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小説短編集 【79】作詞家が消えた日(原稿用紙30枚)
※大学4年生になろうとしていた陽太は、周囲にいる同級生たちが就職活動の話をしているのをまるで他人事のような感じで聞いていた。正直3年生の8月に自分が入社を希望する会社にインターシップとして参加している同級生たちもいたので、もうすぐ4年生になる今頃でも具体的な就職活動を一切していなかった陽太は正直仲間外れ状態だった。
広島の高校を卒業して東京の大学へ進学していた陽太は、大学入学後すぐに東京にいた従弟の紹介でラジオ局でアルバイトを始めていた。もともと中学生の時からラジオの深夜放送を聴くのが大好きだった陽太は、今のアルバイトの仕事が大好きだった。
そんな陽太は放送局への入社を考えていたが、ここ数年間放送局での新卒採用は行われていなかった。大学生で放送局でアルバイトをしている仲間たちは、大学卒業後番組制作の下請け会社で働く道を選択していた。陽太も出来れば自分も、そのような道を選択しようと考えていた。それは就職活動ではなく単なるアルバイトの延長に過ぎなかった。
広島にいる両親から陽太の大学卒業後の進路についての特段の注文など一切無かったので、陽太は両親に大学卒業後は東京で就職するつもりでいることだけは伝えておいた。就職活動などせずに大学卒業後も陽太は、従弟から紹介されていた番組制作下請け会社で働き続ける積りだった。
そんな陽太だったが、正直放送番組の制作側で働くことが最終的な目標ではなかった。実は陽太は中学時代から、いつかは作詞家になりたいと漠然と考えるようになっていた。大学進学の時も音楽制作の専門学校への進学とか、作詞を学べる通信教育の受講とか考えたが、専門性の修得は取り敢えず先送りしていた。
中学生時代から書き溜めていた作詞は、500を超える作品数となっていた。大学生になってから陽太は自分の作品をオーディションなどに投稿してみようと考えたが、純粋に作詞だけでの作品での応募ができる機会には恵まれないままだった・・・。
小説短編集 【80】5年前のプレイリスト(原稿用紙30枚)
※吉井が今の古書店で働くようになってから5年が経とうとしていた。5年前吉井は大学卒業後勤めていた音楽事務所を退所していた。当時40歳になったばかりの吉井は音楽事務所の所長をしていた。レコード会社から出向してきた新しい音楽事務所の社長と、最初から最後まで吉井は衝突ばかりしていた。
それと言うのも吉井は新しく着任した新社長が、音楽事務所でやろうと考えていたことを音楽業界の知人から聞かされていたからだった。新社長は所属していたレコード会社の経理担当の役員をしていて、それまでも赤字の子会社の社長として出向して経営を立て直して来ていたのだった。
確かに社長が出向した子会社は、彼が着任後早々に赤字体質から脱却できていた。吉井に新社長の仕事の進め方を教えてくれた音楽業界の知人は、とにかく人員削減をベースとして徹底的なコストカットを断行していくのが経営立て直しの手法だと教えてくれた。
そんな事前の情報を耳にしていた吉井は、新社長が新しく指示する業務改善の指示に徹底的に抵抗した。勿論説得力のある内容については、精一杯成果が出せるように所長として吉井は真剣に取り組んでいた。とにかく最初から衝突ばかりを繰り返していた中で、吉井にとってどうにも譲ることのできない状況が露になったのだ。
着任してから半年後に新社長は事務所の所長である吉井に、音楽事務所の所属員の大リストラを命じてきたのだった。それは少ない正社員は勿論アルバイトや、所属していたミュージシャンたちも対象としたリストラ指示だった。
社長からリストラ対象者のリスト提出を求めらた吉井は、最後まで余剰人員など誰一人としていないと新社長に報告した。当然なことだが吉井からの報告に納得しなかった新社長は、とにかくまずは1人でもいいからリストラ対象者を報告するようにと吉井へ具体的な行動を迫って来た・・・。