討論会の衝撃

 

アメリカ時間の6月28日夜の大統領候補者同士のテレビ討論会の結果が民主党を揺さぶっている。民主党の現職のジョー・バイデン大統領のできが余りにもひどかったからだ。よろよろとしながら登場し、声がかすれ、言葉が不明瞭であり、ミイラが生きている振りをしているような状態だった。

 

1942年生まれの大統領の年齢問題は、一方で共和党側は前から声を大にして指摘していた。他方では民主党側では声を潜めて語られてきた。だが、それが全米の視聴者の前で露呈された。討論会の前には、バイデンは大統領保養地のキャンプデービッドにこもって準備をした。その結果がこれでは衝撃も大きかった。

 

そもそもバイデンの討論の技術は低くない。たとえば2012年、オバマの副大統領だったバイデンは、共和党の副大統領候補のポール・ライアン下院議員とのテレビ中継された討論会に臨んだ。オバマ大統領の二期目をかけた大統領選挙の一コマだった。ちなみに共和党の大統領候補はミット・ロムニー元マサチューセッツ州知事だった。

 

この討論会でライアン議員は、討論会の前月リビアでアメリカ大使が殺害された事件を取り上げ、オバマ政権が在外のアメリカ外交施設の警備に十分な配慮をしていなかったからだと批判した。バイデンは、オバマ政権が提案した大使館警備の予算を減額するようにライアン議員が投票した事実を指摘し、大使館警備に配慮を欠いたのはオバマ政権ではなくライアン議員の方だと切り返した。この議論の応酬に集約されるように、この討論会はバイデンの圧勝という印象を残した。問題は、あの12年前の議論の冴えのかけらさえ、今回は示せなかった。

 

国民の多くがテレビの前でため息をついたことだろう。特に民主党内からは、これでは大統領選挙は闘えない。また同時に投票のある上下両院の候補者たちが道連れで敗退してしまう。バイデンには降りてもらって、新たな候補者を立てるべきとの声が強くなった。こうした声は、討論会の前からあったが、その結果を受けてさらに高まった。

 

逆転のシナリオ

 

今回の敗北は認めつつバイデンは、翌日には選挙キャンペーンに出て、辞退など眼中にないとの姿勢を示した。また9月に予定されている次のテレビ討論会にも参加を表明している。バイデンは、そこでの逆転をもくろんでいるのだろうか。1960年の大統領選挙で民主党のジョン・ケネディと共和党のリチャード・ニクソンの討論会がテレビ中継されて以来、そうした例が少なくとも2例は思いつく。ひとつは2012年である。再選を目指す民主党のオバマ大統領に共和党のロムニーが挑んだ。最初の討論会ではロムニーが押しまくって、オバマの再選が危ないとの雰囲気さえ生まれた。しかし、次の討論会で今度はオバマがロムニーを圧倒した。そして、そのまま当選した。

 

もう一つの例は1984年である。現職の共和党のレーガン大統領に民主党のウォルター・モンデールが挑んだ。レーガンの前の大統領のジミー・カーターの副大統領だった人物だ。最初の討論会では、レーガンは精彩を欠いていた。モンデールが勝った。当時としては史上最高齢のレーガン大統領のスタミナが問題視された。

 

次の討論会では、しかしながら、その問題を逆手にとってレーガンが勝利を収めた。司会者に年齢の問題を問われたレーガンは、年齢は問題ではないと、まず答えた。これには視聴者は、「おや」と思った。自分は高齢だが元気だとの議論をすると予想していたからだ。そしてレーガンは、相手の年齢の若さを問題にするつもりはないと冗談を言った。これが対立候補のモンデールが噴き出すほどの大うけだった。これだけ絶妙なタイミングで、この冗談を言えるのだったら、頭脳は明晰だという雰囲気になった。そしてジョークで年齢の問題をかわしたレーガンが、再選された。この時のレーガンは、73歳だった。今のバイデンよりも8歳若かった。

 

それでもレーガンは退任後に認知症を発症したと公表して話題を呼んだ。この筆者を含む多くが、実は任期中から認知症だったのではないかとの疑いを抱いているのだが。

 

ジョンソン大統領の決断

 

バイデンがモデルとすべきは、1984年の共和党のレーガンではなく、1968年の同じ民主党のリンドン・ジョンソン大統領ではないだろうか。1964年の大統領選挙で大勝したジョンソンはアメリカのベトナム介入を拡大させた。ベトナムの戦局は膠着し多くのアメリカ兵が戦死した。ジョンソンは不人気な大統領だった。それを理解したジョンソンは、自ら2期目は求めないと宣言して世を驚かせた。現職の大統領が二期目を求めないのは異例中の異例だからだ。

 

ベトナムの問題はあったが、ジョンソンは国内では公民権法を成立させ有色人種の地位向上に大きく貢献した大統領である。潔く再選を断念して好印象を残した。もし再選を求めて敗北していたならば晩節を汚す結果となったろう。

 

バイデンも、内政面では多くの業績を残しコロナ後のアメリカ経済の浮揚に貢献した。このまま再選を求めて敗れれば、歴史は厳しい評価をバイデンに下すだろう。ここで身を引きば、少なくともトランプの再選を一度は阻止し、コロナ後の復興に尽力したとい評価を受けるだろう。これこそバイデンにとっての本当の逆転のシナリオではないだろうか。

 

もちろんバイデンに代わる候補を立てるというのは民主党にとっては大きなリスクである。しかし、このままバイデンで闘うというのは、さらに大きなリスクではないだろうか。民主党の党大会は8月である。まだ時間はある。バイデンと周辺は、どう決断するのだろうか。

 

>次回に続く