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中東で戦火が拡大しています。今年4月、シリアの首都ダマスカスのイラン大使館がイスラエル軍による空爆を受け、イラン革命防衛隊の幹部らが死亡しました。イランは報復としてイスラエルを攻撃、その後も応酬が続いています。
10月26日にはイラン国内の複数の軍事基地をイスラエル軍が直接攻撃。米国をはじめ大国の思惑も錯綜し、ますます混沌とした状況が広がる現在の状況を、国際政治学者の高橋和夫さんと考えていきます。
「報復攻撃」の応酬を続けるイランとイスラエル
――この10月26日にイスラエルがイランに対し行なった「報復攻撃」について、どうご覧になっていますか?
両国間で対立が続いてきているので、どちらが先に手を出したかの判断も難しく、これが「報復」とは言いにくい面があります。一番心配されていたイランの核関連施設に対する攻撃はなかった。次に心配されていた石油関連施設への爆撃もなかった。イランの指導層に対する爆弾での殺害なども心配されていましたが、それもありませんでした。
今回爆撃を受けたのは、イランのミサイル関連施設、レーダー関連施設、それから対空ミサイル関連施設です。これでよかったということはないですが、想定された最悪のシナリオは起こらなかったというところですね。そして、その後に、イランが核兵器の開発に利用しているのではないかとイスラエルが疑っている施設も爆撃されました。なお、イランが核兵器の開発そのものを否定している点を、指摘しておきたいと思います。
――イスラエル側には、イランとの間でこれ以上対立をエスカレートさせることは避けたいという思惑があったのでしょうか。
それは微妙なところです。今回イスラエルが考慮したのは、アメリカのバイデン政権の強い反対です。バイデン政権は大統領選挙前に、大きなことはやってほしくなかった。特に核関連施設の爆撃というのは大変なことですから。
もう一つは、実はイランの核関連施設を破壊する力がイスラエルに本当にあるのかは、技術的に疑問だという点です。
イランの核関連施設は地下深くに建設されており、破壊するにはレバノンに対して行なったように、上空まで飛行機で飛んでいき、大きな爆弾を落とす必要があります。それでも破壊できるかどうかは、不明確です。その場合、まず飛行機が危険に晒されるということと、さらにあまり重い爆弾を積むと、イスラエルからイランまで飛んでいけないんですね。帰りに空中給油が必要になってしまう。今回爆撃した地上の軍関連施設なら、イランの国境近くまで行って、飛行機に積んだミサイルを撃てば、飛行機は安全なまま攻撃できます。
また、石油関連施設を爆撃した場合、イランが報復としてホルムズ海峡を封鎖すれば、アラブ諸国の石油が輸出されなくなりガソリン価格が上がります。バイデン政権にとって選挙前にそれは大変困るということで、強くイスラエルに自制を求めたという背景にあると思います。
ただ、これで終わりではありません。イスラエルは今回の攻撃でイランの対空ミサイル網を破壊したので、次回以降はより容易に攻撃できるようになりました。今後追加の攻撃をする可能性も十分あり得ます。
イスラエル国内では攻撃への反対の声は少なく、むしろやり方が生ぬるいという批判の声が野党から出ています。アメリカの大統領選挙後の権力空白期間に、イスラエルがまた動くというシナリオも懸念されます。
――イスラエルがガザへの侵攻を始めた昨年10月以降、イランとイスラエルの間では、どのような攻撃の経緯があったのでしょうか。
イランはずっとハマスを支援してきましたが、昨年10月7日の奇襲攻撃については、事前には知らされていなかったようです。また、イランはこれまで直接イスラエルと事を構えたことはありませんでした。
しかし、今年の4月、イスラエルがシリアの首都ダマスカスのイラン大使館に爆弾を落とし、イラン人が死傷する事件があり、これには、さすがに対抗措置を取らざるを得ないということで、しばらく期間を置いてイスラエルに多数のドローンを発射しました。
ただドローンというのは速度が遅いですから、身構えていれば撃墜が可能で、イスラエルの発表によれば99パーセントが撃墜されました。イランとしては「報復した」という見栄を切らないといけなかったけれども、実は「戦争をしたくない」というメッセージだったわけです。
イスラエルからの反撃もありましたがそれほど大規模ではなく、イラン側は大きな損害はなかったとして、それでおさめた形でした。
しかしその後、ハマス指導者のイスマイル・ハニヤ氏が、新大統領の就任式出席のためイランを訪れた際、イスラエルによって殺害されるという事件が起こりました。そして、イスラエル軍がレバノンに攻勢をかけ、ポケベルを使ったテロ、あるいはイランと関係が近いレバノンのシーア派組織のヒズボラの指導者殺害と続きました。
これだけ仕掛けられると、イランは動かざるを得なくなり、10月初頭、イスラエルに対して弾道ミサイルを発射しました。この攻撃で、イスラエル側にもそれなりの被害が出ました。これに対するイスラエルの「報復」が、先述した10月26日の攻撃です。
イスラエルが行ってきたのはイランへの挑発です。イスラエルにとってハマスやヒズボラの後ろにいるイランが最大の敵であり、イランを叩かねば話にならないという議論がずっとありました。イランが弾道ミサイルを撃ってきたので、これを理由に攻撃するチャンスだという発想で今回の爆撃に至ったのです。
――イスラエルはレバノンへの地上侵攻にまで踏み込みましたが、国境を越えての侵攻に対して、国際社会の反応は鈍いように感じます。
特に私が気になったのは、シリアのイラン大使館への爆撃です。他国を爆撃するのは国際法違反ですが、外交の場である大使館を爆撃するというのは二重に許されないはずです。しかし、それに対する批判の声は、日本にしろ欧米諸国にしろ、ほとんど聞かれませんでした。非常に残念ですが、国際法秩序の維持をうたう各国が、イスラエルに対しては実際は何も言わなかったということです。
レバノンへの侵攻に関しては、ヒズボラ側の抵抗がとても激しく、イスラエル側は苦戦したようです。イスラエルは作戦目標は完了したという勝利宣言を出して、撤退の動きを見せています。だからと言って、レバノン南部を破壊した侵略行為そのものが許されるわけではもちろんありません。
>次回に続く
※本記事は2024年10月30日に配信したRadio Dialogue「イランとイスラエル」を元に編集したものです。
(2024.11.19 / 聞き手 安田菜津紀、 編集 伏見和子)