4か月ぶりの、今年最初のブログどS。
ここ最近、久々に模型を又作りたいという気持ちが募り、残ったストックを眺めながら、どれを作ろうか、あれこれ考えておりまする。
うーん、マクラーレンのMP4/4か4/5bを作りたいが、どちらも日本GP仕様で作りたいから、改造物は少し感覚を戻してからにしようということにし、今話題の大塚家具がスポンサードしていたサードスープラを、95年のル・マン仕様にして作ろうと決めた。
ル・マン仕様と言っても、殆どデカールチューンだけなので、それ程大変ではないかと。←甘い?
で、何故このプラモを買ったかと言うと、勿論、ジェフ(クロスノフ)が駆ったマシンだったからだ。
彼に初めて会ったのは93年の富士、ピット2階の廊下だった。
ヘアピンを見てたら、私の右横にハンサムな外人ドライバーが立っていて、やはりヘアピンを見ている。
「カッコイイなぁ、おっといかん、ロス(チーバー)以外を応援しては」などと思ったような記憶がある。
彼は、クルム程ではないが、少し日本語を話し、94年に娘にサインを貰った時も、「オナマエハ?」と話しかけてくれ、色紙の左上に娘の名前も書いてくれた。
この年はル・マン24hでも2位に入り、後日富士で祝福の言葉をかけて握手したのを覚えている。
彼がトロントのレースで亡くなった時、当時はまだ今程ネットが普及しておらず、数日経ってからその事実を知って、私は愕然となった。
又、事故の原因(と言ってもいいだろう)となったステファン(ヨハンソン)のことも、レーシングアクシデントとは割り切れずに暫くは許せない気持ちだった。
「マクラーレンやフェラーリでドライブしたことのある一流ドライバーなのに、何でミラーを見なかったんだよ!」と。
上の写真は95年のル・マンのパレードの時のもの。サードのカタログから切り取って額に入れてます。
さて、キチンと作れるかな?作例は後日またこのブログで。←一応予定
でもいつになることやら。てへっ。


