ドローンのハッキング

 

ウクライナではロシア軍が攻勢に出ている。その攻勢の一端を担っているのが、イラン製のドローンである。2022年ロシア軍がウクライナに対する大規模な軍事侵攻を始めた際には、同軍はウクライナ軍が使用するトルコ製のバイラクタールTB2というドローンによって、大きな打撃を受けた。このドローンは2020年のアゼルバイジャンとアルメニアの戦争において使用されている。トルコの支援を受けたアゼルバイジャンが、このドローンを駆使してアルメニアを圧倒した。

 

さて、緒戦で苦杯をなめたロシアはイランから輸入したドローンで反撃を始めた。ロシアは、イランの技術支援を受けて首都モスクワの東のタタルスターンにドローン製造工場を建設したようだ。すでに工場は稼働して自爆型のドローンの製造を開始している模様だ。

 

軍事大国ロシアに輸出するほどのドローン技術をイランは、どこから獲得したのだろうか。一つのルートはアメリカ経由である。その経緯を説明しよう。

 

アフガニスタンに駐留していたアメリカ軍は、同国の基地からドローンを飛ばしイラン領空を侵犯して偵察を行っていた。ところが2011年12月にイランが、そのドローンをハッキングによって乗っ取り、同国の領土に着陸させた。イランが乗っ取ったドローンは、ロッキード・マーチン社製のRQ—170センチネルとして知られる最新鋭機だった。その7か月前の同年5月、アメリカの特殊部隊がパキスタン国内でオサマ・ビンラーディンを殺害した。このドローンが、その作戦をホワイトハウスに実況放送するのに使われた。

 

当初アメリカは、ドローンが事故によってイラン領内に墜落したと発表した。だが、その後アメリカのドローンの通信の暗号化が高度化された。ハッキングによる乗っ取りを、暗に認めたわけだ。

 

さて、イランは、ほとんど無傷の機体を分解精査して、アメリカの最先端の技術を入手した。それが、イランのドローン技術に活用されている。「リバース・エンジニアリング」というカタカナが当てられる事象である。つまりイランは、アメリカのおかげでドローン技術を進歩させたのだ。

 

世界第12位の技術力

 

ここで指摘しておきたいのは、イランの技術的な基礎体力である。ドローンをハッキングするほどの技術者たちをイランの教育制度が生みだしている。

 

イランの技術力というのは、日本で一般に思われているよりは、はるかに高い。イランの革命政権は、その支配下で教育の普及と拡充に努め、高度な教育を受けた若年層を育て上げてきた。革命政権というのは概して教育に熱心であり、成果を上げる例が多い。たとえば1917年のロシア革命で成立したソ連は、教育とは縁の薄かった農民の国家を科学技術力に裏打ちされた軍事大国に変えた。最初の人工衛星を打ち上げるなど、ソ連の技術は、一時期は宇宙開発レースで世界をリードした。農業国家から軍事大国への変貌を可能にしたのは、教育の拡充と普及だった。

 

同じように1949年に成立した中国の共産党政権は、教育によって自国をアメリカと競うほどのハイテク国家とした。様々な分野で中国のハイテクは世界の注目を集めている。イランも、こうした革命政権の例にもれず、高度人材を輩出する教育制度を整備した。

たとえば特別に選抜されたイランの高校生たちは、数学オリンピックなどで世界の同世代の若者と知識を競い優秀な成績を収めている。

 

またイランでは、毎年「コンクール」と呼ばれる高校卒業予定者の全国一斉試験が行われる、その結果で志望の大学の希望の学部に入学できるかが決まる。イランの青年層にとっては人生の一大事である。それに備えて猛烈な受験勉強が行われ、勝ち残ったエリートたちがエリート大学のエリート学部に進学する。世界に普遍的な受験の風景がイランでも展開されている。

 

注目すべき点の一つは、女性の大学進学率の高さだ。イランの大学生の過半数は女性である。イスラム革命政権は、既存の大学を拡充し、多くの新規の大学を設立した。それでも国民の大学教育需要には応じきれずにないので、現在は通信制の教育にも力を入れている。テレビ、ラジオ、ネットを融合した通信制大学の場合、一流の教員を確保すれば比較的に低い費用で一定水準の教育内容を多くの学習者に提供できる。教育のクオリティ・コントロールが容易になる。また、スタジオを監視すれば政府に不都合な講義内容なども止められる。通信制教育は、イランなど多くの国々にとって魅力的なオプションである。

 

革命前には文字の読み書きのできない人々さえ少なくなったイランが、中東では最も教育水準の高い国家となった。首都のテヘラン大学の正門の前に並ぶ書店を見ると、この国の若年層の底知れぬ知識欲が実感できる。

 

こうした革命政権の教育政策は、それ以前のシャー(王制)の時代とは鮮やかなコントラストをなしている。王制の時代には、すでに述べたように文字を読めない書けない人々が多かった。また限られた数の大学しか存在しなかった。国王は大学は潜在的な反体制運動の温床だとみなしていたようだ。事実、そうだったのだが。それもあって大学の拡充には消極的だった。その結果1970年代以降、イランの石油収入が急増して国民の大学教育需要が爆発すると、イラン国内の大学では対応できなかった。結果としてアメリカの大学への留学が増え、アメリカの大学のキャンパスが反シャー運動の拠点となった。

 

さて革命政権の方に話を戻すと、政府の経済政策の方は文教政策ほどは成功していないので、優秀な若者に十分な雇用を提供できていない。その結果、頭脳流出が起こっている。そうした問題はある。

 

しかし教育の成果は、着実に学問的な結果につながっている。毎年、日本の文部科学省によって公表されている理工学系の引用数の多い論文数の世界ランキングがある。それによると1位は中国、2位はアメリカだ。そのランキングで、昨年イランは1つ順位を上げて世界で第12位となった。これだけの技術水準の国であれば、ドローンの開発技術が進んでいても、何の不思議もないと思わせる順位だ。

 

もちろん、このランキングが客観的に世界各国の技術水準を反映しているかに関しては議論があるだろう。しかし、一つの大まかな目安としては、便利である。

 

ちなみに、昨年のランキングでイランに抜かれて第13位に転落した国は、日本だった。

 

-了-