幼少時に読み親しんだ『まんが日本の歴史』から歴史を好きになる人は多いのではないでしょうか。私自身、大河ドラマ『秀吉』の影響も相まって、日本史にはまる原体験だったと思います。多くの人が関心を寄せるであろう戦国時代の中でも、川中島合戦は特にインパクトがありました。川中島古戦場への憧憬は、20年越しで、直接足を運ぶかたちで達せられました。
5月4日(土)
「遠くとも一度は詣れ善光寺」と言いますので、まいりました。
9時くらいに来れば余裕だろうと思っていたのですが、とんでもありませんでした。既に戒壇巡りは50分待ち、御朱印各所(特に本坊)は長蛇の列で並んでいました。平日にゆっくり回ったほうがいいですね。
昨日は音楽フェスが催されていましたが、今日はよさこいです。参道のブロック別にパフォーマンスが行われていました。最近は神社仏閣でもイベントが行われていることが多いですね。
昨日と同じく松代行きのバスに乗りましたが、今日は「水沢典厩寺」で途中下車です。
典厩寺に、武田信玄実弟にして、川中島合戦で討死した、武田信繁公の墓があります。
典厩寺から徒歩で川中島古戦場へ。八幡社の境内に、かの有名な、武田信玄と上杉謙信の一騎打ちの場面の像があります。『まんが日本の歴史』にも写真が載っているので、感慨深いです。
龍虎両雄の対決は戦国時代のハイライトですが、もし両者が手を取り合い、上洛を急いでいたら、織豊政権の時代は来なかったかもしれません。
千曲川を挟んで向こう岸に行きたいのですが、バスもタクシーもなく、もはやこれまでかというときに、魔法の乗り物がありました。レンタサイクルを使います。目標は、武田信玄の軍師、山本勘助の墓でした。
真田信之公の隠居地であり、墓所に改められた大鋒寺の御霊屋です。この3日間、まるで真田漬け(?)です。
千曲川を自転車で渡るというのは爽快です。槍ヶ岳を遠くに望めます。
第4次川中島の戦いで討死した、諸角虎定の墓です。
自転車を戻して、バスで長野駅まで戻り、長野電鉄に乗ります。
須坂の先、小布施町の都住駅です。
都住駅から片道徒歩15分、賤ヶ岳の七本槍の一人、福島正則公の霊廟を目指します。目印になる建物がなく、Googleマップ上も空白なので、勘で進みましたが、道標を見つけると安心できますね。
隠れ家的な古刹、岩松院です。葛飾北斎作の天井絵や北村西望作の風神雷神がありました。拝観終了時間間際でしたが、堂内は多くの人がいました。電車で来た人は私くらいですがw
福島正則公霊廟です。加藤清正と並び称される勇将ですが、晩年は不遇でした。
行き忘れたところがあり、善光寺の不完全燃焼感もあるので、また改めて来ることにしましょう。
道祖神や庚申塚があちこちに点在し、草木に埋もれていることが多く、風雨にさらされ解読不能のものもあり、埋もれた歴史や文化がまだまだあるなと思いました。