ここ一、二年通いたくても通えなかったMETライブビューイングですが、今作のみ東劇で2週間の公開であることに気づいて、滑り込みで観てきました。
毎回それぞれ一週間の公開期間は短すぎますよね、観たくても時間が作れなくて逃してしまった作品が多数ありますから。
駆け込みした理由の一つにライブビューイング登場は久しぶりのピョートルベチェワ![]()
数年前まではアンナネトレプコの相手役でよく観ていたんです![]()
彼はこういう一途な青年が似あいます。リゴレットの際の女たらしも何故か爽やかに見えてしまって、きっと元々純朴なのでは?と勝手に思いこんでいるのですが![]()
ピョートルベチェワ
このリハーサル映像ではもちろん観客はいないんですが、収録日の公演ではショーストップになるくらい大喝采を浴びていました。やっぱり生の舞台の好いお客さんって相乗効果ですね。
役者さん(オペラ歌手)もどんどんのっていくのが伝わってきますから。
今回の目玉は何と言ってもプラシドドミンゴのルイザの父親役。
40年前にロドルフォを演じたドミンゴがバリトン歌いでミラーを演じていらっしゃいました。
ヴェルディの『ルイザ・ミラー』
どんなお話なのか、どんな曲なのか知らなかったんですが、
あぁ、なんてこと…
…
となる王道のオペラ・メロドラマでした。ニューヨークの観客も大満足でスタオベしていました。
名作《リゴレット》や《椿姫》の数年前に作曲された《ルイザ・ミラー》は、ドイツの文学者シラーの戯曲にもとづいた「身分違いの恋」の悲劇を描くオペラである。それまで歴史絵巻的な作品が多かったヴェルディは、《ルイザ・ミラー》をきっかけに、より人物の内面に迫る心を打つ作品を書くようになった。実際《ルイザ・ミラー》には、後の名作の断片があちこちに聴かれる。
と書かれていますが、
あ、あのお話と一緒、あのお話にも似ている、と感じながらある意味安心して観ていられるオペラでした。
それもそのはず、
第2幕で悪人のヴルムに偽の手紙を書かされるルイザに寄り添うクラリネットのメロディは、《椿姫》のヒロインが泣く泣く別れの手紙を書く場面と同じだし、大詰めのルイザとロドルフォの緊迫感溢れる二重唱は《オテッロ》の終幕の前触れだ。ルイザが父に抱かれて息をひきとる幕切れは、同じ状況の《リゴレット》の幕切れを予感させる。「いろんな要素が詰まった実験的な作品」(ロドルフォを歌ったP・ベチャワの言葉)とされるのももっともなのだ。
とレポに。
なるほど、です。
ところで、幕間のインタビューでも過去映像が紹介されていましたが
こちらが1979年のプラシドドミンゴ(ロドルフォ)
マエストロ・ドミンゴのこの歌唱聴いてしまうとうゎ~ってなりますね!
あぁあぁ、誰も敵いません
さすがです!
もちろんこの時のテノールが出せるわけではないのでしょう、バリトンで父親(ミラー)役のドミンゴに今尚まだまだ現役の、きらめくレジェンドでした。
