幹にかかわる問題であるのに、日本人は自らを欺いていたのである。
これからの日本のあるべき方向を指し示す憲法が、こんな真っ赤な嘘で固められて出発したのである。
しかも占領が終わった後も、マスコミや学者たちは改めるどころか、その嘘をつき続けた。
いま米国の立場に立って憲法の前文を読んでみると、すんなりと頭に入って来るから不思議なものだ。
九条からは無数の言葉の嘘が生まれて行く。
日本軍を「自衛隊」と呼び、歩兵を「普通科」と言い換え、戦車を「特車」に置き換えたりした。
戦後の日本は、真実や根本の問題から目を逸らすという、その場しのぎの精神構造から始まってしまったといえる。
しかも問題を直視せずに、嘘の上に「嘘の上塗りをする」行為を繰り返して来た。
日本人は嘘の自家中毒へと陥って行くことになり、その最たるものは
「憲法九条があったから、日本は平和を維持できた」
という神話が出て来たことである。
憲法と戦後の平和とは何の関係もなく、日本と全く違う憲法を持った国々の大半も70年の平和を享受して来たのであり、平和と憲法をこじつけて並べただけであった。
一部の地域を除けば、戦後、なぜ平和が維持できたのかは、
米ソ冷戦の「核の恐怖」に基づく均衡が働いていたからであるし、
また日米安保が日本の平和を辛うじて支えて来たことも忘れてはならない。
では、どうして「憲法九条が日本の平和を守った」という嘘がまかり通ってしまったのか。
その大きな要因が戦後の高度経済成長を遂げて世界のトップクラスに躍り出た頃から思い上がり始め、とんでもない勘違いをするようになったためである。
戦後の日本の選択は、憲法を含めて全てが正しかったのだとした。
占領軍によって戦前の全否定を強要された苦難の時代から30年を経て、戦前の日本をすべて悪と断定し、嘘で固められた戦後のすべてを肯定するに至ってしまった。