今はこっちで楽になったなぁって話。
若い人と接する機会が多いので、彼達くらいの時の自分を思い出すことも時々あって。そんな時、若い頃の自分は性自認って概念を知らなかったのでアッチ行ったりコッチ行ったり気持ちの持っていき方が分からなくて大変だったなぁって他人事のように思える今日この頃。ずいぶんと幸せです。
本当は女の子として生まれるはずだったのに、とか女の子に成りたいって気持ちで泣きそうになる時もあった。大人にもなりたくないし、なんだか絶望。
でも、男なんだから男らしくしなきゃって思ったり、筋トレ頑張ってみたりする時もある。そういう時は身長が伸びてることも含めてカッコいい大人になるんだって表面上は前向き。理性のレベルではすごく整合性のある考え方だからさ。
でも、本当に感じている事にウソをつくような理屈はそのうちボロが出て、また逆戻り。そういう時、高校生くらいまでは苦しくなく死ぬってどうしたら良いんだろうって考えちゃう。大学生の時は、死ぬのはどうせ苦しいに決まってるから、他人(特に第一発見者)が絶対に殺人とか自殺幇助を疑われない自殺の方法を考え続けてました。
自己否定と無理やりの肯定を行ったり来たりしてると、何が何だか良く分からなくなって、それで生き延びたんだと思う。だけど、すぐに死んじゃうかもしれないって言うことが基本だと、何がか頑張り切れないって言うかさ。切なかったなって。
今も何の問題もないってわけではないけれど、自分の状態を理解ができて、それを受け入れるのが基本の方向性だから、なんだか居場所があるって言うか軸足があるって本当に楽です~。
それでね。知識がないって実感として苦しいから、教育って大事。なかでも「誰もが異性に惹かれる」みたいな一見当たり前に思える嘘を教えるのは罪が重いと思った。