☆シュシュたんのお部屋★(はぁと←

☆シュシュたんのお部屋★(はぁと←

現代メディアの調査研究が趣味と実益☆^(o≧▽゚)o

Amebaでブログを始めよう!
去る台風15,19,21号で被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。 一日も早い復旧復興を祈念いたします。

遅れ馳せながら、南房総の被災地域を視察してまいりました。
ブルーシートのかかっている屋根の方角が同じだったり、看板の支柱が同じ方向へ折れ曲がっていたり、台風直撃時の風向きがよくわかります。
海岸線沿いの家々が特に甚大な被害を受けていますが、ブルーシートだらけの地区とそうでない地区があり、台風の通り道が鮮明でした。

富浦の枇杷が影響を受けたと聞きます。ビニールハウスのビニールは取り替えがきくにせよ、骨組みがやられており、農作物への影響は計り知れません。


館山市内で特に被害の大きかった、布良です。途中、いまだに道路が冠水していたり、トンネルの所々から水漏れしていたりと、台風の爪痕を残していました。
布良地区は、トタン屋根が飛んでしまい、隣の家屋を破損するなど、壊滅的被害と言っても過言ではありません。鋸南町が激甚災害に指定されて、被害状況の等しい布良が指定されないことに疑問の声が上がっていました。


屋根が飛んでしまった、紋屋旅館。復旧作業に追われていました。



布良崎神社です。香取神宮と並んで千葉県下筆頭の社格(官幣大社)にあたる安房神社は有名ですが、神武東征の歴史からいえば、より重要な価値がある神社です。社殿が傾いてしまっていたり、神輿が損傷していたり(修理に1,500万円かかるとのこと!)、いかに強い台風だったかを物語っています。


青木繁の代表作『海の幸』はここ、小谷家住宅で描かれました。瓦屋根ですが、早々に修復されたようです。

我が家も然りですが、瓦屋根の家は、瓦の規格が千差万別のため、部分補修というわけにいかず、全取っ替えせざるを得ないのではないかということです。水没しなかった車も、雨晒しで点火プラグがやられてしまったり、飛来物が当たって傷だらけになってしまったりと、少なからず影響を受けたようです。

2階の高いところの屋根は危険なのでできませんが、低いところの部分補修を手伝いました。損傷箇所に木材を打ちつけて、ビニールシートを広げ、土嚢で留めますが、応急処置に過ぎず、長くはもたないでしょう。台風がいずれまた来るかもしれないと思うと、大変恐ろしいです。
9/16(月)敬老の日
鈍行で米沢から山形へ出、山形から新庄へ向かいます。

新庄から余目へ向かいます。


車窓から素晴らしい景色を眺めることができます。


余目から鶴岡へ向かいます。


米沢から鶴岡へ3時間強の行程でしたが、景観を楽しみました。


鶴岡駅から目的地へ向かう交通手段がない。いつものレンタサイクルでは遠過ぎて、バスは極端に本数が少ない。それでも、どうしても行きたかったのでタクシー一択でした。ドライバーさんと話しながら、注連寺へまいりました。


曇っていますが、注連寺から月山を眺望します。


『白馬交歓の図』の天井画など、見どころはありますが、鐡門海さんの即身仏は圧巻で、異空間です。


大日坊の真如海上人にお目にかかりました。


タクシーの窓から月山ダムが見えました。


加藤清正公=熊本のイメージが強いですが、二代藩主・加藤忠広公が改易により、丸岡で余生を過ごしたため、清正公の墓も一緒に移されたのだそうです。


もともとの本妙寺(熊本)とどちらが本墓か、論争の的となっています。


鶴岡からは特急いなほで新潟へ出、ときに乗って帰ってきました。
9/15(日)
一ノ関駅では、大槻三賢人像が迎えてくれます。


平泉駅からレンタサイクルで中尊寺を目指します。


芭蕉さんも中尊寺にいました!


金色堂


本堂


武蔵坊弁慶の墓


高館義経堂にて、かの有名な「夏草やー」の句碑を発見。


義経堂から望む景観が素晴らしい。


一ノ関へ戻って福島経由で米沢に向かいます。


米沢駅からはまたレンタサイクルです。
米沢城址にある上杉神社の境内に、上杉鷹山公の像。


『天地人』放送時は、米沢に観光客が大挙してやってきたそうです。


上杉謙信公の像


上杉・直江家菩提寺の林泉寺へまいりました。


上杉家廟所


堂森善光寺の前田利益公供養塔。


夕食は米沢牛のすき焼きをいただきました。