目指せ甲子園っていうよりも
うちはみんなとずっとこのグランドにいたい。
軽はずみな気持ちで入ったわけじゃないけど
この部活はいくらプレイヤーじゃなくても
精神的にきついことだらけだった。
休みがない、朝早い、暑い、寒いなんて
どうでもいいことだ。
部員さんの迷惑になる前に
マネージャーとして何もできない。
何度覚えることを覚えても実際できず
同じ過ちの繰り返し。
「自分は必要じゃない」
「自分がいなくても何も変わらない」
と考えると辞めたい気持ちが止まらなかった。
自分は気配りがうまくできず
打率とか目立たない仕事の中でも
さらに目立たない仕事を好むようになった。
そしたら先輩に気配りよりも小さなことに唯一気付く人だと
初めて褒めてもらえた。
マネ会議を毎日やって毎日反省した。
なにも変わってない自分が嫌で毎日泣いてた。
先輩たちともうまくいかず、先輩の考えてることも
よく分からずもう毎日部活に行くのが嫌になった。
でも合宿などを重ねるにつれて関係も良くなった。
東総大会の前はなぜあんなに怒られていたんだろう。
やっぱりその時期が一番つらかったかもしれない。
でもうちなら任せられると言ってくれたから
本当に緊張したけど本気で頑張ろうと思えた。
それからもう自分はスコアにだけ専念しようと思った。
自分が放送なんて気持ち悪いって理由もあったけど
ガンが好きだったし記録とか好きだし
これなら自分は本気で頑張れる。
絶対間違いがないって胸張れるようにスコアだけは頑張ろう。
スコアに対しては本気で取り組んだ。何度も何度もやった。
そうすると次第にスコアをかくのが楽しくなった。
2年になってからあまり覚えてないけど
もう引退ってころなのに辞めたいって気がなぜがすごく高まった。
休部でもいい、とにかく嫌だと思ってた。
先輩の引退と同時に辞めてしまおうか…
毎日そんなことばかり考えていた。
でも夏大を終えてやっぱり自分には野球=部活しかないと思えた。
絶対に辞めたら後悔する。
新チームになって勝ちまくり、合宿もすごい楽しくて
3人になるのを恐れていたけど次第に3人でいるのが当たり前になっていった。
夏は本当に暑くてノックとかは普通に死にそうだし、
冬は冬でずっと放置で防寒しても寒さに耐えられないほどつらかった。
部員さんもずっと一緒にいたけど、この苦痛を分かり合えるのは
うちら3人だけ。
でもこんなうちらも11月の終わりから2月にかけては本当に
やばい時期だった。無言が当たり前だった。
あまり部活中、無駄な話はしてはいけなかったけど
この時期は部室でも無言ですぐ部室から出る。
部活中も部活に関する必要最低限のさらに最低限まで
本当にしゃべらなかった。会いたくもないし、
話もしたくないし、目も合わせたくない。
それが当時の正直な気持ちだった。
それが1,2カ月続いてお互い全てを言い合い、今に至る。
今から考えれば懐かしいとしか言えないけど
あの時はお互い辛くて、苦しい雰囲気だったな。