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9/14(土)
福島以北へ足を踏み入れたことがなかったので、盛岡へまいりました。


盛岡出身の偉人、原敬氏、米内光政氏の足跡を辿っていきます。


海軍の開明派、米内大将。首相としては時代の流れに逆らえず指導力を発揮できませんでしたが、終戦に導いた立役者の一人です。


米内首相の墓所の近くに、平民宰相、原敬首相の墓所のある名刹、大慈寺があります。


盛岡八幡宮参拝。堂々たる米内光政像があります。


例大祭で賑わっていました。


石川啄木、宮沢賢治も岩手県ゆかりの人。第九十国立銀行の跡が資料館になっていました。


盛岡城址に啄木歌碑。


城址公園内にある櫻山神社の烏帽子岩。


原敬の胸像にお会いして、盛岡をあとに。


花巻へ来ました。宮沢賢治菩提寺の身照寺。


ところどころに宮沢賢治ゆかりの案内板がありました。


こちらも花巻まつりで賑わっていました。


映える山車たち。


 花巻から一ノ関へ向かいますが、直で行ける電車がなかったので、北上で下車しました。若山牧水の歌碑がありました。


そしていよいよ今日の最終地点、一ノ関です。
8月18日(日)
午前中は彦根市内をレンタサイクルで回ります。


天寧寺へ向かいましたが、時間外だったので諦め、佐和山城址へ🏯


龍潭寺


立派な枯山水がありました。


隣接の清凉寺へ。


市街地へ戻って、彦根城🏯


城下の景観は風情があります。


宗安寺の拝観が叶いました。


予定にはありませんでしたが、彦根から米原へ出、関ヶ原へまいりました。ICカードで一気に来てしまいましたが、JR東西で別なので精算が必要でした。
アップダウンがありそうだったので電動自転車をお借りして、桃配山に布陣した徳川本陣へ。


本多忠勝陣跡に寄った後、カフェで一息。岐阜新聞📰



福島正則陣跡から、松尾山は遠いので諦めて、平塚為広碑へ。
平塚らいてうが平塚為広の末裔というのは初耳!


険しい道ですが、自転車を降りて、大谷吉継公の墓碑を目指します。


『葵 徳川三代』で演じた細川俊之さんが雰囲気的にハマっているかなと思います。藤堂高紹伯爵書の碑も建っています。


宇喜多秀家陣跡へ向かうには、悪路を進まざるを得ません。


宇喜多陣営、開戦地、島津義弘陣営と回って、決戦地へ。


笹尾山の石田三成・島左近陣跡は、柵が設けられ、臨戦態勢です。

関ヶ原から米原へ戻って新幹線で帰ることを想定していましたが、思いのほか大垣経由で名古屋へ出ても早いとわかり、名古屋から帰京しました。

15,16日はそれぞれ、20㎞強を27,000歩ほど歩いていました(´⊙ω⊙`)
8月17日(土)
交通の要衝に名城、名刹があり、そのお膝元が経済的に発展して、文化と歴史を育んできたということが今旅を通じて実感します。


日刊県民福井って中日新聞系なのですね。
北國新聞も然りですが、地域面が手厚く、地方紙・地域紙特有のお悔やみ欄に紙面を割いていました。


福井駅ー永平寺間を直通バスが定期的に発着していて、朝イチの便で永平寺へ向かいました。


永平寺のお坊さまは、通常3:30起床、早い人で1:30起床だと伺いました。


道元禅師の廟、承陽殿です。


永平寺らしい通路です。


おろし蕎麦、ソースカツ丼、胡麻豆腐と、越前名物の総動員。


今日初めて福井駅東口に来て気づいたのですが、岡田啓介首相と義弟・松尾伝蔵大佐の銅像がありました。同郷の加藤寛治海軍大将の生誕地の碑を昨日探したのですが、見つかりませんでした。二・二六で吹っ切れて終戦工作に尽力した重臣の岡田大将と、片や艦隊派の雄の加藤大将が同郷というのも因果なものです。


しらさぎに乗って、福井から米原へ。琵琶湖線に乗り換えて安土に。
安土駅前は、織田信長公の銅像が聳え立っています。


ここからはレンタサイクルを利用します。
セミナリヨ跡がありました。


安土城跡です。


羽柴秀吉邸跡だそうです。


意外と急勾配の石段を登拝。


西の湖すてーしょんに寄ったのですが、かき氷200円、ソフトドリンク100円でした🍧


勢いで近江八幡市に入り、長命寺を目指したのですが、遠くて断念。長命寺川を渡りました。


今晩は彦根に宿泊します。
今日のNHKスペシャルは必見です!