竹谷とし子です。

 

科学技術研究やイノベーションに力を入れるドイツで、科学技術に関する複数の研究所を訪問し責任ある立場の方々から話を伺い、また、在ドイツの日本人研究者の方々との懇談を通じて、ドイツの研究環境と人材育成の状況を調査しました。

 

ドイツの研究環境の優れている点は、1つ目には予算面での安定性、2つ目は自由な環境、3つ目はきめ細かい生活支援 と言えそうです。

 

1つ目の予算面については、ドイツでは官民合わせて今後GDPの3.5%を研究開発に当てる方針だそうですが、日本の政府側に聞くと、この点は金額的には日本も同レベルでだと。何が違うかというと、日本に比べドイツでは効率的で自由度を持った柔軟な使い方ができ、日本のように予算申請手続きに、大事な研究者の時間をとられてしまう、ということもないようです。

 

日本の大学の場合は研究室単位で予算を申請して使うので、共有できる同じような機器が各研究室にあったりすると聞きました。その機器のメンテナンスもバラバラに行い非効率。例えばドイツでは必要な機器があると研究所内に一斉にメールを出してこんな機器はないかと聞いて、あれば共有するのは普通と。このあたりは以前、文科省が部分的に改善に取り組んだらしいですが、どうなったか検証が必要だと感じました。また、補正予算で時間制約ある中で必要性低いものにお金を出してしまう構造も問題のようです。予算の出し方、使い方について、総枠を変えることと別に、改善の余地がありそうです。

 

また、何より、ドイツの研究開発予算は、長期的に安定し、今年は予算があるけれども来年は分からない、急にカットされる、という心配も少ないようです。ドイツの経済が好調で財政が安定していることは理由のひとつでしょうが、それだけでなく、研究開発を成長の柱の1つとして重視する政府の姿勢と、研究者育成機関のトップ達が、研究開発の重要性を理論的に説明し、政府や国民世論に対してオープンに啓発活動を行い、理解を促進しているという事もあるようです。

 

調査団は、ドイツの研究環境を学ぶため、優れた研究者が世界中から集まっている基礎研究分野の研究機関、マックス・プランク協会も訪問し、シュトラットマン会長 Prof.Dr.Martin Stratmann と懇談する機会を得ました。

 

研究者側からの広報活動として、テレビでゴールデンタイムでサイエンスの事をわかりやすく放映する、新聞コラムにわかりやすく掲載する、研究所のFacebookで発信する、学校教育で啓発する、同研究所の全てでオープンデイを設けて解放する、ホームページで一般質問を受けるなど、あらゆるチャネルで行われているそうです。

 

また、財政的な支出の根拠として、基礎研究の経済成長への寄与についても明確にしているという事でした。この点については、日本、ドイツ、アメリカなどが集まりテーブルを囲んで議論しよう、と具体的なご提案も頂きました。

 

そして次に、2つ目の自由な環境です。

 

ドイツでは、あちこちのカフェで色々な時間帯に、沢山の人が談笑している光景を見かけました。研究者たちも、気分転換や情報交換に、カフェで、2時間位話す事は日常的だそうです。しかし、日本でそれをやると、「何を遊んでいるんだ」と言われたり、サボっているという目で見られてしまいがちです。全ての日本の研究環境がそうではない事を願いますが、ストレスをためながら働いている研究者の方々が多くいらっしゃると思うと、いたたまれない気持ちになりました。

 

ドイツが素晴らしいというより、日本が酷すぎるようです。聞いて愕然としました。今回の調査で、これが最も衝撃的な事でした。研究者の創造的な才能の開花を阻み、やる気を殺ぐような日本の研究環境を知り、悲しくなりました。ある意味、どうでもいいような事で、研究者を窮屈にしているわけですよね。

 

基礎研究を主とするマックス・プランク協会の場合は、自由に研究できる、誰も口を挟まない事を重視されていました。基礎研究分野に関しては、誰も足を踏み入れていない未知の領域であり、最初から先を見据えてロードマップを作ることはできない分野であるため、いかに才能ある人に来て貰うかが重要な事であり、何をオファーすれば来てくれるかというと、一生涯自由に研究できる、誰も口を挟まない事が研究者にとっては必要と。自由が重んじられているのです。

 

また、調査団は、エアバス社やルフトハンザ航空などが出資するハンブルク応用航空宇宙センターを訪問しました。こちらは、航空産業に関する基礎研究と応用研究の中間を対象とするセンターですが、ここでまず施設見学のため案内されたのは、研究者などが集まるカフェでした。「え!!!ここですか???」と、驚きましたが、ここで一緒になった人と話し、情報交換したりすることで、イノベーションの発想が生み出されるのだと。だから一つの大きなテーブルにして話さざるを得ないようにしていると。

 

ドイツでは研究室に閉じこもっているだけでは、より良い発想は生まれて来ないとの認識が当たり前のようです。こちらでは、共同研究スペースにも、遊び心があるデザインのソファやテーブルが置かれ、いつでもくつろいで話ができるようになっており、横にはサッカーゲームまでありました。ゲームを一緒にする事はチーム力を培うのにも役立つと。

 

遊びと研究は、分ける事ができないものなのだと思いました。カフェで休んだり、話したり、外から見て何をしてるか分からないようなところで、実は重大な発見があったりする、そういう事を大事にしているようです。

 

そして、3つ目のきめ細かい生活支援です。

 

ドイツに世界中から研究者が来ると当然、行政手続きなどをドイツ語で行わなけれならないわけですが、そうした生活まわりの事でも研究所が通訳をつけてくれるので困らない、と。自由であるだけでなく、必要な支援は手厚くしてもらえるようです。

 

ドイツでは全ての労働者の権利が保護されており、長時間労働がありません。定時になると帰り、休日労働もなく、有給休暇は皆全て使い切るので、休むのを遠慮する事もないそうです。余談ですが、ドイツでは工事がよく遅れるそうです。残業してまで仕事はしないからです。公共交通もよく遅れるそうですが文句も言わずに待っているそうです。お互い様、という事なのでしょうか。また、日曜日や夜間は、駅などを除き全ての小売店が閉まっています。どんなに観光客が来ても開けていないのです。コンビニもありません。

 

あれば便利でも、なければないで生活に困っておらず、経済成長もしています。過剰なサービスをしないし、要求もしない、という文化が成り立っているようです。

 

さらにいうと、ドイツでは文化芸術への財政的な支援があり、オペラやオーケストラなどのコンサートはイタリアに比べると安く、すぐ売り切れてなかなか手に入らない位、というような文化的な豊かさもあり、日本よりも中間層の生活に時間だけではない余裕があります。

 

一方では消費税が19%で、社会保険料も日本より高いという面もあり、財政に関しては給付が良い所だけ全て真似るというわけにはできないという面はあります。長い時間かけて作り上げられてきた働き方やサービスレベルに関する市民の合意は、そう簡単に日本にあてはめられるわけでもありません。

 

しかし、そうした背景は理解しながらも、少なくとも、研究開発予算の柔軟性ある効率的な使い方や、研究者の自由や安定の確保は、日本の国際競争力を高めるために、最低でも改善していくべき事だと思います。

 

才能や可能性を押しつぶしてしまうような環境のままでは、20年、30年後のノーベル賞は出てこなくなるといわれている危惧を、現実のものと感じます。

 

(続く)