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☆シュシュたんのお部屋★(はぁと←

現代メディアの調査研究が趣味と実益☆^(o≧▽゚)o

中高生のとき得意というか趣味だった日本史ですが、政治史が特に好きでしたが、文化史は不得手でした。

趣味・嗜好は変わるといいますが、老いるとともに、ここのところ文化史へ関心が向いてきました。ウェーバーの影響もありますが。

鎌倉新仏教が隆盛する以前の仏教は、文字が読める知識人のためのものでしたが、鎌倉仏教は一般大衆化を図ったものでした。


法然上人は、文字が読めない大衆でもわかるように、南無阿弥陀仏を唱えることで救われると簡素化しました(浄土宗)。
弟子の親鸞上人は、さらに簡素化し、信じれば救われるとしました(浄土真宗)。そのため、浄土真宗の信者数が最多で、寺院には御朱印もありません。



道元禅師、栄西禅師は坐禅を通して悟りを開くことを宗旨としました(曹洞宗、臨済宗)。曹洞宗は政治色が薄く、臨済宗は政治色が濃いという性格の違いがあるようです。なるほど、臨済宗は京都五山、鎌倉五山のように政治との結びつきがありますね。



日蓮上人は、いずれも批判し、現世のご利益を志向しました(日蓮宗・法華宗)。他宗派と一緒の御朱印帳には、妙法と書かれますが、専用の御首題帳には独特の髭文字で南無妙法蓮華経と記されます。幼少時に誕生寺と清澄寺に参拝した記憶がありますが、車酔いの思い出しかありませんw
原点に立ち返って排他性が強いのが日蓮正宗です。現世をよくすることを重視したため、政治を変えることが必要とされ、派生の新興宗教は政党と密接な関わりがありますよね。



真空パック・天才と覚えさせられましたが、空海上人開祖の真言宗、最澄上人開祖の天台宗ですが、密教なのでよくわかりません←

徳川将軍家の菩提寺は、浄土宗の増上寺と、天台宗の輪王寺と寛永寺に分かれていますね。家康公は東照宮、慶喜公は谷中霊園ですが。寛永寺の霊廟を参拝すればコンプリートなのですが、残念ながら年内の予約は締め切っていました。


多くの名刹を巡拝してきて、どのお寺がよかったかとよく聞かれますが、風光明媚という点でいえば、縁切寺として名高い、鎌倉の東慶寺です。大坂落城に際して、豊臣秀頼公の実娘、天秀尼が入寺したことでも知られます。


東慶寺にある前田青邨氏の墓ですが、苔が生い茂って、質朴な墓石とともに、情緒に溢れていると思いませんか。
 来年のGW10連休法案が通ったら、修学旅行以来の奈良の名刹を巡拝したいです。
外国人観光客や家族連れは、世界遺産、国宝級の社寺に殺到します。
刀剣乱舞のファンや御朱印ガールは、特定の社寺にちらほらといます。
一方、私は掃苔をメインにしているので、混んでいる京都といえども、行き先によっては空いていることがあります。


大徳寺総見院にある、近衛家の墓所ですが、非公開です。


石田三成公の墓所、大徳寺三玄院です。同様に非公開です。


大徳寺黄梅院が特別公開でした。


右から順に、織田信秀公、毛利元就公、小早川隆景公、蒲生氏郷公の名があります。


大徳寺総見院の特別公開です。行ってみましょう。


織田信長公一族の供養塔です。


日蓮宗本山 立本寺です。


島清興公の墓です。


法華宗大本山 本能寺です。本能寺の変当時の場所から移転しています。信長公廟があります。


本能寺の変でともにした家臣、森蘭丸公らの供養塔もありました。

熊野若王子神社から片道徒歩20分、険しい山道を登った先に、同志社共同墓地があります。


新島襄氏の墓です。


「八重の桜」で一躍有名になった、新島八重夫人の墓です。
多磨霊園にもありますが、徳富蘇峰の墓もありました。


知恩院に千姫の墓所があります。背後に濡髪大明神が鎮座しています。


京都霊山護国神社の霊山墓地には、維新志士の墓があります。坂本龍馬(左)氏と中岡慎太郎(右)氏です。


木戸孝允(桂小五郎)侯の墓です。隣に幾松夫人の墓があります。

2日間ではさすがに回りきれなかったので、日を改めて。

今日は東山を重点攻略です。まずは慈照寺銀閣。


哲学の道を歩きながら、法然院、大豊神社に寄り道しました。途中、若王子神社に寄ったところ、「八重の桜」でお馴染みの、新島襄と八重の墓の登り口を発見。山道を片道20分歩きましたが、掃苔家を自負する以上、進まざるを得ません。


掃苔の模様は改めてアップします。思いがけず時間を消費しましたが、哲学の道を進み、禅林寺永観堂へ。紅葉にはまだ早いですが、徐々に秋を感じさせる色合いになってきていました。


南禅寺の水路閣は比較的若い人も多くいました。


金戒光明寺です。こういうところでは、外国人は見かけません。


平安神宮です。


知恩院です。駆け足で回っていますが、浄土宗の総本山ですので、ここは丁寧に拝観しました。


高台寺です。着物を着た人たちがねねの道を行き交っていました。


建仁寺です。双竜が大変立派に描かれています。


六道珍皇寺です。「歴史秘話ヒストリア」で取り上げられていましたが、確認してきました。小野篁と閻魔大王ですね。


六波羅蜜寺です。建仁寺、六道珍皇寺、六波羅蜜寺は近いので歩きやすいです。


方広寺の鐘です。いわゆる鐘銘事件で有名ですね。


豊国神社です。「豊国大明神」と銘打たれています。これまた刀剣乱舞のコラボで、社務所に列を成していました。
通り沿いに京都国立博物館があり、時間があれば寄りたかったのですが、またの機会に。その先の三十三間堂に、修学旅行以来に寄りました。


まだまだ行きたいところがあったのですが、営業時間が9:00-16:00ないしは17:00という社寺が多く、近くで回れるところを回ろうと考えました。
清水寺の随求堂で、222年ぶりに御本尊の御開帳があり、拝観しました。胎内めぐりをしましたが、手すり伝いに暗闇を歩くのですが、前後の状況がわからないので人と接触するのが辛かったです。


京都霊山護国神社です。坂本龍馬や維新志士の墓があります。パール判事の顕彰碑ですが、靖国神社にもありますね。瀬島龍三氏が発起人代表のようです。
最後は八坂神社に寄りました。

平等院鳳凰堂に行きたかったのですが、宇治まで赴く余裕もなく。。新撰組でお馴染みの壬生寺、伊東甲子太郎絶命の本光寺、伊藤若冲の菩提寺の宝蔵寺、足利氏の菩提寺である等持院、さらには泉涌寺、阿弥陀寺、東寺、東福寺、本願寺と、京都市内にもまだまだ名刹があります。また改めて来る必要がありそうです。