今日は、今日起きた事を書きたいと思います。
職場の社長が少し前に入院して、
暫く意識が無かったりで、本当に生死の境を
彷徨ったのですが、やっと退院できて。
今日職場に来てくれました。
その,大変な時に付き添ってくれていた方。
世間的には、あまり賛成できない関係
なのですが…。
ですが色々言われるとは思うけれど、
意識のない時もずっと毎日毎日病院に
通ってくれてたそう。
確かにお仕事フルでしてるわけでもないし、めっちゃ小さい子がいるわけでもない
けど。
1日たった30分のために,毎日行くって
しかも、意識がなくて、こっちの呼びかけに応えてくれるわけでも、微笑みかけてくれるわけでもない。
今日はどうかな?目、覚めるかな?
呼びかけに反応してくれるかな?
ていう、微かな期待をしながら
少しの面会時間のために通うって、
そんなに簡単な事じゃない。よっぽどの想いが無いと出来ないと思う。
自分も、実母が倒れた時、たった30分の
面会時間の為に、毎日通った事を思い出しました。
その人の事,特に好きとかそういうわけではないけれど、でも、
よく頑張ったね、凄いね、って
伝えたい。
直接伝えることは無いと思うけれど、
せめてと思い、ここに想いを書こうと思います。
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弟と、検査結果を聞きに病院へ再び。
結果は…
以前(多分年明けすぐくらいの時間かと思われる)起こした脳梗塞の影響が
嚥下機能を,完全に麻痺させている、
もう、この状態で嚥下機能が回復することはない、というもの…
つまり、リハビリは、無駄、ということ。
胃瘻しても、ただ栄養を与えるだけ。
でも、慰労している限りは生きることは出来る。生きる、といっても、心臓が動いているだけ…
そして、胃瘻のためのオペには、かなりの
リスクが伴う。
もしも、うまく行って、胃瘻出来たとしても、生かされているだけ、という事
などなど、お医者さんからの話を聞いた。
一般論として,今まで生きるならば、
胃瘻とか意味ないよねーとか、言ってたけど、家族の事になると、全然違ってた。
本当に辛い😭
でも、思えば、約20年前に倒れた時に、
死んでたかもしれなくて、そこから
よく頑張ってきた母。
以前とは違ってしまっても母である事に変わりは無く、私達のために辛いリハビリも乗り越えて生きてくれてたんだとしたら、
もう楽になってもイイのかな…
弟は、ブレてなかった。
無理な延命はしない。
もう十分生きてくれた。それだけでありがとうと言いたい。と。
そして、2人でお医者さんに告げた。
胃瘻も経管栄養もしない。
点滴で、と。
お医者さん。わかりました。でしたら、
体調が落ち着いてきたら、看取りまでしてくれる療養型の病院を探しましょう。
今はまだ状態が良くないので、落ち着いたらという事で。
ソーシャルワーカーに連絡を取るので、そちらで次の病院を探してもらいましょう、と。
それから、その日のうちにソーシャルワーカーさんと話して、実家からはかなり遠いけれども良い病院を紹介され、
弟はそこで自宅へ戻り、私は翌日、その病院へ行く事に。
またまた暫くかけずにいました😢
書いてて思い出したら辛くなります
でも、忘れてしまうのも辛いですね
明日は母の命日。
6年前ですね
6年前の今日は、実家から、母の病院に向かい、寝ている母に話しかけたりして。
でもなんだか疲れてしまったので,車を実家に置いて自宅に帰ってました。
そんな夜でした。
頑張って,続きをまた書こうと思います。
よろしくお願いします🥺