赤井寅三 セラピー -16ページ目
 二年前に書いていたこのブログを読み返してみたら、当時の私が今よりも不安定な情緒を持っていたことに気付いた。
 うつ闘病の体験の話はさておき、それ以外の文章にもどことなく不健康な、落ち着きのない、内省的な、澱んだ気分が漂っている気がしてならない。ひとつひとつの記事を読むとそうでもないのだが、全体を通して読むと我ながら嫌な気分になってくる。不協和音が低く耳の底で切れ目なく鳴り続けているような感じを受けるのだ。

 これは、ひょっとしたら、今の私が当時の私よりもずっといい精神状態で過ごしている証拠なのかも知れないなと思った。うん、たぶんそうなのだろう。
 うつから脱したと思っていたのだが、当時より今の方が楽しいし充実している日々を送っているんだなあと嬉しくなった。



 なぜ私がブログの更新を止めたかというと…。
 二年前の今頃、実はここに書いていたうつ闘病の記事を書籍化する話が、とある出版社と私との間で交わされていた。私がブログを始めたきっかけは、「医師免許も医学の知識もない私が、今うつと闘っている人たちをどうしたら励ますことができるだろうか」との考えからだ。もし私の拙文が書籍となって世に出てその人たちの励みになれば、それは嬉しいことだ。
 しかし、出版費用を出版社と私との二者で折半することがネックとなった。当時私は時給1,000円のアルバイトが全ての収入源だった。当時の妻に出版費用の話を持ち出すことはできなかった。中古車が一台買えるほどの金額を私ごときの出版なんかに出せるはずがない。そしてその金額もさることながら、お金が議論になること自体にも嫌気がさしてきた。出版社としては商売である以上仕方のないことなのだろうけど、別にお金のために書いてきたブログではない。

 というわけで、書籍化の話は終わらせることにした。ブログを書く事自体も止めてしまった。



 そんな経緯があってブログの更新を休んだ。
 休んだまま、二年が経ってしまった。
 その間に、私の人生は大きく変わってきた。自分では好転したのだと思っている。







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 夏はころのきしめんだ!とは余り聞かないがこれは真実だ。

 『ナイスカレー!』で書いたが私は辛いもの好きなのだ。でも、ジリジリと暑い真夏にヒンヤリと冷たいきしころを食べることはこの上ない幸せなのだ。ここにおいて能書きは無用だ。なので無言でいただくよ。










(きしころ中)










 食った!ナイスきしころ!

 きしめんは食べる扇風機だと思う。今日も名古屋の人々に感謝します!



 食ったから能書きたれるが、食うこととはどこまでも自己満足である。その点で物欲とは本能として本質的に異なる。他人と共有する必要など無い。同時に他人の評価に依って自分の評価も変えてしまうような愚かさも存在し得ない。
 聞くところによると芸能界で「カレー部」なるものが登場したらしいが、本当のカレー好きはわざわざそんな事はしない。どうせジャニーズだとか秋元なんとかというインテリデブだとかの商法と似たような、十把一絡げな感じの腐った銭儲けの手段に終わるだろう。個別に能力は要らない、まとめ売りしてなんぼの話題づくりに終わる気配がぷんぷんして嫌である。私はきしめんのだしの匂いの方が好きだ。そもそも香りだとか匂いだとかはそれだけで美味しそうでなくてはならないものなのだ。


 能書きたれたので腹減った。おかわり下さい。







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 夏はカレーだ!とよく聞くがこれは真実だ。

 『国民食とクーデター』『ラーラー』でも書いたが私はただでさえ辛いもの好きなので、ジリジリと暑い真夏にヒリヒリと熱く辛いカレーを食べることはこの上ない幸せなのだ。ここにおいて能書きは無用だ。なので無言でいただくよ。










(カレー中)










 食った!ナイスカレー!

 カレーは食べるサウナだと思う。今日もインドの人々に感謝します!



 食ったから能書きたれるが、食うこととは自己の維持である。その点で性欲とは本能として本質的に異なる。
 かつて働いていた会社の仲間内で昼食にこぞってカレーを食べに行く「カレー部」があったが、べったりした馴れ合いが苦手な私は入部しなかった。そもそも辛さとの戦いは独りの戦いなのだ。


 能書きたれたので腹減った。おかわり下さい。






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 飽きっぽい性格なので、通勤時や帰宅時にはいつも違うコースでマウンテンバイクを走らせている。決まっているのは出発地点と到着地点だけだ。ただし例外があって、火曜と金曜の朝の通勤時にはいつも同じコースを通る。私の住む地域を担当する、バカでかいゴミ処理場の横を通っている。
 野球場が二つはゆうに入りそうなほどの広い敷地に、明るいベージュ色をした豆腐のお化けのような処理場本体があり、高さが百メートルくらいはありそうな同じベージュ色の四角い煙突が伸びている。全体に直線でできた建物で、レゴブロックに同じ色があればすぐ同じ形ができてしまいそうな気がする。あまりゴミ処理場っぽくないのがいい。

 しかし私が週二回、その横を通る目的は処理場にあるのではない。そこからごみの収集に出かける、収集車のパレードを見たくて通るのだ。

 三十台以上はあるだろう。同じデザインの、似たような形の、収集車の車列が処理場の車路から市道へと放出されていく。処理場へ続く交差点から処理場の入り口までおよそ二百メートル。その道が全て収集車で埋められている。私が処理場の入り口を横切ろうとすると、同じオレンジ色のキャップをかぶった六人の警備の人が収集車を停めて私の道をつくってくれる。軽くお辞儀を返しながら処理場の中の車道を見ると、先ほどの交差点から見てきた数以上の収集車が公道へ出られるのを順に待っている。
 私は男の子だったのでいわゆる「はたらくくるま」には今でも幾ばくかの興味がある。しかし、ある朝のほんの一~二分の間に、これまで生きてきて見た数以上ほどの収集車を見る興奮は、単なる興味以上のものがある。単純に、壮観なのだ。


 どうしても思い浮かんでしまう映画のワンシーンが頭に投影される。阪本順治監督の『新・仁義なき戦い。』の冒頭部だ。
 ヤクザの組長の葬儀のため、たくさんの黒塗りの高級車が田舎のあぜ道を通っていく。あることをきっかけに車での通行が難しくなり、組長夫人の一言で歩いて行くことになる。ずらりと並んだ車列のドアというドアが開かれ、黒スーツの男たちが車から降りてくる様子が、望遠レンズのスローモーションで映し出される。そこに布袋寅泰によるあのテーマ曲が流れてくる。クエンティン・タランティーノ監督の『キル・ビル』でも有名なあのフレーズだ。


 ものすごい数の収集車を見て、頭には『新・仁義なき戦いのテーマ(BATTLE WITHOUT HONOR OR HUMANITY)』がグルグル流れ、火曜日・金曜日の午前中いっぱいはその光景と音楽に心地よく支配されるのだ。






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 花村萬月さんの本の感想を書いただけでアメーバのモバイルサイトに「健全なサイト運営にふさわしくない言葉・表現が含まれている可能性があり」と判断されたのが、逆に妙に心地良かった。
 だが、性や暴力に関しての表現はこれまでにも書いてきたので、過去に書いた記事を改めて携帯電話で確かめてみた。

 すると・・・!

 四月七日に書いた「イキヌクイキヌキ」がケータイで読めないではないか!理由はやはり「健全なサイト運営にふさわしくない」云々だ。
 今まで気付かずに本当にごめんなさい。健全なかたちにして採録します。


(以下採録)

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 どうしても頑張ってしまうタチである。
 これは私の長所とある時もあるし、短所である場合もある。以前病に陥った遠因とも思われる。
 そんな人間が生き抜くのに必要なのが、息抜きだ。イキヌク=イキヌキは必ずしも駄洒落ではないと思うのだ。

 かつていた会社で、アイデアに詰まると私は、煙草をくわえてビルの外に出た。煙草に火をつけて、歩き始める。約100メートル四方の街路を一周する頃にコンビニがあり、そこで煙草を消す。そして会社に戻る頃には、ひとつアイデアが浮かんでいた。息抜きというよりおまじないのようにしていた行為だ。

 今、就職活動の合間に資格と語学の勉強をしている。おもに自宅で夜中にするもんだから、歩き煙草ではなく、漫画を読む。それもギャグもの。
 最近お気に入りなのは、伊藤理佐さんの「微熱なバナナ」だ。全編に「ち ○こ(伏せ字なし)」「ま○ こ(これも伏せ字なし。男女平等だ)」「かわかむり」「ムラサキのビラビラ」「早い」「小さい」が綺羅星のごとくちりばめられている。痛快だ。素晴らしい。爽やかにエロが謳歌されている。
 亡くなった久世光彦さんの名著「卑弥呼」では、主人公の女性雑誌編集者が全国の女性 器の呼び名を探してまわるが、そのきっかけは「昼下がりのカフェでも堂々と口にすることができる女性 器の呼び名を考えよう」という企画だった。久世さんは、「微熱なバナナ」を読んでいたであろうか。久世さん、堂々と「まん ○(伏せ字なし)」と明るく叫んでいる面白いのありますよ。


 ・・・問題はこんなものを息抜きにしているから、なかなか勉強が進まん ことだ。




○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●



 最後の一行をよく読んでいただくと、女性 器の俗称が読み取れるだろう。くどく説明すると「なかなか勉強が進」の直後、「とだ。」の直前である。本文中には伏せ字を使ったのでここで入れてみたのだ。気付く方がいたら面白いと企んではいたのだが・・・。
 今回の採録では一文字分スペースを空けたから、恐らくこれで健全なサイト運営につながるはずである。


 なお、文中に書かれているある資格の勉強は、今はもうしていない。国家資格は本当に必要な人に与えるべきだ、と勉強を諦めた言い訳をしている。


 最後に、レイモンド・チャンドラー『さらば愛しき女よ』からの引用。主語の判断は皆様にお任せします。



「君は奇妙なユーモア精神を持っている」と、彼はいった。
「奇妙なのではなく」と、私はいった。「ただ、遠慮がないだけです」






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