赤井寅三 セラピー -14ページ目
 癒しの隠れ家美容室でヘッドスパをしてもらいながら考えるのは、いつも、ハゲについてだ。

 今、私の頭皮がマッサージされて血流が良くなっているのがわかる。頭蓋骨にへばりついているもんだと思っていた皮膚が柔らかくなり、骨から浮いているような感じを覚える。すべての毛根のコリがほぐされて、停滞していたかもしれない何かの流れ(育毛剤のCMで見るような、血液だか体液だかが勢いよく何かが流れているやつ)がたちどころに活力を取り戻していく気がする。頭全体がじんわりとイタ気持ちいい熱さに包まれる。ああ、私のすべての毛根たちよ、よかったねえ。これでまた元気になっておくれ。

 ところで、父が38歳の時に産まれた私は、30代の前半からハゲが進んでいたという父のふさふさ姿を、全く知らない。それに私は幼い頃から額が広いので、これは父親に似たからで、ハゲの前兆なのだろうと思っていた。だから、私も大人になったら当然、父と同じようにハゲるのだと信じていた。ところが、中学高校予備校大学社会人と成長していっても、私の生え際は後退していかなかった。「よかった、まだハゲていない!」と思う一方で、「いつハゲ始めるのだろうか」と不安も感じながらここまで来た。40代に突入して白髪が増えたが、生え際前線は依然停滞中だ。ただし休戦協定が維持されているだけで、いつ協定が白紙撤回にされてもおかしくはないのだ。

 でも、とここで開き直る。
 私はどうせ男だ。ハゲは自分の意志では制御不能なものだ。男なら誰でも生え際に不気味な時限爆弾が仕掛けられているのだ。できれば不発のまま一生を終えたいが、ストレスやら睡眠不足やら様々な要因が時限爆弾のタイマーの針を進めてしまう。
 だったら、ハゲを全面から肯定して受け入れようじゃないか。ハゲの何が悪いのか。ハゲても堂々と街を歩こうじゃないか。うちの父親は偉い。少なくとも40年以上、ハゲを隠さずに生き続けている。見苦しい抵抗は今すぐやめよう。暑苦しい被り物を今すぐ脱ぎ捨てよう。ハゲな自分を目いっぱい愛してあげようじゃないか。等身大のぼくを見て!

~・☆・~・☆・~・☆・~・☆・~・☆・~・☆・~・☆・~・☆・~・☆・~・☆・~

 ヘッドスパが終わり、魅惑のシャンプールームからカット台の椅子に移動する。
 ドライヤーをかけてもらいながら、鏡に映る自分の髪形を見る。
 まだふさふさしている髪を愛しく思うのだ。

 やっぱり、なるべくならハゲないでほしいなあ。




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 歩道にぶち撒かれた吐瀉物を、カラスがついばんでいる。
 角の丸い薄いピンク色の名刺が数枚、昨晩の雨に浸って路面にへばりついている。その前の古い喫茶店の軒先を、痩せた中年女性が掃いている。
 社名が書かれた白いワゴン車が自転車の警官を轢きそうに走り抜ける。
 開店祝いの花が軒並み抜かれて、緑の葉だけが残されたスタンドが間抜けに整列している。
 たった今まで酒を飲んでいたらしい、地下からの階段を上がってきた三人の若者が、重そうな足を地面に擦りながら必要以上に大きな声でタクシーを呼んでいる。
 風俗店の前の歩道をおしぼり業者のワンボックスカーが塞いでいる。その隣の先月解体されたビルの跡地が舗装され、明日にでもコインパーキングになろうとしている。
 揃いの原色のウインドブレイカーを着た年齢差のある二人のサラリーマンが、キャリーバッグを音を立てながら引きずって地下鉄駅の方へ歩いて行く。
 コンビニエンスストアの店先の灰皿スタンドに赤茶けた吸殻が盛られている。
 運送会社の華奢な男が大きなカートを押して行く。
 ビジネスホテルの大きなガラス窓の向こうに外国人女性が並んで座り、通りに向かって大口を開けてサンドウィッチにかぶりついている。
 24時間営業の立体駐車場の入口の壁にぶら下がったテレビから、頭髪を偽造している疑いがある司会者の甲高いコメントが聞こえてくる。パイプ椅子に座っている駐車場スタッフが老眼鏡を拭きながらうなずいている。
 黒いドイツ車が一方通行の道路をバックで逆走するのを見て、骨が折れた傘とくたびれたボストンバッグと段ボールを抱える老人が何かを叫んでいる。その背後には、何かを期待しているかのようにカラスが待機している。


~・☆・~・☆・~・☆・~・☆・~・☆・~・☆・~・☆・~・☆・~・☆・~・☆・~

 駅から会社までの5分ちょっとの道のりは、こんなにワクワクがいっぱい!
 さあ、あなたも午前九時の錦三丁目を歩いてみませんか?




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 自転車散歩が好きなのだが、こう風が冷たいと乗るのが苦痛である。「三寒四温」とはまだ言えず、今朝起きた時にはちらちらと雪も舞っていたほどの寒さだ。
 幸か不幸か、何が何でも自転車に乗らなくてはならない必要も今の私にはない。無理してまで寒風に身を晒して泣きたくはないのだ。それでも、寒い中コートに手を突っ込んで歩いていると、「ひょっとしたら自転車の方が体が動いてあったかいかも」などと思えてくる。低温で脳みそも凍り付いてるのかも知れない。

 ところで、私は子供の頃から夏が大好きだ。汗だくになるのは、全く苦にならない。というより、暑い最中に汗をかいていると恍惚感すら感じる体質なのだ。夏はドMなのだ。

 だから夏の自転車散歩は最高に気持ちいい。汗を全身に流しながら自転車をこいで、でも時折吹く風が体を撫でていくと「嗚呼もう、どうにでもして」と気がイッてしまう。朦朧とした耳に蝉時雨が響く。雑念がなくなる。次の下り坂まで欲望を溜めておく。それまで我慢。まだまだ我慢。とことんいたぶられる快感ーーー。

 ああ、早く夏にならんかなあー。



 …と、やたら重いペダルを踏み込みながら、半年後の光景を夢想していた。
 北風をまともに正面から受けながらだから、顔が切れそうだった。泣きそうだった。
 どうして乗ってしまったんだろう、こんな日に…。

 真冬の自転車は、ひどいいじめだ。




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 耳にしたことはあるが日常生活においては使ったことがない言葉というものは、結構多い。
 そういう言葉が使われる場面・状況は大体限られてくるようでもあるから仕方がないが、アウトローな日本語には何とも言えない魅力を感じてしまうのである。

 例えば、「忌々しいやつめ」。これは時代劇や昔の少年漫画でぐらいしか目にしたことがない。
 普段使おうと思っても使わない。いざ使うのに相応しい場面に出くわしても(あまり出くわしたくないが)、すぐには「忌々しいやつめ」と口に出すことはない。少なくとも私はこれまで使ったことがない言葉だ。
 「お前、むかつくなあ」の代わりに「忌々しいやつめ」と言えるようになったら、多少は大人になった気分を味わえるかもしれない。嘘ですけど。

 「ちょこざいな!」というのも私は使ったことがない。子供の頃、赤胴鈴之助がこう言われているのはよく見たが。相手をビビらせる言葉なのか、またはけなす言葉なのか、なんとなくそこら辺付近の意味合いの言葉であることは想像できるが、「忌々しいやつめ」ほどはっきりした輪郭を持てない。下手に知ったかぶりをして日常の会話で間違った使い方をしてしまっては遅いので、辞書で調べてみた。



ちょこ‐ざい【猪口才】
[名・形動]小生意気なこと。こざかしいこと。また、そのさまや、そのような人。◆「猪口」は当て字。(大辞泉より)




 また「猪口」は当て字で、「ちょこ」は「ちょこちょこ」「ちょこまか」など、目立たない小さな動作を表す「ちょこ」。「才」は「才能」の意味で、合わせて「ちょこざい」で「ちょっとした才能」の意味らしい。そこから「利口ぶって小生意気」「小賢しい」に転じたそうだ(語源由来辞典より)。

 なるほど~。「ちょこ」っていう響きが、またなんとも軽くて小馬鹿にしたニュアンスをよく醸し出しているとは思っていたが、その味付けが効いている言葉だ。
 それに、一見すると褒め言葉っぽく見える「ちょこっとした才能」の意味が、「小生意気」と転じてしまったところにミステリーを感じる。美味しいものを食べて「ヤバい」と言ったり、恐ろしくないことにも「凄い」と言ったりするようになったのと似ている。

 言葉は生き物。長い年月でこうしてちょこちょこ変わっていくことに対して、こちょこちょ怒ったりするのは、ひょっとしたら、ちょこざいなことなのかも知れない。





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