オープン | Bar Kokopelli【門真市幸福町 京阪古川橋駅】

Bar Kokopelli【門真市幸福町 京阪古川橋駅】

門真市幸福町のBar Kokopelliのブログです。2021年末にマスターが亡くなりました。ココペリの元専務松本多香子がココペリを継ぐべく奮闘いたします。暖かくお見守りください。

昨日とは一転、なんちゅう雨…
濡れながら参りました
というわけでオープンです😎




今日こそスーパー暇警報です❗
雨の中お越しいただいたお客様は神のように崇めます️♡




本日は松本がお待ちしております🐻💓




画像はブルックラディ。

ブルックラディとはゲール語で「海辺の丘の斜面」を意味します。
その名前の通り、インダール湾に面した海沿いに蒸留所が建設されており、現在でも伝統的な製法でウイスキー造りがなされています。
ブルックラディは同じ蒸留所で造っているオクトモアのようなピート感のある大麦麦芽を使用していますが、ピート感は強くありません。
それはなぜかというと、ブルックラディの製法に秘密があります。

ブルックラディのスチルはとても背が高く、ネックもかなり細くできています。
そのため内部でたくさん還流が起こり、蒸気と銅の接触も頻繁に起こります。
そして熟成にかける時間も長いのでフルーティーで華やかな風味になるのです。
また、原料である大麦麦芽は100%スコットランド産を使用しています。
特にアイラ島内のパートナー農家が手掛ける大麦は近年45%までの割合を占めています。
こだわりの伝統製法を守っていなければブルックラディはもっとフェノール値が高いウイスキーになるかもしれません。
ちなみにフェノール値とはスコッチウイスキーの原料となるモルトのピートでの乾燥レベルを指し、高い数値ほどスモーキー感は強くなります。

アイラ島でボトリングまで行う唯一の大手蒸留所であるブルックラディでは、着色料添加や冷却ろ過は行いません。
そしてアイラ島で唯一ボトリングまでの工程を全て同蒸留所で行い、設立当時の設備を未だに大切に使い続けています。
これはアイラ島での雇用を大事にしているからだそうです。
多くの人たちに安定した雇用を供給するという優しさの元に非常にこだわりと強いプライドをもったウイスキーを生産してるのです。

オクトモア ブルックラディ蒸留所は1881年に設立されました。
2つのグレーン蒸溜所を所有するハーヴェイ家のウィリアムを中心とした6名によって設立されました。
1886年にはブルックラディ・ディスティラリー・カンパニーの改築工事を完成させます。
ところが、1929年〜1936年は第二次世界大戦による経営悪化のため生産停止に追い込まれます。
生産を再開した翌年の1937年には蒸留所の指揮をとっていたウィリアム・ハーヴェイが死去し、災いが立て続けに起こり、1938年以降はオーナーが立て続けに変わるという買収騒動もありました。
設立してから波乱含みの年月を過ごしましたが、1968年にインヴァーゴードン・ディスティラーズが蒸溜所を買収してから1975年にポットスチルを4基に増設することになり、光が見えました。
しかし、またも1983年に工場の閉鎖に追い込まれます。
その後も経営は安定せず、生産停止とオーナー変更が幾度となく繰り返されます。
2012年になり、フランスのレミー・コアントロー社の傘下に入るようになってから経営が安定するようになりました。
レミー社はブルックラディ蒸留所が培ってきた伝統的な製法を認め、変わらない職人技術を大きく評価しているので順風満帆に経営が成り立ち、世界に好まれるウイスキーへと名をはせられるようになったのでした。


…ブルックラディのオフィシャルボトルといえるこちらはピートが少なくドライで軽いタッチが飲みやすいウイスキーです。
ボトルのきれいな青色は「ラディブルー」とも言われており、海の色を再現したものです。
アイラ島は天気が変わりやすいのですが、2001年に操業を再開した日、青々とした美しい空と海が広がっていました。
そのため、この日の海にちなんで、蒸留所は「ラディ・ブルー」と呼ばれる青を蒸留所のキーカラーに定めました。
アルコール度数は50度と結構高めながら、それを感じさせず、ブルックラディが目指したフルーティでエレガントな味わいが投影され滑らかさと爽やかさが同居しています。
アロマは麦の甘さとミントの爽やかさ、それに華やかなフローラルと蜜の甘みが調和されています。
味わいはバニラの甘みにリンゴや洋ナシなどのフルーティさがあり、フィニッシュにほんのりと海の潮を感じます。 

 お好きな飲み方でどうぞ❤






Bar Kokopelli

大阪府門真市幸福町18-3京橋ビル105
06-4400-4212

京阪古川橋駅から徒歩5分

地図