自分の足で漕いで風を受けての移動は、やっぱり楽しい。他の動力を使わない、自力での移動(下り坂と追い風は除く)。自由でもあるし自己責任でもある潔さみたいなものを感じて、自分で自分に酔う。そんな小っちゃな幸せが、目的地まで続いて行くのだ。
「自分の足で移動する」というごくごく当たり前の行為を、特別な感情で受け止めたことがあった。
うつ闘病生活が四年目に入った頃のことだ。
病気になり二年間まるまる何もせずに休養した後、三年目の正月から私は書店員のバイトを始めた。しかしその一年後に、店内のBGMの選択と音量を巡って当時の店長と喧嘩になり、クビになってしまった。それから一月ほど昼間から酒を飲む生活が続いた。このままじゃいけない、と思った私は当時の家族を離れ、故郷の実家で療養することにした。両親も望んでいたので、期限を決めずに、気分が軽くなるまでしばらくいようと思っていた。
その頃がうつ闘病のピークだったような気がする。
「堕ちる所まで堕ちきってしまった…」という、どん底感。元の元気さを取り戻せる自信を持てなくなっていた。
故郷での療養はそんな私に最適だと思った。というより、他にそれに適した場所がわからなかった。
実家での療養の二日目、天気も良く冬にしては暖かい日だったので、私は午前中から散歩に出ることにした。懐かしい中学校の周りを歩いて、昔と変わった所と変わらない所を探していたりしているうちに、どんどん気分が軽くなってきた。気が付いたら隣の学区にまで入っていた。真新しい市立図書館に入り、休憩がてら次の目的地を考え、さらに歩いて行った。結局帰宅したのは夕飯の前だった。
その晩、私はなかなか寝付けなかった。
久しぶりに長い距離を歩いたので体は疲れているはずなのだが、これからのことを考えていたら頭が冴えてきたのだ。
「今日おれは、自分の足で歩いて行った」———そんな肉体的な達成感が、精神的で象徴的な意味に思わざるを得なくなっていたのだ。
歩けたじゃん、おれ。
自分の二本の足で歩けたじゃん。
今は病気でも、自分の力で一歩一歩進んで行けるようになるんだって。
そう思ったら、涙が止まらなくなってきた。
今の自分の不甲斐なさだったり、なかなか改善しない苛立ちだったり、なんとなく世間に対して申し訳ない気持ちだったり、いろんな理由がごちゃ混ぜにブレンドされた涙が次から次へとあふれ出てきた。うつの時はよく泣いてしまっていたのだが、この日が間違いなく一番泣いた日だった。
やっぱり、実家に頼ってちゃいかん。自分の足で進まなきゃいかん。そんな気がしてきた。
そして翌日、母親の運転する車で実家を後にしたのだった。無期限の予定だった実家療養は、たった二泊三日で終わった。
ひょっとしたら、この故郷で感じたことも、神様がくれたチャンスだったのかもしれない。「自力で進めるんだ」と思えたことは、その年の夏以降に自転車散歩の楽しさを覚えて、結果的に急速に病気が軽くなっていくきっかけになったからだ。
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