叔母2人との話…。

 前回の記事
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姉叔母

「もうね、充分頑張ったんじゃない?

でさ、夫(私の父)も死んじゃって、

もぅ生きてなくてもイイのかなって

なっちゃったんじゃないかな?」


妹叔母

「私も、そう思うわ。

20年前に倒れた時は、今思えば

夫の為に生きたんじゃないかなって思うの。

倒れるまでは、尽くして尽くして、

倒れてからは尽くされて尽くされて、

もう、イイったなったのかも。」



たしかに…

前に倒れた時は絶対助からないと言われながら

なんとか意識も戻ってまた家庭復帰出来て、

お父さんにしっかり世話してもらったもんなぁ。


お父さん、自分がもしも先に死んだ後のことも

色々考えてたんだけど。


倒れるまでは仲悪かったけど、

倒れてからは、仲良く?

なったもんなぁ。

ん?仲良くっていうのかな?

お父さんに頼らないと生きてけなく

なっちゃっただけだが。

それでも、お父さんには

それが良かったのかしら?

罪滅ぼしか?ってくらい、

お爺ちゃんちに車でおかあさん

連れて行ってたし。


色んなことが頭を巡って、

もう、どうしよう。


とにかく、

叔母2人は無理な延命には反対と。


そんな事を話していたら良いタイミングで、

弟から電話が。


お医者さんと話すことは伝えていたから、

結果が気になったのだろう。


お医者さんからの話を弟に伝えた。


弟の意見


点滴でいく。


胃瘻はしない。

鼻からの経管栄養接種もしない。


 

弟も言っていた。


お母さん、本当によく頑張った

もう楽にしてあげたい


胸が、ずぅぅん、となった。


楽になるって事は、

この世からいなくなるって事。


お母さんの人生


終わりになるって事。



私はどうしたいんだろう?


何が出来るんだろう?


また、胸がずぅぅんとなる。


今は、とにかく

検査の結果を待とう。


ん?先送り?


叔母たちは、バタバタと、その日の夕方に

帰路についた。


私は、その日は実家に泊まって、

翌日また病院へ行ったが、

まだ検査の結果は出ていなかった。


受験生もいるので、一泊で

自宅へ戻った。


家に戻った途端…とは言わないが、

翌日に、検査結果を聞きにきてほしいと、

病院から電話が入った。


あー、きたよー。


どうしよう。決めなくちゃ。


1人で話を聞くのが怖くて、

弟にもきてもらった。


       続きます




お医者さんに、コレからの話…というか、
この先の母の寿命?の話をされ、

本当に、生きるって、なんだろ?
と、感じた。

前回の話です
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母の嚥下機能低下は、

治るんだろうか…?

治るのなら、胃瘻で命を繋いで、

口から栄養摂れるようになったら

回復も、あるよね⁈


頭がボーっとなってきたが、

とりあえず

お医者さんの話はここまでとなり、

ここからは叔母達と話をした。


叔母(姉)ここからは、姉、にします。

「大変なことになっちゃったわね」

叔母(妹)

「そうね。私ちゃんは、どうしたいの?勿論弟くんの意見も聞かなくちゃだけど。

あのね、私の考えを言ってもいいかな?」


妹おばちゃんは、旦那さんと離婚後、

実家、つまり、私のお婆ちゃん宅に戻り

それからお爺ちゃん、お婆ちゃんの介護をして、

2人を看取っている。


「お婆ちゃんもね、入院した時に

同じように、栄養どうする?って事になってね、

その時は選ぶ余地もなく鼻からの経管栄養に

なったのね。

でもね、意識が朦朧としてても苦しそうで、

チューブを引っ張って取っちゃうの。」


「そうなると、チューブを取らないように手を拘束

しちゃうの。

見てて本当に辛いのよ。」


そんな事があったんだ…

聞きながら、いつの間にか涙が🥲🥲


妹おばちゃんも、姉おばちゃんも

泣いていた。


「あまりにも可哀想でね、もうお婆ちゃんのチューブを外して欲しいとお願いしたの。

外した時にね、お婆ちゃんに

ごめんね、苦しかったねって声をかけたの。

そしたら聞こえたのかな?

すごく表情が柔らかくなってね、

で、それから次の日くらいには死んじゃった。」


「でもね、あんなに苦しいなら

初めから経管栄養のチューブなんてね、

しなけりゃ良かったって、

ほんの数日生きながらえるか、

そうじゃないかなら、

楽な方が良かったと思うのよ。」


「そうね、母ちゃん、(私の母です)

初めの脳出血で倒れてからさ、

本当に苦しい中頑張って頑張って、

今までよく頑張ったわよ。

もぅ楽にしてあげたいわ」 


続きます




先生からの、これからどうするか、 

決めてほしい、と言う発言。


前回の記事です。

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「えーっと、これからどうするか、と言うのは、

母の治療の事ですよね?

選択肢が何通りかあるんですか?」


と、聞いてみた。


「治療、というよりは、これからの

栄養の摂り方の選択肢になります。」


栄養の摂り方。??


「つまりは、今のままだと口から物が食べられない訳で、1つは胃瘻です。

もう一つは鼻からの経管栄養接種、

さらにもう1つは今と同じ点滴、

または、何もしないか。」

な、な、なんですと⁉︎


お医者さんが言うには、


まだ決まった訳ではないが、

この先、栄養の経口摂取は難しいとなった時、

どうやって栄養を摂るか、を決めないと。


まずは胃瘻。


介護の世界では、よく聞くらしい。

お腹に開けた穴にチューブを通し、

直接そのチューブに食べ物を流し込む方法。


そして、鼻からの経管栄養接種。


鼻にチューブを通して胃に栄養を直接送るらしい。


あとは、点滴。


コレは今もやっているので、そのまま継続、

というわけなのだが、

血管も傷んでくるらしく、

腕がむずかしくなったきたら大腿部とか、

他の場所に針を刺すことになる…ガーンとか。



もぅここまで聞いて、

益々頭が真っ白になった。


更に続けるお医者さん。


胃瘻は、栄養をキチンと取れます!

ですが…、

一時的に胃ろうをしている間に嚥下機能の回復を

目指す人には、おススメなんです。

つまり、お母様の嚥下機能が治る見込みがあれば、

コレが良いと思うのですが、

この先の検査の結果次第ですね。


鼻からの経管栄養は、

気持ち悪がって外してしまう方が多いのです。

なので外さないように手を固定したりなど

しないといけないかもしれません。


点滴は、今のまま継続ですが、

栄養を十分摂れるものでは無いので、


そして、何もしない、というのも

栄養が摂れないですし、


その…


寿命を全うする、ということ。

になります。



何年も前のことなので、

事細かにハッキリ覚えている訳では無いのですが、

こんな感じの事を言われたように覚えている。


その時思ったのは、

今は無理に生きながらえるのではなく、

自然に任せて寿命が尽きるのを見守る、

という方法も提示されるんだな、

という事。


母が入院した時も、

延命装置はお薦め出来ないみたいな事

言われたし。


本人でなくて、家族が、

家族の生き死にを決めないといけない。


本当に。


生きるって、

生きるって、

なんだろう。


続きます。