11月3日、日本武道館 西城秀樹リサイタル
当時は子供だけで自分一人だけでコンサートなど行かせてもらえなかった昭和の時代です。
どうしても行きたいと言って、母と行くことになった初めての武道館。
実は夏休みの初日に突然富士の麓に行く!と早朝新宿西口へ出かけた私の行動にびっくりした母が、アイドルのコンサートなんて行きたいはずはなかったと思うのですが、子供が勝手に出掛けるよりはまし、と決断したんだろうと思います。
富士の麓とは、その年、秀樹さんが大規模な屋外コンサートを開催することになり、たしかFCでバスツアーの募集をしていたんです。ちょうど夏休み最初の7月20日だったと思います。
今から思うと、お弁当も水筒も何にも用意せずに明け方家を出かけようとした子供、どんなに親を心配させてたんでしょうね。すでに新宿西口のバス集合場所には何千人もの女の子たちが列を作っていました。母は私が並んだちょうど前に居た高校生くらいのお姉さんたちにどうかこの子をよろしくお願いします。って頼んでいました。
その時代の女子高校生ってしっかりしていたから、母の突然のお願いに本当は面倒なことになったと思ったはずなんすが丁寧に受け答えをしてくださって、コンサート会場でも帰りのバスもはぐれないように気を配ってくださいました。
こんな何十年も経ってからで申し訳ないんですが、あの時は本当にありがとうございました。
あ、
その時、秀樹さんはヘリコプターで登場して豆粒のように遠かったけれど、今、普通にロックフェスとかありますが、そういうのを単独で何万人も集めて開催してたんです。もちろんロックコンサートでした。
武道館に戻りまして、たしか取れていた席は1階席だったと思うのですが、係員さんが席に案内をしながら困っている様子。もしかしたらダブルブッキングだったのか、それともはじめから無い席番だったのか?とにかくはじめての秀樹さんにどきどきキョドっていた私はそんなトラブルもトラブルと感じない程ワクワクしていました。次に案内してくれたのは階下のアリーナ。武道館のど真ん中に真っ白なステージがあってその周りをコンダクターの居るオーケストラが埋め尽くしていました。そのオーケストラの後ろあたりが関係者席だったのかな?テレビや雑誌でみるタレントさんとか既に座っていて、そこに母と座らせてもらいました。
白いモクモクでステージが包まれて、音楽と共に
ドラマティックなステージング。
夏の屋外のロックコンサートは全く違う構成の一流のエンターテイメントがはじまりました。
そういえば私もおしゃれをして聴きに行っていたのが武道館リサイタル。
夏のコンサートはTシャツでしたものね。
それ以来、その年に一回きりの秋の日のリサイタルはそのはじめての年から毎年通うようになりました。
当時は自分が大人になる頃にアイドル卒業でした。
仲良くさせてもらっていた年上のお姉さんたちは就職してそして何年かして結婚する頃に離れていった気がします。
自分は卒業して就職して仕事が忙しくなるころには仕事人間になってしまって、いつの間にか離れていました。
ちょうどコンサートが終わった年だったかもしれません。
いま、ここに書ききれない程たくさん、自分の歩んできた場面に西城秀樹さんが関わっていて、
そのどれもが嘘みたいな本当の話で、現実ではなかなか体験できないことをまるでサプライズのように秀樹さんが登場したんです。もちろん秀樹さん側からは全く関知していません。
でもそれぞれその時に秀樹さんがそこに居たから、現れたからその後の結果に及ぼした効果は絶大でした。
でもこの先、もうそんな人生のサプライズのような秀樹さんには会えないんですよね。
仲良し同級生を誘って、武道館にNTVだったかな?秀樹さんと五郎さんとひろみさんとの特別番組があったとき出かけようとしたら同級生のお父さんが可愛い娘たちがどこに行くんだ!とやっぱり心配してそのお父さんがお目付け役で一緒に観覧したことも懐かしく楽しいく甘酸っぱい思い出。
そして劇団四季との出逢い、
浅利先生が秀樹さんを主人公に日生劇場で上演した劇団四季・西城秀樹『わが青春の北壁』公演
三木たかし先生とのミュージカル曲、その後の劇団四季作品に影響しているんです。
さらば愛した人
あなたともう話せない
さらば青春の日、とわにあえない。
作詞:阿久悠
今の自分のように何度も観に行くことなんか出来ないから、一回きりしか、しかも二階の上の方からしか観ていないけれど、発売されていた全曲を聴きながら場面を全部思い返していたことも、懐かしい。。。。。