オリジナル小説 【俺は根っからのランブリング・マン】(第15回) | 《遠い昔、深夜放送が好きだった人たちへ贈る小説》間々田陽紀の世界

《遠い昔、深夜放送が好きだった人たちへ贈る小説》間々田陽紀の世界

■好きな音楽、好きな映画、好きなサッカー、好きなモータースポーツなどをちりばめながら、気ままに小説(232作品)・作詞(506作品)を創作しています。ブログも創作も《Evergreen》な風景を描ければと思っています。

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お寺を出て千賀は、留美さんと並んで歩きながらミュージックBar《君の友だち》

に向かった。ふと立ち寄ったお寺で、とても面倒見のいい千賀と同じ年のご住職に出会った。そして同じく千賀と同じ歳でもう亡くなっていた留美さんのお父様が、大切に育てたであろう留美さんとこうして歩いている。交わす言葉が見つからない千賀は、胸の内で自問自答を始めた。

今まで季節労働者として、全国各地の様々な街で色々な人たちと出会った。しかもその中には随分と長い間、同じ風景を眺めた人もそれなりにいた。でもそのいずれの人に対しても、たった数日間会話を交わしたご住職さんと留美さんに感じる親しみを感じたことは一切無かった。

これも余命3ヶ月と言う医者からの宣告を受けたらからなのだろうか、他人から千賀に投げ掛けられる想いに素直に反応している自分自身の存在に千賀は戸惑いさえ覚えていた。

それなりにまだ生きていけるだろうと何も考えずに暮らしていた日々に、突然限りが訪れた。その限りある日々を決して勝利することのない闘病を挑んで行って少しでも伸ばすことより、今まで通りの普通の日々を1日でも多く過ごして行く道を千賀は選択した。

今までも出来るだけ自分の気持ちに負荷のかからない時間を大切にして来たから、あの時ああしていれば等と言う後悔の念は今全く湧いて来ない。それほど楽しくも無いし苦しくも無い、それなりに心地よい時間を千賀はずっと手にしていた。

しかし、その時間に限りが突然訪れたのだ。そして千賀は何時最後の瞬間が訪れても、それを受け入れるだけの心積もりはとっくに出来ていた。ひょっとすると千賀の時間に限りが訪れる前から、そんな心境の中に千賀はずっといたようにも思えた。

『何か大切な考え事でもあるのですか?』
留美さんからの問い掛けで、自問自答していた千賀は我に返った。
『いえ、特には・・・』
千賀の限りある時間の話など、留美さんに出来る筈も無かった。

『ちょっとお話ししてもいいですか?』
後ろから2人を追い越して行く車のヘッドライトの灯りが、目の前の歩道を明るく照らし出してくれている。
『構いませんよ。もっとも留美さんのお話の相手が、私に務まるかどうかは分かりませんが・・・』

『私東京の音大を卒業したのですが何をやっても中途半端で、亡くなった父はずっとやり続けていればいつかは夢が叶うと言っていました』
『千賀さんは若いのですからあり余るほどの時間があるし、お父様が話していたようにいつかは夢に辿り着くことが出来るでしょう。良いですね、若い人には夢があって!』

『千賀さんだって夢に向かって歩めるだけの時間は、まだ十分にあるでしょう。実際、1年前に死んだ父も夢を持っていましたよ』
『亡くなられたお父様の夢って、もし良かったら教えて頂けますか?』
留美さんは少し先に進んでから千賀の方に振り返った。
『恥ずかしいです!』

『無理にとは言いませんが・・・』
留美さんは千賀に背を向けて、小さな声で話した。
『私が、シンガー・ソングライターとして多くの人にその楽曲を聴いてもらえるようになることです』
先ほどご住職さんが、ルミちゃんのオリジナル楽曲を聴いて下さいと話し掛けて来たことを千賀は思い出していた。
『楽曲はもう何曲が出来上がっているのですか?』

『ええ、高校時代から創ってきましたから、曲数だけは結構な数になります。父の薦めでその楽曲の中から自分でも気に入っている楽曲を、デモテープにしてレコード会社などにも送ったのですが反応はありませんでした。

そこで今度コンテストに応募しようと思っているのですが、自分で最後までどちらの楽曲を演奏しようか迷っている楽曲が2曲あるのです。亡くなった父は、身内ですから評価が甘かったに違いありません。どっちの楽曲も最高だと言うばかりでした。

だから千賀さんに迷っている2曲を聴いてもらって、どっちの方が良いのか千賀さんの考えを聞かせてもらって自分の参考にさせて欲しいのです』

正直、千賀には荷が重そうなことのように思われた。何とかそんな役割から逃れることを千賀は考えた。